本研究は、多因子性の疾患である骨粗鬆症の遺伝的因子につき解析するために、骨代謝に関連する遺伝子から複数の候補遺伝子を選出し、その遺伝子多型性と骨密度との関連から骨粗鬆症の遺伝的危険因子の解明を試みたものであり、以下の結果を得ている。 I.骨代謝に関連する遺伝子から骨吸収性サイトカインであるインターロイキン1(interleukin-1;IL-1)、カルシウム調節ホルモンである副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone;PTH)、骨形成促進因子として知られるインスリン様成長因子(insulin-like growth factor-I;IGF-I)、骨吸収抑制作用を有するカルシトニン(calcitonin;CT)を、候補遺伝子として選出した。 長野県在住の閉経後1年以上を経過した非血縁日本人女性を対象とし、IL-1、PTH遺伝子につき、制限酵素切断長多型性(Restriction fragment length polymorphism;RFLP)を、IGF-I、CT遺伝子につき、マイクロサテライト(CA repeat)遺伝子多型性を用いて骨密度との関連を検討した。CT遺伝子は、新たにマイクロサテライト遺伝子多型性を同定し用いた。 各対象の末梢血白血球からDNAを抽出し、IL-1 、IL-1 、PTH遺伝子のRFLP siteを含むDNA断片をpolymerase chain reaction(PCR)法で増輻し、制限酵素を作用させ遺伝子型を決定した。用いた制限酵素はそれぞれ、IL-1 :ItaI、IL-I :Ava-1、PTH:BstBIである。多型性の表示は、制限酵素で切断されない場合のアリルを制限酵素の頭文字の大文字で、切断される場合を小文字で表記した。なお、PTH遺伝子は、多型性の報告に従い切断される場合を大文字、切断されない場合を小文字とした。 IL-1 ,IL-1 遺伝子のRFLPによる明らかな骨密度への影響は認められなかった。 PTH遺伝子多型性のbb群の2例を除き、BB群、Bb群間で骨密度を比較した。Bb群が有意に低骨密度を示し、骨代謝マーカーからは、骨回転が亢進した状態と考えられた。また、カルシウム代謝調節ホルモンでは、骨回転を刺激する1,25(OH)2D3が高値を示し、骨吸収抑制作用をもつCTが低値であり、骨代謝回転の亢進と低骨密度の関連を支持する所見であった。 IGF-I遺伝子、CT遺伝子の近傍に存在するCA repeatを含む領域をPCR法で増幅し、その大きさから、各遺伝子のCA repeat数、遺伝子型を求めた。IGF-I遺伝子は、CA repeat数が19回の遺伝子型をZとし、その差から他の遺伝子型を決定した。CT遺伝子は、PCR産物の大きさにAを頭文字としてつけ、各遺伝子を命名した。 IGF-I遺伝子のマイクロサテライト遺伝子多型性の骨密度への影響は認められなかったが、塩基配列ではCa ucassianと比較し、CA repeatの3’側の2塩基が欠失していた。遺伝子多型性の分布も異なっており、日本人のIGF-I遺伝子が異なることが示された。 CT遺伝子のアリルは7型が認められ、各アリルを有する群(+)と有さない群(-)で群間比較を行った。A132(+)群の腰椎骨密度(L2-4)Zscoreは、(-)群に比し有意に低値を示した。骨代謝マーカー、カルシウム代謝調節ホルモンには差は認められなかった。 以上の結果から、これまでに骨密度の遺伝的危険因子として報告のあるVDR、ER、ApoEの各遺伝子に、PTH、CT遺伝子を加えられると考えられた。これらの多型性の分布をx2検定により検討したところ、PTH(Bb)とCT(A132)の頻度分布は独立しておらず、連鎖不均衡の状態にあることが想定された。両遺伝子は連鎖しているとの報告もみられており、両遺伝子を組み合わせて検討したところ両遺伝子を有さない群で、有意に高骨密度であった。 II.PTH遺伝子につき、エクソン内に変異がある可能性が考えられた。そこで、Polymerase Chain Reaction-Single Strand Conformational Polymorphism(PCR-SSCP)法により、エクソン2内の遺伝子変異の有無を検討した。エクソン2内に、変異を有する例は認められず、イントロン1内のエクソン2の開始コドンより10塩基上流のアデニンが、グアニンとなる遺伝子変異が認められた。新たな多型性として、同様に骨密度への影響を比較したが、統計学的な差はみられなかった。 以上、本検討では、比較的環境因子の類似した同一地域に在住する日本人閉経後非血縁女性において、骨粗鬆症の発症に関連する遺伝子を探索するために、骨代謝に関連する候補遺伝子を選出し、その多型性と骨密度との関連につき検討を加えた。新たに、PTH遺伝子、CT遺伝子が骨粗鬆症の遺伝的危険因子である可能性が示唆された。骨粗鬆症の遺伝的素因の解析において非常に意義深いものであり、学位の授与に値するものと考えられる。 |