本研究は免疫において重要な分子であるCD4に変異をもった新しいマウスについての解析であり、CD4を細胞表面に発現しないメカニズムおよびその変異マウスにおける免疫応答能について検討を行っており、下記の結果を得ている。 1.この変異マウスでは胸腺、脾臓、リンパ節いずれにおいても細胞表面にCD4分子は発現されていないが、CD4mRNAは胸腺で正常マウスと同程度、リンパ節、脾臓においてはわずかに発現が見られた。このCD4mRNAの塩基配列は膜貫通部をコードする第8エキソン(119bp)が欠落しており、そのためにCD4分子が細胞表面に発現しないことが示された。 2.変異マウスのCD4ゲノムDNAの塩基配列を調べた結果、第8エキソンと第8イントロンの接合部14bpが一つのチミンに置き変わっていることが明かとなり、これが1.で示されたCD4mRNAで第8エキソンのスキップする原因である可能性が示された。 3.変異マウスでは細胞表面にCD4分子は存在しないがCD4mRNAの発現が見られ、それは膜貫通部が欠落していることから可溶性CD4が分泌されている可能性が考えられ、ELISA、SDS-PAGEによる解析で変異マウスの血清中に可溶性CD4が存在することが示された。 4.ヘルパー機能を担うCD4+T細胞が欠損し(すなわちヘルパーT細胞が欠損している)、可溶性CD4を持つこの変異マウスで免疫応答がどのようになっているかを正常マウスと比較した。その結果、変異マウスでは細胞性免疫、液性免疫共に著名な減弱がみられ、ヘルパー機能が低下していることが示された。 5.変異マウスではCD4+T細胞が欠損し、ヘルパー機能が低下しているものの完全になくなっているわけではない。そこでCD4変異マウスでわずかに存在するヘルパー機能をどの細胞が担っているかをダブルネガティブT細胞に焦点をおいて解析した。その結果、変異マウスのダブルネガティブT細胞は正常マウスのダブルネガティブT細胞ではみられないCD40リガンドの発現、サイトカインの産生がみられることが示され、これらの細胞がCD4+T細胞にかわりヘルパー機能を持ちうることが示された。 以上、本論文は新しいCD4変異マウスにおいて細胞表面にCD4分子が存在しないが可溶性CD4をもち、免疫応答能が減少していることを明かにした。CD4分子を持たないマウスに、CD4ノックアウトマウスが挙げられるが、ノックアウトマウスとこの変異マウスの間で異なるのは1)可溶性CD4が存在すること、2)細胞性免疫の指標となるDTH反応がCD4ノックアウトマウスでは正常にみられるのに対して変異マウスでは著しく減少していること、の2点である。2)の減少は可溶性CD4に起因するものと考えられる。人ではHIVなどの感染症によって血清中の可溶性CD4濃度が上昇することが知られているが、その生理的意義は未だ明かではない。本論文は可溶性CD4が細胞性免疫の抑制に働きうることを初めて示したものである。さらに可溶性CD4の生理的意義を明かにするうえでこの変異マウスはそのモデルマウスになる可能性を示しており、AIDS患者における免疫応答能の低下のメカニズムの一つを解明するのに貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |