学位論文要旨



No 113649
著者(漢字) 種本,雅之
著者(英字)
著者(カナ) タネモト,マサユキ
標題(和) 新しいスルホニルウレア受容体のラット腎臓からのクローニング
標題(洋)
報告番号 113649
報告番号 甲13649
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1310号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 新井,賢一
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 助教授 後藤,淳郎
 東京大学 講師 門脇,孝
内容要旨

 ABC(ATP-binding cassette)スーパーファミリーに属する蛋白は,広くイオンチャンネルの調節因子として知られている.近年,このファミリーの一員としてスルホニルウレア受容体(SUR)が同定され,内向き整流性カリウムチャンネルとの共発現により,ATP感受性カリウムチャネルを構築することが報告された.

 ATP感受性カリウムチャンネルとは細胞内ATPによりその活性が阻害されるカリウムチャンネルの一群を総称したものであり,様々な臓器においてその発現が認められる.このような臓器の中に,心臓,膵臓,腎臓が含まれており,心臓においては刺激伝達系に,膵臓においてはインスリンの分泌に,重要な役割を果たしていると考えられている.腎臓においては,ATP感受性カリウムチャネルはヘンレ上行脚太部などにその発現が認められ,ヘンレ上行脚太部ではナトリウムイオンと共に再吸収されたカリウムイオンを再び尿細管管腔内に戻す役割を担い,ヘンレ上行脚太部でのナトリウムイオンの再吸収に不可欠なものであると推定されている.

 ラット腎尿細管ヘンレ上行脚太部においては,尿細管細胞に対するパッチクランプ法により,2種類のATP感受性カリウムチャンネルが存在することが確認されている.一方はコンダクタンスが約25pSを示す内向き整流性カリウムチャンネル(small conductance IRK),もう一方はコンダクタンスが約70pSを示す内向き整流性カリウムチャンネル(intermediate conductance IRK)であった.以前,ラット腎臓より単離同定されたカリウムチャンネル(Kir1.1 (ROMK))は,内向き整流性カリウムチャネルの特徴を持ち,その薬物感受性,及びコンダクタンスがsmall conductance IRKに非常に近いものであった.

 ナトリウムイオンの再吸収の障害により生じる病態であるバーター症候群の原因遺伝子のひとつにROMKが同定されたことより,私はROMKはsmall conductance IRKだけでなくintermediate conductance IRKの構成因子をも担っており,intermediate conductance IRKはROMKと他の蛋白との異種多量体であると推定した.ROMKと異種多量体を形成する蛋白としては,他臓器においてATP感受性カリウムチャネルの構成因子であることが報告されているスルホニルウレア受容体(SUR)が考えられた.しかし,腎臓においては既知のSURの発現がノーザンブロット法等により認められていなかった.そこで,私は腎臓に存在する新しいスルホニルウレア受容体(SUR)の同定を試みた.

 まず,このような蛋白の存在を確認するため,腎臓の皮質,外側髄質,内側髄質の各部より抽出したRNAに,SURに相同性を持つプライマーを用いて,RT-PCRを行い,腎臓に発現しているスルホニルウレア受容体関連蛋白の存在の有無を確認した.この結果,腎臓の皮質,外側髄質,内側髄質の各部より期待される長さの核酸断片の増幅を認めた.サブクローニング法により塩基配列を確認することにより,この核酸断片の塩基配列は脳型のSUR(SUR2)に非常に相同性の高いものであることが判明した.

 更に,ラット腎臓よりcDNAライブラリーを作成し,上記で得られた核酸断片をプローブとしてライブラリーをスクリーニングし腎臓型SURの全長を得た.得られた腎臓型SURは1545アミノ酸より構成される蛋白で,カルボキシル末端の42アミノ酸を除きSUR2と同じアミノ酸配列を持っていた.この腎臓型SURのカルボキシル末端の42アミノ酸はSUR2よりSUR1により相同性が高い配列を持っていた.私は腎臓型SURをSUR2のサブタイプと考え,脳型SUR2をSUR2a,腎臓型SURをSUR2bと命名し直した.アミノ酸配列から推定した二次構造に基づき,SUR2bは,他のSURと同様,13の膜貫通部分を持ち,この13の膜貫通部分が2つの大きな膜貫通部複合体を形成していることが推定された.更に,この膜貫通部複合体の後ろに,それぞれATP接合部に特徴的なアミノ酸配列を有し,典型的なABC(ATP-binding cassette)スーパーファミリーの特徴を持つことが推定された.SURのカルボキシル末部はIRKとの異種多量体形成に重要な部分と考えられており,SUR2bとSUR2aのカルボキシル末端の違いは,SUR2bの異種多量体形成がSUR2aと異なることを強く示唆するものであった.

 次に,私はSUR2の各臓器での分布と,腎臓各部での分布を調べた.各臓器での分布は各臓器より抽出したRNAにRT-PCRを施行することにより,また,腎臓各部での分布は腎ネフロンをマイクロダイセクション法により各セグメント毎に分割したサンプルにRT-PCRを行い,更にサザンブロット法を施行することにより確認した.ゲノムDNAに対する反応によるバンドの混入を回避するために,PCRに用いたプライマーはイントロンを含む部分にまたがるように設計した.

 各臓器での分布の結果,SUR2aは心房,心室,骨格筋に強く発現が認められ,大脳に弱い発現のみが認められたのに比し,SUR2bは調べた全ての臓器(大脳,小脳,心房,心室,肝臓,脾臓,腎臓,大腸,骨格筋)に発現が認められた.このことによりSUR2aが筋肉(脳)型のSURであるのに対し,SUR2bは全組織型のSURであると考えられた.

 腎臓各部での分布の結果,腎ネフロンにはSUR2aの発現は認められず,SUR2bの発現のみが認められた.SUR2bの発現は,近位尿細管,皮質ヘンレ上行脚太い部,外側髄質集合管に強く認め,遠位尿細管曲部,皮質集合管に弱く認めた.

 更に,私はSUR2bと腎臓において異種複合体を形成すると推定している腎臓型IRKであるROMKの腎臓各部での分布を免疫組織染色法により調べた.免疫組織染色法にはROMK蛋白のカルボキシル末部の51アミノ酸に対して作成したポリクローナル抗体を用いた.抗ROMKポリクローナル抗体のROMK蛋白に対する特異性を,ウエスタンブロット法にてROMK蛋白に対する結合能を調べることにより,及びこの結合能がROMK蛋白を用いた免疫吸着処理後喪失することにより確認した.

 ROMKは髄質ヘンレ上行脚太部から髄質集合管までの腎ネフロンの各部に広く分布していた.各尿細管上皮細胞において,その管腔側にのみ発現を認め,管腔内へのカリウムイオン再分泌の役割から推定される分布に一致していた.特に,尿細管-糸球体フィードバックに重要な傍糸球体装置では,一酸化窒素合成酵素(NOS)がmacula densa細胞全体に一様に分布しているのに対し,ROMKはこの細胞でも管腔側にのみ限局して発現していた.また集合管尿細管上皮においてはプロトンポンプが介在上皮細胞に分布しているのに対し,ROMKはプロトンポンプが発現していない尿細管上皮にのみ発現していた.この結果のみからはROMKが集合管上皮主細胞に発現しているとは確定できなかったが,この結果は集合管でのプロトン及びカリウムイオンの調節が異なる細胞により行われていることを示唆する興味深いものであった.

 以上の結果,SUR2bとROMKは両者の発現を,皮質ヘンレ上行脚太部,外側髄質集合管に認めた.ヘンレ上行脚太部ではintermediate conductance IRKが外側髄質ヘンレ上行脚太部には存在せず,皮質ヘンレ上行脚太部にのみ存在することが報告されていること,及びバーター症候群の原因遺伝子のひとつにROMKが同定されていること等の傍証に基づくと,この共発現の結果は,皮質ヘンレ上行脚太部においてSUR2bとROMKが異種多量体を形成しintermediate conductance IRKを構築することを示唆するものであった.また,SUR2bの発現が認められた近位尿細管では,他のIRKであるKir6.1及びKir6.2の発現を認めており,このSUR2bの近位尿細管における発現の結果は,近位尿細管においてSUR2bがこれら2種のIRKの何れか,あるいは両方と異種多量体を形成することを示唆するものであった.

審査要旨

 本研究はイオンチャンネルの調節因子として各臓器で重要な役割を演じていると考えられるABC(ATP-binding cassette)スーパーファミリーの同定、単離をラット腎臓において試みたものであり、下記の結果を得ている.

 1.ラット腎臓より抽出したpoly(A)RNAに、既知のスルホニルウレア受容体の塩基配列に基づいたプライマーを用い、逆転写-ポリメラーゼDNA鎖増幅反応(RT-PCR)を施行することにより、今まで報告がなかったラット腎臓にスルホニルウレア受容体の仲間が存在することを確認した.得られたDNA断片の塩基配列を調べることにより,このDNA断片は既知のスルホニルウレア受容体と高い類似性を持っている事が示された.

 2.RT-PCRにより得られたDNA断片をプローブに用い、ラット腎臓よりより作成したcDNAライブラリーをスクリーニングすることにより,新しいスルホニルウレア受容体(SUR2b)を単離した.このクローンは6628の塩基対からなるcDNAで,その中の4635塩基対がアミノ酸をコーディングしている領域であり,1545アミノ酸から形成される蛋白をコードしていた.アミノ酸配列から推定した二次構造予想より,このクローンは2つの大きな膜貫通部複合体と、その各々のカルボキシル側にATP接合部を持つという典型的なABCスーパーファミリーの特徴を持っている事が示された.

 3.各臓器より抽出したRNAにRT-PCRを施行することにより,既知のスルホニルウレア受容体(SUR2a)が大脳,心房,心室,骨格筋でのみ,その発現が認められるのに対して、このラット腎臓より得られたスルホニルウレア受容体(SUR2b)が本研究で検査した全ての臓器(大脳,小脳,心房,心室,肝臓,脾臓,腎臓,大腸,骨格筋)に発現されている事を明かにした.

 4.マイクロダイセクション法により腎ネフロンを各尿細管セグメントに分離したサンプルにRT-PCRを施行することにより,ラット腎臓より得られたスルホニルウレア受容体が、腎ネフロンセグメントの中で近位曲尿細管,近位直尿細管,皮質ヘンレ上行脚太部,遠位曲尿細管,皮質髄質集合管,外側髄質集合管に発現している事を明かにした.

 5.ラット腎臓におけるスルホニルウレア受容体と多量体形成をするパートナー候補である、ラット腎臓に存在する内向き整流性カリウムチャンネル(ROMK)の腎各部での発現を免疫蛍光法により明かにした.これによりROMKは外側髄質ヘンレ上行脚太部から外側髄質集合管の管腔側にのみその発現を認めることが示された.

 6.スルホニルウレア受容体が内向き整流性カリウムチャンネルに付与する生理的特徴、およびラット腎臓におけるスルホニルウレア受容体(SUR2b)と内向き整流性カリウムチャンネル(ROMK)の腎ネフロンセグメントにおける分布は、腎皮質ヘンレ上行脚太部に存在が知られているATP感受性カリウムチャンネルがSUR2bとROMKより構成されることを示唆するものであると考えられた.

 以上、本論文はラット腎臓より新しいスルホニルウレア受容体を同定単離し、その各臓器での分布、及び腎ネフロンセグメントでの分布を明かにした.本研究はこれまで未知に等しかったラット腎臓におけるスルホニルウレア受容体の存在を示したもので、今後のスルホニルウレア受容体の腎臓における働きの解明に重要な貢献をもたらすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる.

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