本研究は、食塩感受性高血圧の分子機構を明らかにするために、その疾患モデル動物として広く用いられているDahlラットの腎臓における遺伝子発現を解析することにより本症の病態に関与しうる候補遺伝子のスクリーニングを試みたものであり、下記の結果を得ている。 Dahl食塩感受性ラットとそのコントロールであるDahl食塩抵抗性ラットを通常食ないし高食塩食で4週間飼育し、各群(計4群)の腎臓よりRNAを調製し以下の解析を行った。 1.Na利尿ペプチド系は、その生理作用やノックアウトマウスの解析結果などから食塩感受性高血圧の病態に関与することが示唆されている。本研究ではNa利尿ペプチドの3種類の受容体(NPR-A,B,C)の遺伝子発現をDahlラット4群の腎臓で比較し、食塩負荷によりNPR-Cの発現のみが著明に低下し、しかもその程度が食塩感受性ラットで過大であることを見い出した。さらにin situ hybridizationにてNPR-Cは主に糸球体のpodocyteに発現していることが示された。NPR-Cはクリアランス受容体として知られているが、未だその生理機能の詳細は不明であり、今回の結果はNPR-Cが食塩感受性高血圧の病態生理に関与する可能性を示唆するものである。 2.近年血管内皮細胞の新たな酸化LDL受容体(LOX-1)がクローニングされた。本研究では、このLOX-1の遺伝子発現をDahlラット4群の腎臓で比較し、その発現が高食塩食で飼育したDahl食塩感受性ラットで著明に亢進していることを見い出した。酸化LDLは動脈硬化の強力な危険因子と考えられているが、今回の結果は酸化LDLと高血圧の新たな関連性を示唆するものである。 3.differential display法とは、実験群に特異的に発現している遺伝子を対照群との比較により同定する、発現量の差に基づく遺伝子クローニング法である。本研究ではDahlラット4群の腎臓にdifferential display法を応用して、食塩感受性群と抵抗性群、高食塩食群とコントロール食群の間で発現量に差のある遺伝子を3種類同定した。 クローン1は高血圧ラットの既知の原因候補遺伝子とされるSA遺伝子と同一で、その発現はDSで亢進しており、食塩負荷にて減少した。クローン2はneurotrophin-3受容体(trkC)遺伝子の一部と同一で、発現量はDR・DSともに食塩負荷にて減少した。クローン3は新規遺伝子であって、アセチルコリン受容体7遺伝子の3’非翻訳領域と90%のホモロジーのある部分を含み、DSで発現が亢進していた。in situ hybridizationでは、腎臓の近位尿細管に特異的に発現していた。この遺伝子の全長配列を決定したところ新規LTR型レトロポゾンであることが判明し、REPT1(rat retrovirus-like element transcribed in proximaltubules)と命名した。 食塩感受性高血圧の原因候補遺伝子として近年いくつかの報告がなされている。しかし本症は多因子遺伝と考えられており、既報の遺伝子のみではまだその分子機構は十分説明できない。 本研究では、食塩感受性高血圧のモデル動物の腎臓において、differential display法を中心とした発現量の差に基づく解析によりその病態に関与しうる候補遺伝子として、NPR-C、LOX-1、SA、trkCおよび新規遺伝子(REPT1)を同定した。differential display法は近年開発された方法であるが、この方法を高血圧の原因候補遺伝子の同定に応用することにより、新規遺伝子を含む興味深い遺伝子が同定された。これらの結果は高血圧研究領域に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |