学位論文要旨



No 113667
著者(漢字) 高井,泰
著者(英字)
著者(カナ) タカイ,ヤスシ
標題(和) 細胞内膜構築の再編成に伴う、蛋白質キナーゼCによる分裂期特異的ビメンチンリン酸化
標題(洋) Mitosis-specific phosphorylation of vimentin by protein kinase C coupled with reorganization of intracellular membranes
報告番号 113667
報告番号 甲13667
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1328号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 助教授 山田,信博
 東京大学 講師 五十嵐,隆
 東京大学 講師 細井,孝之
内容要旨 1.緒言

 ビメンチンは細胞骨格の一種である中間径フィラメントの構成タンパク質の一種であり、培養細胞に広範に発現し、細胞の形態維持などに寄与している。細胞分裂に伴い、ビメンチンはタンパク質キナーゼによってリン酸化され、フィラメント構築の制御を受けることが知られている。MPF(卵成熟促進因子あるいは細胞分裂促進因子)の本態であるcdc2キナーゼは、分裂期のビメンチンキナーゼとして同定されている唯一のキナーゼである。cdc2キナーゼ以外にも分裂期のビメンチンキナーゼが存在することを示唆する知見はあるものの、未だその同定には至っていない。一方、最近の研究では、細胞周期の様々な局面でCキナーゼによる制御が関与していることが示唆されている。しかしながら、細胞周期におけるCキナーゼの直接の基質やリン酸化の制御メカニズムについてはあまり知られていない。

 ビメンチンはin vitroにおいてCキナーゼの良い基質であり、Cキナーゼによる特異的なリン酸化部位(セリン残基)が存在することが知られている。我々は、その特異的なリン酸化部位の1つである、ビメンチン-セリン33(Vim-Ser33)のリン酸化状態を特異的に認識するモノクローナル抗体YT33の作製に成功した。本抗体を用いた間期細胞における解析では、内因性Cキナーゼを受容体刺激やphorbol esterより活性化してもビメンチンのリン酸化が起こらないことが示された。一方、活性型Cキナーゼを強制発現させるとVim-Ser33のリン酸化が起こることから、生理的状態の間期細胞では、内因性Cキナーゼはシグナル伝達の過程でビメンチンフィラメントとは異なる細胞内分画にターゲティング(targeting;下流シグナル分子の特異的な取捨選択)されることが考えられた。今回、我々は本抗体を用いて分裂期細胞における細胞内シグナル伝達を解析した。本解析により、Cキナーゼが分裂期特異的なビメンチンキナーゼとしてフィラメント構築の制御に関与すること、また、このビメンチンリン酸化には、細胞分裂に伴う細胞内膜構築の再編成が新たな制御メカニズムとして関与することが明らかとなった。

2.方法1)モノクローナル抗体YT33、TM50の作製

 モノクローナル抗体YT33は、リン酸化ペプチドPV33(Vim-Ser33を中央にした11残基からなる)を抗原としてマウスに免疫して作製した。モノクローナル抗体TM50は、リン酸化ペプチドPV50(Vim-Ser50を中央にした11残基からなる)を抗原としてラットに免疫して作製した。

2)U251細胞の細胞質画分、細胞膜画分の調製

 U251細胞の可溶性画分をDEAEセルロースカラムに吸着させ、0.4MNaClで溶出したものを細胞質画分とした。U251細胞の不溶性画分を1.0%Triton X-100で可溶化した後DEAEセルロースカラムに吸着させ、0.4MNaClで溶出したものを細胞膜画分とした。

3)Cキナーゼの活性測定

 Cキナーゼの活性は、ヒストンH1を基質としてリン酸化量を定量することにより測定した。反応液にCaCl2、TPAおよびphosphatidylserineを加えた時のリン酸化量と、加えない時のリン酸化量の差分をCキナーゼ活性とした。

4)U251細胞のwhole cell lysateによる内因性ビメンチンリン酸化

 U251細胞の間期細胞および分裂期細胞を超音波処理してwhole cell lysateを調製した。これをATPと反応させ、whole cell lysate中に含まれる内因性ビメンチンのリン酸化量をYT33を用いたWestern blottingにより定量した。

3.結果

 モノクローナル抗体YT33は、Cキナーゼによりリン酸化されたビメンチンを特異的に認識する。本抗体を用いてヒトグリオーマ細胞を免疫染色すると、間期細胞ならびに分裂前期・後期の細胞は染色されず、分裂中期および後期の細胞が特異的に染色された。この染色像はcdc2キナーゼによるビメンチンリン酸化像とは異なり、別の分裂期ビメンチンキナーゼ(おそらくCキナーゼ)が分裂中期特異的にビメンチン分子上のSer33残基をリン酸化することを示唆した。また、同じくCキナーゼによるリン酸化部位であるビメンチン-セリン50(Vim-Ser50)のリン酸化状態を特異的に認識する抗体TM50を用いても、同様の染色像が観察された。更に、Cキナーゼの活性化剤として知られるphorbol ester(TPA)で細胞を刺激したところ、分裂期細胞ではVim-Ser33のリン酸化量の増大が観察された。一方、間期細胞ではTPA刺激後もVim-Ser33のリン酸化は観察されず、Cキナーゼによるビメンチンリン酸化は、in vivoでは分裂期細胞に特異的な現象であることが示唆された。抗体TM50を用いたTPA刺激実験でも同様の現象が観察された。

 従来より、Cキナーゼは細胞内で活性化されると細胞質から細胞膜への移行(translocation)を起こし、そこで細胞膜を構成するリン脂質依存性にリン酸化活性を示すことが知られている。間期細胞および分裂期細胞を細胞質画分と細胞膜画分に分け、それぞれに含まれるCキナーゼ活性を測定すると、両者の細胞内局在の差異は検出されず、分裂期特異的なCキナーゼの活性化は認められなかった。

 Cキナーゼによるビメンチンリン酸化はin vivoにおいて分裂期特異的な現象であったが、細胞を超音波処理により破砕して調製したwhole cell lysateを用いたin vitroのリン酸化実験では、間期細胞、分裂期細胞ともにVim-Ser33リン酸化活性が認められた。更にTPA処理した細胞では、間期・分裂期ともにVim-Ser33リン酸化活性の増大が認められた。

4.考察

 分裂期特異的なCキナーゼによるビメンチンリン酸化は、Cキナーゼの活性化・不活化という従来のメカニズムだけでは説明できず、生きた細胞に特異的なリン酸化制御メカニズムが存在することが考えられた。

 我々は、今回新たに、Cキナーゼによる分裂期特異的なビメンチンリン酸化の制御メカニズムを提唱した(図参照)。間期細胞(A)では細胞内の膜構築(形質膜(PM)、核膜(NE)、小胞体(ER)など)により細胞膜上の活性型Cキナーゼ(AC)とビメンチンフィラメント(Vim)が分画化(compartmentalization)されているため、ビメンチンをリン酸化することができない。TPAにより細胞が刺激されると(B)大部分の不活性型Cキナーゼ(IC)は活性化され細胞膜へ移行するが、やはり膜構築のためにビメンチンをリン酸化できない。一方、分裂期細胞(CおよびD)では細胞内膜構築が崩壊して分裂期小胞(mitotic vesicle;MV)とよばれる膜小胞が細胞質内に分散するため、細胞膜上の活性型Cキナーゼはビメンチンをリン酸化(P)することができる。実際、分裂期小胞の一部がビメンチンフィラメントと結合することが電顕上で観察されており、前述した筆者らの実験でも間期細胞を超音波処理して人工的に膜構築を小胞に分解するとVim-Ser33のリン酸化が起こる。すなわち、抗体YT33によって明らかとなったCキナーゼによる分裂期特異的なビメンチンリン酸化は、分裂期の膜構築崩壊に伴う、活性型Cキナーゼのビメンチンフィラメントへのターゲティングにより説明できる。

 筆者らの仮説はCキナーゼによるリン酸化の新たな制御メカニズムを提示するばかりでなく、間期細胞ではリン酸化されない新たなCキナーゼの基質が存在する可能性をも示唆するものである。更に、本抗体を種々の悪性腫瘍や卵巣・子宮内膜などの生殖器官に応用することにより、悪性腫瘍の増殖・浸潤や生殖内分泌に関わる細胞内シグナリングについての知見が得られることが期待される。

A.InterphaseB.Interphase,TPA-treatmentC.MitosisD.Mitosis,TPA-treatment
審査要旨

 本研究は、細胞周期におけるCキナーゼによる細胞骨格タンパク質・ビメンチンのリン酸化の有無とその制御メカニズムを明らかにするために、Cキナーゼによる特異的なリン酸化部位の1つである、ビメンチン-セリン33(Vim-Ser33)のリン酸化状態を特異的に認識するモノクローナル抗体群を作製し、これを用いて細胞分裂期のビメンチンリン酸化について解析したものであり、下記の結果を得ている。

 1.モノクローナル抗体YT33は、Cキナーゼによりリン酸化されたビメンチンを特異的に認識する。本抗体を用いてヒトグリオーマ細胞を免疫染色すると、間期細胞ならびに分裂前期・後期の細胞は染色されず、分裂中期および後期の細胞が特異的に染色された。この染色像はcdc2キナーゼによるビメンチンリン酸化像とは異なり、別の分裂期ビメンチンキナーゼ(おそらくCキナーゼ)が分裂中期特異的にビメンチン分子上のSer33残基をリン酸化することを示唆した。また、同じくCキナーゼによるリン酸化部位であるビメンチン-セリン50(Vim-Ser50)のリン酸化状態を特異的に認識する抗体TM50を用いても、同様の染色像が観察された。更に、Cキナーゼの活性化剤として知られるphorbol ester(TPA)で細胞を刺激したところ、分裂期細胞ではVim-Ser33のリン酸化量の増大が観察された。一方、間期細胞ではTPA刺激後もVim-Ser33のリン酸化は観察されず、Cキナーゼによるビメンチンリン酸化は、in vivoでは分裂期細胞に特異的な現象であることが示唆された。抗体TM50を用いたTPA刺激実験でも同様の現象が観察された。

 2.従来より、Cキナーゼは細胞内で活性化されると細胞質から細胞膜への移行(translocation)を起こし、そこで細胞膜を構成するリン脂質依存性にリン酸化活性を示すことが知られている。間期細胞および分裂期細胞を細胞質画分と細胞膜画分に分け、それぞれに含まれるCキナーゼ活性を測定すると、両者の細胞内局在の差異は検出されず、分裂期特異的なCキナーゼの活性化は認められなかった。

 3.Cキナーゼによるビメンチンリン酸化はin vivoにおいて分裂期特異的な現象であったが、細胞を超音波処理により破砕して調製したwhole cell lysateを用いたin vitroのリン酸化実験では、間期細胞、分裂期細胞ともにVim-Ser33リン酸化活性が認められた。更にTPA処理した細胞では、間期・分裂期ともにVim-Ser33リン酸化活性の増大が認められた。

 以上、本論文は新たに作製したモノクローナル抗体群を用いて分裂期細胞における細胞内シグナル伝達を解析し、Cキナーゼが分裂期特異的なビメンチンキナーゼとしてフィラメント構築の制御に関与すること、また、このビメンチンリン酸化には、細胞分裂に伴う細胞内膜構築の再編成が新たな制御メカニズムとして関与することを世界に先駆けて発見した。本研究は細胞分裂期におけるCキナーゼの機能とその制御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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