学位論文要旨



No 113647
著者(漢字) 相川,竜一
著者(英字)
著者(カナ) アイカワ,リュウイチ
標題(和) 心筋細胞における酸化ストレスによるp38MAPK活性化の機序
標題(洋) Molecular Mechanism of Oxidative Stress-induced p38MAPK Activation in Cardiac Myocytes
報告番号 113647
報告番号 甲13647
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1308号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 中原,一彦
内容要旨 (1)緒言

 活性酸素は、日常普遍的に生体内で生成されている以外に、炎症、紫外線、虚血後再灌流、抗癌剤の投与時など、いろいろな原因により大量に発生し、細胞傷害を引き起こすことがわかってきている。また活性酸素は従来から研究されてきた細胞毒性に加えて、生体内のレドックス制御(酸化還元制御)の観点から、細胞内情報伝達シグナルとしての役割が注目されている。近年、アポトーシスという形態学的に壊死(ネクローシス)とは異なる細胞死についての研究が進み、これに伴い、従来は非特異的壊死性病変とされてきた疾患についても、分子機構の面からの病態の解明が試みられはじめた。また最近、mitogen-activated protein kinase(MAPK)の新しいファミリーであるC-Jun NH2-terminal kinase(JNK)とp38MAPKが同定された。これらは、古典的MAPKであるextracellular signal-regulated kinases(ERKs)を活性化するような増殖因子では活性化されず、物理化学的ストレスならびに炎症性サイトカイン等により強く活性化されるMAPKであり、さらにアポトーシスとの関連を示す報告がいくつかなされている。我々は、活性酸素による心筋細胞傷害の機序を明らかにするためにアポトーシスの誘導に関係していると報告されているp38MAPKの活性を検討した。

(2)酸化ストレスによるp38MAPKの活性化

 ラット新生仔心筋細胞を培養し、酸化ストレスの刺激として過酸化水素(H2O2)を使用した。p38MAPKに関しては、抗phospho-p38MAPK抗体を用いてウエスタンブロッティング法にて解析した。培養細胞を最終濃度10-3MH2O2で刺激し、時間経過を調べると刺激後、p38MAPKは5分より活性化し、15分にその活性のピーク認めた。またH2O210-6〜10-3Mの範囲において濃度依存性にp38MAPKは活性化された。次にH2O2のセカンドメッセンジャーについて検討した。チロシンキナーゼ、PKA、PKC、Caイオンはセカンドメッセンジャーとして知られているが、各々の阻害薬で前処置しておき、H2O2を投与してもp38MAPKの活性化にはあまり影響しなかった。さらに詳しくp38MAPKの上流について解析を行うためにドミナントネガティブの実験を行った。まず、Flagというアミノ酸をつけたp38MAPKを組み込んだコンストラクトを作製した。このFlag-p38MAPKを心筋細胞にリン酸カルシウム法でtransfectionし、刺激後の細胞抽出液をFlagに対する抗体を用いて免疫沈降し、ミエリン塩基性蛋白myelin basic protein(MBP)を基質としてリン酸化反応を測定した。またカスケードの上流にあると予測された種々のリン酸化酵素のドミナントネガティブミュータント(D.N.)を作製し、これらをco-transfectionしてp38MAPK活性化に及ぼす影響を調べた。種々の細胞において低分子量GTP結合蛋白であるRas蛋白やRaf-1キナーゼは成長因子等の刺激によりextracellular signal-regulated kinases(ERKs)の上流で活性化されることが知られているが、そこでわれわれは、p38MAPKの上流にRas、Raf-1が存在するかどうかを検討した。D.N.Ras、D.N.Raf-1をFlag-p38MAPKとco-transfectionしてH2O2刺激をしてもp38MAPK活性の増加に影響を及ぼさなかった。以上の結果から、p38MAPKの経路はERKsとは独立していることを示唆している。

(3)酸化ストレスによるp38MAPK活性化におけるRho蛋白の関与

 次にRasと同じ低分子量GTP結合蛋白質である、Rhoファミリーについて検討した。Rho蛋白は最近、細胞の骨格や接着を制御する機能を有することで注目されており、種々の細胞でJNK、及びp38MAPKのカスケードの上流にあることが報告されている。そこで心筋細胞において酸化ストレスによるp38MAPK活性化に対するRho蛋白の役割を調べた。Rho蛋白の3つのサブファミリー(RhoA,Rac1,Cdc42)のD.N.及び、Rhoを不活化の状態のままにしてその機能を抑制する、Rho GDP dissociation inhibitor(Rho-GDI)を co-transfection し、H2O2で刺激すると、部分的にp38MAPKの活性化が抑制された。このことからp38MAPKの上流にRho蛋白が存在することが示唆され、さらに確実にするために活性型のRho蛋白(RhoA,Rac1,Cdc42)のミュータントをtransfectionしたところ、それぞれにp38MAPKの活性化が認められた。

(4)酸化ストレスによるp38MAPK活性化におけるASK1の関与

 apoptosis signal regulating kinase 1(ASK1)は新しく同定されたMAPKKKである。ミンク肺上皮細胞に導入すると、細胞が典型的なアポトーシスの形態を示し、DNAの断片化が認められたことより、apoptosis signal regulating kinase 1(ASK1)と命名された。またASK1はTNF-などのアポトーシスを誘導するサイトカインやストレスにより活性化され、さらにD.N.ASK1を細胞に高発現させるとTNF-やさまざまなストレスによって誘導されるアポトーシスが抑制された。これらの結果からASK1は、アポトーシスシグナル伝達経路に関与していることが示唆されている。さらにCOS7細胞においてASK1はJNK及びp38MAPKの上流に存在することが報告されている。そこで我々はまず、心筋細胞においてH2O2刺激によりASK1が活性化するかどうかを検討した。ASK1の活性は抗ASK1抗体を用いてASK1を免疫沈降し、MBPを基質としてリン酸化を解析した。H2O2刺激後2分と早期よりASK1の強い活性化が認められた。次に、H2O2刺激によるp38MAPKの活性化に対するASK1の関与を調べた。D.N.ASK1をFlag-p38MAPKとco-transfectionし、H2O2を加えるとp38MAPKの活性化が部分的に抑制され、またRho-GDIをco-transfectionすると、ほぼコントロールレベルまでH2O2刺激によるp38MAPKの活性化が抑制された。さらにASK1が直接p38MAPKを活性化していることを確認するためにin vitro coupling kinase assayを行った。あらかじめHis-MKK6及びinactive His-p38MAPKを作製し、まず、抗ASK1抗体による免疫沈降物とHis-MKK6を反応させ、次いで基質となるinactive His-p38MAPKとのリン酸化反応を解析したところ、H2O2刺激でp38MAPKのリン酸化が著明に認められた。以上の結果より、p38MAPKの上流にASK1及びRho蛋白が存在することが示唆された。

(5)ASK1とRho蛋白の相互作用

 ASK1とRho蛋白の関係を検討した。活性型のRho蛋白ファミリー及びASK1により心筋細胞においてp38MAPKは活性化され、両方を一緒にtransfectionするとp38MAPK活性はさらに増加することが確認された。しかしながら、それぞれのD.N.は他方によるp38MAPKの活性化に影響を及ぼさなかった。さらにH2O2刺激によるASK1の活性化にRho蛋白が関与しているかどうかを検討するために、hemagglutinin(HA)-ASK1というコンストラクトを作製した。上述の方法にてtransfectionし、HAに対する抗体を用いて免疫沈降し、MBPのリン酸化反応を解析した。D.N.RhoA,D.N.Rac1,D.N.Cdc42及びRho-GDIのco-transfectionは、H2O2刺激によるASK1の活性化に影響を及ぼさなかった。

(6)酸化ストレスによる心筋細胞の形態変化

 心筋細胞において10-4M H2O248時間の刺激をすると、無処置のものに比べて、TUNEL陽性細胞数が増加し、また、DNAのラダー形成が認められ、アポトーシスが誘導されることが示された。

(7)結語

 心筋細胞において、H2O2刺激によりp38MAPKが活性化されるが、p38MAPKの細胞内情報伝達経路の上流にはRho蛋白、ASK1が存在し、両者は独立して働いていることが示唆された。今後、心筋細胞にASK1を過剰発現させてアポトーシスを誘導したり、D.N.Rhoファミリー及びD.N.ASK1によりアポトーシスが抑制されるかどうかを検討したいと考えている。これらの研究により、心筋細胞傷害を制御する機構が、分子レベルで明らかにされ、さらに得られた知見が心不全を含む心臓病の治療に応用されることが期待される。

審査要旨

 本研究は、酸化ストレスによる心筋細胞傷害の機序を明らかにするために、アポトーシスの誘導に関係していると報告されているp38MAPKの活性を検討したものであり,以下の結果を得ている.

1.酸化ストレスによるp38MAPKの活性化

 ラット新生仔心筋細胞を培養し、酸化ストレスの刺激として過酸化水素(H2O2)を使用した。p38MAPKに関しては、抗phospho-p38MAPK抗体を用いてウエスタンブロッティング法にて解析した。培養細胞を最終濃度10-3MH2O2で刺激し、時間及び濃度依存性にp38MAPKは活性化された。チロシンキナーゼ、PKA、PKC、CaイオンはH2O2によるp38MAPKの活性化にはあまり関与していなかった。さらにFlag-p38MAPKを心筋細胞にtransfectionし、ミエリン塩基性たんぱく質myelin basic protein(MBP)を基質としてリン酸化反応を測定したが、D.N.Ras、D.N.Raf-1はH2O2刺激によるp38MAPK活性の増加に影響を及ぼさなかった。以上の結果から、p38MAPKの経路はERKsとは独立していることが示唆された。

2.酸化ストレスによるp38MAPK活性化におけるRhoたんぱく質の関与

 Rasと同じ低分子量GTP結合たんぱく質である、Rhoたんぱく質の3つのサブファミリー(RhoA,Rac1,Cdc42)のD.N.及び、Rho GDP dissociation inhibitor(Rho-GDI)をco-transfectionし、H2O2で刺激すると、部分的にp38MAPKの活性化が抑制された。さらに活性型のRhoたんぱく質(RhoA,Rac1,Cdc42)のミュータントをtransfectionしたところ、それぞれにp38MAPKの活性化が認められた。このことからp38MAPKの上流にRhoたんぱく質が存在することが示唆された。

3.酸化ストレスによるp38MAPK活性化におけるASK1の関与

 apoptosis signal regulating kinase 1(ASK1)は新しく同定されたMAPKKKであるが、心筋細胞において、H2O2刺激後早期よりASK1の強い活性化が認められた。次に、D.N.ASK1をFlag-p38MAPKとco-transfectionし、H2O2を加えるとp38MAPKの活性化が部分的に抑制され、またRho-GDIをco-transfectionすると、ほぼコントロールレベルまでH2O2刺激によるp38MAPKの活性化が抑制された。さらにASK1が直接p38MAPKを活性化していることを確認するためにin vitro coupling kinase assayを解析したところ、H2O2刺激でp38MAPKのリン酸化が著明に認められた。以上の結果より、p38MAPKの上流にASK1及びRhoたんぱく質が存在することが示唆された。

4.ASK1とRhoたんぱく質の相互作用

 活性型のRhoたんぱく質ファミリー及びASK1により心筋細胞においてp38MAPKは活性化され、両方を一緒にtransfectionするとp38MAPK活性はさらに増加することが確認された。しかしながら、それぞれのD.N.は他方によるp38MAPKの活性化に影響を及ぼさなかった。さらにD.N.RhoA,D.N.Rac1,D.N.Cdc42及びRho-GDIのco-transfectionは、H2O2刺激によるASK1の活性化に影響を及ぼさなかった。

5.酸化ストレスによる心筋細胞の形態変化

 心筋細胞において10-4M H2O248時間の刺激をすると、無処置のものに比べて、TUNEL陽性細胞数が増加し、また、DNAのラダー形成が認められ、アポトーシスが誘導されることが示された。

 以上、本論文は、活性酸素による心筋細胞傷害の機構を解析し、H2O2刺激によりアポトーシスが誘導されること、またその誘導に関与すると考えられているp38MAPKが活性化すること、さらにp38MAPKの細胞内情報伝達経路の上流にはRhoたんぱく質、ASK1が存在していることが明らかにされた。これらの研究により、酸化ストレスによる心筋細胞傷害を制御する機構が、分子レベルで明らかにされ、さらに得られた知見が心不全を含む心臓病の治療に応用されることが期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク