学位論文要旨



No 113664
著者(漢字) 孟,高淵
著者(英字)
著者(カナ) メン,ガオユァン
標題(和) POZ/Zineフィンガー蛋白、RP58、の機能と遺伝子構造に関する研究
標題(洋) Studies on the Function and Gene Structure of a Novel POZ/Zinc-Finger Protein,RP58
報告番号 113664
報告番号 甲13664
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1325号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中畑,龍俊
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 別所,文雄
内容要旨 研究の背景:

 ヒトゲノム上には、遺伝子組み換えを高頻度に起こす領域(組み換えホットスポット)の存在が知られている。このような領域は、細胞の分裂、増殖、細胞周期、アポトーシスなど細胞の基本的機能に関与する遺伝子の近傍に位置することが多い。造血器疾患においては、免疫グロブリン、T細胞レセプター遺伝子がこの領域に染色体間組み換えを高頻度起こし、近傍に位置する遺伝子の発現を攪乱して細胞の癌化に大きな影響を及ぼすことが知られている。従来、このような疾患は免疫グロブリン、T細胞レセプター遺伝子再構成に関与するVDJリコンビネースがシグナル配列(ヘプタマー、ノナマー配列)を誤認することによるものと考えられてきたが、多くの白血病・悪性リンパ腫症例では染色体切断点部位にヘプタマー、ノナマー配列が認められない場合が多い。

 我々は、T白血病・悪性Bリンパ腫において染色体間遺伝子組み換えを高頻度に起こす部位に共通するシグナル様塩基配列を見いだした。その後の研究成果から、この配列を特異的に認識して結合する蛋白質、トランスリン(Translin)を同定し、その遺伝子を単離することに成功した。トランスリン蛋白は、ヒト、マウス、ニワトリ間で非常に良く保存されており、ジスルフィド結合とロイシン・ジッパー構造を介して、リング状の8量体という独特な高次構造を呈している。さらに、トランスリンの核内における存在は選択的核内移行によって制御されていることが明らかとなった。

 トランスリン蛋白の具体的な生理機能を解明するために、トランスリンと相互作用する蛋白を酵母two-hybrid法で検索した結果、複数の蛋白をコードする遺伝子をクローニングすることに成功した。本研究ではそのうちの一つ、RP58遺伝子の構造とコードする蛋白の機能について詳細に検討を加えた。

研究の内容:

 トランスリンの生理的な機能を明らかする目的で、トランスリンと相互作用する蛋白質の検索を酵母two-hybrid方法を用いて行なった結果、RP58遺伝子をクローニングすることに成功した。次に、ゲノムの解析から、ヒト及びマウスRP58遺伝子は、相同性が高く、イントロンを含まず、一つのエクソン(約4.3kb)から構成されていることが判明した。Fluorescence in situ hybridization(FISH)分析によって、RP58遺伝子は、ヒト第1染色体の長腕、q44に位置していることが明らかとなった。ノーザンプロットを行なった結果、RP58の主要転写産物のサイズは4.3kbであった。しかし、その発現は組織によって異なっており、筋肉、脳、膵臓、胸腺、心臓、精子、及び脾臓では特に強く発現されていた。また、興味ある点は、4.3kbの主要バンド以外に小脳特異的な7kbのバンドが認められる点である。

 RP58遺伝子によってコードされるRP58蛋白は、522アミノ酸からなる58kDaの蛋白で、そのC末端にKruppel型Zincフィンガーのモチーフを保有し、N末端は、Bcl-6を始めとする数多くのZincフィンガー蛋白と高い相同性を示す領域(POZドメイン)から構成されていた。RP58蛋白が結合するDNA塩基配列をCAST(cyclic amplification and selection of targets)法を用いて検索した結果、E-boxコンセンサス配列CANNTGを含むA/CACATCTGコア配列に結合することが明らかとなった。POZドメインを保有する蛋白の多くは転写関連因子であることが知られているため、RP58蛋白の転写に及ばす影響を解析したところ、RP58蛋白はその結合するDNAを介して転写を強く抑制することが判明した。次に、RP58蛋白の転写抑制部位を決定するために、各ドメインを欠損する蛋白をGAL-4ベクターに組み込み、SV40 early promoterに連結したルシフェラーゼ遺伝子と伴に種々の細胞へトランスフェクションした結果、Zincフィンガードメインを含むC末端にのみ強い転写抑制作用が認められた。

 以上の結果を要約すると、RP58蛋白はPOZドメインとZincフィンガーモチーフを備え、E-boxを含む塩基配列特異的な結合を介して転写を抑制する蛋白である(M.W.58kDa)。また、POZドメインを保有する多くの蛋白とは異なり、転写活性を抑制する部位がZincフィンガードメインに存在していることも特筆すべき点である。ヒト及びマウスRP58遺伝子は、相同性が高く、一つのエクソンから構成されている。RP58遺伝子座は、ヒト第一染色体の長腕、1q44である。

今後の課題:

 1.RP58蛋白は転写調節の抑制因子として、生体内でトランスリン蛋白とどのような相互作用を介して機能しているのかを明らかにする必要がある。

 また、リンパ系腫瘍に頻発する染色体間遺伝子組み換えにおいて、RP58の果たす具体的な機能が解明されなければならない。

 2.RP58蛋白が結合するDNA塩基配列にE-boxが含まれていることは、E-box結合蛋白であるHLH(Helix-Loop-Helix)蛋白とDNA結合部位を競合する可能性が考えられ、今後、RP58蛋白の生理的役割を考える上で興味深い。

 3.小脳に特異的に見られるRP58の転写活性を明らかにすることによって、RP58遺伝子のスプライシングの違いによる小脳特異的蛋白の発現の可能性や、脳疾患との関連性を調べることは興味深いところである。

 4.FISH法で決定されたRP58遺伝子座、1q44と疾病との関連が明らかにされなければならない。

審査要旨

 急性Tリンパ芽球性白血病(T-ALL)や濾胞性Bリンパ腫における染色体転座切断部位に結合する蛋白質、トランスリン(Translin)の具体的な生理機能を解明するために、トランスリンと相互作用する蛋白を酵母two-hybrid法で検索した。その結果、トランスリンと特異的に結合する複数の蛋白をコードする遺伝子をクローニングすることに成功した。

 本研究はそのうちの一つ、RP58遺伝子の構造とコードする蛋白の機能について詳細に検討を加え、下記の結果を得ている。

 1、RP58遺伝子によってコードされるRP58蛋白は、522アミノ酸からなる58kDaの蛋白で、そのC末端にKruppel型Zincフィンガーのモチーフを保有し、N末端は、Bcl-6を始めとする数多くのZincフィンガー蛋白と高い相同性を示す領域(POZドメイン)から構成されていた。

 2、ゲノム解析から、ヒト及びマウスRP58遺伝子は、相同性が高く、イントロンを含まない、一つのエクソン(約4.3kb)から構成されていることが判明した。

 3、Fluorescence in situ hybridization(FISH)分析によって、RP58遺伝子は、ヒト第1染色体の長腕q44に位置していることが明らかとなった。

 4、ノーザンプロットを行なった結果、RP58の主要転写産物のサイズは4.3kbであることがわかった。しかし、その発現は組織によって異なっており、筋肉、脳、膵臓、胸腺、心臓、精子、及び脾臓では特に強く発現されていた。また、小脳特異的な7kbのバンドが認められたことは特筆すべきことである。

 5、RP58蛋白が結合するDNA塩基配列をCAST(cyclic amplification and selection of targets)法を用いて検索した結果、E-boxコンセンサス配列CANNTGを含むA/CACATCTGコア配列に結合することが明らかとなった。

 6、POZドメインを保有する蛋白の多くは転写関連因子であることが知られているため、RP58蛋白の転写に及ぼす影響を解析した。その結果、RP58蛋白は塩基配列特異的に転写を強く抑制することが判明した。次に、RP58蛋白の転写抑制部位を決定するために、各ドメインを欠損する蛋白をGAL-4ベクターに組み込み、SV40 early promoterに連結したルシフェラーゼ遺伝子と伴に種々の細胞へトランスフェクションした結果、Zincフィンガードメインを含むC末端にのみ強い転写抑制作用が認められた。

 以上、本研究ではRP58遺伝子をクローニングし、そのゲノム構造を解析することに成功した。その結果、RP58によってコードされる蛋白がPOZドメインを備えたZincフィンガー蛋白で、E-boxを含む塩基配列特異的な結合を介して転写を抑制する蛋白であることを明らかにした。また、POZドメインを保有する多くの蛋白とは異なり、RP58蛋白の転写活性を抑制する部位がZincフィンガードメインに存在していることも特筆すべき点である。RP58蛋白機能の解明とその遺伝子構造の解析、更に染色体マッピングによって、遺伝子発現の制御機構と関連する疾病の解明する上で、本研究は重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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