学位論文要旨



No 113671
著者(漢字) 小西,宏育
著者(英字)
著者(カナ) コニシ,ヒロヤス
標題(和) HST-1/FGF-4遺伝子導入による血小板数増加機構の解析とその遺伝子治療としての応用
標題(洋)
報告番号 113671
報告番号 甲13671
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1332号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 浅野,茂隆
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 助教授 斎藤,英昭
 東京大学 助教授 平井,久丸
内容要旨

 HST-1/FGF-4蛋白質は線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor:FGF)ファミリーに属する蛋白質で、その遺伝子は、もともとヒト胃癌からマウス線維芽細胞由来のNIH3T3細胞を形質転換する能力をもつ腫瘍遺伝子として分離同定された。HST-1蛋白質は血管新生作用をもつこと、シグナルペプチドをもつため、遺伝子が発現すると効率よく細胞外へ分泌されることが解っている。このHST-1/FGF-4遺伝子を含む遺伝子の領域は様々な癌で増幅しているが、HST-1遺伝子の発現はほとんどみられない。正常組織でのHST-1遺伝子の発現は、胎児期のごく限られた時期に肢芽の先端などにのみ限局しており、肢芽の形成に必須であることがわかっているが、成体の正常組織においては発現がなく、その機能は不明である。HST-1遺伝子のトランスジェニックマウス、ノックアウトマウスとも胎生致死で、これらのマウスを使っての遺伝子機能の充分な解析はできていない。最近のウイルス工学の進歩により、遺伝子機能の解析方法として、遺伝子を組み込んだ組換えアデノウイルスベクターを用いて、細胞や組織に感染させ遺伝子を発現させる方法が用いられるようになってきた。今回の一連の実験では、HST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスを作成し、マウスに感染させ、HST-1遺伝子産物の成体での生物学的機能を解析したところ、新たな機能として末梢血の血小板数を増加させる作用があることを見出した。そこで、HST-1蛋白質の巨核球の増殖、分化に対する作用を細胞レベルで詳細に解析し、さらに、このHST-1蛋白質による血小板数増加作用を血小板減少症に対する遺伝子治療として応用できるかを検討した。すなわち、順に次のように解析を進めた。

 (A)HST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスを作成し、マウスに感染させ、遺伝子を発現させてHST-1遺伝子産物の成体での作用を検討した。

 (B)HST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスの感染、あるいは組換えHST-1蛋白質を用いて、HST-1遺伝子産物の巨核球の増殖、分化に対する作用を検討した。

 (C)HST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスを、血小板減少マウスに感染させ、血小板減少症に対する治療、予防効果を検討した。

(A)HST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルス投与によるマウスにおける作用の検討

 HST-1蛋白質が生理活性物質としてマウス成体内において、どういう細胞や組織に対して、どういう作用をもたらすかを調べるため、HST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスを作成し、マウスに感染させ、この遺伝子を発現させてHST-1遺伝子産物のマウス成体での作用を検討した。まず、SRのプロモーターで駆動されるヒトHST-1遺伝子のcDNAを組み込んだ非増殖型のアデノウイルスベクター(Adex1HST-1)と、陰性対照として大腸菌のベータガラクトシダーゼ遺伝子を組み込んだアデノウイルス(Adex1LacZ)を作成し、それぞれのアデノウイルスが、哺乳類由来の培養細胞に感染し、遺伝子を発現させることができることを確認した。次に、アデノウイルスをICRマウスの腹腔内に投与したときに、アデノウイルスが感染する細胞を調べるため、マウスの腹腔内に109粒子(pfu)のAdex1LacZを注入し、感染4日後に各組織を摘出、固定し、ベータガラクトシダーゼ活性を検出した。比較的強い活性を認めたのは、肝臓、脾臓、肺、胃の一部などであった。HST-1遺伝子産物のマウスの成体内での作用を調べるため、BALB/cヌードマウスの腹腔内に3x109pfuのAdex1HST-1を注入して、病理組織学的、血液学的変化を経時的に検索した。感染後第6日目から30日目にわたり、HST-1蛋白質が血清中に存在した。Adex1HST-1は少なくともウイルスの感染1年後まで、明らかな発癌誘発活性は示さなかった。Adex1HST-1投与後、マウスの末梢血の血小板数の増加が第7日目より始まり、20-30日間持続し、その後血小板数は元の値に戻った。Adex1HST-1を投与されたマウスでは、陰性対照マウスと比較し、第20日目の骨髄の巨核球の数が有意に増加していた。そこで、HST-1蛋白質がマウス成体において血小板数増加を起こすことを直接明らかにするために、BALB/cヌードマウスの皮下に組換えヒトHST-1蛋白質300gを投与したところ、第10日目に正常の約2倍を示す血小板数の急な増加を認め、15日目には元の値に戻った。この結果はHST-1蛋白質そのものがマウスにおいて血小板数を増加させる作用をもつことを示している。以上よりHST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスを投与されたマウスにおいては、このアデノウイルスが感染した細胞から放出されるHST-1蛋白質が、末梢循環血液の血清中で約1ヶ月間にわたり常に大量に存在している状態で、その作用により巨核球の増殖あるいは成熟が促進され、血小板数の上昇につながったと考えられる。アデノウイルスベクターによって比較的限定された期間(約1ヶ月間)のみHST-1遺伝子が発現し、その生理活性作用が発揮されるという特徴は、急性の血小板減少症の予防、治療として応用できる可能性がある。この点については(C)において検討した。

(B)HST-1/FGF-4遺伝子産物の巨核球の増殖、分化に対する作用の検討

 HST-1蛋白質が、巨核球の成熟のどの段階で作用するか、巨核球前駆細胞の増殖、分裂の段階で作用するか否か、また、それらの際の他のサイトカインの関与や、巨核球と間質細胞との接着に関与するかなどについて細胞レベルで検討した。まず、HST-1蛋白質が、巨核球に直接作用して、巨核球の成熟を促進するか否かを探るため、ヒト巨核芽球性白血病細胞株であるDami細胞のみを用いて、その細胞にHST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスを感染させて検討した。予めDami細胞の表面に、ヒトの正常巨核球と同様に、HST-1蛋白質が結合するFGF受容体1から4のすべてが存在することを免疫組織染色にて確かめた。最初に核分裂(endomitosis)の指標となるDNAのploidyを調べたところ、Adex1HST-1感染細胞群では他の細胞群に比べ、有意にPloidyの増加が認められ、HST-1蛋白質は核分裂(endomitosis)を促進することが示唆された。光学顕微鏡で細胞を観察すると、Adex1HST-1感染細胞は、対照処理の細胞と比べ、細胞が有意に増大し、電子顕微鏡による観察では、Adex1HST-1感染細胞は細胞膜付近に血小板産生の前段階とされる血小板分離膜様の構造を示すなど、細胞質の成熟も進んでおり、HST-1蛋白質は細胞質の増大と成熟を促進することが示唆された。膜の成熟を調べるため、血小板膜糖蛋白質GPIIb/IIIaの蛋白質量を比較したところ、Adex1HST-1感染細胞では陰性対照群に比べGPIIb/IIIaの発現が明らかに増加し、HST-1蛋白質は膜の成熟を促進させることが示唆された。Adex1HST-1感染細胞の細胞表面には血小板と思われる小胞体の産生増加を認めたが、この小胞体の膜の内側に沿ってマイクロチュブルスを全周性に認めたため、形態的にも血小板であることが示唆された。また、HST-1蛋白質が巨核球に直接作用し、巨核球から二次的にIL-6、TNF-の分泌が促進された。また、HST-1蛋白質を含む培地中で培養したDami細胞の内皮細胞への接着はHST-1蛋白質の濃度依存性に増強したため、HST-1蛋白質は接着の増強を介して二次的に巨核球の成熟を促進している可能性がある。この接着は、主に巨核球表面の接着分子であるVLA-4、LFA-1を介することが示唆された。最後に、HST-1蛋白質の巨核球前駆細胞に対する増殖促進作用を探るため、マウス骨髄の巨核球前駆細胞のコロニーアッセイを行ったところ、HST-1蛋白質は単独では巨核球前駆細胞の増殖促進作用を示さないが、IL-3、c-mpl ligand(TPO)と各々相乗的に作用して巨核球前駆細胞のコロニーの増殖を促進させた。このIL-3の存在下でのHST-1蛋白質の相乗効果はIL-6を介しているが、TPOの存在下におけるHST-1蛋白質の相乗効果は全くIL-6を介していないことも示唆された。以上、HST-1蛋白質による血小板数増加作用は、HST-1蛋白質が巨核球の細胞表面にあるFGF受容体を介して巨核球に直接作用し、巨核球の増殖と分化を促進させ、さらに、巨核球からのサイトカインの分泌促進や、巨核球と内皮細胞との接着を促進させて間接的にも巨核球の分化を促進させた結果であることが示唆された。

(C)HST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルス投与による血小板減少症の予防効果の検討

 癌に対する化学療法剤や放射線照射による重大な副作用の1つである血小板減少症に対しては、現在までのところ有効な治療法はない。そこで、(A)のHST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスの感染によるマウスにおける血小板数増加作用を、血小板減少症の予防あるいは治療として臨床応用が可能かを検討した。さらに、TPOは巨核球の増殖と分化を促進する主要因子であり、(B)よりHST-1蛋白質とTPOの併用が巨核球前駆細胞の増殖に対して相乗的に作用することから、HST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルス投与とTPOとの併用投与により血小板減少症に対してより強力な予防効果、治療効果が得られるかを検討した。まず、中等度の血小板減少症を起こす化学療法剤のシスプラチン投与、あるいは3Gyの放射線照射、そして、高度の血小板減少症を起こす化学療法剤のカルボプラチン投与及び5Gyの放射線照射の組み合わせを受けた血小板減少症のICRマウスに対し、予めその処置の3日前にAdex1HST-1を1x109pfu腹腔内に投与したところ、いずれの処置においても血小板数減少の程度は対照群に比べ有意に軽減され、また血小板数減少の期間も短縮された。Adex1HST-1の投与の有無による赤血球数、白血球数、白血球分画についての有意な差は、少なくとも血小板減少処置後第7日目では認めなかった。また骨髄の巨核球の数、大きさは、Adex1HST-1を投与されたマウスで血小板減少処置後第7日目において有意に増加していた。すなわちAdex1HST-1の投与によって骨髄の巨核球の増殖、成熟が促進された結果、血小板の産生のみが特異的に増加し、血小板減少の状態から速やかに回復したことが示唆された。Adex1HST-1投与によって正常値よりも増加した時点での血小板の凝集能には明らかな異常はなかった。アデノウイルス投与による明らかな副作用は認めず、HST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスは化学療法や放射線照射による血小板減少症の有効な予防法、治療法となる可能性が示唆された。次にAdex1HST-1とTPOを併用投与することにより、生体内においてより強力な血小板数の回復促進作用が得られるか否かを探った。カルボプラチン投与及び5Gyの放射線照射の組み合わせを受けたICRマウスに対し、1x109pfuのAdex1HST-1の1回腹腔内投与とマウス体重当たり5g/kgのTPOの連日皮下投与との併用投与とそれぞれの単独投与の効果を比較したところ、併用投与により血小板数減少の程度は単独投与に比べ有意に軽減され、また血小板数減少の期間も短縮された。また、併用群のマウスの骨髄では、対照群と比べて巨核球前駆細胞コロニーの有意な増加を認めた。すなわち、Adex1HST-1とTPOの併用によって、より強力な巨核球前駆細胞増殖効果が得られ、ひいては血小板産生促進作用により血小板減少症に対してより強力な予防、治療効果が得られる可能性が示唆された。

「結語」

 HST-1遺伝子産物の機能を解析するため、HST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスを作成し、マウスに投与し、血小板数増加作用があることを見いだした。また、HST-1蛋白質が巨核球前駆細胞の増殖と巨核球の分化をともに促進することが示唆された。さらに、HST-1蛋白質による巨核球の成熟の作用には、巨核球に直接作用するほかに、巨核球からのサイトカインの分泌促進や巨核球と内皮細胞との接着を促進させ、二次的にも巨核球の成熟を促進する作用があることが示唆された。巨核球前駆細胞に対しては、HST-1蛋白質は単独では増殖作用を示さないが、IL-3、TPOと各々相乗的に作用して増殖を促進させることが示唆された。この血小板数増加作用の応用として、Adex1HST-1を血小板減少症マウスに投与すると血小板減少症の予防や治療として有効であることが示唆され、さらにTPOと併用するとより強力な作用が得られることが示唆された。癌の化学療法、放射線療法に伴う血小板減少症に対しては現在のところ有効な治療法はないが、Adex1HST-1は有効で強力な治療法となりうる可能性が示されたと考える。

審査要旨

 本研究は、もともとヒト胃癌からマウス線維芽細胞由来のNIH3T3細胞を形質転換する能力をもつ腫瘍遺伝子として分離同定されたHST-1/FGF-4遺伝子の遺伝子産物の機能を明らかにするため、HST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスをマウスに感染させる系を用いて、HST-1遺伝子産物のマウス成体での生物学的機能、生理作用の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 (A)HST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスをマウスの腹腔内に投与し、病理組織学的、血液学的変化を経時的に検索した結果、ウイルス投与後、マウスの末梢血の血小板数の増加のみが第7日目より始まり、第10日目には正常の約2倍にまで増加し、その増加が20-30日間持続することを見出した。このマウスでは、陰性対照マウスと比較し、骨髄の巨核球の数が有意に増加していた。他に明らかな病理学的変化はなかった。また、比較的大量の組換えヒトHST-1蛋白質をマウスに投与することによっても、一過性であるが、血小板数の増加がみられたことから、HST-1蛋白質そのものがマウスにおいて血小板数を増加させる作用をもつことが示唆された。

 (B)HST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスまたは組換えヒトHST-1蛋白質と、ヒト巨核芽球性白血病細胞株であるDami細胞、マウス骨髄の巨核球前駆細胞を用いて、HST-1蛋白質の巨核球の増殖、分化に対する作用の検討をおこなった。HST-1蛋白質が巨核球の細胞表面にあるFGF受容体を介して巨核球に直接作用し、巨核球の成熟の全ての段階(核分裂(endomitosis)、細胞質の増大と成熟、膜の成熟、血小板の放出)を促進させること、巨核球から二次的にIL-6、TNF-の分泌を促進させたり、巨核球と内皮細胞との接着を促進させて間接的にも巨核球の分化を促進させること、また、IL-3、c-mpl ligand(TPO)と各々相乗的に作用して巨核球前駆細胞の増殖を促進させることが示唆された。

 (C)現在までのところ、癌に対する化学療法剤や放射線照射による重大な副作用の1つである血小板減少症に対しての有効な治療法はないので、HST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスの投与によって、血小板減少症を予防あるいは治療できるかを検討した。化学療法剤の投与や放射線照射の組み合わせによって血小板減少症をおこさせたマウスに対し、あらかじめHST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスを投与しておくと、血小板数減少の程度は対照群に比べ有意に軽減され、血小板数減少の期間も短縮された。また、HST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスを投与されたマウスでは骨髄の巨核球の数、大きさが増加していた。すなわちHST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスの投与によって骨髄の巨核球の増殖、成熟が促進された結果、血小板の産生が増加し、血小板減少の状態から速やかに回復したことが示唆された。次に、HST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスとTPOを併用投与することにより、単独投与よりも強力な血小板数の回復促進作用が得られることがわかった。この併用群のマウスの骨髄では、対照群と比べて巨核球前駆細胞コロニーの有意な増加を認めた。すなわち、HST-1蛋白質とTPOの相乗効果によって、より強力な巨核球前駆細胞増殖効果が得られ、ひいては血小板産生促進作用により血小板減少症に対してより強力な予防、治療効果が得られる可能性が示唆された。

 以上、本論文はHST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスをもちいて、HST-1蛋白質がマウス成体において血小板数増加作用をもつこと、さらに巨核球の増殖、分化を促進することを明らかにした。またHST-1遺伝子を組み込んだアデノウイルスは化学療法や放射線照射による血小板減少症の有効な予防法、治療法となる可能性が示唆された。本研究は、これまで未知であった、HST-1/FGF-4遺伝子産物の機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、また現在治療法のない血小板減少症に対する遺伝子治療の発展にも寄与する可能性をもつと思われ、学位の授与に値すると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク