本研究は、酸化ストレスによる心筋細胞傷害の機序を明らかにするために、アポトーシスの誘導に関係していると報告されているp38MAPKの活性を検討したものであり,以下の結果を得ている. 1.酸化ストレスによるp38MAPKの活性化 ラット新生仔心筋細胞を培養し、酸化ストレスの刺激として過酸化水素(H2O2)を使用した。p38MAPKに関しては、抗phospho-p38MAPK抗体を用いてウエスタンブロッティング法にて解析した。培養細胞を最終濃度10-3MH2O2で刺激し、時間及び濃度依存性にp38MAPKは活性化された。チロシンキナーゼ、PKA、PKC、CaイオンはH2O2によるp38MAPKの活性化にはあまり関与していなかった。さらにFlag-p38MAPKを心筋細胞にtransfectionし、ミエリン塩基性たんぱく質myelin basic protein(MBP)を基質としてリン酸化反応を測定したが、D.N.Ras、D.N.Raf-1はH2O2刺激によるp38MAPK活性の増加に影響を及ぼさなかった。以上の結果から、p38MAPKの経路はERKsとは独立していることが示唆された。 2.酸化ストレスによるp38MAPK活性化におけるRhoたんぱく質の関与 Rasと同じ低分子量GTP結合たんぱく質である、Rhoたんぱく質の3つのサブファミリー(RhoA,Rac1,Cdc42)のD.N.及び、Rho GDP dissociation inhibitor(Rho-GDI)をco-transfectionし、H2O2で刺激すると、部分的にp38MAPKの活性化が抑制された。さらに活性型のRhoたんぱく質(RhoA,Rac1,Cdc42)のミュータントをtransfectionしたところ、それぞれにp38MAPKの活性化が認められた。このことからp38MAPKの上流にRhoたんぱく質が存在することが示唆された。 3.酸化ストレスによるp38MAPK活性化におけるASK1の関与 apoptosis signal regulating kinase 1(ASK1)は新しく同定されたMAPKKKであるが、心筋細胞において、H2O2刺激後早期よりASK1の強い活性化が認められた。次に、D.N.ASK1をFlag-p38MAPKとco-transfectionし、H2O2を加えるとp38MAPKの活性化が部分的に抑制され、またRho-GDIをco-transfectionすると、ほぼコントロールレベルまでH2O2刺激によるp38MAPKの活性化が抑制された。さらにASK1が直接p38MAPKを活性化していることを確認するためにin vitro coupling kinase assayを解析したところ、H2O2刺激でp38MAPKのリン酸化が著明に認められた。以上の結果より、p38MAPKの上流にASK1及びRhoたんぱく質が存在することが示唆された。 4.ASK1とRhoたんぱく質の相互作用 活性型のRhoたんぱく質ファミリー及びASK1により心筋細胞においてp38MAPKは活性化され、両方を一緒にtransfectionするとp38MAPK活性はさらに増加することが確認された。しかしながら、それぞれのD.N.は他方によるp38MAPKの活性化に影響を及ぼさなかった。さらにD.N.RhoA,D.N.Rac1,D.N.Cdc42及びRho-GDIのco-transfectionは、H2O2刺激によるASK1の活性化に影響を及ぼさなかった。 5.酸化ストレスによる心筋細胞の形態変化 心筋細胞において10-4M H2O248時間の刺激をすると、無処置のものに比べて、TUNEL陽性細胞数が増加し、また、DNAのラダー形成が認められ、アポトーシスが誘導されることが示された。 以上、本論文は、活性酸素による心筋細胞傷害の機構を解析し、H2O2刺激によりアポトーシスが誘導されること、またその誘導に関与すると考えられているp38MAPKが活性化すること、さらにp38MAPKの細胞内情報伝達経路の上流にはRhoたんぱく質、ASK1が存在していることが明らかにされた。これらの研究により、酸化ストレスによる心筋細胞傷害を制御する機構が、分子レベルで明らかにされ、さらに得られた知見が心不全を含む心臓病の治療に応用されることが期待され、学位の授与に値するものと考えられる。 |