学位論文要旨



No 113651
著者(漢字) 瀬崎,和典
著者(英字)
著者(カナ) セザキ,カズノリ
標題(和) III群抗不整脈薬による多形性心室頻拍の自然停止の機序に関する実験的検討
標題(洋)
報告番号 113651
報告番号 甲13651
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1312号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 川久保,清
 東京大学 助教授 小塚,裕
 東京大学 講師 竹中,克
 東京大学 講師 小沖,和秀
内容要旨 目的

 心室細動は致命的不整脈であるが,臨床的にも,実験動物でも心室細動の自然停止がまれに報告されている。頻脈性心室不整脈の自然停止の頻度を高めれば,植え込み型除細動器の放電頻度を低下させることが期待される。III群抗不整脈薬の抗細動効果(antifibrillatory effect)として,従来は細動の予防効果に力点が置かれており,細動の停止効果についての基礎的研究は少ない。本研究はIII群薬により頻脈性心室不整脈の自然停止が促進されるか否かを検討し,またその機序を明らかにすることを目的とする。

方法

 麻酔開胸犬40頭(9.0-16.0kg)を用い,第Iおよび第II誘導心電図,血圧を記録した。刺激用双極電極を右心耳,左室前壁,右室流出路に配し,必要に応じ右室流出路・右室心尖部に記録用双極電極を縫着した。頻脈性心室不整脈は,拡張期刺激閾値の3倍の出力で100Hzの高頻度刺激を左室前壁に2秒間加え,誘発した。本研究は[実験1][実験2][実験3]の3部門で構成される。頻脈性心室不整脈の解析用に開発したマッピングシステムの精度確認を実験1で行った。実験2でd,l-sotalolによる多形性心室頻拍の停止効果とその機序を検討した。d,l-sotalolの投与によって多形性心室頻拍の自然停止の頻度が増すか否かを実験2-1で検討した。実験2-2で薬剤の電気生理学的を確認した。刺激伝導系による心室の順行性捕捉が頻拍停止に関与すると仮説をたて,実験2-3で多形性心室頻拍停止時の等時線マッピングを作成した。実験2-4で頻拍停止時に心房興奮と同期したヒス束の興奮が認められるか検討した。実験2-5でd,l-sotalolが室房伝導ブロックをもたらすかを検討した。実験2で問題とした頻拍と心室細動との異同を評価するため,無投薬下で誘発した心房細動のマッピングを実験3で行った。

[実験1]多チャンネル3次元マッピングシステムの精度

 心表面あるいは心筋層内から最大384電位を16秒間同時記録するマッピングデータ収録システムを開発した。4頭で洞性心室興奮の興奮伝播解析を行った。等間隔の短軸4〜5平面を想定し,各平面で針電極を心表面より刺入した。心筋穿刺電極は外形0.6mm,長さ10mmあるいは20mmの金属針に4対の双極電極(電極間隔05mm,双極電極間隔2.5mmあるいは5mm)を配したものを用いた。局所の心室興奮電位が明瞭でノイズの少ない誘導を基準として,心筋内の各点の心室興奮時間を測定した。

[実験2] d,l-sotalolによる多形性心室頻拍の自然停止の誘導

 (実験2-1)6頭でd,l-sotalolが多形性心室頻拍の自然停止効果を有するかを検討した。d,l-sotalolは2mg/kgを静脈内投与し,以後0.1mg/kg/分を持続投与した。洞結節を挫滅し心拍数を60/分以下の洞性徐脈あるいは心房静止とした状態(「洞性徐脈」と定義する)とその後150/分の右房連続刺激を継続した状態(「生理的上室刺激」と定義する)の2段階で,多形性心室頻拍を誘発し,30秒以内の自然停止率を比較した。また対照群として,麻酔開胸犬12頭で,薬物の無投薬下に洞性徐脈と生理的上室刺激の2段階で,誘発した多形性心室頻拍の30秒以内の自然停止率を検討した。以下の検討でも,薬剤投与量は実験2-1に準じ,d,l-sotalol投与後に生理的上室刺激を行い頻拍停止を誘導した。

 (実験2-2)実験2-1の6頭を含む7頭で,薬剤投与の前後で,基本周期400msecでの左室の有効不応期(effective reflactory period;ERP),右室内伝導時間(conduction time;CT),単相性活動電位持続時間(monophasic action potential duration;MAPD)を測定した。

 (実験2-3)6頭で多形性心室頻拍の自然停止時とその前後の3次元等時線マッピングを作成した。

 (実験2-4)4頭で,頻拍停止時のヒス束電位図を記録し,心房興奮と同期したヒス束の興奮の有無を検討した。

 (実験2-5)4頭で右室心表面から拡張期閾値の2倍の出力で刺激を加え,室房伝導の有無・1:1室房伝導する最短の刺激間隔(これを最短1:1伝導間隔,min1:1-CLと定義する)をd,l-sotalolの投与の前後で測定した。

[実験3]

 3頭で,薬剤無投与時に拡張期刺激閾値の3倍の出力で基本刺激周期長250msで刺激後に4〜6連発の早期期外刺激を左室心表面に加え,反復性心室応答(repetitive ventricular responce;RVR)および心室細動を誘発し,その3次元高解像度マッピングを行った。

結果[実験1]

 4頭全例で,血行動態が破綻することなく288点から340点の電位に相当する電極針を穿刺し得た。これらのうち93±2%で解析可能な電位が記録された。ノイズの混入はほとんどなく,記録不良は電極針の脱落ないし遊離によるか,双極電極が心室腔内に位置することによっていた。心筋電極でみた心室興奮時間は体表面心電図のQRS時間の97%以上を占めた。最早期興奮部位は心尖部からみて第2,第3層(心尖より2.5cm,3.5cm)の左室中隔内膜側に認められたが,左室内膜側興奮時間には部位による差は小さく,興奮の等時線は同心円状に外膜に向かって広がっていた。また内膜側で長軸方向に向かう興奮の時間差は小さく,短軸方向の伝導時間とは大きな差が確認された。

[実験2]

 (実験2-1)d,l-sotalol投与群では,洞性徐脈下に誘発した36回の多形性心室頻拍で,自然停止がみられたのは,2回(6%)であったが,生理的上室刺激下で誘発した24回の多形性心室頻拍の19回(74%)で頻拍は自然停止し,自然停止率は有意に生理的上室刺激時に高かった(p<0.001)。対照群では洞性徐脈時の24回,生理的上室刺激時の24回の頻脈性心室不整脈のうち,誘発30秒以内の自然停止は認められなかった。

 (実験2-2)

図表

 (実験2-3)6頭中5頭で血行動態の破綻を来すことなく,236〜268点の心筋内双極誘導電位に相当する電極の刺入が可能であった。3頭6回の多形性心室頻拍で電位記録中に自然停止がみられた。これらの自然停止を挟むように停止直前4拍と直後2拍の連続6心拍の等時線マッピング図を作成した。いづれの頻拍でも停止前は心室を円周上に大きく旋回する興奮前面がみられ,各短軸断面で上下方向から入り込んだ2,3の興奮前面が旋回しながら衝突していた。頻拍の最後の心拍ではそれ以前にみられた旋回性興奮前面が中隔と右室に残っていたが,左室自由壁の興奮は前壁および後壁乳頭筋から始まり心外膜側に進行する非旋回性の興奮前面によっており,非旋回性の興奮前面と旋回性の興奮前面が衝突して頻拍が停止していた。停止直後の2拍では,停止時にみられた左室乳頭筋の周辺を最早期興奮部位とする非旋回性前面により心室は興奮していた。

 (実験2-4)頻拍の自然停止時に同定可能なヒス束電位が記録できた3頭で6回の頻拍の自然停止がみられ,すべての停止時に心室興奮に先行するヒス束電位が記録された。

 (実験2-5)室房伝導はd,l-sotalol投与前には4頭全例で認めたが,投与後1頭で室房伝導は消失した。min1:1-CLは投与前値263±38msecに対し,投与後525±15msecと有意に延長した(p<0.05)。

[実験3]

 合計216〜228点の双極誘導を同時記録した。血行動態が破綻しなかった2頭で,11回のRVRと3回の心室細動が誘発された。誘発されたRVRの連発数は1〜6連発(平均2.7±1.7)であり,7連発以上は誘発されなかった。RVRはいづれも刺激部位直下の心筋層に起源を有していた。心室細動では期外刺激終了後の4拍は,RVRと同様に刺激部位直下に起源しており,左室短軸の1/3〜2/3を占める大きな不応期の領域が存在するためランダムリエントリー化しなかった。その後全体に興奮伝播速度が低下し,不応期が一挙に消失した結果,ランダムリエントリーへ移行していた。

結論

 d,l-sotalolにより高率にイヌ多形性心室頻拍の自然停止が得られた。頻拍の停止には生理的な心房興奮が必要であった。頻拍停止時には心房興奮と同期したヒス束電位が記録され,心室は上室起源のヒスプルキンエ系の興奮と頻拍の旋回性興奮の融合収縮をしていた。d,l-sotalol頻拍停止効果として,心室筋の不応期を延長し,細動中の興奮旋回のwave lengthを増加させる結果,ランダムリエントリーがより組織化されたマクロリエントリーに収束し興奮間隙を生じる一方,刺激伝導系で室房伝導ブロックを来たすため,上室性興奮が順伝導性に心室を捕捉可能となり,旋回性興奮と衝突することで頻拍が自然停止すると考えられた。頻脈性心室不整脈の症例で,III群薬により植え込み型除細動器の放電頻度が低下する可能性が示唆された。

審査要旨

 本研究は心臓突然死の主要な原因の一つである多形性心室頻拍に対するIII群抗不整脈薬の突然死予防効果の機序を明らかにするため、従来日本国内では実用化されていない高解像度3次元マッピングシステムを構築し、さらにごく稀な現象とされてきた頻脈性心室不整脈の自然停止をIII群抗不整脈薬のd,l-ソタロールの投与によってイヌで誘導し、頻脈の停止時の心室興奮のシークエンスの検討を試みたものであり、一連の麻酔開胸犬での検討から以下の結果を得ている。

 1.生理的な心拍を維持しうるよう心房連続刺激を行いながら、実験的常用量のd,l-ソタロールを投与すると、電気的に誘発した多形性心室頻拍の自然停止が高率に認められた。心房刺激を加えずに、洞結節を挫滅し洞性徐脈とした状態ではd,l-ソタロールの投与によっても多形性心室頻拍の自然停止はほとんど認められなかった。以上よりd,l-ソタロールによる頻拍の自然停止効果には生理的頻度の心房興奮が必要であることが示された。

 2.d,l-ソタロールにより誘導した多形性心室頻拍の自然停止の周辺で3次元マッピングを行い、停止直前の頻拍がマクロリエントリーによっていること、頻拍の停止時にはリエントリーにはよらない興奮前面が左室心内膜の前後の乳頭筋付着部位付近から発生し、この興奮とリエントリー性興奮の融合収縮を呈していること、および停止時に出現する非リエントリー性興奮前面は上室刺激時ならびに洞性心室興奮時のものと同様な伝導様式をとることが示された。

 3.頻拍停止時のヒス束心電図の記録を行い、頻拍の自然停止時には心房興奮と同期したヒス束電位が記録されることを示した。またd,l-ソタロールの投与によって、室房伝導ブロックを来していることを示した。

 4.薬物の投与なしに電気的に誘発した心室細動の成立直後のマッピングを行い、心室細動は上記の多形性心室頻拍と同様のランダムマクロリエントリーによることを示した。

 以上より、d,l-ソタロールは頻拍中の心室に興奮間隙を形成するとともにヒスプルキンエ系で室房伝導ブロックを誘導を起こす結果、生理的な上室興奮が頻拍中の心室を順行性に捕捉することが頻拍の自然停止の機序と考えられた。

 以上、本論文は従来、III群抗不整脈薬の抗頻拍効果として注目されていなかった頻拍の停止効果の存在と機序を明らかにしたものである。本研究は、臨床電気生理学の分野で現在主要な問題である植え込み型徐細動器とIII群抗不整脈薬の併用の意義についてその理論的根拠の一つに頻拍の自然停止の誘導効果があることを示し、致死的不整脈の治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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