学位論文要旨



No 113684
著者(漢字) 萱間,真美
著者(英字)
著者(カナ) カヤマ,マミ
標題(和) 精神分裂病患者に対する訪問ケアに用いられるケア技術の検討 : 熟練保健婦・看護婦(士)による実践の分析を通して
標題(洋)
報告番号 113684
報告番号 甲13684
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1345号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 松下,正明
 東京大学 助教授 関根,義夫
 東京大学 助教授 大嶋,厳
 東京大学 助教授 山崎,喜比古
内容要旨 I.研究目的

 精神分裂病患者に対して看護職は、従来から保健婦、看護婦(士)が訪問による実際の生活の場での援助を行い、効果を上げてきた。今後、法の整備によって入院施設から地域ケアに移行する患者数が増加することが予測される現状では訪問ケアを行うマンパワーの増加が期待される。

 本研究では、この分野の熟練看護職がどのような訪問ケアを実際提供しているのか、どのような実践の技術が、どの職種の看護職によって、どのような場において用いられているのかという、ケア実践の方略として用いられている技術を具体的に記述することを目的とする。

II.研究方法1.研究デザイン

 研究デザインは質的記述的研究とした。データ収集の方法は、熟練したこの領域のケア提供者に対する研究者自身によるインタビューとした。得られたインタビューデータは、逐語録を作成して分析を行った。分析には、ある限定された領域におけるデータに忠実な具体理論の生成を目的としたGrounded theory approachの継続的比較分析の手法を用いた。

2.対象

 調査対象は、精神分裂病患者を対象に訪問ケアを行っている保健婦、看護婦(士)で、精神科看護の領域1名以上から推薦を受けた、主に首都圏(東京23区、東京都下、千葉県)において実践を行っている者30名とした。

3.抽出されたカテゴリの検証

 抽出されたカテゴリについてインタビュー対象者のうち10名に対して、郵送法でカテゴリの1)credibility(真実性)、2)fitness(現実への適合性)、3)understanding(理解しやすさ)、4)generality(一般性)、5)control(コントロール)の指標の検討を行った。

III.結果

 ケア提供場面で用いられた技術の7カテゴリと具体的技術を示す64サブカテゴリ、およびケア技術に影響するケア場面の性質の2カテゴリと20サブカテゴリが抽出された。(以下、カテゴリ名及びサブカテゴリ名は斜体で示す。)

1.ケア提供場面で用いられた技術のカテゴリの抽出1)関係性を創る技術

 このカテゴリは、精神分裂病患者に安全感や安心感をもたらし、援助関係を作り出そうとするときに看護職が用いる技術であり、心配していると伝える、さっさと引き上げる、自分のことで来たみたいだとケースに伝える、味方だと伝える、相手の力量を知る、体に触れる・身体的なケアをする、訪問を受けるかどうかの選択を本人に預ける、薬のことを言い過ぎない、ケースが安心する場所を確保する、ケースの言い分を入れる、ケースの望むペースでの訪問タイムリーに関わる、SOSには「今すぐ」と答える、具合が悪いとき助ける、試行錯誤につきあう、継続した人間関係による保護、ケースなりの文脈を理解し、通訳する、リラックスできる相手として機能する、病気であることを見せられる相手として機能する、ずっとつきあうというサブカテゴリが抽出された。

2)日常生活のケア

 このカテゴリは、分裂病患者が地域で生活を営む際に不足している生活技能を一時的、あるいは継時的に補完したり、技能を伝達して向上させようとするものであり、恒常的に日常生活の能力の不足を補い続ける、生活リズムを作り出す、人間関係を作る、作業所通いに付き添う、つきあい方の技能を伝達する、人との距離の取り方を調整する、社会技能を伝達する、自分から助けを求められるようにするというサブカテゴリが抽出された。

3)地域で生活してゆく権利の擁護

 日常生活、社会生活上の権利代弁・擁護、家族に対する本人の立場の代弁、ケースの権利よりも周囲の権利をあえて優先させる、何かあったとき入院できるという保証、退院前の周囲に対する安全の保障、意志表示を促す、関わることで周囲の不安を軽減する、経済的な環境整備、誰もがクライエント、ケースなりの生活の尊重、近所に迷惑をかけないというサブカテゴリが抽出された。

4)医療を受けることへの関わり

 このカテゴリは、患者が医療を受けるか否か、受けるならばどのように受けるかということへの援助の技術である。いいかえれば病気とどのように付き合うかを援助する技術であり、より適切な医療を受けるための活動、医療を受けるかどうかの選択権を尊重する、新しく医療につなげる、受療行動の援助、自分の意志で医療を受けることを強調するというサブカテゴリが抽出された。

5)症状の管理

 このカテゴリは、慢性疾患としての精神分裂病の症状管理を行う技術であり、入院しなくても済むための在宅集中ケア、悪くなる兆候のパターン把握、服薬の意味付け、医師と薬効を調整する、医師とのコミュニケーションを助ける、服薬行為の代償(デポ注射)、症状モニタリング、副作用モニタリング、薬効のモニタリング、服薬行動のモニタリングというサブカテゴリが抽出された。

6)家族への関わり

 このカテゴリは、精神分裂病患者の家族への関わりの技術であり、家族の保護、家族へのPsychoeducation、家族のストレスを発散させる、変化をフィードバックし、家族の変化を促すというサブカテゴリが抽出された。

7)他職種・住民との共働

 このカテゴリは、看護職の他職種との共働や地域住民との関わりのための技術であり、近隣への教育的関わり、住民の力を活用する、他職種の力を借りる、ヘルパーとの共働看護婦の訪問の地域への移行を助ける、ケアの方針を協議するというサブカテゴリが抽出された。

2.ケア技術に影響するケア場面の性質のカテゴリの抽出1)ケースへのケアの依頼者

 このカテゴリは、看護職に対する訪問ケアの依頼が誰からなされたかを示し、持ちこたえられなくなったとき家族から、人に影響を及ぼすとき近隣から、持ちこたえられなくなったとき本人から、受診時医師からの連絡、問題行動があったとき地域開業医から、保健婦同士のコンサルテーション機能、退院に関わった保健婦の判断、福祉のワーカーから、外来看護婦の判断、病院看護婦の訪問からステーションへの移行、保健所からの依頼というサブカテゴリが抽出された。

2)訪問の目的

 このカテゴリは、訪問の目的をあらわし、ケースの入院拒否を在宅で持ちこたえるために、本人たちなりの生活を尊重するために、生活能力のある人の能力を落とさないために、家族に受け入れてもらうために、地域に受け入れてもらうために、地域のケアシステムの不足分の補完、長期在院の人を退院させるために、アパートに入る条件として訪問が義務づけられていた、病院の生活の質を向上させるためというサブカテゴリが抽出された。

3.技術のカテゴリが用いられた状況及び患者の特性の分析

 関係性を創る技術は、関わりのごく初期の段階に、医療との関わりが浅く、未治療や医療中断者で被害妄想などを持ち、対人恐怖が強い患者に対して保健婦によって緊張緩和的、保護的に用いられていた。地域で生活してゆく権利の擁護は長期入院の直後や、最初のケアの依頼者が家族であり、家族のサポート能力が低下した状態などの周囲の不安が強い状況で、患者の地域で暮らす権利を擁護するための方略として用いられていた。症状の管理は、長期入院後で病識がなく経過が長期にわたり、サポート源が少ない患者に対して看護婦(士)によって用いられていた。

 技術のカテゴリが用いられて状況についての分析と結果によるケア技術のモデル化を試みた。モデル化は技術に影響する要因とケア提供のレベルの組み合わせによって行った。

4.カテゴリ・サブカテゴリ、およびモデルの検証

 1)credibility(真実性)については88.9%、2)fitness(現実への適合性)については88.9%、3)understanding(理解しやすさ)については77.8%、4)generality(一般性)については77.8%、5)control(コントロール)については66.7%がそう思う(確保されている)と答えていた。

IV.考察

 保健婦は、医療関係者との信頼関係がほとんどない患者に対して、安全感と信頼を持ってもらうための多様さが特徴であった。保健婦の特徴的な技術として、体に触れる・身体的なケアをするが抽出されたが、患者が自分は苦しいのだということに気づき、傍らにいてそれを心配し、援助の意志を持ち、なおかつ自分を脅かさない保健婦という存在とその保健婦への信頼を通して適切な医療に結びついてゆくプロセスにおいて多くの専門的な技術が抽出されたと言える。

 一方看護婦(士)は、入院期間中に培われた信頼関係を軸にして患者の社会での生活をサポートしようとしており、きめ細かい観察および観察と同時並行して行われる予防的な介入を中心とするモニタリング機能(Benner 1984)を果たしていた。これらの技術の特徴は、患者の社会生活に必要な能力がある程度持続的に不足し続けることを前提にした、継続的な補いの技術であるという点であろう。

 看護職のうち、保健婦は地域で生活している未治療者や医療中断者についてクライエントから窓口として依頼を受け、継続的なこうした機能を提供する。看護婦(士)は病院から退院していく患者について窓口として病状やホスピタリズムの程度を判断し、こうした機能を果たしている。つまり、病状管理と生活についてのケア提供の内容と程度を、異なる対象について査定し、観察し、予防的介入を行うという窓口機能とモニタリング機能を有しているといえる。

 今後、このような機能を認識した上での役割の統合と分化が教育・実践の領域で求められるであろう。

審査要旨

 本論文は地域で生活する精神分裂病患者に対する看護職による訪問ケアの技術の向上に資するために、熟練保健婦・看護婦(士)の具体的な実践の技術を記述し、さらにその構造について検討したものである。Grounded Theory Approachの継続的比較分析の手法を用いて、熟練者30名がケア提供場面を想起したインタビューから具体的に記述し、ケアの対象となったケースの特性やケアを提供した看護職の職能や実践の場の性質との関連から、精神分裂病患者に対する看護職による訪問ケアという限定された領域における中範囲理論の生成を行おうとする論文であり、以下の知見を得ている。

 1.ケア提供場面で用いられた技術のカテゴリとして、(1)関係性を創る技術、(2)日常生活のケア、(3)地域で生活してゆく権利の擁護、(4)医療を受けることへの関わり、(5)症状の管理、(6)家族への関わり、(7)他職種・住民との共働の7カテゴリが明らかにされた。

 2.ケア技術に影響するケア場面の性質のカテゴリとして、(1)ケースへのケアの依頼者、(2)訪問の目的の2カテゴリが明らかにされた。

 3.(1)関係性を創る技術については、20の介入技術を示すサブカテゴリが明らかにされた。それらの技術は、関係性の新しい創出のために未治療者や医療中断者、強い被害妄想を持つなどの何らかの配慮を要する対象について、主に保健婦によって用いられていることが明らかにされた。

 4.(2)日常生活のケアについては8の介入技術を示すサブカテゴリが明らかにされ、ホスピタリズムや疾患そのものによる生活技術の不足に対して保健婦・看護婦(士)全般に広く用いられていることが明らかにされた。

 5.(3)地域で生活してゆく権利の擁護については11の介入技術を示すサブカテゴリが明らかにされ、周囲との摩擦を最小限にし、看護職が関わることによる緩衝機能を目的として用いられていることが明らかにされた。

 6.(4)医療を受けることへの関わりについては、5の介入技術を示すサブカテゴリが明らかにされ、医療とのつながりの状況に応じて、慢性疾患である精神分裂病の管理・維持をよりよい状態で行うために用いられていることが明らかにされた。

 7.(5)症状の管理については、10の介入技術を示すサブカテゴリが明らかにされ、症状のレベルよりも症状を管理する患者自身の能力の程度に応じて、その多くが看護婦(士)によって用いられていることが明らかにされた。

 8.(6)家族への関わりについては、4の介入技術を示すサブカテゴリが明らかにされ、家族の精神分裂病や本人の接し方への理解の程度に応じて用いられていることが明らかにされた。

 7.(7)他職種・住民との共働については、6の介入技術を示すサブカテゴリが明らかにされ、ケースと社会とのつながりの程度に応じて地域における生活を継続しうる方向で用いられていることが明らかにされた。

 (なお、これらのカテゴリおよびモデルはインタビュー対象者10名によって真実性、現実への適合性、理解しやすさ、一般性、コントロールが検討された)。

 8.看護職はその職能や実践の場によって、保護的・永続的な代償機能を主に看護婦(士)が、関係性の創出を基礎とした広義の医療とのつながりの創出を保健婦が担うという機能の相違が明らかにされた。また、それらの機能の共通性として症状や行動の継時的観察と予防的介入を同時並行的に行うモニタリング機能が明らかにされた。

 以上、本論文は、精神分裂病患者に対する看護職の訪問ケア技術をとりあげ、具体性を保ちながらケア技術を立体的に記述・分析・考察している。これにより、この領域における看護ケアのより実践に即した教育を行うための基礎資料を得ることの意義と可能性を指摘している。よって、本論文は、今後の看護職の精神分裂病患者に対する訪問ケア活動における技術の向上に対して示唆を与えるものであり、学位の授与に値するものであると認められる。

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