学位論文要旨



No 113707
著者(漢字) 池本,守
著者(英字)
著者(カナ) イケモト,マモル
標題(和) 動物細胞内コレステロール輸送及び代謝機構の解明に向けた新たなアプローチ
標題(洋)
報告番号 113707
報告番号 甲13707
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第826号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 助教授 鈴木,利治
 東京大学 助教授 新井,洋由
内容要旨 【序】

 コレステロールは動物細胞において必須の脂質であり、その90%は形質膜に存在する。細胞内でコレステロール量は厳密にコントロールされており、コレステロールが過剰に存在すると、小胞体膜上のACAT(Acyl CoA:Cholesterol Acyltransferase)によりエステル化されコレステロールエステルとして脂肪滴内に蓄積する(図1.)。しかし、形質膜から小胞体膜へのコレステロールの輸送機構及び関与する因子などはほとんど明らかになっていない。スカベンジャーレセプターとして同定されたSRBI(Scavenger Receptor type B1)が細胞外のHDLからコレステロールを直接細胞内に取り込む機能があることが最近報告された。私はSRBIという分子を手がかりに、細胞内におけるコレステロール輸送及び代謝機構について解析を行った。

図1.細胞内コレステロールの輸送経路
【方法と結果】1.SRBIによる細胞内コレステロールのエステル化の促進

 SRBIを恒常的に発現した各種細胞株を樹立したところ、培地中にリポ蛋白質が存在しない条件下においても、細胞内のコレステロールエステルレベルが上昇するという現象を見出した。即ち、本受容体は細胞内コレステロールのエステル化に対して促進的役割を果たす新規機能を有することが指摘された。他のスカベンジャーレセプターの発現細胞を作製し同様の解析を行ったところ、コレステロールエステルの合成促進作用はほとんど観察されず(図.2)、本機能はSRBI特異的であることが分かった。

図2.SRBIの過剰発現により細胞内コレステロールの合成が促進されるControl:コントロールChinese hamster ovary(CHO)細胞 SRAI:ヒトType Iスカベンジャーレセプター遺伝子を導入したCHO細胞 SRBI:ハムスターSRBI遺伝子を導入したCHO細胞CD36:ヒトCD36遺伝子を導入したCHO細胞

 次に、ラット肝癌由来細胞株McARH7777にSRBIの様々な細胞質ドメイン欠損体の遺伝子を導入したstable transformantsを作製し、コレステロールのエステル化活性を比較した。その結果、SRBI-C45(全長)発現細胞ではコレステロールエステルの生成促進がみられたのに対し、SRBI-C30(C末端15アミノ酸欠損)発現細胞ではコントロール細胞と差はみられなかった(図.3)。以上の結果から、SRBIによる細胞内コレステロールエステル化の促進という現象には、SRBIの細胞質ドメインのC末端15アミノ酸が特に重要であることが示された。

図3.SRBIのコレステロールエステル生成促進作用はC末端の15アミノ酸が必要である
2.SRBIのC末端に結合する新規70kDa蛋白質(p70)

 次に、SRBIのC末端ドメインの機能を解明する目的で、このドメインとカップルする因子があるのではないかと考え、以下の実験を行った。SRBIのC末端細胞質ドメインをGSTとフュージョンさせた蛋白質を大腸菌で発現させ、これをリガンドとするアフィニティカラムを作製し、この領域と特異的に結合する蛋白質をラット肝臓から検索した。その結果、10万g沈殿から2%Triton-X100で初めて可溶化される70kDaの蛋白質(p70)が、SRBIの細胞質ドメインに特異的に結合することを見出した。しかも、C末端から15個削って30アミノ酸(C30)にしてしまうとp70は全く結合できなくなることが明らかとなった(図.4)。このことから、p70はSRBIのC末端15アミノ酸を認識して結合していることが示された。以上の結果から、p70はSRBIを介する細胞内コレステロールエステルの生成促進作用において重要な役割を担っていることが示唆された。

図4.p70はSRBIのC末端を認識する

 そこで、この蛋白質を様々なカラムで精製し、部分アミノ酸配列の決定を行ったところ、新規蛋白質であることがわかった。そこで、ラット肝臓cDNAライブラリーを作製し、常法にしたがいクローニングを行った。得られたアミノ酸配列より、p70はPDZドメイン構造を4個持つことが明らかとなった(図.5)。PDZドメインとは、シナプスに局在するPSD95,ショウジョウバエの癌抑制遺伝子産物Dlg-A、及びタイトジャンクションに局在するZO-1の3つのタンパク質に共通して見られる特徴的な80-90個のアミノ酸モチーフである。このドメインの機能としては、膜蛋白質のクラスタリングや他の蛋白質との結合などに重要な役割を果たしていることが知られている。p70もSRBIのクラスタリングや、SRBIと他の蛋白質との結合を媒介している可能性が示唆された。さらに、興味深いことにSRBIを強制発現するとp70の転写も同時に促進されてくることが見出された。

図5.p70はPDZドメインをもつ新規蛋白質である
【考察とまとめ】

 細胞のコレステロールの大部分は形質膜に存在する。一方、細胞内においてコレステロールをエステル化する酵素としては唯一ACATが同定されているが、本酵素は小胞体膜上に存在することが知られている。本研究において、私はSRBIが細胞内コレステロールエステルの蓄積を促進する機能を有することを見出した。このような事実を考慮すると、SRBIは何らかの形で形質膜のコレステロールのACATへの供給を促進している可能性が考えられる。しかし、SRBIを介していかに細胞内でコレステロールがACATまで到達しているかその機構は全く不明であった。今回同定されたp70はこの過程に介在することが示唆された(図6.)ので、今後p70を手がかりにしてこの輸送機構を分子レベルで解明してく道が開けたと考えている。また、p70にはPDZドメインが4個存在することを考えると、SRBI以外にもさらに別の蛋白質とインターラクションしている可能性が考えられる。そのような蛋白質についてもさらに同定していくことで、これまでほとんど明らかになっていない細胞内におけるコレステロールの輸送及び代謝機構の全貌を明らかにしていきたい。

図6.SRBIを介するコレステロールエステル生成促進機構(現時点での仮説)
審査要旨

 本論分は動物細胞内コレステロール輸送及び代謝機構の解明に向けて新たなアプローチを行ったものである。

 コレステロールは動物細胞において必須の脂質であり、その90%は形質膜に存在する。細胞内でコレステロール量は厳密にコントロールされており、コレステロールが過剰に存在すると、小胞体膜上のACAT(Acyl CoA:Cholesterol Acyltransferase)によりエステル化されコレステロールエステルとして脂肪滴内に蓄積する。しかし、形質膜から小胞体膜へのコレステロールの輸送機構及び関与する因子などはほとんど明らかになっていない。スカベンジャーレセプターとして同定されたSRBI(Scavenger Receptor type B1)が細胞外のHDLからコレステロールを直接細胞内に取り込む機能があることが最近報告された。本論分では、SRBIという分子を手がかりに、細胞内におけるコレステロール輸送及び代謝機構について解析を行った。

SRBIによる細胞内コレステロールのエステル化の促進

 SRBIを恒常的に発現した各種細胞株を樹立したところ、培地中にリポ蛋白質が存在しない条件下においても、細胞内のコレステロールエステルレベルが上昇する事を見出した。即ち、本受容体は細胞内コレステロールのエステル化に対して促進的役割を果たす新規機能を有すること示された。他のスカベンジャーレセプターの発現細胞を作製し同様の解析を行ったところ、コレステロールエステルの合成促進作用はほとんど観察されず、本機能はSRBI特異的であることが分かった。次に、ラット肝癌由来細胞株McARH7777にSRBIの様々な細胞質ドメイン欠損体の遺伝子を導入したstable transformantsを作製し、コレステロールのエステル化活性を比較した。その結果、SRBI-C45(全長)発現細胞ではコレステロールエステルの生成促進がみられたのに対し、SRBI-C30(C末端15アミノ酸欠損)発現細胞ではコントロール細胞と差はみられなかった。以上の結果から、SRBIによる細胞内コレステロールエステル化の促進という現象には、SRBIの細胞質ドメインのC末端15アミノ酸が特に重要であることが示された。

SRBIのC末端に結合する新規70kDa蛋白質(p70)

 次に、SRBIのC末端ドメインの機能を解明する目的で、このドメインとカップルする因子の探索実験を行った。SRBIのC末端細胞質ドメインをGSTとフュージョンさせた蛋白質を大腸菌で発現させ、これをリガンドとするアフィニティカラムを作製し、この領域と特異的に結合する蛋白質をラット肝臓から検索した。その結果、10万g沈殿から2%Triton-X100で初めて可溶化される70kDaの蛋白質(p70)が、SRBIの細胞質ドメインに特異的に結合することを見出した。C末端から15個削って30アミノ酸(C30)にしてしまうとp70は全く結合できなくなることが明らかとなった。このことから、p70はSRBIのC末端15アミノ酸を認識して結合していることが示された。以上の結果から、p70はSRBIを介する細胞内コレステロールエステルの生成促進作用において重要な役割を担っていることが示唆された。

 そこで、この蛋白質を様々なカラムで精製し、部分アミノ酸配列の決定を行ったところ、新規蛋白質であることがわかった。次に、ラット肝臓cDNAライブラリーを作製し、常法にしたがいクローニングを行った。得られたアミノ酸配列より、p70はPDZドメイン構造を4個持つことが明らかとなった。PDZドメインとは、シナプスに局在するPSD95,ショウジョウバエの癌抑制遺伝子産物Dlg-A、及びタイトジャンクションに局在するZO-1の3つのタンパク質に共通して見られる特徴的な80-90個のアミノ酸モチーフである。このドメインの機能としては、膜蛋白質のクラスタリングや他の蛋白質との結合などに重要な役割を果たしていることが知られている。p70もSRBIのクラスタリングや、SRBIと他の蛋白質との結合を媒介している可能性が示唆された。

 本研究において、SRBIが細胞内コレステロールエステルの蓄積を促進する機能を有することが見出され、SRBIは何らかの形で形質膜のコレステロールのACATへの供給を促進している可能性が考えられた。従来、SRBIを介していかに細胞内でコレステロールがACATまで到達しているかその機構は全く不明であった。今回同定されたp70はこの過程に介在することが示唆された。p70を手がかりにして細胞内コレステロール輸送機構を分子レベルで解明してく道が開けたと考えられ、本研究で得られた知見は脂質生化学、細胞生物学の発展に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位に値すると判定された。

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