学位論文要旨



No 113643
著者(漢字) 王,存
著者(英字)
著者(カナ) ワン,クン
標題(和) 分散オブジェクト環境で多病院の患者データを統合するための方法に関する研究
標題(洋) Methods for Integrating Patient Data Across Multiple Hospitals in Distributed Object Computing Environment
報告番号 113643
報告番号 甲13643
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1304号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京医科歯科大学 教授 田中,博
 東京大学 助教授 草間,朋子
 東京大学 助教授 横山,和仁
内容要旨 【背景と目的】

 安全かつ合理的で質の高い診療を行うためには、多病院の患者データを統合することは重要な研究テーマの一つである。インターネット技術の発展はこの分野の研究に新たな可能性をもたらした。その中でも、Common Object Request Broker Architecture(CORBA)に代表される分散オブジェクト環境は、患者データの交換および統合に重要な役割を果たしつつある。本研究の目的は、分散オブジェクト環境下における、多病院間での患者データ統合のための方法論の研究である。本研究では、従来から注目されている患者データ交換の標準化およびセキュリティに関して、分散オブジェクト環境で再検討するとともに、患者ID変換モデルおよび関連する患者データ項目のダイナミックリンクという新しい方法を新たに開発した。

【方法】

 (1)異なる患者IDの自動変換。多病院間で特定の患者のデータを識別するためには、共通の患者識別子を導入するという提案や患者個人情報の一部、例えば、患者氏名や誕生日などの特定の患者データの集合を使用するという案がある。しかし、これらの方法にはいくつかの欠点が存在する。前者を実現するためには社会制度上の合意が必要であり、また、後者は他病院での患者IDがわからないままに患者氏名や誕生日などで検索するために、正確さの点で問題がある。そこで、我々は分散オブジェクト環境の利点を生かして、病院それぞれの異なる患者IDを直接変換することによって患者を識別する方法が実用性や利便性の面から有用であると考え、Patient ID Translation Modelを作成した。このモデルの基本原理は、分散オブジェクトの環境下にある病院の患者IDを他の病院の患者IDに自動的に変換する方法である。この変換には、多病院に存在する患者登録データベースに登録された保険番号、氏名、誕生日、性別、住所などの情報及び他のデータベースに保存された患者血液型などのより詳細な患者情報を利用することで実現する。このモデルによって、離れた病院にある患者データに対して、その病院の患者IDでも現病院の患者IDでも検索が可能になる。したがって、ある病院の電子カルテから他の病院に存在する患者データをより高い確度で直接アクセスすることも可能になると考えられる。(2)メッセージの標準化。分散オブジェクト環境によって多病院間の患者データを交換するためには、患者データを交換するためのメッセージの標準化は非常に重要である。これまで、患者データ交換に重要な役割を果たしてきたHealth Level Seven(HL7)及びStandard Communications Protocol for Computer-Assisted Electrocardiography(SCP-ECG)、Digital Imaging and Communication(DICOM)などのメッセージの標準規約は、分散オブジェクト環境においても重要な役割を果たしている。われわれは、これらの標準規約を利用することで、標準化CORBAメッセージを試作した。(3)関連する患者データ項目のダイナミックリンク。電子カルテから患者データをハイパーテキストのような関連項目のリンクによる方式で直接アクセス可能にする方法は、理想的な患者データ交換方式の一つである。この方式を実現するには、関連する患者データ項目を異なる病院のデータベース間で相互にリンクする必要がある。従来の方法では一つあるいは一組の文字・数字によってデータ項目をリンクするが、リンクが多病院にまたがる場合にはリンクの管理と利用が困難となる。また前もってリンクを定義する必要がない場合もある。そこで、我々は問い合わせエンジンと時間マッピングの組み合わせによってダイナミックにリンクする方法を開発した。この方法によって、多病院間の患者データ項目およびテキストデータ・検査データ項目などのリンクが容易に実現可能となる。この方法における重要な特徴の一つは、複数・リモートデータベースの中の関連イベントがダイナミックリンクによって動的にマッチングすることが可能な点である。(4)セキュリティ・サービスを利用した患者データの保護。セキュリティ・サービスは分散オブジェクト環境で患者データを保護するための重要な役割を果たす。Object Management Group(OMG)では、既にセキュリティ・サービスの標準化の仕様書を定義している。我々は、患者データ交換の安全性を高めるために、OMGの標準化の仕様書に基づいてセキュリティ・サービスを利用することを、多病院間における患者データ統合のための基本的なセキュリティ戦略とした。

【結果】

 これらの方法の実用性を証明するために、我々はまずこれらの方法をCORBA環境の一つであるVisiBroker(Visigenic Software社)に実装することにより、オブジェクトフレームワークを作成した。次に、このオブジェクトフレームワークに対して、以下の二つの実験をおこなった。実験1:オブジェクトフレームワークを使用したWeb上のインタフェース。インターネット技術の発展とともに、Web上のインタフェースは簡便でよく利用されるような患者データ交換の方式になっている。そこで、我々が作成したオブジェクトフレームワークがWeb上のインタフェースを作るための基礎として使用できるかどうかを検証するために、心電図検索システムと心電図(Java)アプレットをオブジェクトフレームワークにPlug-and-Playすることを試みた。その結果、このフレームワークを使用したWeb上のユーザー・インターフェスを作成することに成功した。実験2:オブジェクトフレームワークを通したハイパーテキスト方式でのアクセス。オブジェクトフレームワークに組み込んだダイナミックリンクのメカニズムを検証するために、われわれはこのオブジェクトフレームワークを通したハイパーテキスト方式でのアクセス実験をおこなった。結果は、電子カルテのテキスト文から複数のデータベースに保存されている心電図データをハイパーテキストのような方式でアクセスすることが可能になった。

【考察】

 多病院間での患者データ統合は幅広い領域にまたがる研究であり、方法論の研究はこの分野の発展には非常に重要である。本研究では、インターネットと分散オブジェクトといった新しい環境下における、患者データ統合のためのデータ交換標準規約とセキュリティについての再検討をおこない、患者IDの自動変換および多病院間に分散した患者データのダイナミックリンクという新たな方法を開発した。本研究によって開発された方法は、従来の方法に比べ様々な利点があるが、一方でいくつかの欠点も存在する。異なる患者IDの自動変換の方法では、新しいシステムと既存のシステムの両方をサポートすることにより、現段階の患者データ交換だけでなく、将来共通の患者識別子を導入した場合の既存システムの維持にも重要な役割を果たす。しかし、共通の患者識別子が存在しない場合には100%の変換率を達成するのは困難である。日本の場合ではSocial Security Number(SSN)のようなユニーク性の高い識別子が存在しないため、データ交換の結果を患者自身にさらに再確認させる必要がある場合も少なくないであろう。また、ダイナミックリンク方法は、必要に応じてダイナミックにリンクするため、従来の一つあるいは一組の文字・数字によってデータ項目をリンクする方法に比べて、施設間の制限がなく、容易にリンクを作成することが可能であり、データ蓄積時の手順の簡便性や高い柔軟性といった長所が存在する。しかし、現在のところ複数のステップケースと不正確の時間情報による精確性の低いリンクを生成する可能性も存在することも否定できない。現在はいくつかの欠点があるにせよ、今後、この分野の方法論についての研究は次世代の診療情報システムの誕生につれて、さらに発展していくであろう。

【結論】

 多病院間での患者データ統合のための方法論として、Patient ID Translation Modelと患者データ項目のダイナミックリンクを提案した。これらの方法は分散オブジェクト環境で実現可能であり、われわれはCORBA環境において、その実現性と実用性を実証した。

審査要旨

 本研究は、分散オブジェクト環境下における、多病院間での患者データ統合のための方法論の研究を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.異なる患者IDの自動変換。分散オブジェクト環境の利点を生かして、病院それぞれで異なる患者IDを直接変換することによって患者を識別する方法が実用性や利便性の面から有用であると考え、Patient ID Translation Modelを作成した。このモデルの基本原理は、分散オブジェクトの環境下にある病院の患者IDを他の病院の患者IDに自動的に変換する方法である。この変換には、多病院に存在する患者登録データベースに登録された保険番号、氏名、誕生日、性別、住所などの情報及び他のデータベースに保存された患者血液型などのより詳細な患者情報を利用することで実現する。このモデルによって、離れた病院にある患者データに対して、その病院の患者IDでも現病院の患者IDでも検索が可能になる。したがって、ある病院の電子カルテから他の病院に存在する患者データをより高い確度で直接アクセスすることも可能になると考えられる。

 2.関連する患者データ項目のダイナミックリンク。電子カルテから患者データをハイパーテキストのような関連項目のリンクによる方式で直接アクセス可能にする方法は、理想的な患者データ交換方式の一つである。この方式を実現するには、関連する患者データ項目を異なる病院のデータベース間で相互にリンクする必要がある。従来の方法では一つあるいは一組の文字・数字によってデータ項目をリンクするが、リンクが多病院にまたがる場合にはリンクの管理と利用が困難となる。また前もってリンクを定義する必要がない場合もある。そこで、本研究では問い合わせエンジンと時間マッピングの組み合わせによってダイナミックにリンクする方法を開発した。この方法によって、多病院間の患者データ項目およびテキストデータ・検査データ項目などのリンクが容易に実現可能となる。この方法における重要な特徴の一つは、複数・リモートデータベースの中の関連イベントがダイナミックリンクによって動的にマッチングすることが可能な点である。

 3.CORBA環境でこれらの方法を用いたオブジェクトフレームワークの作成と実証。異なる患者IDの自動変換と関連する患者データ項目のダイナミックリンク方法の実用性を証明するために、まずこれらの方法をCORBA環境の一つであるVisiBroker(Visigenic Software社)に実装することにより、オブジェクトフレームワークを作成した。次に、このオブジェクトフレームワークに対して、以下の二つの実験をおこなった。実験1:オブジェクトフレームワークを使用したWeb上のインタフェース。その結果、患者データ交換方式のひとつとして、このフレームワークを使用した簡便で利用しやすいWeb上のユーザー・インターフェスを作成することに成功した。実験2:オブジェクトフレームワークを通したハイパーテキスト方式でのアクセス。結果は、電子カルテのテキスト文から複数のデータベースに保存されている心電図データをハイパーテキストのような方式でアクセスすることが可能になった。

 以上、本論文はPatient ID Translation Modelに基づいた患者IDの自動変換と患者データ項目のダイナミックリンクを提案した。本研究は多病院間での患者データの交換と統合のための方法論に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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