学位論文要旨



No 113683
著者(漢字) 山本,美香
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ミカ
標題(和) 術後乳癌患者のサポートグループに関する介入研究
標題(洋)
報告番号 113683
報告番号 甲13683
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1344号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 武藤,徹一郎
 東京大学 教授 金川,克子
 東京大学 助教授 大嶋,厳
 東京大学 助教授 青木,幸昌
内容要旨 【緒言】

 乳癌は罹患率が高く、今後も上昇することが予測されている。乳癌の特徴として、経過が長いことが挙げられ、手術や術後補助療法に起因する身体的、精神的問題が存続する。特に、精神的健康は身体的健康に比べ回復が遅いという知見が得られていることから、術後乳癌患者の精神的健康に対する支援の必要性は高いと言える。

 癌患者が共有する最大の精神的問題は、「再発に対する恐れ」である。再発の可能性を有する不確かな状況において、術後乳癌患者の不安が高められることが示されている。一方で、乳癌罹患後に、対人関係や思考が肯定的に変化したことも示されている。生活満足度は、癌患者の肯定的な精神的側面を測定する指標の一つであり、一つの測度で生活を全体として認識、評価できる点で優れていると言われている。また、癌を慢性疾患として捉え、癌と共によりよく生きる(癌との共存)という視点が重要視されている。本研究では、精神的健康の指標として、以上述べた、不安、生活満足度、癌との共存を取り上げる。

 癌患者の精神的健康に有効な支援として、サポートグループが注目されている。サポートグループとは、「同じ問題を抱えている人が、感情や体験、問題を表出および共有し、さらに自ら問題に取り組み、他のメンバーや医療専門職者から問題に関する知識や解決策を入手することを目的とした、医療専門職者がリードする集団」である。1970年代より、欧米を中心として、癌患者を対象に情緒的および教育的介入に基づくサポートグループの介入研究が行われ、成果が挙げられてきた。しかしながら、日本においては、サポートグループの有効性が明確に示されておらず、また、欧米の結果を日本にそのまま当てはめることは社会文化的背景の違いがあるため適切とは言えない。更に、介入において見出される共通のテーマは、「再発」であり、再発に関する問題に癌患者が取り組むことが有益として薦められているが、再発を中心的テーマとして取り上げた介入は見当たらない。

【目的】

 本研究では、「再発」を中心的テーマとしたサポートグループにおける情緒的および教育的介入を行い、術後乳癌患者の精神的健康(不安、生活満足度、癌との共存)に対し有効であることを明らかにすることを目的とした。

【方法】(1)対象

 再発の認められていない70歳以下の術後乳癌患者455名のうち、研究への理解と協力が得られた78名(17.1%)を、介入群(45名)と対照群(33名)に無作為に割り付け、対象者とした。

(2)セッションの実際

 介入群で5つのグループを作成し、各グループに対し毎週1回、1時間半〜2時間のセッションを合計4回実施した。第1回を情緒的介入、第2回〜第4回を情緒的および教育的介入とし、参加者の自主性を尊重して実施した。セッションのリーダーは、看護婦である本研究者が務め、助言者として術後乳癌患者2名が参加した。

(3)調査項目

 効果の指標として3つの精神的健康(不安、生活満足度、癌との共存)を用いた。不安はSTAIの状態不安(20〜80点)、生活満足度は生活全般を100点満点で自己評価した得点、癌との共存は問題への対処とその効力感を測定する8項目の質問(8〜32点)とした。更に、人口統計学的変数、術式や術後月数といった医学的変数、対象者の自己評価による術前と比較した活動度(1〜4点)、セッション終了後における自由な感想や意見を取り上げた。

(4)介入の効果の評価方法

 介入前(時点1)、介入後1週間(時点2)、介入後1ヶ月(時点3)の3時点における効果の指標に対し統計的分析を行った。主要評価項目は、時点1から時点3への効果の指標の変化とした。また、セッション後の介入群の感想や意見を用い質的分析を行った。

【結果】I.統計的分析1.対象者の背景因子の分布

 分析対象には、3時点において有効回答が得られた、介入群35名(77.8%)、対照群18名(54.5%)を用いた。介入群と対照群の平均年齢、平均術後月数、その他の人口統計学的変数、医学的変数に有意な差は見られなかったが、介入群の方が活動度が高い傾向が見られた。

2.介入の効果

 介入群と対照群における、3時点の効果の指標の平均値の経時的変化を、群別に、図1〜図4に示す。左側の箱が介入群、右側の箱が対照群を示し、各時点の中央値がそれぞれ実線および破線で結ばれている。

 (1)不安

 状態不安は、介入群、対照群ともに緩やかに減少しており、時点1から時点3への変化の平均値に有意な差は見られなかった(p=0.78)(表1、図1)。また、状態不安の変化に対し、活動度と術後月数を調整変数として用い、共分散分析を行ったが、全ての変数において有意な効果は見出されなかった(表2)。

 (2)生活満足度

 介入群と対照群の生活満足度の時点1における値(初期値)に有意な差が見られた(p=0.02)ため、初期値のほぼ平均である80で層別し分析を行った。初期値が80未満の群では、介入群、対照群ともに増加しており、有意な差は見られなかった(p=0.36)(表1、図2)。初期値が80以上の群では、介入群が不変、対照群が減少していたが、有意な差は見られなかった(p=0.18)(表1、図3)。同様に初期値で層別し共分散分析を行った。初期値が80未満の群では、術後月数に有意な効果が見出された(p=0.046)(表3)。初期値が80以上の群では、介入の効果である群に有意な効果が見出された(p=0.007)(表4)。これは、介入群において平均値の変化がなく、対照群において平均値が低下した結果を反映している。また、活動度に有意な効果が見出された(p=0.02)(表4)。

 (3)癌との共存

 癌との共存度は、介入群、対照群ともにほとんど変化がなく、時点1から時点3への変化の平均値に有意な差は見られなかった(p=0.56)(表1、図4)。共分散分析においても、全ての変数において有意な効果は見出されなかった(表5)。

II.質的分析

 全セッション終了後、対象者の自発的な意見や感想として、15名(42.9%)よりセッションに対する肯定的な評価が得られた。6名(17.1%)が、乳癌(再発)について考え、知識を得ることを通じて乳癌を再認識し、今後、乳癌を受容しながら、いかによりよく生きるかを考えるよう変化したことを示した。

【考察】

 再発を中心的テーマとしたサポートグループにおける、情緒的および教育的介入を行った。統計的分析において、介入に精神的健康を高める効果は見出されなかったが、介入前に比較的精神的健康が高い人に対し、それを維持させる効果があることが示唆された。おそらく、情緒的支援と情報的支援を得ることにより、ストレスが生じた場合に、効果的な対処ができるため、高い生活満足度を維持することができたと考えられる。

 質的分析において生き方に関する認知的変化が見られたのは、再発を正しく理解し、不要な不安が除去され、自分が行うべきことがわかったためと考えられる。

 介入に精神的健康を高める効果が見出されなかった要因については、介入前の得点が比較的良好であり、各尺度が介入により変化した部分を測定できなかった可能性があることから、評価尺度が適切でなかったと考えられる。また、質的分析において認知的に変化したことを示した人が見られたが、実際に行動が変容し効果が現れるまでには、ある程度時間を要すると思われる。更に,患者が自分の変化を自覚するにも時間が必要と考えられる。従って、評価を行うまでの期間が短かったことも効果が見出されなかった要因と考えられる。

 セッションの内容については、再発を中心的テーマとして取り上げたため、再発後の治療、経過等の否定的な話しもきかれ、内容に広がりがなかった。また、参加者自身が尋ね方や尋ねるべきことがわからず、問題触決の手段も把握していなかった。更に、セッションのリーダーは、特別な訓練を受けていなかったことから、リーダーとしての資質が十分でなかったとも考えられる。従って、適切な教育を受けた看護専門識者が、多目的なサポートグループを積極的にリードし支援を提供する形態が有効である可能性がある。

【結論】

 再発を中心的テーマとした介入を行うサポートグループは、統計的分析により精神的健康を高める効果は見出されなかったが、介入前の精神的健康が比較的良い人に対し、それを維持させる効果を有する傾向があった。質的分析により、患者の認知レベルの変化が示され、時間が経過した後の効果と、再発という事象が発生したときの効果が推察された。適切な教育を受けた看護専門職が、病気に関する正確な情報や具体的な対処方法を積極的に提示し、多目的なサポートグループをリードすることの必要性が示唆された。

図 1 状態不安の推移図 2 生活満足度の推移初期値80未満図 3 生活満足度の推移初期値80以上図 4 癌との共存度の推移表1 介入群と対照群における時点1から時点3への効果の指標の変化の平均値の比較:1-検定表2 共分散分析表-状態不安の変化表3 共分散分析表-生活満足度の変化(初期値80未満)表4 共分散分析表-生活満足度の変化(初期値80以上)表5 共分散分析表-癌との共存度の変化
審査要旨

 本研究は、術後乳癌患者の精神的健康に対するサポートグループの有効性を明らかにすることを目的とし、78名の術後乳癌患者を、介入群(45名)と対照群(33名)に無作為に割り付け、介入群に対し、再発を中心的テーマとしたサポートグループにおける情緒的および教育的介入を行ったものである。介入の効果の指標として、「状態不安」、「生活満足度」、「癌との共存度」の3つの精神的健康の指標を取り上げた統計的分析と、介入後における対象者の自発的な感想や意見を用いた質的分析を行い、以下の結果を得ている。

 1.「状態不安」に対する統計的分析として、介入前から介入後1ヶ月の状態不安の変化の平均値を群間で比較(t-検定)したが、有意な差は見られなかった。また、術後期間と活動度を共変量として用い、状態不安の変化を従属変数とした共分散分析を行ったが、介入の有意な効果は見出されなかった。

 2.「生活満足度」に対する統計的分析においては、生活満足度の初期値に群間で有意な差が見られたため、生活満足度の初期値の平均値である80で層別し、介入前から介入後1ヶ月の生活満足度の変化の平均値を群間で比較(t-検定)した。その結果、初期値が高い群と低い群の両群において、介入群と対照群との間の変化の平均値に有意な差は見られなかった。更に、初期値で層別し、術後期間と活動度を共変量として用い、生活満足度の変化を従属変数とした共分散分析を行った。結果、初期値が高い群において、介入の有意な効果が見出された。この結果は、介入群において殆ど変化がなく、対照群において減少したことを反映しており、介入に比較的高い精神的健康を維持させる効果があることを示唆していると考えられる。初期値が低い群においては、介入の有意な効果は見出されなかった。

 3.「癌との共存度」に対する統計的分析においては、介入前から介入後1ヶ月の癌との共存度の変化の平均値を群間で比較(t-検定)したが、有意な差は見られなかった。また、術後期間と活動度を共変量として用い、癌との共存度の変化を従属変数とした共分散分析を行ったが、介入の有意な効果は見出されなかった。

 4.介入後における対象者の自発的な感想や意見を用い、質的分析を行った結果、約43%の対象者より介入に対する肯定的な評価が得られ、約17%の対象者が乳癌を再認識し、乳癌を受容し、いかによりよく生きるかを考えるよう変化したことを述べ、認知レベルの変化を示した。セッションの内容に対する質問においては、乳癌に対する理解が示され、更に、セッション実施時においては、認知レベルの変化と行動を変容させることを述べた参加者が見られた。

 以上、本論文では、再発を中心的テーマとしたサポートグループにおける情緒的および教育的介入を行い、介入の効果を統計的分析により検証した。その結果、全体的には術後乳癌患者の精神的健康を高める効果は示されなかったが、比較的精神的健康が高い群において、それを維持させる効果を有することが示唆された。質的分析においては、術後乳癌患者の認知レベルの変化が示され、時間が経過した後の介入の効果が推察された。本研究は、介入の効果を検出する感度が十分高くないデザインではあったが、日本において殆ど行われていない対照群を設けた介入研究を行い、サポートグループの必要性と、今後の検討課題が示唆されたことにより、サポートグループ研究の発展とその臨床応用に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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