[緒言] 細胞と細胞の接着や細胞と細胞外マトリックスの接着は、白血球の炎症部位への遊走や浸潤、血液幹細胞の分化増殖などに重要な働きをしている。生体内でこれらの接着を制御するため、インテグリンファミリー、セレクチンファミリーなどの接着分子の接着性は巧妙に調節されている。抗原刺激やケモカイン、サイトカインなどの細胞外からの刺激は、細胞内分子を介するシグナル伝達(inside-out signal)によって接着分子の接着性を変化させると考えられている。この接着性変化は接着分子のリガンドに対する親和性の変化によるという仮説(affinity modulation theory)がある。インテグリンVLA-4、-5などに対し活性化抗体やマンガンイオンMn2+を用いた実験系で、インテグリンがフィブロネクチン(FN)やFNの断片に対し高親和性になることがわかっており、解離定数Kd値は10〜数100nMと報告されている。T細胞抗原レセプター(TCR)架橋によりVLA-4のFNに対する高親和性が誘導されるという報告もある。一方、phorbol12-myristate13-acetate(PMA)の刺激ではインテグリンの高親和性が検出できないのに接着性は亢進するので、別個の接着機構があるという報告もある。さらに接着性調節の細胞内シグナル伝達系については、Steel factor(SLF)刺激時の骨髄由来肥満細胞BMMC上VLA-5を介したFNへの接着で、Phosphatidylinositol3kinase(PI3K)とPhospholipase C(PLC)-1/Protein kinase C(PKC)の2つのシグナル伝達系が作用していることが報告されているが、親和性変化との関係など詳細は不明である。- 私は、現在まで比較的詳しく解析されているFNとBMMCの接着をモデルとして、VLA-5との結合部位を1カ所のみ持つFNの80kDaの断片(80kDa FN)に対するVLA-5の親和性変化を、数種の刺激下で比較検討し、実際どの場合にVLA-5の親和性が上昇しているか解析を試みた。さらにPI3Kの阻害剤ワートマニンwortmanninやPKCの発現をdown-regulationしたBMMCを用いた実験から親和性調節に関与するシグナル伝達機構についての新しい知見を得たので報告する。 [材料と方法] BMMCはマウス骨髄細胞をIL-3存在下で4週間培養して得た。FNは日本赤十字社中央血液センターより供給された新鮮凍結血漿からゼラチンカラムを使用して精製した。FNのトリプシン消化物より、ヘパリン-セファロースカラムを使用して、80kDa FNが含まれるヘパリン結合部位をもつ分画を得た。これを高速液体クロマトグラフィーにかけて分子量80kDaの分画を分離回収し、濃縮後、80kDa FNを得た。 接着性を定量化するための接着試験は、96穴平底プレートにFNまたは80kDa FNを固相化しておき、そこへ刺激を加えたBMMCを入れて30分間静置する。吸引による洗浄後、接着しているBMMCを測定し、入れた全BMMCの量との比を計算して接着率とし、BMMCの接着性を定量化した。さらにこの実験系に可溶性80kDa FNや抗VLA-5抗体を導入して、その阻害効果を調べた。 親和性を定量化するリガンド結合試験では、クロラミンTを使用して125Iでラベルした80kDa FN(125I-80kDa FN)をリガンドとし、各刺激下にてBMMCと反応させ、結合したリガンドの量と結合しなかった量をガンマーカウンターにて測定した。非特異的結合はリガンドの50倍量の非標識80kDa FN共存時の結合数として求め、総結合数から差し引いて特異的結合数を算出した。Kd値と総VLA-5数はScatchard解析にて求めた。必要に応じて、抗VLA-5抗体やワートマニンでBMMCを前処理し、結合への阻害効果を調べた。 [結果] 接着試験にてBMMCの固相化FNまたは固相化80kDa FNへの接着性を測定したところ、刺激なしではほとんど接着がみられなかったが、PMA、SLF、FcRI架橋、Mn2+各刺激下では50%前後まで接着性が亢進していた。BMMCを抗VLA-5抗体で前処理すると接着は10%前後まで阻害され、BMMCがVLA-5を介してFNに接着していることが確かめられた。 BMMCと125I-80kDa FNでのリガンド結合試験では、FcRI架橋、Mn2+刺激下でリガンドの結合が増加していた。この両刺激についてリガンド結合の飽和曲線を得、Scatchard解析を行った。FcRI架橋刺激時にはKd値は37.7±3.8nM、Mn2+刺激時では10.2±0.7nMという高親和性が検出された。総VLA-5数は細胞あたり(3.7±0.4)×104分子、(3.9±0.2)×104分子であった。PMA、SLFの各刺激ではリガンドを9g/mlまで反応させても飽和は得られず、親和性測定は困難であった。 次に親和性を調節するシグナル伝達系について解析を行った。まず、1〜1000nMのワートマニンで前処理したBMMCでリガンド結合試験を行ったところ、濃度依存性にFcRI架橋刺激下でのリガンド結合が阻害されたことにより、PI3Kが親和性調節に関与していることが示唆された。一方、Mn2+刺激ではワートマニンによる阻害効果はみられなかった。さらに、SLF刺激下でPI3Kのシグナル伝達系のみの効果を評価するために、PMAで48時間前処理してPKCの発現をdown-regulationしたBMMC(PKC down-regulated BMMC)にSLF刺激下にてリガンド結合試験を試みたところ、Kd値は30.7±2.7nMとVLA-5の高親和性を検出でき、総VLA-5数は(5.6±0.7)×104分子であった。この場合もリガンド結合はワートマニンによって阻害され、PI3Kの関与が示唆された。 VLA-5が高親和性になっている状態で、溶液中に可溶性80kDa FNが十分にあれば、VLA-5はそれで飽和されてしまい、固相化80kDa FNと接着できなくなると予想される。実際に可溶性80kDa FN存在下で接着試験を行ったところ、FcRI架橋とMn2+刺激、またはPKC down-regulated BMMCでのSLF刺激では可溶性80kDa FN濃度依存性に、40〜50%あった接着が10%台まで阻害された。一方、PMA刺激の場合は全く阻害効果がみられず、VLA-5は高親和性ではないことが示唆された。BMMCへのSLF刺激では20%台まで濃度依存性に阻害された。 [考察] 今回の研究では、VLA-5が高親和性になっていると報告されてきたMn2+刺激時のKd値が求まり、さらにFcRI架橋刺激時もVLA-5は高親和性であることが新たに確認できた。これらのKd値は活性化抗体により誘導された高親和性VLA-5の場合と同程度である。接着試験の結果と合わせると、この2種の刺激時はaffinity modulation theoryが成り立つと考えられる。しかし、Mn2+濃度は3mMと高濃度でBMMCの置かれている環境は非生理的であり、Mn2+の生体内での接着への関与は不明である。一方、FcRI架橋は生理的な刺激であり、実際生体内でも肥満細胞上のインテグリンの高親和性への変化が生じている可能性がある。親和性を調節しているシグナル伝達系には、高親和性誘導がワートマニンによって阻害され、PI3Kの関与が示唆された。 PMA刺激ではリガンド結合試験にて高親和性は検出できなかった。さらに、可溶性80kDa FNを用いた接着試験でも全く阻害がかからず、高親和性ではないことが予想され、別の接着機構の存在が示唆された。最近、PMA刺激により生体膜上でのインテグリンの可動性が上昇することが報告され、接着性の変化に関与している可能性がでてきた。しかし、局在変化がなぜ接着性亢進に至るかは、今後さらに検討していかなければならない。 SLFはPKCとPI3Kの両伝達系を活性化する点でユニークであるが、その刺激下ではPKC down-regulated BMMCでは高親和性が検出でき、ワートマニンの阻害効果も確認されPI3Kの伝達系が働いていることが分かった。しかしBMMCをSLFで刺激した時は高親和性は検出できなかった。PKCの伝達系がPI3Kを介した高親和性誘導を拮抗している可能性も考えられる。しかし、可溶性80kDa FNを用いた接着試験では弱いながらも阻害がかかったことから、ある程度の親和性上昇があることは推測される。 血漿中には約0.3mg/mlという高濃度のフィブロネクチンが含まれており、たとえば血管内で血球系細胞上のVLA-5が高親和性となった場合、この遊離型フィブロネクチンでVLA-5は飽和されてしまい、固相化フィブロネクチンに接着を起こすことは困難になると考えられる。一方、血管外での細胞外マトリックス中のフィブロネクチンとの接着にはVLA-5の高親和性誘導は意義があるものと予想される。生体内において肥満細胞、他の血球系細胞、上皮系細胞などが局所へ接着するとき及び遊走するときなどに、実際に働いている接着性、親和性変化の機序とそのシグナル伝達系の解明については、今後の研究が重要である。 |