学位論文要旨



No 113685
著者(漢字) 小林,奈美
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ナミ
標題(和) 都市に居住する要介護高齢者の在宅死の特徴とそれに関連する要因の検討 : 訪問看護指導対象者の調査から
標題(洋)
報告番号 113685
報告番号 甲13685
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1346号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 小島,通代
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 鳥羽,研二
 東京大学 助教授 橋本,修二
内容要旨 [はじめに]

 わが国は本格的な高齢化社会を迎え、とくに後期高齢者の増加は、死亡者数の増加を招き、2013年には近代医療がかつて経験したことのない死亡者数になると予想されている。家族介護力の低下と医療技術の進歩は、施設内死亡を増加させてきた。さらに、高齢化は医療費の増大を招き、財政は逼迫している。高齢者は死亡する前に寝付く傾向があるとの報告があるが、介護が必要となり、在宅の医療福祉サービスを利用することになった高齢者とその家族が、どのような終末を望み、行動しているかは明らかにされていない。そこで、本研究は、先行研究で明らかにされていない以下の点を研究課題とした。

 ・自宅で終末を迎えた高齢者の特徴、特に在宅死の希望と、死亡前の在宅サービスの利用について明らかにすること。

 ・在宅死の希望を考慮した上で、在宅死に関連する要因および看取り終えた介護者の満足に関連する要因について明らかにすること。

[方法]

 文京区訪問看護指導事業の利用者で1993年4月から1997年6月までの間に死亡が把握できた204名のうち、自宅で死亡確認された59名、最終入院期間が7日以内の35名、監察医による検死を受ける3名の計97名の訪問看護記録および担当看護婦のインタビューから情報収集を行った。調査項目は以下の通りである。(死亡した要介護高齢者本人を以下、本人と略す。)

 1)本人の状況:死亡時の年齢、性別、主疾患名、身体の状況、痴呆の状況。

 2)介護者の状況:本人と介護者の続柄、本人死亡時の年齢、性別、居住形態。

 3)サービス利用状況:

 [医療サービス]訪問看護指導利用期間・訪問頻度、訪問リハビリ指導利用状況、主治医および往診医の有無、訪問看護指導事業外の訪問看護サービスの利用状況。

 [福祉サービス]日帰り通所サービス(デイサービス)、痴呆専門通所サービス(痴呆デイケア)、短期入所(ショートステイ)、巡回入浴サービス、家事・介護援助者(ホームヘルパー)派遣利用。

 4)死に関する情報:死亡日、死亡場所、最終入院日、最終訪問日。

 ・本人および介護者の在宅死の希望。

 ・本人および介護者と医師の終末に関するやりとり。

 ・亡くなったときの状況、看取り終えた介護者の感想。

 分析は次の3段階で行った。

 1)対象の把握:収集した97名の情報を整理し記述的分析を中心に行った。在宅死の希望、介護者の感想については、担当看護婦、大学院生2名の3者の意見が一致したもののみ、「希望あり」「満足している」と判断した。

 2)要因の分析:情報をコード化し、「死亡場所」「看取り終えた介護者の満足度」と各変数の関連を調べた。連続変数ではt検定、名義尺度ではx2検定を行い、p<0.1程度の関連のある変数について、上記2変数を従属変数としたロジスティック回帰分析を行った。さらに、死亡場所については、分析で得られたモデルの当てはまりが悪いケースについて、その原因を検討した。

[結果]

 1)対象の概要:本人の死亡時年齢は平均85.2歳、女性61.9%男性38.1%であった。主疾患は脳血管疾患38.1%、心疾患19.6%、悪性新生物17.5%、難病14.4%であった。訪問開始時の本人の状態は「日中寝て過ごす」が46.4%、「日中座位・歩行可能」が52.5%であるが、死亡前では「日中寝て過ごす」が76.3%、「日中座位・歩行可能」が22.7%であった。日常生活に支障をきたす程度の痴呆を有するのは50.5%であった。介護者の年齢は平均64.1歳、65歳以上が47.4%で、女性81.4%、男性17.5%であった。続柄は配偶者29.9%、子供36.1%、嫁18.6%であり、高齢者世帯が19.6%であった。訪問看護指導事業の利用期間の中央値は1年9カ月であるが、6カ月以内の利用者が23.7%であった。1カ月あたりの訪問頻度は1〜2回であり、死亡前1週間以内の訪問が半数であった。主治医が病院医師は37.1%、診療所の医師は62.9%であり、往診医を確保できていた人は88.7%であった。

 「〜死亡前6カ月」「死亡前6カ月〜1カ月」「死亡前1カ月間」の個人のサービス利用の変化をMcNemar検定で調べた結果、往診、区外訪問看護などの医療サービスで有意な上昇がみられたが、ホームヘルパー派遣など福祉サービスでは大きな変化はみられなかった。

 本人の「在宅死の希望あり」は20件、「入院拒否」14件「在宅希望」10件であった。介護者の「在宅死の希望あり」は39件、「家で死を看取る覚悟」27件が最多であった。看取り終えて介護者が「満足している」のは37件、多かったのは「家で看取って良かった」19件「苦しまず良かった」9件であった。本人および介護者と医師の終末に関するやりとりがあったのは48件であった。死亡時の状況は「家族が気づいたときに死亡していた」は自宅死で7件、検死で2件、病院死はなかった。「苦痛を訴え、間もなく死亡した」は自宅死で9件、病院死で12件であった。「食欲不振のみで苦痛の訴えなく死亡した」は自宅死27件、病院死9件であった。「苦痛を訴える間もなく突然急変した」は自宅死で7件、病院死で13件、検死で1件であった。

 2)「在宅死」および「介護者の満足」に関連する因子:「死亡場所」、「介護者の満足度」に関連していた変数を[表1][表2]に示す。ロジスティック回帰分析の結果、病院死に対する在宅死の調整オッズ比は、「心疾患あり」がなしに対して6.8(p=.031)、「悪性新生物あり」がなしに対して15.7(p=.015)、「本人又は介護者の在宅死の希望あり」は、なしに対して6.6(p=.0042)、「主治医が診療所医師」は、病院医師に対して7.9(p=.0027)、「医師と終末のやりとりあり」は、なしに対して3.6(p=.046)であった。また、「本人の年齢85歳以上」は85歳未満に対して3.2(p=.073)、「死亡前寝たきり」は座位・歩行が可能に対して4.1(p=.067)であったが、有意ではなかった。

 一方、「介護者の満足」についての調整オッズ比は、「実子である」がそれ以外に対して2.6(p=.048)、死亡時に「食欲不振のみで苦痛の訴えがない」場合がそうでない場合に対して3.1(p=.020)であった。また、「別居の場合」は同居に対して3.7(p=.097)、「本人または介護者の在宅死の希望あり」の場合はなしに対して2.3(p=.087)であったが、有意ではなかった。「死亡場所が自宅か病院か」は独立して影響する因子としては残らなかった。

 3)「在宅死」のモデルの当てはまりの悪いケースについて:「在宅死の条件が揃っていたが病院死だった」のは9名であった。最も当てはまりが悪かったのは、在宅死の希望があったものの、衰弱するのを見かねた家族が入院させたケースであった。

[考察]

 死亡前の利用率について、医療サービスが増加するのは終末の不安のためであり、福祉サービスが変化しないのは、生活自体に必要なもので終末期に新たに必要になるわけではないためと考えられる。

 在宅死には、本人や介護者の在宅死の希望が強く関係していることが明らかになった。在宅死の希望を考慮したことで、先行研究では報告されていた死亡時年齢の影響が弱くなり、高齢者が悪性新生物、心疾患であることの影響が強くなっていた。しかし、疾患については該当者が少なく、在宅死の希望動機である可能性もあり、今後、因果関係を含めてさらに検討する必要がある。また、在宅死が、医師の理解に影響されることも示唆された。在宅死に比較的理解のある診療所・医院の医師の負担にならない、24時間往診システムの整備が必要である。一方、介護者の満足には、死亡場所に関わらず、実子であること、食欲不振でも苦しまない最期であることが強く関連していた。感覚としては現実的で納得のいく結果であったが、先行研究が少なく、評価は難しい。在宅死の選択自体が、苦しまない最期をめざしたものである可能性もあり、今後、在宅死の希望動機も含めた検討が必要である。また、本研究の方法上の限界から、「満足」を数量化して捉えることができず、分類上の手順から、「満足」と判断されなかったものもある。こうした問題を解決する方法での検討と他の心理的側面からの検討が必要である。

 本研究の対象は、文京区訪問看護指導事業利用者に限定されており、中でも、死亡間際まで在宅療養継続が可能な条件に恵まれた集団であるとも考えられる。そのため、結果の一般化には制約がある。しかし、限界はあるものの、自宅で最期を全うすることを望む高齢者や家族が存在する限り、その思いを把握し支えていくという在宅医療福祉サービスの役割の一側面において、本研究の結果は非常に意義あるものと考える。今後、前向きの調査や、都市ではない地域での調査など、本研究で把握できなかった事象や対象についての研究が必要である。

[結論]

 文京区の訪問看護指導事業利用者のうち、自宅で死亡した59名、入院7日以内に死亡した35名、検死を受けた3名、計97名を対象に死亡前の在宅サービス利用の実態、在宅死の希望を考慮した在宅死に関連する要因、看取り終えた介護者の満足に関連する要因について検討した結果、以下の結論を得た。

 (1)死亡前6カ月間に、往診、訪問看護などの医療サービス利用は増加するが、ホームヘルパー派遣や巡回入浴などの福祉サービス利用に大きな変化はなかった。

 (2)在宅死には、1)要介護高齢者の疾患が悪性新生物、心疾患である2)本人・介護者が在宅死を希望する3)往診医が確保できる4)主治医が診療所医師である5)医師と終末についてのやりとりがあることが関連していた。

 (3)看取り終えた介護者の満足には、1)介護者が実子である2)要介護高齢者が食欲不振はあっても、苦痛を訴えずに死亡することが関連していた。

[表1] 死亡場所に関連する因子(N=94)[表2] 看取り終えた介護者の満足度に関連する因子(N=97)
審査要旨

 本研究は、高齢化社会を迎えたわが国において、今後ますます増加が見込まれる在宅療養高齢者に焦点をあて、ある一定期間、在宅で訪問看護指導を利用しながら、自宅で死亡した59名、入院7日以内に死亡した35名、検死を受けた3名、計97名の高齢者とその介護者を対象に、死亡前の在宅サービス利用の実態、在宅死の希望を考慮した在宅死に関連する要因、看取り終えた介護者の満足に関連する要因について検討したものであり、以下の結果を得ている。

 (尚、本研究における要介護高齢者とは、調査対象自治体の基準において介護が必要と認められた高齢者を指す。)

1.死亡前の在宅サービス利用の特徴

 死亡前6カ月間の在宅サービスの利用の変化を明らかにするため、死亡前6カ月前まで、死亡前6〜1カ月前まで、死亡前1カ月間の各医療・福祉サービスの利用率、さらに個人の利用の変化についてMcNemar検定を用いて分析した結果、死亡月に向けて、往診、訪問看護などの医療サービスの利用は増加するが、ホームヘルパー派遣や巡回入浴などの福祉サービスの利用に大きな変化はないことが明らかになった。

2.在宅死に関連する要因

 死亡した高齢者本人の属性、介護者の属性、在宅死の希望、死亡時の状況、医師との関係について訪問看護指導記録より情報収集し、内容を分類、各変数と死亡場所との関係を単変量解析(x2検定、t検定)、多変量解析(ロジスティック回帰分析)を用い統計的に分析した結果、以下の条件を満たす場合、自宅死亡になる確率が有意に高くなることが明らかになった。

 1)要介護高齢者の疾患が悪性新生物、心疾患であること。

 2)要介護高齢者本人、介護者が在宅死を希望すること。

 3)往診医を確保できていること。

 4)主治医が医院・診療所の医師であること。

 5)本人・介護者と医師の間で終末についてのやりとりがあること。

3.看取り終えた介護者の満足に関連する要因

 死亡した高齢者本人の属性、介護者の属性、在宅死の希望、死亡時の状況、医師との関係について訪問看護指導記録より情報収集し、内容を分類、各変数と看取り終えた介護者の満足度との関係を単変量解析(x2検定、t検定)、多変量解析(ロジスティック回帰分析)を用い統計的に分析した結果、以下の条件を満たす場合、介護者が看取り終えた後、満足する確率が有意に高くなることが明らかになった。

 1)介護者が実子であること。

 2)要介護高齢者が食欲不振はあっても、苦痛を訴えずに死亡すること。

 本研究の特徴は、ある程度の期間、訪問看護指導事業というサービスを利用した利用者に調査対象を限定し、高齢者が自宅で死を迎えることが出来る条件を解明したことにある。したがって、本人の身体的条件や家族の介護意欲の面で比較的良好であり、さらに、居住地がさまざまな保健福祉サービスが整備された都市である、という環境の面において、全般的に恵まれた対象における結果であり、結果の一般化に限界があることは否定できない。しかし、限界はあるものの、実態が十分に把握されていない、終末期高齢者の在宅サービス利用の特徴を明らかにしたこと、また、わが国においては経験的にしか語られることのなかった在宅死の希望を考慮して、在宅死に関連する要因、看取り終えた介護者の満足に関連する要因を統計的に解明したことは、十分に評価できるものである。また、本研究の結果は、介護保険導入を控え、整備拡充が急務であるわが国の在宅医療福祉の領域において、重要な貢献をなすと考えられる。以上のように、本研究は看護学研究に寄与するばかりでなく、実際的な有用性をも兼ね備えており、学位の授与に値すると考える。

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