学位論文要旨



No 113644
著者(漢字) 謝,中孚
著者(英字)
著者(カナ) ヘイ,チュンフ
標題(和) 主要疾患を対象とした紹介・非紹介患者の医療資源消費量の比較に関する研究
標題(洋)
報告番号 113644
報告番号 甲13644
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1305号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 高取,健彦
 東京大学 助教授 川久保,清
 東京大学 助教授 五十嵐,徹也
 東京大学 助教授 草間,朋子
内容要旨 1.緒言

 近年、日本における医療供給体制において、医療機関相互の役割分担と連携が不十分のため、1.患者の大病院集中、2.待ち時間の延長、3.長期入院患者への対応不足、などの現象が見られ、医療資源の消費の不均衡の原因とされている。

 この解決策の一つとして、第二次医療法改正では医療資源の効率運用を図り、医療施設機能の体系化が提案された。具体的な対応策では「特定機能病院」及び「療養型病床群」の設置である。うち特定機能病院には、高度の医療の提供の他、医療法上の紹介率が30%以上であることが規定されている。

 特定機能病院の紹介率を上げることには、「紹介患者は非紹介患者に比べ、より高度な医療ニーズを必要とする患者が多い」という前提が存在すると思われる。

 しかし「紹介患者は非紹介患者に比べより高度な医療を必要とし、また多くの医療資源を消費する」という仮説が証明される以前に、医療審議会を通じて特定機能病院における紹介率を大学病院の一般平均である30%以上に高めることが決められた。

 このため、本研究では特定機能病院となった東大病院を例に、紹介・非紹介患者の全体的な医療資源の消費量による相異を考えた第一部から、患者の最もよく見られる主要疾患を中心に紹介・非紹介患者別の医療資源消費量の比較を行った第二部を通じて「特定機能病院にあるレベル以上の紹介率の確保を義務づけた」ことの妥当性及び紹介率の上昇が大学病院にもたらす影響について考察する。

2.紹介患者及び非紹介患者の全体的な医療資源消費量の比較研究方法及び対象:

 第一部では、紹介・非紹介患者の全体的な医療資源の消費量の相異を知るために、患者自身の医療ニーズと関連性が高く、また病院の医療資源の利用状況と関連が深いと思われる以下の4項目を医療資源の消費量の測定指標とした。

 (1)入院率

 (2)外来受診回数

 (3)診断設備の利用率

 (4)医療費

 調査対象は、1995年4月1日〜6月30日まで計3カ月間の東大病院の外来新来院紹介・非紹介患者で、調査期間は同年4月1日より12月31日までの9カ月間とした。

結果:

 1995年4月の特定機能病院認定時より3カ月間の紹介率が38%で、特定機能病院で定められた医療法上の紹介率の30%より高かった。

 入院率は紹介患者が有意に高く、全診療科の平均でも4倍以上の差が見られた。

 一患者あたりの平均外来受診回数を比較すると、紹介患者は非紹介患者に比べ1.34倍多かった(p<0.050)。

 また検査回数では、外来においては、紹介患者は非紹介患者に比較して、一患者あたりの画像検査を多く受けている(p=0.033)。

 医療費では紹介患者は非紹介患者より外来受診医療費の合計が有意に高かった(P<0.050)。

考察:

 診療科別による紹介率の差異の影響要因として、患者の自己判断により受診しやすい診療科では紹介率が低い傾向がある他、第三次救急医療機関に指定された東大病院では救急車より搬入された患者の加算によって紹介率が高まる可能性も考えられる。

 また入院率において、紹介患者は非紹介患者の4倍を示したことは、紹介患者には入院を要する検査、治療のような高度な医療ニーズを有するケースの多いことが示唆された。

 診断設備の利用状況を表す画像検査件数を項目別に見ると、外来では紹介患者が非紹介患者よりCTやMRIなどの高価額な医療検査を2倍程度受けていることより、紹介患者は非紹介患者と比較して高度の医療検査を必要とすることが示唆された。

 本研究で得られた紹介・非紹介患者の3カ月間の外来及び入院を合計した総医療費は、一患者あたりの平均受診回数(紹介患者2.7回、非紹介患者2.4回)及び平均入院日数(紹介患者17.3日、非紹介患者27.0日)を用いて補正した結果では、紹介患者は非紹介患者と比べ、補正前の5.8倍から6.7倍になった。東大病院では紹介患者の医療費は非紹介患者の6倍以上高いことが明らかとなった。

3.紹介患者及び非紹介患者の疾患別割合及び医療資源消費量の時間経過の比較

 第二部では、二段階に分かれ紹介・非紹介患者の病名も考慮した上での比較である。

 第一段階では東大病院の新来院紹介・非紹介患者の疾病構成の差異、及び患者の経時的な医療資源消費パターンを分析した。

 病名データは、1996年4月初旬より東大病院の診療情報システムに導入された、日本医学会及び厚生省が共同で作成した磁気媒体用のコード化されたICD-10対応可能の「診療科別標準傷病名集」を用いた。

研究方法及び対象:

 調査対象は1996年4-6月に受診した新来院紹介・非紹介患者とし、調査期間は翌年1997年4-6月までの一年間とする。調査項目は、以下の項目とする。

 (1)紹介率の比較

 (2)ICD-10の大分類及び中分類別の疾患割合

結果:

 医療法上の紹介率も前年度と比べ、42%対38%であることより、東大病院に受診した紹介患者の比率は増加していることが判明した。

 ICD-10大分類の疾患の患者別では、全23分類のうち、「新生物」、「循環器系の疾患」の病名項目において、紹介患者は非紹介患者の1.7倍以上であった。

 さらにより詳細な分類であるICD-10中分類の上位20位では、紹介患者群において、「悪性新生物」が6項目もあるのに対し、非紹介患者群では「呼吸気道の感染」が5項目見られた。また上記の疾患の他、紹介患者は「脳内出血」、「くも膜下出血」の比率が高いのに対し、非紹介患者では「皮膚及び皮下組織の疾患」の比率が高かった。

 患者の新来院時点より一患者あたりの外来及び入院を含む平均月間総医療費では、紹介患者は非紹介患者に比べ3.5倍以上ものの医療資源を消費し、特に新来院時である当月の8.9倍が顕著であった。

考察:

 紹介患者群の占める病名の上位20位では、「悪性新生物」に関する病名が5項目もあるのに対し、下位20位では「呼吸気道感染」に関する病名が6項目であった。このことから、「悪性新生物」のような一般的に医学的に重篤な疾患において、紹介患者の比率が高い傾向が示唆された。

 月別の医療資源パターンを見ると、紹介患者は新来院時から3カ月間の間に非紹介患者の3.5倍以上もの医療費を消費したことから、紹介患者は紹介されて来院した後、すぐに検査、治療または処置などの医療対策が行われることが予想される。一方非紹介患者では紹介患者ほど前半に集中して医療費を消費していないことから、非紹介患者への医療処置の提供は紹介患者に比べ、時期的に遅くなる傾向がある。

4.主要疾患別による紹介患者及び非紹介患者医療資源消費量の比較

 第二段階では、紹介・非紹介患者の疾患構成を更に詳細に分類し、主要疾患による医療費消費量を分析し、同一病名における紹介・非紹介患者の具体的な医療資源消費量の差異を比較することを目的とした。

研究方法及び対象:

 ICD-10中分類より詳細な病名コードを用い、紹介・非紹介患者の個々の疾患のうちもっともよく見られる上位10位までの疾患名及び各疾患別の医療費消費量を比較した。

 (1)標準傷病名集の病名コード別の疾患割合:ICD-10中分類の結果をもとに、さらに詳細に分類した病名の割合。

 (2)疾病別の医療費の時間的推移:月別の経時的な医療資源消費量の変化という結果から、紹介・非紹介患者間で医療資源利用が特に大きく異なるのは新来院時より6カ月間であることがわかった。そこで新来院時より6カ月間を「前期」とし、以後7-12月間を「後期」として時間の影響を考慮しながら集計を行った。

 また医療費の項目は、外来受診のみの「外来」医療費、及び外来受診中に入院した「外来+入院」の医療費の合計を用いた。

 調査対象は前回第一段階の患者データに基づくものとする。

結果:

 上位10位のうち紹介・非紹介患者の共通する病名は「糖尿病」、「近視性乱視」、「高血圧(症)」、「白内障」、「C型慢性肝炎」の5疾患であり、共通しない病名は「その他の5疾患」という一疾患にまとめた。

 「外来」医療費の前期において、紹介・非紹介患者間に有意差が見られた疾患は「その他の5疾患」のみであり、後期では「近視性乱視」、「高血圧(症)」、「白内障」、「その他の5疾患」の4疾患であった。一方「外来+入院」により前期では有意差が生じた疾患では「糖尿病」、「高血圧(症)」、「その他の5疾患」であった。なお「外来」及び「外来+入院」の両方とも有意差が見られなかった疾患は「C型慢性肝炎」であった。

考察:

 疾患別による医療費の比較では、「外来」医療費のみの比較では有意差が見られなく、「入院」により有意差が生じた疾患群(「糖尿病」、「高血圧(症)」)があるのに対し、「外来」のみでも、「外来+入院」でも有意差が見られなかった疾患も存在することが明白となった(「C型慢性肝炎」)。この結果は「糖尿病」、「高血圧(症)」のような慢性疾患は治療方針の決定や合併症の治療などの目的で入院する患者が多いのに対し、「C型慢性肝炎」のような自然治癒が稀で、長期に渡ればいずれは肝硬変から肝細胞癌へ進展する恐れがある疾患では、紹介の有無を問わずに治療を実施するとともに、血液検査や画像検査(特に腹部超音波、及びCT、MRIなどの高価格画像診断)を定期的に行う必要があることに起因すると考えられる。このように同一疾患においても紹介患者は入院により非紹介患者に比べ多くの医療資源を消費することが判明された。

1.結論

 本研究より、以下の結論が得られた:

 1.医学的な重篤な疾患において、紹介患者の比率が高い。

 2.紹介患者及び非紹介患者の医療資源消費量の差異の原因としては、同一疾患内による差異の他、異なる疾患構成の影響もある。

 3.紹介患者は非紹介患者より多くの医療資源を消費した。消費パターンにおいて、紹介患者は新来院時点から短期間に多く消費するのに比べ、非紹介患者では医療資源消費のピークが遅れる。

 4.上記の3点より、特定機能病院にあるレベルの紹介率を義務づけたことは、妥当であると思われる。

審査要旨

 本研究は特定機能病院における紹介・非紹介患者の医療資源消費量を比較することにより、医療資源の消費という視点から特定機能病院になった大学病院に紹介制度の導入による影響及び妥当性について論じた研究であり、下記の結果を得ている。

1.紹介患者及び非紹介患者の全体的な医療資源消費量の比較

 紹介・非紹介患者の全体的な医療資源の消費量の差異を知るために、患者自身の医療ニーズと関連性が高く、また病院の医療資源の利用状況と関連が深いと思われる入院率、外来受診回数、診断設備の利用率、医療費の4項目を医療資源の消費量の測定指標としたところ、診療科別による紹介率の差異の影響要因として、患者の自己判断により受診しやすい診療科では紹介率が低い傾向がある他、調査対象である第三次救急医療機関に指定された東大病院では救急車より搬入された患者の加算によって紹介率が高まる可能性も考えられる。

 また入院率において、紹介患者は非紹介患者の4倍を示したことは、紹介患者には入院を要する検査、治療のような高度な医療ニーズを有するケースの多いことが示唆された。

 診断設備の利用状況を表す画像検査件数を項目別に見ると、外来では紹介患者が非紹介患者よりCTやMRIなどの高価額な医療検査を2倍程度受けていることより、紹介患者は非紹介患者と比較して高度の医療検査を必要とすることが示唆された。

 紹介・非紹介患者の3カ月間の外来及び入院を合計した総医療費は、一患者あたりの平均受診回数(紹介患者2.7回、非紹介患者2.4回)及び平均入院日数(紹介患者17.3日、非紹介患者27.0日)を用いて補正した結果では、紹介患者は非紹介患者と比べ、補正前の5.8倍から6.7倍になった。東大病院では紹介患者の医療費は非紹介患者の6倍以上高いことが明らかとなった。

2.紹介患者及び非紹介患者の疾患別割合及び医療資源消費量の時間経過の比較

 紹介・非紹介患者の病名及び患者の経時的な医療費の消費量を比較する項目に入れた場合では、紹介患者群の占める病名の上位20位では、「悪性新生物」に関する病名が5項目もあるのに対し、下位20位では「呼吸気道感染」に関する病名が6項目であった。このことから、「悪性新生物」のような一般的に医学的に重篤な疾患において、紹介患者の比率が高い傾向が示唆された。

 月別の医療資源パターンを見ると、紹介患者は新来院時から3カ月間の間に非紹介患者の3.5倍以上もの医療費を消費したことから、紹介患者は紹介されて来院した後、すぐに検査、治療または処置などの医療対策が行われることが予想される。一方非紹介患者では紹介患者ほど前半に集中して医療費を消費していないことから、非紹介患者への医療処置の提供は紹介患者に比べ、時期的に遅くなる傾向がある。

3.主要疾患別による紹介患者及び非紹介患者医療資源消費量の比較

 紹介・非紹介患者の疾患構成を更に詳細に分類し、主要疾患による医療費消費量を分析し、同一病名における紹介・非紹介患者の具体的な医療資源消費量の差異を比較したところ、疾患別による医療費の比較では、「外来」医療費のみの比較では有意差が見られなく、「入院」により有意差が生じた疾患群(「糖尿病」、「高血圧(症)」)があるのに対し、「外来」のみでも、「外来+入院」でも有意差が見られなかった疾患も存在することが明白となった(「C型慢性肝炎」)。この結果は「糖尿病」、「高血圧(症)」のような慢性疾患は治療方針の決定や合併症の治療などの目的で入院する患者が多いのに対し、「C型慢性肝炎」のような自然治癒が稀で、長期に渡ればいずれは肝硬変から肝細胞癌へ進展する恐れがある疾患では、紹介の有無を問わずに治療を実施するとともに、血液検査や画像検査(特に腹部超音波、及びCT、MRIなどの高価格画像診断)を定期的に行う必要があることに起因すると考えられる。このように同一疾患においても紹介患者は入院により非紹介患者に比べ多くの医療資源を消費することが判明された。

4.結論

 本研究より、以下の結論が得られた:

 1.医学的な重篤な疾患において、紹介患者の比率が高い。

 2.紹介患者及び非紹介患者の医療資源消費量の差異の原因としては、同一疾患内による差異の他、異なる疾患構成の影響もある。

 3.紹介患者は非紹介患者より多くの医療資源を消費した。消費パターンにおいて、紹介患者は新来院時点から短期間に多く消費するのに比べ、非紹介患者では医療資源消費のピークが遅れる。

 4.上記の3点より、特定機能病院にあるレベルの紹介率を義務づけたことは、妥当であると思われる。

 以上、本論文は特定機能病院における紹介・非紹介患者の医療資源の消費量について比較し、紹介患者は非紹介患者よりも多くの医療資源を消費したことを明らかにした他、特定機能病院における紹介制度の導入の妥当性を肯定した。本研究はこれまで明らかにされなかった特定機能病院における紹介制度の導入の意義の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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