本研究は歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)の原因遺伝子がどのようにDRPLAの発症に関与するのかを明らかにするために、DRPLA遺伝子から予想されるアミノ酸配列に対するポリクローナル抗体を作成し、その遺伝子産物(DRPLA蛋白)を同定し、DRPLA患者脳におけるDRPLA蛋白の解析を試みたもので、下記の結果を得ている。 1.ヒトDRPLA遺伝子から推定されるアミノ酸配列のN端とC端に対するポリクローナル抗体を作成し、ヒトコントロール、DRPLA患者の剖検凍結脳について、イムノブロットをおこなった。コントロール脳で電気泳動上約190-200kDaの、DRPLA遺伝子のwild-type alleleに対応するDRPLA蛋白(wild-type protein)を同定した。DRPLA患者脳では、wild-type proteinに加えて、異常に伸長したCAG repeatを含むmutant alleleに対応する、wild-type proteinより電気泳動の移動度が小さいDRPLA蛋白(mutant protein)を同定した。DRPLA遺伝子のアミノ酸配列から予想される分子量は124kDaで、同定したDRPLA蛋白の190kDaと異なり、DRPLA蛋白のアミノ酸配列は電気泳動の移動度を遅延させることを示唆した。DRPLA患者脳のイムノブロットでは、wild-type proteinとmutant proteinのバンドの免疫反応性は等しく、CAG repeatの異常な伸長によりDRPLA遺伝子の翻訳に異常な調節は受けないを示した。 2.正常コントロールリンパ芽球細胞のイムノブロットでは、脳と同様に電気泳動上約190-200kDaのwild-type proteinを認め、DRPLA患者リンパ芽球細胞でwild-type proteinに加えてmutant proteinを認めた。DRPLA蛋白の電気泳動の移動度とCAG repeat数の間に正の相関関係を認め、DRPLA蛋白に異常伸長するポリグルタミンがあることが確認された。 3.コントロール、DRPLA患者の部位別の脳組織のイムノブロットで、DRPLA蛋白は広く中枢神経系に認めた。コントロール脳とDRPLA患者脳でのDRPLA蛋白の分布には差はなかった。DRPLA患者で大脳と卵巣の組織間のDRPLA蛋白量を比較すると卵巣で少なく、DRPLA蛋白は脳で多く存在する可能性を示した。 4.ラット脳のイムノブロットで、電気泳動上約190kDaのDRPLA蛋白を同定し、C端抗体はDRPLA蛋白のみと特異的に反応した。この抗体を使ったラット脳の免疫組織染色では、大脳皮質の神経細胞の細胞質に反応性を認めた。ヒトコントロール、DRPLA患者の剖検脳の免疫組織染色では、ラット脳と同様に神経細胞の細胞質に免疫反応を認めた。コントロール脳と比べて、DRPLA患者脳ではDRPLA蛋白の分布に差はなかった。 5.コントロール、DRPLA患者の大脳とリンパ芽球細胞について、2次元電気泳動後にイムノブロットをおこなった。コントロール大脳では、wild-type proteinに相当する、電気泳動上約190-200kDaに抗体と反応する複数のspotの集合を認め、その等電点は7.0-9.5で約7.3に最大の反応性を示した。コントロールリンパ芽球細胞では約190-200kDaの等電点7.2-9.3にspotの集合を認め、最大の反応性は8.5-9.0で、大脳とリンパ芽球細胞では等電点が異なり、DRPLA蛋白が脳特異的な翻訳後修飾を受ける可能性を示した。 以上、本研究はヒト脳でDRPLA蛋白を同定し、DRPLA患者脳でmutant proteinが異なる移動度で存在することを示し、DRPLA患者脳ではCAG repeatの異常な伸長によりDRPLA遺伝子の翻訳に異常な調節は受けないことから、異常伸長したCAG repeatによる遺伝子異常が直接発症に関与するのではなく、蛋白として翻訳された異常伸長したポリグルタミンをもつDRPLA蛋白が関与する可能性を示した。ゆえに本研究はDRPLAの発症の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |