本研究は先天性筋ジストロフィーに中枢神経症状を伴う常染色体性劣性遺伝疾患である福山型先天性筋ジストロフィー(FCMD)の病態を解明するために、従来から続けられているポジショナルクローニング法によるFCMD原因遺伝子の同定を目的とした研究の一貫として行われたものであり、下記の結果を得ている。 1.新たにD9S2170、D9S2171の2つのDNAマーカーを単離し、以前から用いていたマーカーと組み合わせハプロタイプ解析を行ったところ、病気の創始者は1人でありその1本のFCMD染色体が全国に広がったという仮説を支持するように、FCMD染色体の大部分が創始者由来と思われる1つのハプロタイプにいきついた。特に、4つのマーカー、D9S2105-D9S2170-D9S2171-D9S2107の230kbの範囲で、138-192-147-183というハプロタイプを示すFCMD染色体は82%あり、またFCMD患者の94%がこのハプロタイプを持っていた。他にあと8本のFCMDハプロタイプを同定し、日本で起きたFCMD変異は、創始者変異以外にたかだか数回であると考えられた。 2.創始者ハプロタイプを不完全に持つ6本のFCMD染色体で創始者ハプロタイプマッピングを行い、FCMD遺伝子はD9S2105からD9S2170の間に存在することが考えられた。D9S2107を含んだ約100kb以下の領域という連鎖不平衡マッピングの結果を考慮し、FCMD遺伝子はD9S2170から動原体側のごく近い所に存在すると予想された。 3.患者での候補領域中の欠失、挿入などの大きな変異の有無を調べるために、周辺のコスミドコンティグよりコスミドをプローブとして、サザン法により解析を行った。コスミドcE6をプローブとした時に患者のほとんどでrearranged-bandを検出し、その変異は1.4kbのEcoRI断片上での約3kbのinsertionであった。サザン法ならびにlong-PCR法による詳しい検討によると、このinsertionはFCMD染色体の87%に認められ、創始者ハプロタイプを示す染色体に一致していた。一方、無関係な健常者では、このinsertionは88人中1人にヘテロで認められたのみで、日本人の本症保因者頻度によく一致していた。このinsertionは、本疾患の発症に密接に関与している可能性があることが考えられた。 4.この1.4kbのEcoRI断片を起点としてcDNAライブラリーのスクリーニング、RACE法によるcDNAのクローニングを行ったところ、461アミノ酸のタンパク質をコードしていると考えられる約7.5kbにわたる一連の20個以上のcDNAクローンが得られた。ノーザン解析によりこの遺伝子は、心臓、脳、骨格筋、胎盤、膵臓など、多くの臓器で発現していることがわかった。データベース検索からはこの遺伝子あるいはその産物とのホモロジーを示す既知の遺伝子あるいはタンパク質は得られず、この遺伝子産物の機能は不明である。また、タンパク質構造予測プログラムにより、この遺伝子産物はシグナル配列を持ち、膜貫通ドメインを1個持つかまたは持たないタンパク質であると推定された。 5.cDNAとゲノムの塩基配列を比較したところ、創始者染色体上の約3kbのinsertionはこの遺伝子の3’非翻訳領域内で起きており、また患者のノーザン解析から、この遺伝子のmRNA量を著しく下げていることがわかった。塩基配列を調べたところ、この3kbのinsertionは繰り返し配列を含んだレトロトランスポゾンによるものと考えられた。太古から伝わるレトロトランスポゾン挿入変異による疾患は、本症が初めての発見である。さらに、4種の創始者ハプロタイプ以外のFCMD染色体についてPCR-SSCP法により遺伝子翻訳領域全体を変異検索したところ、2種類の変異を見出した。ひとつは47番目のアルギニンコドンをストップコドンにするナンセンス変異、もう一方は63番目のコドン中での2塩基の欠失によるフレームシフト変異であった。以上を総合して、本研究で得られた遺伝子はFCMD原因遺伝子であると結論した。 以上、本論文はポジショナルクローニング法によりFCMDの原因遺伝子を明らかにした。本研究は、これまで未知であったFCMDの病態の解明だけにとどまらず、筋ジストロフィー全般の病態解明、治療法の開発、さらに脳の発生における分子機構の解明にも重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |