学位論文要旨



No 113666
著者(漢字) 成田,雅美
著者(英字)
著者(カナ) ナリタ,マサミ
標題(和) 染色体転座を伴う白血病細胞におけるゲノム地図に基づく切断点の遺伝子解析
標題(洋)
報告番号 113666
報告番号 甲13666
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1327号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 中畑,龍俊
 東京大学 助教授 吉川,裕之
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 講師 丹下,剛
内容要旨 背景

 染色体異常は、遺伝性疾患や腫瘍でしばしば認められる。中でも染色体転座や逆位、挿入などの異常には、造血器系腫瘍や固形腫瘍などで、病型特異的に共通してみられるものがある。その染色体切断点の解析から、多数の遺伝子が単離され、腫瘍発症や進展の機構が分子生物学的レベルで解明されてきた。これらの遺伝子の腫瘍発生への関与には、切断点近傍のがん遺伝子が活性化される場合(non-fusion型)と、遺伝子内で転座が起こり融合遺伝子が形成される場合(fusion型)の二通りあることが知られている。

 染色体転座を基に、ホジショナルクローニング法で新規の疾患関連遺伝子を単離する際には、ゲノム地図をはじめとするゲノム情報は必要不可欠となる。本研究で利用したNot 制限酵素地図は、リンキングクローンマッピング法により作成された物理地図で、マーカーの順序が正確で、マーカー間の物理的距離がkbレベルで得られるという特徴を持つため、ホジショナルクローニングの骨格として最適である。本研究では、第11番染色体長腕について新たに作製されたNot 制限酵素地図や、地図作製時に得られた様々な位置情報を利用して、11番染色体に転座点を有する白血病細胞について、新規関連遺伝子の単離を目的として、切断点の遺伝子解析を行った。

材料

 細胞株P31/Fujioka、U937と、急性骨髄性白血病(AML)の患者1、lymphoblastic lymphoma(LBL)の患者2からの骨髄検体について解析した。P31/Fujiokaは7歳男児に発症した急性単球性白血病(AMoL;FAB分類-M5)の白血病細胞から樹立された細胞株で、分染法による核型分析では、t(7;11)(p15;q21),-10と報告されていた。この細胞株は形態学的、細胞化学、細胞表面抗原の解析から、単球系の性質を持つことが確認されている。U937は、び慢性組織球性リンパ腫(diffuse histiocytic lymphoma)患者の胸水から樹立された細胞株であるが、同様な解析の結果、未熟な単球系の性質を持つことが報告されている。核型は複雑でクローン間でも差があるが、共通してt(10;11)(p13;q14)が認められる。患者1はde novoのAMLを発症した12歳の女児で、白血病細胞の核型はt(10;11)(p13;q14)であった。表面マーカーではCD7、CD13が陽性、CD10、CD14は陰性で、mixed lineageに近いAMLと考えられた。患者2はLBLの25歳男性で、核型はt(10;11)(p13;q21)であった。リンパ腫細胞は表面マーカー検査でCD5、CD7、CD19が陽性、CD10は陰性で、まれなB-T biphenotypic patternを示した。

方法と結果

 まずP31/Fujiokaに対して、11qの物理地図上にマップされたYACをプローブにしてFluorescence in situ hybridization法を行い、切断点を挟む2つのYACクローンy946F4とy932F8を同定した。さらにその間の11q14領域のNot制限酵素地図に基づき、検体DNAをNotで切断後パルスフィールドゲル電気泳動法で分画し、サザン法を行った。その結果P31/Fujiokaでも、YACのサブクローンE49とE109aをプローブに用いると、それぞれ350kb、1400kbのU937と同じサイズの再構成バンドが検出され、同一遺伝子の関与が示唆された。

 近年U937におけるt(10;11)(p13;q24)の切断点の遺伝子が単離され、10p13のAF10と11q14のCALM(Clathrin Assembly Lymphoid Myeloid leukemia gene)が融合遺伝子を形成していることが明らかになった。P31/Fujiokaと患者1,2についても、これらの遺伝子の関与が考えられたため、AF10、CALM遺伝子上にプライマーを設定して、検体から抽出したRNAについて、reverse transcription-PCR法を行った。さらにPCR産物をクローニングして塩基配列を決定した。

 CALM-AF10融合遺伝子を検出するプライマーセットでは、U937と患者1で共通に382,322,277,217bpの4種の転写産物が見られたが、P31/Fujiokaと患者2では217bpのもののみであった。また、AF10-CALM融合遺伝子を検出するプライマーセットでは、U937では211bp、P31/Fujiokaと患者2では、376,316,211bpの3種の転写産物が認められたが、患者1ではPCR産物が認められなかった。複数の転写産物が見られたのはいずれの場合も、CALMcDNAの塩基番号1927-1986と1987-2091の部分を含むものと含まれていないものとの差であり、alternative splicingの結果と考えられた。いずれのタイプのalternative splicingによってもcoding frameは変化しなかった。

 CALM遺伝子の転座切断点は、患者検体1ではU937と同一で、塩基番号2091と2092の間のintron内であったが、P31/Fujiokaと患者検体2ではそれよりもcDNA上で165bpだけ5’側の塩基番号1926と1927の間であった。AF10遺伝子のcDNA上での転座切断点は、P31/Fujioka、U937と、患者検体1,2の白血病細胞すべてに共通で塩基番号423と424の間であった。

考察

 本研究においてはじめて、U937以外の白血病細胞、特に患者検体でCALMとAF10の融合遺伝子が検出された。二種類の単球系細胞株P31/Fujioka、U937と、二例の患者検体に共通してこれらの遺伝子の融合遺伝子が検出されたことは、この融合遺伝子が腫瘍発生および進展に重要な役割を果たすことを示唆している。

 AF10はt(10;11)(p12;q23)を持つ急性骨髄単球性白血病(AMMoL;FAB分類-M4)や、AMoL細胞において、11q23に存在するMLL/ALL1/HRXと融合遺伝子を形成する遺伝子として単離され、Znフィンガーとロイシンジッパーを持つ転写因子をコードすると考えられている。発現は末梢血、脾臓、胸腺、精巣、卵巣、大腸等でみられ、特に精巣で強いが、機能はまだ明らかにされていない。

 CALMはt(10;11)(p13;q14)を有するU937において、10p13のAF10と融合遺伝子を形成する遺伝子として、最近単離された遺伝子である。CALMのN端の1/3はマウスのclathrin assembly proteinの一つのap-3geneと高い相同性を持つ。マウスのap-3の発現はニューロンに限定され、clathrin triskeliaを集合させて、clathrin-coated vesicleの形成を促進すると考えられている。これに対しCALMはすべての組織で発現が認められ、その機能は明らかにされていない。

 本研究では、U937とは異なるCALM遺伝子上の切断点で、CALMとAF10が融合遺伝子を形成している例をはじめて見いだした。AF10遺伝子のcDNA上での転座切断点は、解析した検体すべてに共通で、N端のZnフィンガー内であった。これはMLL-AF10におけるAF10遺伝子の切断点のほとんどが、Znフィンガーとロイシンジッパーの間であるのとは異なっていた。さらに、本研究ではCALM-AF10やAF10-CALMには、CALMのalternative splicingにより、複数の転写産物が存在することを新たに明らかにした。

 P31/Fujioka、U937、患者検体2のいずれでもCALM-AF10とAF10-CALMの二種類の融合遺伝子の発現がみられたが、患者1の検体からはCALM-AF10のみが検出された。融合転写産物が腫瘍化に果たす役割を考えると、すべての白血病細胞に共通して見られるCALM-AF10が、必要最小限の部分を含んでいると考えられる。融合蛋白質の構造を見ると、CALM-AF10はCALMの大部分とAF10のZnフィンガーの一部とロイシンジッパーを含み、機能的にもこちらの融合蛋白質のほうが重要だと考えられた。

 本研究で調べたt(10;11)(p13-14;q14-21)は再現性を持って見られる転座で、T-cell ALL,early pre-BALL,undifferentiated ALL,undifferentiated AML,AMMoL,AMoL,acute eosinophilic leukemia,lymphoblastic lymphoma,granulocytic sarcomaなど様々な表現型が報告されている。本研究ではこのなかのAML、LBLからCALM-AF10融合遺伝子を検出した。t(10;11)(p13-14;q14-21)における多様な病型が、同一の遺伝子転座に由来するものかどうか、今後多数の臨床検体についてCALM-AF10の関与を調べ、臨床像との関連を検討していくことが必要である。

結語

 本研究では、これまで解析されていなかった染色体転座を持つ白血病細胞株P31/Fujiokaについて、新規遺伝子の単離を目的として切断点の解析を行った。ゲノム地図に基づく解析の結果、当初t(7;11)と報告されていたP31/Fujiokaが、t(10;11)をもつU937と同様にCALMとAF10の遺伝子内で転座をおこしていることが判明した。さらに本研究では、t(10;11)をもつ二例の患者検体について調べ、細胞株以外ではじめて、CALMとAF10の融合遺伝子を検出した。また、U937と異なる転座切断点や、複数の融合転写産物の存在も新たに明らかにした。

 今後は、同様な転座をもつ多数の臨床検体について、CALMとAF10の融合遺伝子の有無を検討する一方で、これらの遺伝子の正常機能や、融合遺伝子が疾患の発症に関するメカニズムについても、さらに解析していく予定である。

審査要旨

 本研究は、腫瘍の発生や進展に重要な役割を果たすと考えられている染色体転座を有する白血病細胞について、ゲノム地図に基づき、新規関連遺伝子の単離を目的として転座切断点の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.第11番染色体長腕に転座切断点を有する、急性単球性白血病由来の細胞株P31/Fujiokaに対して、11qの物理地図に基づき、Fluorescence in situ hybridization法や、パルスフィールドゲル電気泳動法を用いたサザン法を行った。その結果P31/Fujiokaの転座点の範囲を、11q14領域に限定できた。

 2.この領域に切断点を有する他の単球系細胞株U937において、t(10;11)(p13;q24)の切断点の遺伝子AF10とCALMが単離されたので、P31/Fujiokaについても同一の遺伝子の関与を調べるために、reverse transcription(RT)-PCR法を行った。その結果、1種類のCALM-AF10融合転写産物と、3種類のAF10-CALM融合転写産物が検出された。また、U937についてもRT-PCR法を行い、これまで報告されていた以外に新たに3種類のCALM-AF10融合転写産物を検出した。

 3.さらにt(10;11)を有する急性骨髄性白血病(AML)とlymphoblastic lymphoma(LBL)の患者検体についてもRT-PCR法で解析をおこない、複数の融合転写産物を検出できた。CALM-AF10はすべての検体で検出できたが、AF10-CALMはAML患者検体からは検出されず、すべての白血病細胞に共通して見られるCALM-AF10が、重要と考えられた。

 4.これらのPCR産物の塩基配列を決定して解析したところ、複数の融合転写産物はいずれも、CALMcDNAのalternative splicingの結果と考えられ、どのタイプの場合でもcoding frameは変化しなかった。

 5.P31/FujiokaとLBL患者検体では、CALM遺伝子の転座切断点が、すでに報告されていたU937の場合とはことなり、cDNA上で165bpだけ5’側であった。

 以上、本論文はU937以外の白血病細胞、特に患者検体においてはじめて、CALMとAF10の融合遺伝子を検出し、複数の融合転写産物の存在や、異なる転座切断点の存在も新たに明らかにした。本研究は、染色体転座によって形成される融合遺伝子が腫瘍化に関与する機能の解明に、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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