損傷組織の再生能(癒復)は程度の差こそあれ、様々な動物種に観察され、基本的な生体防御機構の一つと考えられている。しかしながら、付属器官(appendage)の再生能を持つ動物は限られている。器官再生のメカニズムの解明は、形態形成の基本原理の理解のためばかりでなく、将来的には医療分野における応用も期待される点で重要であるが、その分子機構には不明な点が多い。再生能が高い動物のメリットを生かして再生に働く分子を探索し、そのホモログ(相同分子)をヒトを含めた哺乳類で同定できれば、動物全般における器官再生の分子機構の理解につながると期待される。 ワモンゴキブリ(Periplaneta americana)などの昆虫の若虫は、肢や触角、複眼など器官の再生能が高く、1回の脱皮サイクル(約20日)の間に失われた器官を再生することができる。私は、この昆虫の肢の再生に働く分子の候補を探索した結果、肢の再生芽に特異的に出現する新規な蛋白Rsp60(Regenerate specific protein 60)とRsp40を見出し、これらの蛋白の精製、構造決定、および遺伝子発現と蛋白局在の解析を行ったので、以下に報告する。 1.肢の再生芽に特異的に出現するRsp60と40の同定と精製、性状解析 再生に働く分子の候補として、再生過程に特異的に出現する蛋白を考えることができる。私は、こうした蛋白を同定する目的で、ワモンゴキブリの若虫の肢を転節で切断した後、経時的に再生芽を含む肢の部分(基節)を採集し、ホモジネートの蛋白をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動で解析した。その結果、切断後5、10、15日目の再生芽に分子量60kDaの蛋白(Rsp60)が、15日目の再生芽に分子量40kDaの蛋白(Rsp40)が特異的に出現し、再生が終了すると消失することを見出した。これらの分子はそれぞれ時期特異的に再生芽の形態形成に働く可能性があると考えられるので、次に、これらの蛋白の構造を決定するために精製を行った。その結果、肢切断後15日目の再生芽のホモジネートの10万×g上清画分をC18逆相HPLCを用いて分画することにより、これらの蛋白を電気泳動上ほぼ単一になるまで精製することができた。 これらの蛋白の分子量を質量分析機を用いて決定したところ、それぞれ24.8kDa、16.4kDaと算定され、電気泳動から求めた値とは大きく異なることがわかった。また両者のN末端アミノ酸配列を決定したところ、約30残基にわたって一致した。このことから、Rsp60と40は蛋白としては同一であり、プロセシングや修飾が異なる分子種であると考えられた。 2.Rsp60と40の一次構造の解析 次に、Rsp60と40の一次構造を知る目的で、N末端配列をもとにプライマーDNAを作成し、PCR法およびコロニーハイブリダイゼーション法により再生芽のcDNAライブラリーから1254bpのインサートを含むcDNAクローン(pRsp1)を単離した。その結果、このクローンはRsp60と40に共通なN末端配列を含んでおり、N末端以降にコードされる蛋白の予想分子量(24.7kDa)は質量分析機で測定したRsp60の分子量(24.8kDa)とほぼ一致した。また推定されるアミノ酸組成も、Rsp60のアミノ酸組成の実測値とよく一致した。このことからこのクローンはRsp60のcDNAであると結論した。しかしながら、N末端配列の上流にはORFが続くことから、このクローンは部分cDNAであると予想されたので、5’-RACE法により、5’上流配列を決定したところ、Rsp60はシグナルペプチドを持った分泌性の前駆体蛋白からプロセスされて生成することが分かった。また、Rsp40のアミノ酸組成と分子量の解析から、Rsp40はRsp60のN末端から144残基目のGluまでの領域に相当することが判明した。これらの配列についてデータバンクで調べたところ、他の蛋白との類似性は見られず、新規な蛋白であると考えられた。 さらにRsp60は非常に偏ったアミノ酸組成を持ち、Rsp60と40に共通なN末端側の領域には[(D/E)-(D/E)-(V/A)-K]の繰り返し配列を13個含み、Rsp60のC末端側の領域はProに富むというユニークな構造を持つことが明らかになった。一般に蛋白分子内の繰り返し配列は、分子間相互作用に関係すると考えられるので、Rsp60や40は再生芽の他の分子と結合して機能する可能性がある。 3.Rsp60遺伝子の肢の再生芽における発現の解析 次にRsp60が再生芽でde novoに合成されるのかを調べるために、再生芽を経時的に回収し、RNAを抽出してノザンブロット解析を行った。その結果、Rsp60のmRNAは再生芽において特異的に発現し、Rsp60の蛋白の比含量が最も高くなる肢の切断後10日目に最大となり、15日目には減少すること、再生が完了すると発現が止むことが明らかになった。一方、正常肢では脱皮直前の15日目に弱い発現が見られた。また、この蛋白が発生過程にも機能するかどうか調べる目的で、産み落とされた卵鞘を一齢若虫が孵化するまで経時的に採集し、RNAを抽出してノザンブロット解析を行った。その結果、Rsp60 mRNAは胚発生期を通じて発現し、後期に一過的にその発現量が増すこと、一齢若虫では発現しないことが分かった。従ってRsp60遺伝子は、再生芽、脱皮直前の正常肢、胚発生中の卵という形態形成が行われる際に、特異的に発現することが明らかになった。 4.肢の再生芽におけるRsp60の遺伝子発現部位と蛋白の局在部位の解析 次にRsp60が再生芽のどの組織で合成されるのか調べる目的で、肢切断後、10日目の再生芽から切片を作成し、in situハイブリダイゼーションを行った。その結果、Rsp60のmRNAは退縮した筋肉の表面の上皮組織と、新たに形成されつつある再生肢を取り囲む上皮組織で検出され、再生芽の内部や元からある筋組織では検出されなかった。このことは再生芽で新しく生じた上皮組織でRsp60が合成されることを示している。 さて、一次構造解析の結果より、Rsp60は分泌蛋白と考えられる。そこで、上皮組織で合成されたRsp60や40が再生芽のどこに分泌されるのか調べる目的で、肢切断後13日目の再生芽に対して、Rsp60と40の両方と反応する抗血清を用いた免疫染色を行った。その結果、シグナルは、遺伝子発現部位である退縮した筋肉の表面の上皮組織と、新たに形成されつつある再生肢を取り囲む上皮組織で強く検出されたほか、上皮組織の外側の間隙つまりマトリックスの部分にも検出されたが、再生芽の内部や元からある筋組織ではほとんど検出されなかった。 このことは、Rsp60や40が上皮組織で合成され、再生肢の外側のマトリックスに分泌されることを示している。従って、Rsp60は再生上皮組織の構築や安定化などに働く、マトリクス蛋白である可能性がある。 5.哺乳類におけるRsp60ホモログの検索 さて、脊椎動物では再生過程に一過的に出現する分子は、メタロプロテアーゼやテイネシンを除いて、ほとんど見つかっておらず、Rsp60ホモログが哺乳類にも存在すれば、動物一般における器官再生の理解につながると期待される。そこで種々の哺乳類のゲノムDNAに対して、Rsp60のcDNAをプローブとしたサザンブロット、いわいるZooブロット解析を行ってみた。その結果、マウス、イヌ、ラット、そして弱いながらもサルでシグナルが検出された。このことはRsp60のホモログが哺乳類一般にも存在する可能性を示唆している。 6.まとめと考察 本研究で私は、ワモンゴキブリの肢の再生芽に一過的に発現する新規な蛋白、Rsp60とRsp40を初めて同定し、再生芽ホモジネートから精製した。また一次構造解析の結果、これらは新規な蛋白であり、Rsp40は60からプロセスされて生成すること、両者に共通な領域は特徴的な繰り返し配列を含み、Rsp60のC末端側はProに富むことを明らかにした。さらに、遺伝子発現と蛋白局在の解析から、Rsp60遺伝子は肢の再生芽や胚発生期、そして弱いながらも脱皮直前の正常肢に発現すること、また、肢再生芽においてはRsp60は再生上皮組織で特異的に合成され、外側の間隙のマトリクスに分泌されることを明らかにした。Rsp60や40は再生芽の総蛋白量の1%を占める豊富な蛋白であることから、形態形成期の上皮組織がその外側に分泌する全く新規なマトリクス蛋白である可能性が高い。 Zooブロット解析の結果は、Rsp60のホモログが哺乳類にも存在する可能性を示唆している。今後、これらのホモログ分子を単離することにより、動物一般における器官再生の理解に重要な手がかりが得られるものと期待される。 |