学位論文要旨



No 113669
著者(漢字) 山下,隆博
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,タカヒロ
標題(和) Human Leukocyte Antigen(HLA)-Gに関する分子生物学的研究
標題(洋)
報告番号 113669
報告番号 甲13669
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1330号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 川名,尚
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 講師 林,泰秀
内容要旨

 移植免疫学的にみた場合、胎児は父系抗原をもつ半同種移植片であり、母体の免疫反応により拒絶される運命にあると思われるが、実際には妊娠期間中約9カ月もの間母体内に生着し続ける。したがって、そこには従来の移植免疫学では説明できない妊娠維持機構が存在していると考えられる。その機構が破綻すると胎児は拒絶され、流産となり、それを繰り返すと習慣流産となると考えられている。妊娠維持機構の解明は習慣流産の治療を含む生殖免疫学の進歩のみならず、移植免疫学の進歩にもつながると期待される。

 妊娠維持機構に関して、胎盤における免疫調節の破綻が妊娠中毒症をはじめとする妊娠合併症の発症に関与していることを示唆する事実が報告され始めている。我々も妊娠中毒症患者の脱落膜細胞中にIL-2が存在することを示し、妊娠中毒症患者は胎盤局所において免疫状態が亢進している可能性を示唆した。

 ところで胎児組織の中で母体と直接接しているのは胎盤の絨毛組織であることから、絨毛組織が妊娠維持機構において重要な役割を演じていると予想できるが、近年、絨毛組織がHLAの面から注目すべき特徴をもつことがわかってきた。絨毛細胞は通常すべての有核細胞に発現している古典的HLAクラスI抗原(HLA-A,B,C)を発現しておらず、一方非古典的HLAクラスI抗原の一つであるHLA-Gのみを発現していること、またこのHLA-Gは絨毛細胞だけに発現していて、他の細胞には一切発現されていないこと、などが明らかとなってきたのである。このような特徴から、HLA-Gが妊娠維持免疫において何らかの役割を演じていると考えられている。

 HLA-G抗原は非古典的クラスI抗原の一つであり、1987年Geraghtyらによりクローニングされ、報告された。一般にHLAは極めて多型性に富むという特徴を持つがHLA-Gは多型性に乏しく、これまでわずか5つの対立遺伝子が報告されているに過ぎなかった。このようなHLA-Gの多型性の乏しさはHLA-Gの有する際だった特徴であり、ゆえにこの多型性の乏しさが母児間の妊娠維持免疫において本質的に重要であると考えられていた。しかしながらアフリカ系アメリカ人のHLA-G遺伝子は古典的クラスI遺伝子同様非常に多型性に富むとの報告がなされた。そこでアフリカ系アメリカ人以外の民族のHLA-Gは多型性に富むのか否か非常に興味深い問題となった。今回我々はこれまで系統的な解析がなされていない日本人(54人)のHLA-Gexon2,3,4およびintron4の多型性を初めて検討した。また、G*01012と日本人の胎盤から得られたgenomic clone"7.0E"の間にはexon2内にわずか1塩基の違いしか存在しなかったため、どちらかが誤りではないかと考え、G*01012の由来するcellline"BeWo"のHLA-Gを解析した。さらに、HLA-Gには細胞膜結合型と分泌型が存在するが、分泌型を産生する際、intron4の前半部を21番目のstop codonまで一部転写、翻訳している。従ってこの部位の変異は分泌型HLA-Gの産生に大きな影響を与えると予想される。そこで今回intron4部位の解析も行った。方法はPCR-SSCP法、PCR-SSO法、DNA direct sequencing法、およびcloning/sequencing法を用いた。

 結果、G*01011と比較して全部で10個の塩基置換が見つかった。intron1に1ヶ所、exon2に1ヶ所(第57codonの第3塩基:G→A)、intron2に3ヶ所、exon3に3ヶ所(第93codonの第3塩基:C→T、第107codonの第3塩基:A→T、第110codonの第1塩基:C→A)、intron3に1ヶ所、intron4に1ヶ所である。うち第110codonの塩基置換は非同義置換で、ロイシンからイソロイシンヘアミノ酸が置換していた。exon内の他の3ヶ所の塩基置換はすべて同義置換で、アミノ酸に変化はなかった。intron4には新たな塩基置換は見つからなかった。BeWoの解析の結果、G*01012に1ヶ所の誤りを見い出したためこれを修正した(7.0E=corrected G*01012)。exon2、3、4、intron4の組合せで検討した結果、健常日本人には4種類の対立遺伝子が同定された。G*01011、corrected G*01012、G*01013、G*0104で、それぞれの頻度は0.33、0.16、0.06、0.45だった。アミノ酸置換を有するG*0104は今回我々が初めて報告した対立遺伝子で、1996年1月にWHO HLA Nomenclature CommitteeによりG*0104と命名された。G*0104は日本人において最も高頻度に存在する対立遺伝子であった。また、HLA-GとHLA-A、-B、-DRB1の間に連鎖不平衡を認めた。特に染色体上距離の近いHLA-Aとの間に最も強い連鎖不平衡を認めた。

 Geraghtyらによる最初のHLA-Gの報告(G*01011)以来、わずか5個の対立遺伝子しか報告されておらず、しかもその中のG*0103だけがアミノ酸置換を有していたが、このG*0103は極めて稀とされていたため、事実上HLA-Gにはタンパクレベルでの多型性がほとんどまったく存在しないとされてきた。ところが1994年になってアフリカ系アメリカ人のHLA-Gについては多型性に富むとの報告がなされ、これまでのHLA-Gに対する概念を覆すばかりでなく、NK細胞との関係など妊娠維持免疫反応へのHLA-Gの関与にも疑義をさしはさむものであった。今回の日本人における解析で、健常日本人にはG*01011、corrected G*01012、G*01013、G*0104の4種類の対立遺伝子しか存在しないことが示された。その中のG*0104はexon3にアミノ酸置換を有する、今回初めて報告された対立遺伝子であり、HLA-Gの事実上の初めてのアミノ酸多型の報告となったが、それでもアミノ酸多型が極めて乏しいことに変わりはなかった。またintron4についても新たな変異は見つからず、従って分泌型HLA-Gの産生に影響を及ぼす可能性のある変異は発見されなかった。

 以上から、日本人のHLA-Gはコーカソイド系集団での報告と同様に多型性に乏しいと結論した。アフリカ系アメリカ人との差については追試が必要と考えられるが、それが事実であればレトロウイルスの差など居住環境の違いによるselective pressureの相違が原因かもしれないが不明である。

 HLA-Gの生理的、病理的意義に関し、我々はHLA-Gの発現の減弱が妊娠中毒症の発症に関与している可能性、および、HLA-Gが末梢血単核球のサイトカイン分泌能に影響を与えていることを報告した。これらの点から、HLA-Gが妊娠免疫において重要な役割を演じている可能性が高いと考えられる。その中で、HLA-Gの多型性の乏しさが妊娠免疫において重要であるか否かの検討のためには、今後妊娠免疫の破綻が原因の一つと考えられている疾患である習慣流産、妊娠中毒症、子宮内胎児発育遅延、不妊症などの患者のHLA-Gの多型を解析することが、問題の解決につながると考えられる。

審査要旨

 本研究は妊娠免疫において重要な役割を演じていると考えられているHuman Leukocyte Antigen(HLA)-G抗原の機能を明らかにするため、分子生物学的手法を用いてHLA-G遺伝子の多型性の解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1.健常日本人のHLA-Gを初めて解析した結果、健常日本人のHLA-G遺伝子には4種類の対立遺伝子しか存在せず、日本人においてもHLA-Gの多型性は極めて乏しいことが示された。4つの対立遺伝子とは、HLA-G*01011,corrected G*01012,G*0101,G*0104である。遺伝子頻度はそれぞれ0.33、0.16、0.06、0.45であった。

 2.うちG*0104は、HLA-G抗原の細胞外領域をコードするエクソン3にロイシンからイソロイシンへの非同義置換を有していた。この対立遺伝子はこれまで報告されていた対立遺伝子と一致するものがなく、1996年1月にWHO HLA Nomenclature CommitteeによりHLA-G*0104と命名されたものである。

 3.G*0104は2.で述べたようにエクソン3に非同義置換を有していたが、これは事実上HLA-Gの初めてのアミノ酸多型の報告であった。というのは、これまでG*0103がアミノ酸多型を有する対立遺伝子として報告されているが、その頻度は極めてまれとされているからである。

 4.G*01012の1塩基を修正した(上記correctedG*01012)。G*01012はもともと絨毛癌細胞株BeWoのHLA-G遺伝子として報告されたものであるが、今回BeWoのHLA-G遺伝子を改めて解析した結果、G*01012のhomozygousではなくcorrectedG*01012とG*01013のheterozygousであった。この修正についてもWHO HLA Nomenclature Committeeにより認められた。

 5.HLA-GとHLA-A,-B,-DRB1の間に連鎖不平衡を認めた。

 以上、本論文は日本人においてもHLA-Gの多型性が極めて乏しいこと、しかしうち1つの対立遺伝子であるHLA-G*0104は初めての報告となるアミノ酸多型を有していたことを明らかにした。本研究はいまだ解明されていないHLA-Gの機能、すなわち妊娠免疫におけるHLA-Gの役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54652