学位論文要旨



No 113674
著者(漢字) 仲村,一郎
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,イチロウ
標題(和) 破骨細胞における極性発現機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 113674
報告番号 甲13674
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1335号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加倉井,周一
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 助教授 五十嵐,徹也
 東京大学 助教授 須佐美,隆史
内容要旨

 骨組織は骨の新生(形成)と骨の分解(吸収)との動的平衡により正常な形態と機能を保持している。骨形成と骨吸収の主たる担い手は骨芽細胞と破骨細胞であり、両者はお互いに共役(カップリング)しながら、骨形成と骨吸収を繰り返している。しかし、ひとたび骨形成と骨吸収のバランスが失われると様々な骨組織の異常が引き起こされる。したがって骨芽細胞や破骨細胞がどのような基序に基づいて調節されているかを解明することは骨代謝疾患の病態を明らかにする上で極めて重要である。本論文では、上述した破骨細胞と骨芽細胞の連関の中で、破骨細胞に焦点をあて、破骨細胞がいかに骨組織という自らがおかれている環境を認識し、骨吸収を開始するのかという命題について検討した。破骨細胞としてはマウスの骨芽細胞と骨髄細胞を活性型ビタミンD3の存在下で共存培養することにより形成される破骨細胞を用いた。

 破骨細胞は骨吸収を行う多核巨細胞であるが、形態的に様々な特徴を持っている。核は数個から数十個に及び、細胞質には多数のミトコンドリア、空胞、ライソゾーム、ゴルジ装置が存在する。また骨吸収状態にある破骨細胞では、骨と接する側に波状縁とそれをとりまく明帯が極在している。すなわち破骨細胞は極性を持った細胞といえる。波状縁には液胞型の水素ポンプが局在し、細胞質内に存在するcarbonic anhydrase IIという酵素によって産生された水素イオンを細胞外へ放出する。一方、明帯は波状縁をとりまき周囲と境界することで、破骨細胞直下の空間をpH4-5に保っている。この明帯には細胞小器官がなくアクチン様フィラメントが存在する。骨吸収状態にある破骨細胞にphalloidin染色を行ってF-actinを染め出すと明帯に対応するかのように細胞辺縁がring状に染まる(アクチンリング)。例えば、骨吸収抑制因子であるカルシトニンを投与すると、このリング構造が直ちに破壊されるとともに骨吸収も停止する。このような知見より現在では、破骨細胞の明帯に相当するアクチンリングが破骨細胞の極性化および機能発現の1つの指標として用いられている。

 そこで本論文では破骨細胞の極性発現機構の解明を目的として、まず、どのような細胞外基質が破骨細胞の極性化を誘導できるのかという点を、アクチンリング(明帯)形成を指標として検討した。その結果、破骨細胞はビトロネクチン、フィブロネクチン、I型コラーゲンなどのRGD(Arg-Gly-Asp)というアミノ酸配列を含んだ蛋白質が存在すれば、シャーレ上、象牙質上、ヒドロキシアパタイト上でもアクチンリングを形成することができ、必ずしも骨基質蛋白が破骨細胞の極性化には必要でないことがわかった。さらにこれらのアクチンリング形成が、合成ペプチドであるGRGDS(Gly-Arg-Gly-Asp-Ser)ペプチドによって用量依存的に抑制されたことから、破骨細胞がRGD配列をインテグリンを介して認識することが、破骨細胞の極性発現の最初のプロセスであることが明らかになった(第1章)。

 続いて、破骨細胞がアクチンリングを形成する際に細胞内で生じる現象について蛋白質のチロシンリン酸化という点から検討を加えた。その結果、破骨細胞中に存在する130kDaの蛋白質がアクチンリング形成に伴ってチロシンリン酸化され、また、アクチン重合阻害剤であるサイトカラシンDによってアクチンリングが破壊されるとともに脱リン酸化されることがわかった。免疫沈降法を用いた検討の結果、この130kDaの蛋白質がCasという細胞内シグナル伝達におけるアダプター分子であることが明らかとなった。Casは自身にはキナーゼ活性やフォスファターゼ活性を含まないが、SH3領域、SH2結合モチーフ、proline-rich領域を持つアダプター分子としてクローニングされた蛋白である。いくつかのグループから線維芽細胞においてもCasが接着に伴うインテグリンからのシグナルを受けてチロシンリン酸化されること、Casが接着細胞の接着斑に存在することが明らかになっているが、破骨細胞においても、Casが細胞接着に伴うアクチンリング形成の過程でチロシンリン酸化されること、その局在もアクチンリングに一致することが明らかとなった。さらに、Srcノックアウトマウス由来の破骨細胞を用いて、Src欠損状態の破骨細胞におけるアクチンの局在、及びCasのチロシンリン酸化について検討した。その結果、Src欠損の破骨細胞ではCasはチロシンリン酸化されていなかった。このとき、paxillinのリン酸化はSrc欠損破骨細胞でも保たれていたので、この現象はCasに特異的なものと考えられた。しかもこの時、破骨細胞はアクチンリングを形成することができなかった。以上の結果は、Srcキナーゼ依存的なCasのチロシンリン酸化が破骨細胞におけるアクチンリング形成において重要な役割を果たしていることを示唆している。Srcノックアウトマウスでは、破骨細胞の明帯や波状縁が形成されず骨吸収を行うことができない結果、大理石骨病を発症することが知られている。SrcによるCasのチロシンリン酸化の過程が障害されることが、Srcノックアウトマウスにおける大理石骨病の発症原因の一つになっているのかもしれない(第2章)。

 以上の結果より、次の事項を結論することができた。(1)破骨細胞は細胞外基質中のRGD配列をインテグリンを介して認識することで極性を発現できる。この現象は骨組織上のみで生じる現象ではなかった。(2)破骨細胞の極性発現過程にはアダプター分子であるCasがSrcを介してチロシンリン酸化されることが重要である。

審査要旨

 骨組織は骨の新生(形成)と骨の分解(吸収)との動的平衡により正常な形態と機能を保持している。骨形成と骨吸収の主たる担い手は骨芽細胞と破骨細胞であり、両者はお互いに共役しながら、骨形成と骨吸収を繰り返している。本研究は、破骨細胞と骨芽細胞の連関の中で、破骨細胞に焦点をあて、破骨細胞がいかに骨組織という自らがおかれている環境を認識し、骨吸収を開始するのかという命題について検討したものであり、下記の結果を得ている。破骨細胞としてはマウスの骨芽細胞と骨髄細胞を活性型ビタミンD3の存在下で共存培養することにより形成される破骨細胞を用いている。破骨細胞の極性化および機能発現の評価は明帯(アクチンリング)形成を指標として行っている。

 1.破骨細胞はビトロネクチン、フィブロネクチン、I型コラーゲンなどのRGD(Arg-Gly-Asp)というアミノ酸配列を含んだ細胞外基質蛋白質が存在すれば、培養用シャーレ上、象牙質上、ヒドロキシアパタイト上でもアクチンリングを形成することができ、必ずしも骨基質蛋白が破骨細胞の極性化には必要でないことが示された。

 2.このアクチンリング形成は、合成ペプチドであるGRGDS(Gly-Arg-Gly-Asp-Ser)ペプチドによって用量依存的に抑制されたことから、破骨細胞が細胞外基質に含まれるRGD配列をインテグリンによって認識することが、破骨細胞の極性発現の最初のプロセスであることが示された。

 3.破骨細胞のアクチンリング形成過程において、Casという130kDaの蛋白質がチロシンリン酸化されること、Casの局在もアクチンリングに一致することが示された。

 4.Srcノックアウトマウスでは、破骨細胞による骨吸収が障害されている。そこで、Srcノックアウトマウス由来の破骨細胞を用いて、Src欠損状態の破骨細胞におけるアクチンの局在、及びCasのチロシンリン酸化について検討したところ、Src欠損の破骨細胞ではCasがチロシンリン酸化されておらず、アクチンリングも形成されていなかった。すなわち、Srcキナーゼ依存的なCasのチロシンリン酸化が破骨細胞におけるアクチンリング形成において重要な役割を果たしていることが示された。

 以上、本論文は、(1)破骨細胞は細胞外基質中のRGD配列をインテグリンを介して認識することで極性を発現できること、(2)破骨細胞の極性発現過程にはアダプター分子であるCasがSrcを介してチロシンリン酸化されることが重要であることを明らかにした。本研究はこれまでブラックボックスとされていた、破骨細胞の極性発現機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54018