学位論文要旨



No 113686
著者(漢字) 長瀬,尚志
著者(英字)
著者(カナ) ナガセ,ヒサシ
標題(和) CD4分子を細胞表面に発現せず、可溶性CD4を分泌する新しい変異マウスの解析
標題(洋) Analyses of Novel Mutant Mice Secreting Soluble CD4 without Expression of Membrane-bound CD4
報告番号 113686
報告番号 甲13686
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1347号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 助教授 森,庸厚
内容要旨 序論

 CD4はヘルパー機能を持つT細胞のマーカーとしてばかりでなく、ヘルパーT細胞の活性化に関与する重要な分子としてよく知られている。私は修士課程の研究過程でC57BR/cdJ由来でCD4分子を細胞表面に発現しない変異マウスを発見した。このマウスの胸腺、リンパ節、脾臓いずれの臓器のT細胞にもCD4分子の発現は検出されなかった。このCD4変異マウスにおいてCD4が細胞表面に発現しないメカニズムとCD4陽性T細胞欠如による免疫反応への影響をCD4分子を正常に発現するC57BR/cdJマウスと比較することにより検討した。

結果1)CD4が細胞表面に発現しないメカニズム

 胸腺、リンパ節、脾臓の細胞から抽出したtotal RNAを用いてCD4mRNAの発現をノーザンプロットで解析した。胸腺細胞では正常マウスとほぼ同量のCD4mRNAが検出され、リンパ節、脾臓の細胞ではわずかながら検出された。この際、変異マウスで検出されたCD4mRNAは正常マウスと比較してサイズが短く思われた。このためRT-PCR法により胸腺細胞のCD4cDNAをクローニングし、正常マウスCD4cDNAの塩基配列との比較を行った。その結果、変異マウスCD4cDNAは膜貫通部位を含む第8エキソン全体(119bp)を欠損していることが明らかになった。

 さらにCD4mRNAで第8エキソンがなぜ欠落しているのかを調べるために変異マウスの肝臓由来のゲノムCD4遺伝子の塩基配列を解析した。その結果、第8エキソンと第8イントロンの接合部位14bpが1つのthymineに置き換わっていることが明らかになった。このゲ細胞表面にCD4分子が発現されないと考えられる。

 この変異マウスでは、CD4分子は細胞表面には存在しないが、膜貫通部位の欠失したmRNAが発現していることから分泌型として産生されている可能性があると考えた。そこでまずこの変異マウスCD4cDNAをサイトメガロウイルスのプロモーターの下流に組み込んだベクターを導入したCOS7細胞の上清中に可溶性CD4が分泌されるかどうかをELISAにより解析した。対照のベクターのみを導入した細胞の培養上清中には可溶性CD4は検出されなかったが、変異マウスCD4cDNAを組み込んだベクターを導入した培養上清中にはCD4分子が検出された。次に生体内にこの可溶性CD4が存在するかどうかを調べるために血清をELISAで調べたところ、変異マウスでは検出され、正常マウスでは検出されなかった。さらにSDS-PAGEでこの可溶性CD4を解析したところ、正常の膜型CD4が52kDaであるのに対して可溶性CD4は43kDaであり、塩基配列から予測される分子量(44.6kDa)とほぼ一致した。

 以上のことからこの変異マウスではCD4ゲノム遺伝子に変異があり、そのためCD4mRNAで膜貫通部位をコードするエキソン8が欠落し、その結果、細胞表面にCD4が発現されず、可溶性CD4が分泌されることが明らかとなった(図.1)。

2)変異マウスにおけるヘルパー機能の解析

 CD4遺伝子に変異のあるこのマウスではCD4陽性T細胞が存在せず、可溶型CD4が存在する。このことが免疫応答にどのような影響を与えるかをまず細胞性免疫の指標である遅延型過敏症(DTH)反応で検討した結果、正常マウスのDTH反応に比べて変異マウスでは有意にその反応が減少していた(図.2A)。次に液性免疫である抗体産生について検討を行った。まず何も免疫していない変異マウスの血清中のIgG抗体のサブクラス毎の量をELISAで調べたところ、正常マウスとほとんど変わらなかった。次に胸腺非依性存抗原であるTNP-Ficollで免疫したときの抗体産生を調べたところ、これについても正常マウスとほとんど変わらない、もしくはIgMではむしろ高い産生を示した(図.2B)。以上のことから変異マウスで抗体産生細胞であるB細胞は正常に機能することが示された。次に胸腺依存性抗原で免疫したマウスの抗体産生を調べた。IgMに関しては変異マウスにおいて正常マウスと同程度の産生が見られたが、IgGサブクラスについてはIgG1およびIgG3は正常マウスより少ないものの産生はみられ、IgG2aとIgG2bについてはほどんど産生がみられなかった(図.2C)。この抗体産生の減少を確かめるために胸腺依存性抗原である羊赤血球(SRBC)を用いて検討した結果、IgM、IgG共に減少が認められた。以上のことより、このCD4変異マウスではヘルパー機能が著しく減少していることが明かとなった。

 近年作製されたCD4ノックアウトマウスではCD4T細胞に代わり、ダブルネガティブ(DN)T細胞がヘルパー機能をもっており、抗体のクラススイッチにかかわっていることが示唆されている。私が発見したこのCD4変異マウスでもわずかながらヘルパー機能があるため、DNT細胞について解析した。このマウスのDNT細胞は抗CD3抗体で刺激するとB細胞の活性化、クラススイッチにかかわるCD40リガンドやインターロイキン4を発現し、ヘルパー細胞として機能している可能性が示唆された。

考察

 ヒトでは健常者の血清中に低レベルではあるが可溶性CD4、CD8、CD25などが存在し、感染症にかかるとそれらの上昇がみられ、T細胞の活性化の指標になることが示唆されている。HIV感染患者では高濃度の可溶性CD4が検出され、その上昇は感染初期にみられ、CD4T細胞が減少しているステージでもその濃度は低下しないことが示されている。しかし、これら可溶性CD4、CD8などの生理的意義はまだ明らかではない。私の発見したCD4変異マウスは可溶性CD4の意義をin vivoで調べるのに役立つものと思われる。

図.1 変異マウスと正常マウスのおけるCD4遺伝子の違い図.2 変異マウスにおける免疫反応(A)羊赤血球(SRBC)を用いた遅延型過敏症反応 (B)胸腺非依有性抗原(TNP-Ficoll)を尾静脈から免疫したときの抗体産生 (C)胸腺依有性抗原(TNP-KLH)をフロイントアジュバントと共に皮下注射により免疫したときの抗体産生
審査要旨

 本研究は免疫において重要な分子であるCD4に変異をもった新しいマウスについての解析であり、CD4を細胞表面に発現しないメカニズムおよびその変異マウスにおける免疫応答能について検討を行っており、下記の結果を得ている。

 1.この変異マウスでは胸腺、脾臓、リンパ節いずれにおいても細胞表面にCD4分子は発現されていないが、CD4mRNAは胸腺で正常マウスと同程度、リンパ節、脾臓においてはわずかに発現が見られた。このCD4mRNAの塩基配列は膜貫通部をコードする第8エキソン(119bp)が欠落しており、そのためにCD4分子が細胞表面に発現しないことが示された。

 2.変異マウスのCD4ゲノムDNAの塩基配列を調べた結果、第8エキソンと第8イントロンの接合部14bpが一つのチミンに置き変わっていることが明かとなり、これが1.で示されたCD4mRNAで第8エキソンのスキップする原因である可能性が示された。

 3.変異マウスでは細胞表面にCD4分子は存在しないがCD4mRNAの発現が見られ、それは膜貫通部が欠落していることから可溶性CD4が分泌されている可能性が考えられ、ELISA、SDS-PAGEによる解析で変異マウスの血清中に可溶性CD4が存在することが示された。

 4.ヘルパー機能を担うCD4+T細胞が欠損し(すなわちヘルパーT細胞が欠損している)、可溶性CD4を持つこの変異マウスで免疫応答がどのようになっているかを正常マウスと比較した。その結果、変異マウスでは細胞性免疫、液性免疫共に著名な減弱がみられ、ヘルパー機能が低下していることが示された。

 5.変異マウスではCD4+T細胞が欠損し、ヘルパー機能が低下しているものの完全になくなっているわけではない。そこでCD4変異マウスでわずかに存在するヘルパー機能をどの細胞が担っているかをダブルネガティブT細胞に焦点をおいて解析した。その結果、変異マウスのダブルネガティブT細胞は正常マウスのダブルネガティブT細胞ではみられないCD40リガンドの発現、サイトカインの産生がみられることが示され、これらの細胞がCD4+T細胞にかわりヘルパー機能を持ちうることが示された。

 以上、本論文は新しいCD4変異マウスにおいて細胞表面にCD4分子が存在しないが可溶性CD4をもち、免疫応答能が減少していることを明かにした。CD4分子を持たないマウスに、CD4ノックアウトマウスが挙げられるが、ノックアウトマウスとこの変異マウスの間で異なるのは1)可溶性CD4が存在すること、2)細胞性免疫の指標となるDTH反応がCD4ノックアウトマウスでは正常にみられるのに対して変異マウスでは著しく減少していること、の2点である。2)の減少は可溶性CD4に起因するものと考えられる。人ではHIVなどの感染症によって血清中の可溶性CD4濃度が上昇することが知られているが、その生理的意義は未だ明かではない。本論文は可溶性CD4が細胞性免疫の抑制に働きうることを初めて示したものである。さらに可溶性CD4の生理的意義を明かにするうえでこの変異マウスはそのモデルマウスになる可能性を示しており、AIDS患者における免疫応答能の低下のメカニズムの一つを解明するのに貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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