学位論文要旨



No 113675
著者(漢字) 星,和人
著者(英字)
著者(カナ) ホシ,カズト
標題(和) ヒト骨形成蛋白を用いた脊柱靭帯骨化症モデルにおける骨化過程ならびに石灰化機構に関する微細形態学的細胞化学的解析
標題(洋)
報告番号 113675
報告番号 甲13675
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1336号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 町並,陸生
 東京大学 教授 波利井,清紀
 東京大学 助教授 長野,昭
内容要旨

 脊柱靭帯骨化症の発症機序を解明するため、(1)脊柱靭帯骨化症実験モデルを確立し、形態学的手法を用い病気の発症・進行過程を検索した。さらに、(2)この実験モデルの微細形態学的免疫組織化学的解析から疾患の進行機転と思われる現象をとらえ、その中で(3)アルカリフォスファターゼ(alkaline phosphatase、ALPase)の発現機構および生理機能を検討するために、正常組織におけるALPaseの免疫組織化学的局在を検索した。また、発症機転である靭帯の石灰化機構解明の一助とするために、(4)胎生期ラット頭蓋骨の初期石灰化をモデルとして、骨や靭帯に豊富に存在し、骨代謝や石灰化に深く関与するデコリンとコラーゲン性石灰化の関係を検討した。

(1)脊柱靭帯骨化症実験モデルを確立と形態学的解析

 ヒト骨形成蛋白(recombinant human bone morphogenetic protein-2、rhBMP-2)40g/100lを12週齢の雄ddYマウス腰推背側に浸潤させて腰椎黄色靭帯に骨化を誘導する脊柱靭帯骨化症モデルを作製した。対照群にはrhBMP-2を含まない溶解液100lのみを投与した。その結果BMP-2投与マウス50匹のうち14匹(28%)に黄色靭帯周囲の軟骨及び骨形成が観察された。本研究ではこのような黄色靭帯周囲に変化が見られたものに関し形態学的に解析した。

 対照群の黄色靭帯には、平行に走行するI型コラーゲン線維束間に扁平な線維芽細胞が散在していた。BMP-2投与後1週では、靭帯中央部において粗になったコラーゲン線維束間に紡錘形の細胞が多数見られ、靭帯の椎弓への付着部では線維軟骨で見らるような軟骨細胞様細胞も観察された。2週までに基質のI型コラーゲンはほぼ消失し、II型コラーゲンに富んだ硝子軟骨様の像が見られるようになり、靭帯付着部では肥大化軟骨細胞様細胞も観察された。肥大化軟骨細胞領域には血管侵入とともに、酒石酸抵抗性acid phosphatase(TRAPase)陽性の破軟骨細胞が観察されたことから、内軟骨骨化による活発な骨形成が推測された。3週では靭帯付着部での骨形成は亢進し、新生された骨は著しく脊柱管内へ突出していた。6週では中央部にわずかな軟骨組織を残すのみでほぼ骨組織に置換された。

 本章で用いた方法で靭帯骨化を誘導すると、従来の病理報告から指摘されている、靭帯が内軟骨性骨化の様式で骨化する点と骨化過程が靭帯付着部より進行する点を再現でき、全病期を包括できる脊柱靭帯骨化症モデルとして有用であることが示された。さらに、本モデルより、靭帯線維芽細胞にある契機を与えると軟骨細胞様細胞へ容易に分化できることが明らかとなった。

(2)脊柱靭帯骨化症モデルの微細形態学的免疫組織化学的研究と本疾患の進行機転の検索

 脊柱靭帯骨化症の進行機転を検索するため、本実験モデルにおける靭帯線維芽細胞の軟骨細胞化に伴う微細構造変化や、骨、軟骨の分化マーカーであるalkaline phosphatase(ALPase)の局在性の変化、骨誘導性あるいは骨形成増強作用を持つBMP-2やtransforming growth factor-(TGF-)のリガンドあるいはレセプターの免疫組織化学的局在を検索した。

 正常黄色靭帯は扁平な線維芽細胞により構成されており、これらの細胞にはBMP receptor typeIAおよびIIの局在は認められたが、TGF-の局在やALPaseの酵素活性は認められなかった。BMP-2投与後1週では、扁平な線維芽細胞は徐々に紡錘形化するが、扁平な線維芽細胞のなかにはALPase酵素活性を示すものも認められた。BMP-2投与後2週で、靭帯はほぼ軟骨に置換されたが、これらの軟骨細胞様細胞には、ALPaseの酵素活性およびmRNA発現が認められ、BMP receptor typeIAおよびIIの免疫反応も正常の靭帯線維芽細胞に比して強く観察された。2週の軟骨組織をさらに詳細に観察すると、靭帯中央部の細胞は、粗面小胞体やゴルジ装置を豊富に含み、蛋白合成が盛んな増殖軟骨細胞あるいは肥大化軟骨細胞様構造を呈し、この様な細胞にはTGF-3LAPの免疫局在がみられた。一方、靭帯付着部に局在する軟骨細胞様細胞は、周囲に基質小胞性石灰化やコラーゲン性石灰化が認められたが、TGF-3LAPの免疫反応は認められなかった。また、靭帯中央部の増殖軟骨細胞あるいは肥大化軟骨細胞様細胞にはTGF- type I receptorの免疫局在も観察された。

 以上の結果から、ALPaseの発現と軟骨内石灰化が、それぞれ靭帯線維芽細胞の軟骨細胞化、あるいは内軟骨性骨化の機転となる可能性が示唆された。また、外因性BMP-2により誘導される脊靭帯線維芽細胞の軟骨細胞への病的分化において、BMP receptorがup-regulateされると同時に、TGF-が外因性BMP-2と共同でautocrine/paracrine機構により軟骨細胞の基質合成と成熟を促進するサイトカインネットワークが推測された。

(3)正常マウスにおける組織非特異型アルカリホスファターゼ(TNAP)の免疫組織化学的局在

 ALPaseの靭帯骨化での役割を解明する一助として、骨、軟骨のALPaseアイソザイムであるTNAPの生体組織内での局在を免疫組織化学的手法で明らかにした。抗ラットTNAP血清を用いてマウス骨、歯、肝臓、腎臓、唾液腺、小腸、胎盤を検索した。

 その結果、軟骨では静止層の一部や、増殖層から肥大化層にかけての軟骨細胞に、骨では前骨芽細胞の細胞表面や骨芽細胞の基質接着面以外の細胞表面に局在が見られた。歯では中間層細胞や象牙芽細胞直下の歯髄細胞、分泌期エナメル芽細胞近位側や象牙芽細胞基底側に局在が見られた。軟部組織では、腎臓の近位尿細管の刷子縁や、肝臓の毛細胆管を構成する部位の細胞膜、胎盤の栄養膜に局在が見られ、これらの組織では、酵素組織化学的局在と免疫組織化学的局在がほぼ一致した。しかし、顎下腺や小腸では、従来の酵素組織化学的局在とは異なりTNAPの免疫組織化学的局在は認められなかった。これらの結果から顎下腺や小腸ではTNAP以外のALPaseアイソザイムが局在するものと推測され、本法はTNAPを認識する有用な手段であることが明らかとなった。今後、金コロイド法による免疫電顕などにより高分解能のTNAP局在解析の可能を行うことにより、ALPaseの機能解析がさらに進むものと思われる。

(4)胎生期ラット頭頂骨の石灰化機構の微細形態学的免疫細胞化学的解析

 靭帯骨化の石灰化機構を解明するために、基質小胞性石灰化とコラーゲン性石灰化という同様の過程を経て石灰化にいたる胎生19日齢のラット頭蓋骨を石灰化機構のモデルとして微細形態学的・免疫細胞化学的に検索した。本研究では、特に、骨にも靭帯にも豊富に存在しているデコリンに着眼し、その石灰化機構との関連性、特にコラーゲン性石灰化における機能との関係を検討した。

 胎生19日齢のラット頭蓋骨矢状縫合部の扁平な線維芽細胞間や、骨基質形成開始部位あるいは骨芽細胞に近接した骨基質などの非石灰化領域では、直径40nm程度の一本一本の輪郭が明瞭なI型コラーゲン細線維が観察されたが、石灰化球が出現し石灰化骨基質が形成されるに従い、コラーゲン細線維のside to sideの癒合像が認められ、直径200nm以上の複雑な形態を示す細線維も観察された。一方、デコリンの免疫組織化学では、矢状縫合部の線維性結合組織や類骨にその局在が見られたが、石灰化が進行している領域ではその局在は見られなかった。また、凍結超薄法による免疫電顕でも、石灰化を伴わない径の細いコラーゲン細線維周囲にはデコリンの免疫局在が多く見られたが、石灰化にともない径の増大した細線維には、免疫局在が著しく減少していた。

 こららの結果より、コラーゲン性石灰化は、コラーゲン細線維からのデコリンの脱却とコラーゲン細線維の癒合をともながら進行することが明らかとなった。この結果、デコリンは、石灰化抑制物質として作用し、且つコラーゲン細線維を安定化させる機能があるものと推測された。従って、デコリンの脱却は結晶化抑制物質の除去のみならず、コラーゲン細線維の癒合を促進し、石灰化球形成のための空間を提供するとともにコラーゲン細線維内での連続的な結晶成長を可能にするものと推測された。同様にデコリンが豊富な靭帯組織においてもデコリンが石灰化の制御に何らかの役割を果たしていることが予想された。

審査要旨

 本研究は、脊柱靭帯骨化症の発症機序を解明するため、脊柱靭帯骨化症実験モデルを確立し、形態学的手法を用い靭帯骨化の発症・進行過程を検索した他、疾患の進行機転と思われるアルカリフォスファターゼ(alkaline phosphatase、ALPase)と生物学的石灰化につき、微細形態学的細胞化学的手法を用いて解析したものであり、下記の結果を得ている。

 1.ヒト骨形成蛋白(recombinant human bone morphogenetic protein-2、rhBMP-2)40g/100lを12週齢の雄ddYマウス腰椎背側に浸潤させて腰椎黄色靭帯に骨化を誘導する脊柱靭帯骨化症モデルを確立し、rhBMP-2により脊柱靭帯組織が軟骨へ分化し、分化した軟骨が血管侵入を受け、内軟骨骨化の機序で骨へ置換される過程を明らかにした。

 2.さらに、靭帯線維芽細胞の軟骨細胞化に伴う微細構造変化や、骨、軟骨の分化マーカーであるALPaseの局在性の変化、骨誘導性あるいは骨形成増強作用を持つBMP-2やtransforming growth factor-(TGF-)のリガンドあるいはレセプターの免疫組織化学的局在を検索し、ALPaseの発現と軟骨内石灰化がそれぞれ靭帯線維芽細胞の軟骨細胞化あるいは内軟骨性骨化の機転となる可能性と、外因性BMP-2により誘導される脊靭帯線維芽細胞の軟骨細胞への病的分化において、BMP receptorがup-regulateされると同時に、TGF-が外因性BMP-2と共同でautocrine/paracrine機構により軟骨細胞の基質合成と成熟を促進するサイトカインネットワークの可能性を示唆した。

 3.また、骨、軟骨のALPaseアイソザイムであるTNAPの生体組織内での局在を酵素組織化学的手法及び免疫組織化学的手法で明らかにした。軟骨では静止層の一部や、増殖層から肥大化層にかけての軟骨細胞に、骨では前骨芽細胞の細胞表面や骨芽細胞の基質接着面以外の細胞表面に、歯では中間層細胞や象牙芽細胞直下の歯髄細胞、分泌期エナメル芽細胞近位側や象牙芽細胞基底側に酵素組織化学的局在と免疫組織化学的局在の両者が一致して観察された。軟部組織では、腎臓の近位尿細管の刷子縁や、肝臓の毛細胆管を構成する部位の細胞膜、胎盤の栄養膜に、酵素組織化学的局在と免疫組織化学的局在が観察された。しかし、顎下腺や小腸では、酵素組織化学的局在とは異なり免疫組織化学的局在は認められなかった。

 4.最後に、胎生19日齢のラット頭蓋骨の生物学的石灰化機構を、微細形態とデコリンの免疫組織細胞化学的局在に着眼して検討し、コラーゲン性石灰化がコラーゲン細線維からのデコリンの脱却とコラーゲン細線維の癒合をともながら進行することを明らかにした。

 以上、本論文は脊柱靭帯骨化モデルをマウスで確立し、靭帯が骨化に至る過程を明らかにし、さらに靭帯骨化過程で重要な機転となるALPaseの発現と生物学的石灰化現象につき、その組織細胞化学的局在と微細形態を明らかにした。本研究ではこれまで未知に等しかった、脊柱靭帯骨化症の病因の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54019