内容要旨 | | (背景) 内径4mm以下の小口径人工血管は,長期の開存が得られないことがわかっており,現在,実用化されていない.遠位膝窩動脈や腓骨脛骨動脈へのバイパス手術においては,人工血管を使用することができないたなめ,自家静脈が確保可能か否かによって手術が大きく制限されているのが現状である.したがって静脈グラフトに開存率の点で匹敵する内径4mm以下の人工血管の開発は緊急の課題である. 人工血管の内面を内皮細胞であらかじめ被覆する試み,いわゆるハイブリッド型人工血管の研究は,従来から行われているが,必ずしも良好な開存率を持ち得ないことから,ごく限られた施設でしか臨床応用されるに至っていない.このようなハイブリッド型人工血管では内皮細胞の抗血栓能は認められるものの,生体動脈上の内皮細胞のそれよりもはるかに劣ることが原因となっている.抗血栓能のある物質の遺伝子をヒト内皮細胞(hEC)に導入し,これを播種した人工血管は,良好な開存率が期待でき,その臨床的意義は大きいと考えられる. (方法) ヒトtissue-type plasminogen activator(htPA)を発現する組み換えアデノウイルスAdex1CAhtPAを作成し,ヒト内皮細胞に感染させて,htPAの分泌能を検討した.また,対照として使用する目的で,LacZ遺伝子を発現する組み換えアデノウイルスAdex1CALacZを作成した.内皮細胞は下肢静脈瘤の手術時,摘出した大伏在静脈から酵素法にて採取し,第2継代から第3継代まで,培養し,凍結保存したものを使用した. (実験1)まず,組み換えアデノウイルス(Adex1CAhtPAとAdex1CALacZ)を各々,様々な濃度(重複感染度multiplicity of infection(MOI)=0,0.1,0.3,1,3,10,30,100,300,1000)で,ヒト内皮細胞に感染させてhtPAhECおよびLacZhECを作成した.これらを培養し,培養液中のtPA抗原値,tPA活性値,plasminogen activator inhibitor(PAI-1)抗原値および細胞数を検討することで,内皮細胞に至適感染効率をもたらす組み換えアデノウイルスのMOIを同定した. (実験2)また,至適ウイルス濃度で感染させたhtPAhECを,1,2,3,4,6,8,10,12日間培養し,培養液中のtPA抗原値,tPA活性値,PAI-1抗原値および細胞数を測定することで,感染後の至適培養時間を同定した. LacZhECおよび遺伝子を導入していない内皮細胞(nhEC)にも同様な実験を施行した. ((実験1)および(実験2)は3回繰り返した.) (実験3)次に,htPAhEC,LacZhECおよびnhECを,あらかじめヒトfibronectinで被覆したexpanded polytetrafluoroethylene(ePTFE)グラフト(4mm×10cm)に,confluent(105個/cm2)密度で,回転法にて播種した.htPAhECは6本,LacZhECおよびnhECは2本に播種した.htPAhECおよびLacZhECは至適ウイルス濃度で感染させ,至適培養時間で培養し作成した.各々のグラフトを5cmずつに2分割し,37℃,90分間,一方は培養液に入れ(静流),もう一方は,in vitroの循環回路に入れ拍動流に爆した。この後,培養液中のtPA抗原値,tPA活性値,PAI-1抗原値およびグラフト上の細胞数を測定した.in vitroの循環回路に入れたグラフト上の細胞数を対応する,静流においたグラフト上の細胞数で除し,%retentionとした. (実験4)最後にhtPAhECを培養した培養液中のtPAをwestern blottingおよびfibrin autographyにて検討した.LacZhECおよびnhECの培養液を対照とした. (結果) (実験1)htPAhECのtPA抗原値および活性値はMOI値と正相関した.PAI抗原値はMOIに依らなかったが,細胞数はMOI=30をピークに減少した.MOI=30でのhtPAhECの産生したtPA抗原値は,4.7±0.09(平均±標準誤差)x103ng/106cells/6hrであり,MOI=0での,測定値の8.3x102倍に達した.LacZhECに関しても同様の結果が得られたので,至適ウイルス濃度はAdex1CAhtPAとAdex1CALacZ共に,MOI=30と考えられた. (実験2)htPAhECのtPA抗原値および活性値はともに,感染後各々2日と1日にピークに達し,(5.3±2.0x103ng/106cells/6hrおよび6.7±0.63x102IU/106cells/6hr)その後,徐々に低下した.PAI抗原値は感染後の培養日数に依らなかった.htPAhECの細胞数は,感染後1-6日間は,コントロール値(感染時の細胞数)と有意差なく推移したが,その後,減じた.LacZhECおよびnhECに関しては,tPA抗原値,活性値およびPAI抗原値は,感染後の培養日数に依り,変化なかった.細胞数の変化はhtPAhECと同様であった.以上より,htPAhECの至適培養時間は,感染後1-2日と考えられた. (実験3)至適条件下での,tPA抗原値および活性値は,静流においた,htPAhECを播種したグラフト上で,2.2±2.0x103ng/106cells/6hrおよび4.6±4.0x102IU/106cells/6hrであった.また,循環回路に入れたグラフト上では,tPA抗原値は6.8±1.7x102ng/106cells/6hrであり,静流においたグラフトと比較し有意に低かったが(p=0.016,Studentt検定),tPA活性値は,2.7±1.3x102IU/106IU/6hrと有意差はなかった(p=0.87).PAI抗原値は循環回路に入れたグラフト上,静流においたグラフト上で,各々,7.9±0.6x102ng/106cells/6hrおよび8.9±0.7x102ng/106cells/6hrであり,共にLacZhECおよびnhECを播種したグラフトと比し,有意差を認めなかった. %retentionはhtPAhECを播種したグラフトでは,84.0±3.0%であった.この値はLacZhECの94.2±0.4%およびnhECの82.1±8.0%と比較して,有意差は認めなかった. (実験4)western blottingおよびfibrin autographyにてhtPAhECを培養した培養液はhtPAに相当する強いpositive bandを認めた.一方,LacZhECおよびnhECの培養液はこのようなbandを認めなかった. (結論) 本研究により,組み換えアデノウイルスを使用し,htPA遺伝子を導入された内皮細胞は,通常の内皮細胞の分泌する数百倍のtPAを分泌し得ることを示された.この高い分泌能は,人工血管上でも保持されており,また細胞の付着力も,in vitro循環回路中では,低下することはなかった. このようにして作成したハイブリッド型人工血管は,今後in vivoでの実験を行い研究を進めることで,良好な開存率を達成しうる動脈用小口径人工血管もしくは静脈用グラフトとして臨床応用できる可能性があると考えられた. |
審査要旨 | | 本研究は,ヒトtissue-type plasminogen activator(htPA)を発現する組み換えアデノウイルスAdex1CAhtPAを作成し,ヒト内皮細胞に感染させ,さらに人工血管にこれを播種し,in vitroの循環回路に組み込んだ系で,htPAの発現が認められるかどうか,また,播種した内皮細胞のhtPAの十分なretentionが得られるかどうかを検討したものであり,下記の結果を得ている. 1.Adex1CAhtPA,様々な重複感染度multiplicity of infection(MOI)=0,0.1,0.3,1,3,10,30,100,300,1000)で,ヒト内皮細胞に感染させてhtPAhECを作成し,培養液中のtPA抗原値,tPA活性値,plasminogen activator inhibitor(PAI-1)抗原値および細胞数を検討したところ,MOI=30が至適との結果を得た.MOI=30でのhtPAhECの産生したtPA抗原値は,4.7±0.09(平均±標準誤差)x103ng/106cells/6hrであり,MOI=0での,測定値の8.3x102倍に達した. 2.MOI=30で感染させたhtPAhECを,1,2,3,4,6,8,10,12日間培養し,培養液中のtPA抗原値,tPA活性値,PAI-1抗原値および細胞数を測定したところ,感染後1-2日が感染後の至適培養時間との結果を得た. 3.至適条件で作成したhtPAhECを,expanded polytetrafluoroethylene(ePTFE)グラフト(径4mm)に,confluent(105個/cm2)密度で,播種しin vitroの循環回路に入れ,拍動流に爆した。tPA抗原値は6.8±1.7x102ng/106cells/6hr,また%retentionは,84.0±3.0%に達した. 4.htPAhECが高いレベルでtPAを発現していることは,western blottingおよび fibrin autographyにても確認された. 以上,本論文では,組み換えアデノウイルスを使用してhtPA遺伝子を導入された内皮細胞は,通常の内皮細胞の分泌する数百倍のtPAを分泌し得ることとin vitro循環回路中でも細胞の付着力が低下しないことが示されている.このようにして作成したハイブリッド型人工血管は,今後in vivoでの研究を進めることで,動脈用小口径人工血管として臨床応用できる可能性を提示しており,学位の授与に値するものと考えられる. |