血中平滑筋ミオシン重鎖及びクレアチンキナーゼBB型アイソザイムによる大動脈解離の生化学的診断 ミオシンは人体内に最も多く存在する蛋白の一つであり、特に筋組織では豊富で、アクチンとともに重合して筋収縮機構を形成する。平滑筋に特異的に発現するミオシン重鎖に対して特異的な抗体を用いた免疫組織学的検討によるヒト組織における平滑筋ミオシン重鎖の発現を検討した結果、平滑筋ミオシン重鎖は特にヒト大動脈中膜の平滑筋層に豊富に存在することが認められ、血管中膜の平滑筋の分子マーカーとしての平滑筋ミオシンの有用性が確立された。このことから、同蛋白の平滑筋特異性に注目し、大動脈解離に代表される血管中膜の平滑筋層が傷害される疾患の検出の応用を目的として、平滑筋ミオシン重鎖のイムノアッセイ法を開発した。
急性大動脈解離症例40例を用いて血中平滑筋ミオシン重鎖値の測定を行った結果、平滑筋ミオシン重鎖の血清中の値は、大動脈解離の急性期において有意な上昇を示した。特に発症後24時間以内の上昇は顕著で、ほぼ全例で10ng/ml以上の値を示したが、その後はほぼ全例で急速に2.5ng/ml以下の正常域に減少した。カットオフ値が2.5ng/mlの場合、発症12時間以内の感度は85%、24時間以内の感度は78%であった。また、限局した病変においては血中平滑筋ミオシンの入院時の値と12時間後の値に有意差がみられたことから、定量的な性質も示唆された。さらに、胸部・背部痛の鑑別疾患として重要な急性心筋梗塞症50例においては異常高値は示されず、また腎不全により修飾されることもなかった。
他の大動脈疾患においても平滑筋ミオシン重鎖値を検討した。大動脈炎症候群の症例では高値は認められなかったが、比較的稀な疾患である外傷性の急性大動脈破裂数例では、血中平滑筋ミオシン重鎖値は大動脈解離と同様で、発症直後に著しい高値を示すことが判明した。経時的変化のプロフィールも大動脈解離と同様に、発症直後の顕著な高値の後に急激に減少する傾向が認められた。ただし、外傷の患者は血管障害や他の平滑筋組織の障害を伴うこともあり、血中の値の解釈に注意を要する。
大動脈解離の生化学的診断に有用な血液生化学マーカーについてさらに詳細に検討した結果、平滑筋や脳に選択的に発現していするクレアチンキナーゼのBB型アイソザイム(CK-BB)も大動脈解離で高値を示すことが明らかになった。興味深いことに、CK-BBのピークは平滑筋ミオシン重鎖よりやや遅れてみられ、両マーカーの併用による大動脈解離の生化学的診断・病態把握が今後期待できる。
ただし、平滑筋ミオシン重鎖とCK-BBはともに、子宮等の平滑筋組織を含む他臓器の疾患でも高値を示す可能性があることから、検査結果の解釈には十分な注意を要する。
平滑筋ミオシン重鎖値の測定、CK-BBによる大動脈解離の生化学的診断は、特殊な技術等を必要とせず、心臓血管専門医以外でも使用できる同疾患の簡便な診断法として、今後臨床の場で幅広く活用されると期待される。スクリーニング法としての活用の他に、確立された画像診断法に血液生化学的指標の測定を併用することで、病勢、活動性等の貴重な情報が得られ、急性大動脈解離の鑑別、経過中の病態の管理指標として用いることも可能と考えられる。