本研究は、分散オブジェクト環境下における、多病院間での患者データ統合のための方法論の研究を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.異なる患者IDの自動変換。分散オブジェクト環境の利点を生かして、病院それぞれで異なる患者IDを直接変換することによって患者を識別する方法が実用性や利便性の面から有用であると考え、Patient ID Translation Modelを作成した。このモデルの基本原理は、分散オブジェクトの環境下にある病院の患者IDを他の病院の患者IDに自動的に変換する方法である。この変換には、多病院に存在する患者登録データベースに登録された保険番号、氏名、誕生日、性別、住所などの情報及び他のデータベースに保存された患者血液型などのより詳細な患者情報を利用することで実現する。このモデルによって、離れた病院にある患者データに対して、その病院の患者IDでも現病院の患者IDでも検索が可能になる。したがって、ある病院の電子カルテから他の病院に存在する患者データをより高い確度で直接アクセスすることも可能になると考えられる。 2.関連する患者データ項目のダイナミックリンク。電子カルテから患者データをハイパーテキストのような関連項目のリンクによる方式で直接アクセス可能にする方法は、理想的な患者データ交換方式の一つである。この方式を実現するには、関連する患者データ項目を異なる病院のデータベース間で相互にリンクする必要がある。従来の方法では一つあるいは一組の文字・数字によってデータ項目をリンクするが、リンクが多病院にまたがる場合にはリンクの管理と利用が困難となる。また前もってリンクを定義する必要がない場合もある。そこで、本研究では問い合わせエンジンと時間マッピングの組み合わせによってダイナミックにリンクする方法を開発した。この方法によって、多病院間の患者データ項目およびテキストデータ・検査データ項目などのリンクが容易に実現可能となる。この方法における重要な特徴の一つは、複数・リモートデータベースの中の関連イベントがダイナミックリンクによって動的にマッチングすることが可能な点である。 3.CORBA環境でこれらの方法を用いたオブジェクトフレームワークの作成と実証。異なる患者IDの自動変換と関連する患者データ項目のダイナミックリンク方法の実用性を証明するために、まずこれらの方法をCORBA環境の一つであるVisiBroker(Visigenic Software社)に実装することにより、オブジェクトフレームワークを作成した。次に、このオブジェクトフレームワークに対して、以下の二つの実験をおこなった。実験1:オブジェクトフレームワークを使用したWeb上のインタフェース。その結果、患者データ交換方式のひとつとして、このフレームワークを使用した簡便で利用しやすいWeb上のユーザー・インターフェスを作成することに成功した。実験2:オブジェクトフレームワークを通したハイパーテキスト方式でのアクセス。結果は、電子カルテのテキスト文から複数のデータベースに保存されている心電図データをハイパーテキストのような方式でアクセスすることが可能になった。 以上、本論文はPatient ID Translation Modelに基づいた患者IDの自動変換と患者データ項目のダイナミックリンクを提案した。本研究は多病院間での患者データの交換と統合のための方法論に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |