本研究はProstaglandinの合成における律速酵素であるProstaglandin H synthase/cyclooxygenase(PGHS)の白血病細胞における発現とその生理的意義の詳細を明らかにするため、12種類の白血病細胞株と57例の白血病患者からの白血病細胞を用いて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.PGHS-1に対するポリクロナル抗体を用い、12種類のヒト白血病細胞株(未処理およびTPA処理)および57例の白血病患者の末梢血単核球を材料に、immunoblotを施行し、PGHS-1蛋白のbandの有無を評価した。PGHS-1蛋白の発現は、ヒト血小板及び血小板/巨核球系の性質を持つMEG-01、CMKで強く、HELで弱く認められたが、そのほかの細胞では検出されなかった。TPA処理により成熟した巨核球系細胞に分化するMEG-01、CMK、HELは、この刺激によりさらに強いPGHS-1蛋白の発現が認められた。一方、TPA処理によりmonocyte/macrophage系に分化傾向を示すU937、THP-1、HL60では、未処理ではみられない72-kDa bandが明らかに検出された。PGHS-1は骨髄系細胞の一部に発現し、リンパ系細胞には発現していないことが明らかになった。 2.57例の白血病患者由来末梢血芽球の解析では、14例がPGHS-1蛋白陽性を示した。内訳は、9例のM1中に2例、11例のM2中に1例、7例のM4中に3例、4例のM5中に4例、1例のM7中に1例、8例のCML blast crisis中に3例(CML-M4,1例とCML-M7,2例)が陽性であったことから、PGHS-1はM4、M5、M7で陽性率が高かったことが明らかになった。ALLはすべて陰性であった。 3.白血病細胞株のTPA未処理、処理細胞についてRT-PCRを施行したところ、MEG-01、CMKはTPA未処理、処理いずれもPGHS-1のmRNAが検出された。一方、THP-1、U937、HL60ではTPA未処理では検出されなかったが、処理により検出可能となった。Nalm-6をはじめとするリンパ系細胞ではいずれも陰性であった。mRNAレベルにおいても、PGHS-1は成熟巨核球系あるいは活性化単球系に発現し、リンパ系細胞には発現していないことが明らかになった。 4.PGHS-1の発現と細胞のフラスコへの付着性との関連についての検討をした。白血病細胞株においてPGHS-1の発現と細胞の付着性がほぼ一致していること、monocyte/macrophage系に分化傾向を示す細胞株では、TPA刺激によるPGHS-1の誘導と付着能の獲得が平行して認められることおよびcycloheximideあるいはactinomycin D前処理により、PGHS-1蛋白と遺伝子の発現は、接着分子であるCD44の発現と平行して抑制されたことより、PGHS-1の発現と細胞の付着性との間には何らかの関連があるものと考えられた。 以上、本論文は白血病細胞におけるPGHS-1の解析から、PGHS-1は一部の骨髄系白血病細胞が持つ性質(成熟巨核球系あるいは活性化単球系)を検出できる新しい分化マーカーであり、PGHS-1蛋白・遺伝子の発現と細胞の付着性が相関することから、アラキドン酸代謝が細胞接着に関わっている可能性があることを明らかにした。本研究はヒト骨髄系白血病細胞の分化調節機構の解明に寄与するとともに、臨床的にも重要であり、学位の授与に値するものと考えられる。 |