学位論文要旨



No 113665
著者(漢字) 宮尾,益理子
著者(英字)
著者(カナ) ミヤオ,マリコ
標題(和) 遺伝子多型性を用いた骨粗鬆症の遺伝的素因の解析
標題(洋)
報告番号 113665
報告番号 甲13665
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1326号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 助教授 中村,耕三
 東京大学 助教授 堤,治
 東京大学 講師 門脇,孝
 東京大学 講師 五十嵐,隆
内容要旨 I.緒言

 骨粗鬆症は、骨密度の減少と、骨微細構造の脆弱化により骨折し易くなった疾患であり、加齢に伴い罹患者は増加する。高齢者人口の増加とともに、骨粗鬆症患者数は、合併症である骨折の発症とともに増加し、社会的、経済的に大きな問題となっている。骨密度は、複数の遺伝的素因、複数の環境素因の関与により規定されており、これらを把握することは、発症予防、早期診断、治療に有用と思われる。

 骨組織は、絶えず骨形成と骨吸収を繰り返し、この骨代謝には、サイトカイン、細胞増殖因子、カルシウム調節ホルモン、性ホルモン等が関与している。これらの遺伝子異常あるいは多様性は低骨密度、骨粗鬆症に関与する可能性がある。

 これまでに、骨密度関連遺伝子としてビタミンD受容体(Vitamin Dreceptor;VDR)をはじめ、エストロゲン受容体(estrogen receptor;ER)、ApoEについて報告がある。ER、ApoEに関する報告は、長野県に在住する比較的環境因子の類似した同一集団での検討であるが、骨粗鬆症の病態における多様性を考えるに、他の遺伝子についても解析する必要がある。そこで、本研究では、これまでに検討されていない骨代謝関連遺伝子のいくつかを候補遺伝子としてとりあげ、前述の集団において多型性を分析し検討を加えた。候補遺伝子には、骨吸収因子性サイトカインであるインターロイキン1(interleukin-1;IL-1)、カルシウム調節ホルモンである副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone;PTH)、骨形成促進因子として知られ、成長ホルモン、エストロゲン、PTHのmediatorとなりうるインスリン様成長因子(insulin-like growth factor-I;IGF-I)、骨吸収抑制作用を有するカルシトニン(calcitonin;CT)を選んだ。

 本研究では、以上に述べたIL-1、PTH遺伝子につき、制限酵素切断長多型性(Restriction fragment length polymorphism;RFLP)を用いて、またIGF-I、CT遺伝子についてはマイクロサテライト(CA repeat)遺伝子多型性を用いて骨密度や骨代謝マーカーとの関連を検討した。CTに関しては新たに同定したマイクロサテライト遺伝子多型性を用いた。

II.対象と方法1.対象

 長野県在住の閉経後1年以上を経過した非血縁日本人女性を対象とした。各遺伝子毎の検討症例数、平均年齢を以下に示す。IL1:333例(65.8歳)、IL1:366例(65.5歳)、PTH:384例(66.2歳)、IGF-I:314例(66.3歳)、CT:311例(64.1歳)

2.遺伝子型の決定a.RFLPを用いた解析

 各対象の末梢血白血球からDNAを抽出し、IL-1、IL-1、PTHのRFLP siteを含むDNA断片を特異的なprimerを用いpolymerase chain reaction(PCR)法で増幅した。得られたPCR産物に制限酵素を作用させ、遺伝子型を決定した。用いた制限酵素は、それぞれ、IL-1:ItaI、IL-1:Ava-I、PTH:BstBIである。多型性の表示は、同対象について予め検討したER(PvuII,XbaI)、VDR(ApaI,BsmI)も含め、制限酵素で切断されない場合のアリルを制限酵素の頭文字の大文字で、切断される場合を小文字で表記した。なお、PTH遺伝子は、多型性の当初の報告に従い切断される場合を大文字、切断されない場合を小文字とした。

b.マイクロサテライト遺伝子多型性を用いた解析

 IGF-I遺伝子については、Weberらの報告によるマイクロサテライト遺伝子多型性を用いた。CT遺伝子については、その近傍に新しい遺伝子多型性をPAC libraryから、PCR法とハイブリダイゼーションによるスクリーニングで単離し用いた。

 各対象の末梢血白血球からDNAを抽出し、IGF-I遺伝子、CT遺伝子の近傍に存在するCA repeatを含む領域を5’側のprimerを蛍光色素で標識し、PCR法で増幅した。オートシークエンサーにて、各PCR産物の大きさを求め、各遺伝子のCA repeat数を求めた。IGF-I遺伝子は、CA repeat数が19回の遺伝子型をもつもの((CA)19)をZ、(CA)18でPCR産物の大きさが2塩基短いものをZ-2などとし、各対象の遺伝子型を決定した。CT遺伝子は、PCR産物の大きさに、Aを頭文字としてつけ各遺伝子を命名した。

3.骨塩量、骨代謝マーカーの測定及び統計的解析

 対象の脊椎および全身の骨塩量をdual energy X-ray absorptiometry(DXA)法にて測定した。各種骨代謝マーカーを測定し、骨密度、背景因子とともに遺伝子多型性との関連につき検討した。2群間の比較にはunpaired t-test、3群間の比較はANOVA法を用い、p<0.05をもって有意とした。

III.結果1.IL-1,

 IL-1遺伝子のII genotypeを有する例は1例のみであったため、Ii群、ii群の2群間で比較検討を行った。IL-1遺伝子のgenotypeは、AA、Aa、aaの3群間で、同様に比較検討を行った。背景、骨代謝マーカー、骨密度のいずれにも群間に有意な差は認められなかった。

2.PTH

 PTH遺伝子のbb genotypeを有する例は2例のみであったため、BB群、Bb群間で背景因子、骨密度、骨代謝マーカーを比較検討した。背景因子に両群間で差は認められなかった。Bb群の腰椎(L2-4)骨密度は、絶対値、Z scoreともに、BB群に比して有意に低く、全身骨密度でも、絶対値、Z scoreともに、BB群に比して低い傾向を認めた。骨代謝マーカーの比較では、Bb群においてより高代謝回転の状態にあることが示唆された。

3.IGF-I

 IGF-I遺伝子は、6遺伝子型に分類された。塩基配列は、これまでの報告と異なり、CA repeatの3’側の2塩基が欠失していた。各アリルを有する群と有さない群での群間比較では、骨密度Z scoreに統計学的な有意差は認められなかった。

4.CT

 CT遺伝子のアリルは、A132(CA repeat数10回:(CA)10)、A134((CA)11)、A144((CA)16)、A146((CA)17)、A148((CA)18)、A152((CA)20)、A150((CA)19)の7型が認められた。

 骨密度に及ぼす影響につき、各アリルを有する群(+)と有さない群(-)で群間比較を行った。A132(+)群の腰椎骨密度(L2-4)Zscoreは、(-)群に比し有意に低値を示した。((+)-0.148±0.103/(-)0.182±0.122、p=0.04)各群の背景因子にはいずれも差を認めなかった。全身骨密度(Total body)、骨代謝マーカー、カルシウム代謝調節ホルモンにいずれも差は認められなかった。

5.結果のまとめ

 以上の結果から、これまでに骨密度の遺伝的危険因子として、既に報告のあるVDR、ER、ApoE遺伝子に、PTH、CT遺伝子を加えられると考えられた。これらの多型性の分布をx2検定により検討したところ、PTH(Bb)とCT(A132)の頻度分布は独立しておらず、連鎖不均衡の状態にあることが想定された。両遺伝子は連鎖し、その距離は8センチモルガンと近接しているとも報告されていることから、両遺伝子を組み合わせ、骨密度の関連につき検討したところ両遺伝子を有さないことが、有意に高骨密度となることが示された。

IV.遺伝子多型性の生物学的意義に関する検討1.目的

 PTH(Bb)群は、低骨密度、高代謝回転型であり、1.25(OH)2D3、CTの血中濃度にも差がみられたことから、エクソン内に骨代謝に影響するなんらかの変異がある可能性が考えられた。そこで、Polymerase Chain Reaction-Single Strand Conformational Polymorphism(PCR-SSCP)法により、エクソン2内の遺伝子変異の有無を検討した。

2.方法

 蛍光色素標識プライマーを用いたPCR法にて、第2エクソン及びエクソンイントロン接合部を含む部分を増幅し、熱変性にて一本鎖とし、サーモサーキュレーターに接続したオートシークエンサーにより、5%アクリルアミドゲルにて泳動した。

3.結果と考察

 泳動パターンでは、2峰性のものと、4峰性のものが認められた。シークエンスの結果、4峰性のものは、イントロン1内のエクソン2の開始コドンより10塩基上流のアデニンが、グアニンとなる遺伝子変異を、1アリルまたは両アリルに有していた。エクソン内に変異を有する例は本検討ではみられなかった。新たな多型性としてとらえ、少なくとも1アリルに遺伝子変異を認める群と、認めない群で骨密度、骨代謝マーカーを比較したが、統計学的な差はみられなかった。今後他のエクソン、転写調節領域に関する検討も必要である。

V.考察

 本検討では、同一地域に在住する日本人閉経後非血縁女性において、骨粗鬆症の発症に関連する遺伝子を探索するために、骨粗鬆症の候補遺伝子と骨密度との関連につき検討を加えた。これまでに報告してきたVDR(AAB or AABB)、ER(Px)、ApoE4(+)に加え、PTH(Bb)、CT(A132)が骨粗鬆症の遺伝的危険因子である可能性が示唆された。連鎖不均衡にあるPTH(Bb)、CT(A132)以外の多型性分布は独立しており、それぞれの多型性が個々の症例における遺伝的危険因子であることが示唆された。これらの結果は骨粗鬆症の病態における多様性を裏付けるものと考えられた。

審査要旨

 本研究は、多因子性の疾患である骨粗鬆症の遺伝的因子につき解析するために、骨代謝に関連する遺伝子から複数の候補遺伝子を選出し、その遺伝子多型性と骨密度との関連から骨粗鬆症の遺伝的危険因子の解明を試みたものであり、以下の結果を得ている。

 I.骨代謝に関連する遺伝子から骨吸収性サイトカインであるインターロイキン1(interleukin-1;IL-1)、カルシウム調節ホルモンである副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone;PTH)、骨形成促進因子として知られるインスリン様成長因子(insulin-like growth factor-I;IGF-I)、骨吸収抑制作用を有するカルシトニン(calcitonin;CT)を、候補遺伝子として選出した。

 長野県在住の閉経後1年以上を経過した非血縁日本人女性を対象とし、IL-1、PTH遺伝子につき、制限酵素切断長多型性(Restriction fragment length polymorphism;RFLP)を、IGF-I、CT遺伝子につき、マイクロサテライト(CA repeat)遺伝子多型性を用いて骨密度との関連を検討した。CT遺伝子は、新たにマイクロサテライト遺伝子多型性を同定し用いた。

 各対象の末梢血白血球からDNAを抽出し、IL-1、IL-1、PTH遺伝子のRFLP siteを含むDNA断片をpolymerase chain reaction(PCR)法で増輻し、制限酵素を作用させ遺伝子型を決定した。用いた制限酵素はそれぞれ、IL-1:ItaI、IL-I:Ava-1、PTH:BstBIである。多型性の表示は、制限酵素で切断されない場合のアリルを制限酵素の頭文字の大文字で、切断される場合を小文字で表記した。なお、PTH遺伝子は、多型性の報告に従い切断される場合を大文字、切断されない場合を小文字とした。

 IL-1,IL-1遺伝子のRFLPによる明らかな骨密度への影響は認められなかった。

 PTH遺伝子多型性のbb群の2例を除き、BB群、Bb群間で骨密度を比較した。Bb群が有意に低骨密度を示し、骨代謝マーカーからは、骨回転が亢進した状態と考えられた。また、カルシウム代謝調節ホルモンでは、骨回転を刺激する1,25(OH)2D3が高値を示し、骨吸収抑制作用をもつCTが低値であり、骨代謝回転の亢進と低骨密度の関連を支持する所見であった。

 IGF-I遺伝子、CT遺伝子の近傍に存在するCA repeatを含む領域をPCR法で増幅し、その大きさから、各遺伝子のCA repeat数、遺伝子型を求めた。IGF-I遺伝子は、CA repeat数が19回の遺伝子型をZとし、その差から他の遺伝子型を決定した。CT遺伝子は、PCR産物の大きさにAを頭文字としてつけ、各遺伝子を命名した。

 IGF-I遺伝子のマイクロサテライト遺伝子多型性の骨密度への影響は認められなかったが、塩基配列ではCa ucassianと比較し、CA repeatの3’側の2塩基が欠失していた。遺伝子多型性の分布も異なっており、日本人のIGF-I遺伝子が異なることが示された。

 CT遺伝子のアリルは7型が認められ、各アリルを有する群(+)と有さない群(-)で群間比較を行った。A132(+)群の腰椎骨密度(L2-4)Zscoreは、(-)群に比し有意に低値を示した。骨代謝マーカー、カルシウム代謝調節ホルモンには差は認められなかった。

 以上の結果から、これまでに骨密度の遺伝的危険因子として報告のあるVDR、ER、ApoEの各遺伝子に、PTH、CT遺伝子を加えられると考えられた。これらの多型性の分布をx2検定により検討したところ、PTH(Bb)とCT(A132)の頻度分布は独立しておらず、連鎖不均衡の状態にあることが想定された。両遺伝子は連鎖しているとの報告もみられており、両遺伝子を組み合わせて検討したところ両遺伝子を有さない群で、有意に高骨密度であった。

 II.PTH遺伝子につき、エクソン内に変異がある可能性が考えられた。そこで、Polymerase Chain Reaction-Single Strand Conformational Polymorphism(PCR-SSCP)法により、エクソン2内の遺伝子変異の有無を検討した。エクソン2内に、変異を有する例は認められず、イントロン1内のエクソン2の開始コドンより10塩基上流のアデニンが、グアニンとなる遺伝子変異が認められた。新たな多型性として、同様に骨密度への影響を比較したが、統計学的な差はみられなかった。

 以上、本検討では、比較的環境因子の類似した同一地域に在住する日本人閉経後非血縁女性において、骨粗鬆症の発症に関連する遺伝子を探索するために、骨代謝に関連する候補遺伝子を選出し、その多型性と骨密度との関連につき検討を加えた。新たに、PTH遺伝子、CT遺伝子が骨粗鬆症の遺伝的危険因子である可能性が示唆された。骨粗鬆症の遺伝的素因の解析において非常に意義深いものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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