学位論文要旨



No 113650
著者(漢字) 宋,暁輝
著者(英字)
著者(カナ) ソン,シャフィ
標題(和) 白血病細胞におけるPGHS-1の発現動態と臨床的意義についての検討
標題(洋) Expression of Prostaglandin H Synthase 1 in Leukemic Cells and Its Clinical Significance
報告番号 113650
報告番号 甲13650
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1311号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 講師 丹下,剛
内容要旨 研究の背景と目的

 Prostaglandin H synthase/cyclooxygenase(PGHS)は、prostaglandinの合成における律速酵素である。PGHSは、アラキドン酸からPGG2への酸化反応を触媒するcyclooxygenase活性と、PGG2をPGH2に還元するperoxidase活性を持つ。PGHSには二つのアイソザイム、即ち3.0KbmRNAから翻訳されほとんどすべての組織に構成的に発現するPGHS-1と、4.5KbmRNAから翻訳されサイトカイン等で誘導されるPGHS-2が存在する。血液細胞においてはPGHS-1は血小板に最も多く発現し、次に単球系にも発現しているが、白血病細胞におけるPGHS-1の発現とその生理的意義の詳細はわかっていない。本研究では、12種類の白血病細胞株(MEG-01,CMK,HEL,T33,K562,U937,THP-1,HL60,Nalm-6,Daudi,Ramos,Molt-3)と57例の白血病患者からの白血病細胞を用いて、PGHS-1の発現動態をmRNAおよび蛋白レベルで検索するとともに、ヒト白血病細胞において如何なる生理的意義を持つかについても検討した。

方法と結果の概要

 PGHS-1に対するポリクロナル抗体を用い、12種類のヒト白血病細胞株(未処理およびTPA処理)および57例の血小板数10万/l以下の白血病患者の末梢血より単核球を分離し、そのcell lysateをSDS-PAGE後、immunoblotを施行し、ECL systemにて72-kDaのPGHS-1蛋白のbandの有無を評価した。また、白血病細胞株のTPA未処理、処理細胞についてRT-PCRを施行し、PGHS-1のmRNAの発現の有無を検討した。Fluorescence-activated cell sorter(FACS)analysisにおいては、血小板巨核球に特異的なCD41(GPIIb/IIIa)に対する抗体を用いて12種類のヒト白血病細胞株(未処理およびTPA処理)のfluorescence intensityを測定した。さらにPGHS-1の発現と細胞の付着性との関連をみるために、接着分子の一つであるCD44に対する抗体を用い、FACS analysisを実施した。巨核球系、単球系とリンパ球系をそれぞれ代表するMEG-01、THP-1とNalm-6(TPA処理および蛋白合成阻害剤であるcycloheximideあるいはactinomycin D前処理)を用いてfluorescence intensityを測定した。

 最初に、PGHS-1蛋白の発現は、ヒト血小板及び血小板/巨核球系の性質を持つMEG-01、CMKで強く、HELで弱く認められたが、そのほかの細胞では検出されなかった。TPA処理により成熟した巨核球系細胞に分化するMEG-01、CMK、HELは、この刺激によりさらに強いPGHS-1蛋白の発現が認められた。また、全ての細胞株において、CD41とPGHS-1の発現が一致していることも判明した。一方、TPA処理によりmonocyte/macrophage系に分化傾向を示すU937、THP-1、HL60では、未処理ではみられない72-kDabandが明らかに検出された。

 また、RT-PCRによる検討では、MEG-01、CMKはTPA未処理、処理いずれもPGHS-1のmRNAが検出された。一方、THP-1、U937、HL60ではTPA未処理では検出されなかったが、処理により検出可能となった。Nalm-6をはじめとするリンパ系細胞ではいずれも陰性であった。また、57例の白血病患者由来末梢血芽球の解析では、14例がPGHS-1蛋白陽性を示した。内訳は、9例のM1中に2例、11例のM2中に1例、7例のM4中に3例、4例のM5中に4例、1例のM7中に1例、8例のCML blast crisis中に3例(CML-M4,1例とCML-M7,2例)が陽性であった。ALLはすべて陰性であった。

 次に、PGHS-1の発現と細胞のフラスコへの付着性との関連についての検討をした。TPA未処理の場合、MEG-01とCMKでは約80%、HELでは15%の細胞がFlask底への付着性を示したが、その他の細胞株では5%以下であった。TPA処理後では、MEG-01、CMK以外に、HEL、THP-1、U937が90%以上の付着性を認めた。HL60ではFlask底への付着性はみられなかったが、細胞同士の接着性を認めた。CD44について検討してみると、MEG-01とTHP-1では、TPA処理前のcycloheximideあるいはactinomycin D処理により、PGHS-1蛋白や遺伝子の発現が抑制されるのと同程度のCD44の発現抑制がみられた。他方、Nalm-6ではいずれも陰性のままであった。

まとめ

 12種類のヒト白血病細胞株の検討により、PGHS-1は骨髄系細胞の一部に発現し、リンパ系細胞には発現していないことが明らかになった。白血病患者より得た芽球の検討でも、PGHS-1はM4、M5、M7で陽性率が高くL1、L2は全例陰性であった。このことから、PGHS-1の発現の有無を検討することは芽球のcell lineageの診断に有用と思われた。また、(1)白血病細胞株においてPGHS-1の発現と細胞の付着性がほぼ一致していること、(2)monocyte/macrophage系に分化傾向を示す細胞株では、TPA刺激によるPGHS-1の誘導と付着能の獲得が平行して認められること、(3)Cycloheximideあるいはactinomycin D前処理により、PGHS-1蛋白と遺伝子の発現は、接着分子であるCD44の発現と平行して抑制されたことより、PGHS-1の発現と細胞の付着性との間には何らかの関連があるものと考えられた。

 結論としては、PGHS-1は一部の骨髄系白血病細胞が持つ性質(成熟巨核球系あるいは活性化単球系)を検出できる新しい分化マーカーであると考えられ、また、PGHS-1蛋白・遺伝子の発現と細胞の付着性が相関することから、アラキドン酸代謝が細胞接着に関わっている可能性が示唆された。

審査要旨

 本研究はProstaglandinの合成における律速酵素であるProstaglandin H synthase/cyclooxygenase(PGHS)の白血病細胞における発現とその生理的意義の詳細を明らかにするため、12種類の白血病細胞株と57例の白血病患者からの白血病細胞を用いて解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.PGHS-1に対するポリクロナル抗体を用い、12種類のヒト白血病細胞株(未処理およびTPA処理)および57例の白血病患者の末梢血単核球を材料に、immunoblotを施行し、PGHS-1蛋白のbandの有無を評価した。PGHS-1蛋白の発現は、ヒト血小板及び血小板/巨核球系の性質を持つMEG-01、CMKで強く、HELで弱く認められたが、そのほかの細胞では検出されなかった。TPA処理により成熟した巨核球系細胞に分化するMEG-01、CMK、HELは、この刺激によりさらに強いPGHS-1蛋白の発現が認められた。一方、TPA処理によりmonocyte/macrophage系に分化傾向を示すU937、THP-1、HL60では、未処理ではみられない72-kDa bandが明らかに検出された。PGHS-1は骨髄系細胞の一部に発現し、リンパ系細胞には発現していないことが明らかになった。

 2.57例の白血病患者由来末梢血芽球の解析では、14例がPGHS-1蛋白陽性を示した。内訳は、9例のM1中に2例、11例のM2中に1例、7例のM4中に3例、4例のM5中に4例、1例のM7中に1例、8例のCML blast crisis中に3例(CML-M4,1例とCML-M7,2例)が陽性であったことから、PGHS-1はM4、M5、M7で陽性率が高かったことが明らかになった。ALLはすべて陰性であった。

 3.白血病細胞株のTPA未処理、処理細胞についてRT-PCRを施行したところ、MEG-01、CMKはTPA未処理、処理いずれもPGHS-1のmRNAが検出された。一方、THP-1、U937、HL60ではTPA未処理では検出されなかったが、処理により検出可能となった。Nalm-6をはじめとするリンパ系細胞ではいずれも陰性であった。mRNAレベルにおいても、PGHS-1は成熟巨核球系あるいは活性化単球系に発現し、リンパ系細胞には発現していないことが明らかになった。

 4.PGHS-1の発現と細胞のフラスコへの付着性との関連についての検討をした。白血病細胞株においてPGHS-1の発現と細胞の付着性がほぼ一致していること、monocyte/macrophage系に分化傾向を示す細胞株では、TPA刺激によるPGHS-1の誘導と付着能の獲得が平行して認められることおよびcycloheximideあるいはactinomycin D前処理により、PGHS-1蛋白と遺伝子の発現は、接着分子であるCD44の発現と平行して抑制されたことより、PGHS-1の発現と細胞の付着性との間には何らかの関連があるものと考えられた。

 以上、本論文は白血病細胞におけるPGHS-1の解析から、PGHS-1は一部の骨髄系白血病細胞が持つ性質(成熟巨核球系あるいは活性化単球系)を検出できる新しい分化マーカーであり、PGHS-1蛋白・遺伝子の発現と細胞の付着性が相関することから、アラキドン酸代謝が細胞接着に関わっている可能性があることを明らかにした。本研究はヒト骨髄系白血病細胞の分化調節機構の解明に寄与するとともに、臨床的にも重要であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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