学位論文要旨



No 113660
著者(漢字) 一色,政志
著者(英字)
著者(カナ) イッシキ,マサシ
標題(和) ATP刺激に対する血管内皮細胞Ca2+wave発火部位とカベオリン分布
標題(洋)
報告番号 113660
報告番号 甲13660
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1321号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 河西,春郎
 東京大学 助教授 後藤,淳郎
 東京大学 助教授 山田,信博
内容要旨 1.背景と目的

 血管内皮細胞は化学物質や血流に応じて血管トーヌスや遺伝子発現などを調節しており、その細胞内情報伝達のセカンドメッセンジャーとしてCa2+は重要である。多くの細胞においてはATPなどのアゴニストが細胞膜のG蛋白に共役した受容体に結合すると、PLCを活性化して細胞内IP3が産生される。IP3は細胞内Ca2+ストアである小胞体膜上のIP3受容体に作用してCa2+を放出する結果、細胞内Ca2+上昇の急峻なスパイクを形成する。近年の画像解析技術の進歩により、数ミリ秒、あるいは細胞内小器官レベルでの詳しい時間・空間分解能でこの細胞内Ca2+動態をイメージングすることが可能となってきた。刺激に反応して生じる[Ca2+]iスパイクはダイナミックに構成されるカルシウムウェーブ(Ca2+wave)として細胞内を伝播していることが明きらかとなり、既にいくつかの種類の細胞ではCa2+waveの発火や伝播の様式に関して詳しく記述されている。たとえば、膵の外分泌細胞においては、アゴニスト刺激によってCa2+waveが細胞内の分泌極から発火して細胞全体へと伝播していくことが、分泌顆粒の放出と関連づけられている。しかしながら、血管内皮細胞におけるアゴニスト刺激によって生じるCa2+waveの発火点や伝播様式あるいはそれに関連する細胞構造など、その詳細については十分な検討が未だなされていない。

 内皮にはカベオラという径50-100nmの膜陥入構造、またはエンドゾーム様小胞構造が多数存在しており、そこにはIP3受容体様蛋白やCa2+ポンプをはじめ、PLC、PKC、内皮NO合成酵素などCa2+調節に関連する多くの情報伝達関連分子が集中している事が近年明きらかになってきている。カベオラにはカベオリンという蛋白が特異的に存在しており、カベオラの構造と機能に重要な役割を果たすと考えられている。

 本研究では、ATP刺激によって生じる内皮細胞[Ca2+]i反応を共焦点レーザー顕微鏡を用いて解析した。そして、単一細胞における刺激直後の[Ca2+]iスパイクの時間空間的な変化とカベオリンの分布との関連を、[Ca2+]iイメージングと免疫蛍光染色により検討した。さらに、アクチン、ビンキュリン、微小管などの他の細胞構成要素との関係についても検討を加えた。

2.方法

 牛胎児大動脈培養内皮細胞に蛍光Ca2+指示薬Indo-1を負荷し、ATP刺激によって生じる細胞内Ca2+上昇反応を共焦点レーザー顕微鏡(Bio-Rad MRC 1000UV)で測光した。画像解析は、1波長励起、2波長測光したIndo-1の蛍光比イメージをフリーソフトウェアであるCLSM Artistを用いて計算し、疑似カラー表示した。またIP3受容体阻害薬であるheparinをEppendorf社製のマイクロマニピュレーターおよびマイクロインジェクターを用いて細胞内微小注入することによる[Ca2+]i上昇に対する影響を検討した。イメージングを行った細胞に対しては固定後、カベオラのマーカーであるカベオリンに対する抗体を用いて免疫蛍光染色を行い、Ca2+上昇開始点とカベオリン分布の関係を検討した。また、蛍光蛋白であるGFP(Green Fluorescent Protein)とカベオリンの融合蛋白を同時に発現するベクターを導入した細胞にIndo-1を負荷し、細胞が生きている状態でも同様の実験を行った。さらに、微小管の重合を阻害するcolcemid処理や流れ刺激でカベオリンの分布を変化させたときのCa2+上昇開始点の変化について解析した。なお、免疫蛍光染色ではカベオリン、ビンキュリン、チュブリン、アダプチンに対する一次抗体に対する二次抗体はCy5またはFITCで標識したものを用い、アクチンはTexas Red標識phalloidinで染色してそれらの多重染色像を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。

3.結果と考察

 ATP(500nM)存在下でのメディウムの流れによって内皮細胞[Ca2+]iは上昇した。その上昇パターンはbiphasic(60%),oscillatory(32%),transient(6%)と細胞ごとに異なっていた。どの反応パターンにおいても反応直後のスパイクを形成するCa2+上昇は細胞辺縁の限局した固有の部位から始まり、Ca2+waveとして細胞全体へと約30m/sの速度で伝搬した。この反応はATP非存在下では生じなかったこと、ATPスカベンジャーであるapyraseやP2受容体阻害薬であるsuraminで完全に消失したこと、流れの方向を変えたり細胞外Ca2+を除去した場合にも同一部位からCa2+waveが発火・伝播したことより、ATP分子がP2受容体と結合した結果細胞内Ca2+ストアから動員されたものであると考えられた。ATPと同様にG蛋白・PLCを介して細胞内IP3上昇をきたすアゴニストであるbradykininは、ATP刺激の場合と同一の細胞内マイクロドメインからCa2+waveを発火させた。対照的に、IP3上昇を介さないA23187やthapsigarginで刺激した場合には特定の発火部位やCa2+waveは認められず、[Ca2+]iは比較的緩徐に、細胞全体でほぼ均一に上昇した。さらに、IP3受容体阻害薬であるheparinを細胞内注入することによりCa2+上昇は抑制された。これらの所見より、Ca2+waveの発火と伝播はIP3による細胞内Ca2+の動員によるものであることが示された。

 Ca2+waveの発火点とカベオラとの関係を検討するために、Ca2+イメージングを行った細胞に対してカベオリンに対して免疫蛍光染色を行った。その結果、カベオリンは細胞辺縁の一部に強く発現する傾向があり、このカベオリン集中部位よりCa2+waveが発火した。GFP-カベオリンのキメラ遺伝子を導入した細胞においてもCa2+waveは辺縁のGFP-カベオリン集中部位から発火した。他方、初期エンドゾームのマーカーである細胞内に取り込まれたFITC標識トランスフェリンや、クラスリンに関連するアダプター蛋白のサブユニット(-adaptin、1/2-adaptin)の分布は細胞全体に比較的均一に分布しており、カベオリン分布はCa2+waveの発火部位の決定により重要な因子である事が示唆された。

 次に、カベオリン分布とATP刺激によって生じるCa2+waveの開始点との関係をcolcemid処置をした細胞において検討した。細胞は円形となり、カベオリンは細胞中央へ後退・集積した。ATP刺激に対しては、細胞辺縁ではなく細胞中央のカベオリン集積部の辺縁よりCa2+上昇がほぼ同時にリング状に開始した。

 さらに、細胞辺縁のカベオリン集中部位は流れ存在下(shear stress:20dyn/cm2,24-48h)で細胞培養することにより流れの上流側へとシフトした。カベオリンのシフトは同時に染色したアクチン、ビンキュリン、チュブリンの分布の変化と相関する傾向は認められなかった。流れ負荷した細胞に対してATP刺激によって生じるCa2+waveの発火点は、上流側ヘシフトしたカベオリン集中部位から発火した。

 Ca2+waveがカベオリン集中部位から発火する機序の詳細は現時点では明きらかではないが、以下の可能性が考えられる:1)IP3の基質である膜のPIP2は主にカベオラに集中しており、しかもこのカベオラPIP2が特異的に加水分解を受けてIP3が産生される事が報告されているので、局所で産生されたIP3が近傍に存在するER上のIP3受容体に直接作用してCa2+放出を起こす。2)カベオラ自身がCa2+保持性の高いCa2+ストアとして機能し、Ca2+waveの発火に関与する。

 カベオラの集中する局所からCa2+waveを発火させる生理的意義としては細胞毒であるCa2+からの防御、小さいコンパートメントに分かれているカベオラにはCa2+依存性の酵素やキナーゼが集中しているのでシグナルの定量化と効率の面で生体にとって都合が良いことが考えられる。

4.結語

 ATPやブラジキニンなどのアゴニストによって、内皮細胞辺縁の固有のマイクロドメインより[Ca2+]i上昇が開始し、Ca2+waveとして核、細胞質全体へと伝播した。この[Ca2+]i上昇はIP3受容体を介する細胞内ストアからの動員によるものであった。カベオラのマーカーであるカベオリンは細胞辺縁の一部に集中する傾向があり、ATP刺激によって生じるCa2+waveはカベオリン集中部位より発火した。このカベオリンの分布はcolcemidによって細胞の中央へと凝集し、Ca2+上昇発火部位が細胞の中央から開始するようになった。さらに、流れ刺激存在下での培養によりカベオリン集中部位が上流にシフトし、Ca2+waveの発火部位がそれにともなって移動した。内皮細胞においてカベオラまたはカベオリンがCa2+waveの発火に関与するメカニズム、カベオリンが流れ存在下でその分布を変化させるメカニズム、それらの細胞生物学的意義、さらに病態との関連などを解明することは今後の重要な研究課題であると思われる。

審査要旨

 本研究は、ATP刺激によって生じる血管内皮細胞Ca2+上昇反応の開始点とカベオリン分布との関連を、共焦点レーザー顕微鏡を用いたCa2+イメージングと免疫蛍光染色を組み合わせて検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.ATP(500nM)存在下でのメディウムの流れによって内皮細胞[Ca2+]iは上昇した。その上昇パターンはbiphasic(60%),oscillatory(32%),transient(6%)と細胞ごとに異なっていた。どの反応パターンにおいても反応直後のスパイクを形成するCa2+上昇は細胞辺縁の限局した固有の部位から始まり、Ca2+waveとして細胞全体へと約30m/sの速度で伝搬した。この反応はATP非存在下では生じなかったこと、ATPスカベンジャーであるapyraseやP2受容体阻害薬であるsuraminで完全に消失したこと、流れの方向を変えたり細胞外Ca2+を除去した場合にも同一部位からCa2+waveが発火・伝播したことより、ATP分子がP2受容体と結合した結果細胞内Ca2+ストアから動員されたものであると考えられた。

 2.ATPと同様にG蛋白・PLCを介して細胞内IP3上昇をきたすアゴニストであるbradykininは、ATP刺激の場合と同一部位からCa2+waveを発火させた。対照的に、IP3上昇を介さないA23187やthapsigarginで刺激した場合には特定の発火部位やCa2+waveは認められず、[Ca2+]iは比較的緩徐に、細胞全体でほぼ均一に上昇した。さらに、IP3受容体阻害薬であるheparinを細胞内注入することによりCa2+上昇は抑制された。これらの所見より、Ca2+waveの発火と伝播はIP3による細胞内Ca2+の動員によるものであることが示された。

 3.Ca2+イメージングを行った細胞に対してカベオリンに対する免疫蛍光染色を行った。その結果、カベオリンは細胞辺縁の一部に強く発現する傾向があり、このカベオリン集中部位よりCa2+waveが発火した。GFP-カベオリンのキメラ遺伝子を導入した細胞においてもCa2+waveは辺縁に強く発現したGFP-カベオリン集中部位から発火した。他方、初期エンドゾームのマーカーである細胞内に取り込まれたFITC標識トランスフェリンや、クラスリンに関連するアダプター蛋白のサブユニット(-adaptin、1/2-adaptin)の分布は細胞全体に比較的均一に分布しており、カベオリン分布はCa2+waveの発火部位の決定により重要な因子である事が示唆された。

 4.カベオリン分布とATP刺激によって生じるCa2+waveの開始点との関係を,colcemid処置(0.1g/ml,48時間)をした細胞において検討した。細胞は円形となり、カベオリンは細胞中央へ後退・集積した。ATP刺激(3M)に対して、細胞辺縁ではなく細胞中央のカベオリン集積部の辺縁よりCa2+上昇がほぼ同時にリング状に開始した。

 5.細胞辺縁のカベオリン集中部位は流れ存在下(shear stress:20dyn/cm2,24-48h)で細胞培養することにより流れの上流側へとシフトした。カベオリンのシフトは同時に染色したアクチン、ビンキュリン、チュブリンの分布の変化と相関する傾向は認められなかった。流れ負荷した細胞に対してATP刺激(3M)によって生じるCa2+waveの発火点は、上流側へシフトしたカベオリン集中部位から発火した。

 以上、本論文はATP刺激によって内皮細胞内Ca2+上昇が、Ca2+waveとして細胞辺縁のカベオリン集中部位から発火すること、さらにその発火部位はカベオリンの分布の変化にともなって移動しうることをはじめて明らかにした。本研究は、細胞内Ca2+シグナリングに関わるカベオラおよびカベオリンの役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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