本論文はDNAジャイレイズ阻害物質cyclothialidine産生放線菌Streptomyces filipinensis 484NRの自己防禦機構を解析したものである。 解析に使用したのは放線菌、Streptomyces filipinensis 484NRである。同株は10年ほど前に分離同定され、DNAジャイレイズ阻害物質cyclothialidineを産生することが確認されている。CyclothialidineはDNAジャイレイズのサブユニットBの阻害剤であり、その阻害強度、選択性の高さから、新たな抗生物質として注目されている。本研究ではこの放線菌に備わっていると予測されるcyclothialidineによる自己のDNAジャイレーズに対する防禦機構を解明し、抗生物質産生菌における防禦機構の解明、ひいては耐性病原菌の克服へのきっかけとなることを目的とした。 Streptomyces filipinensis 484NR及び対照としてStreptomyces lividans TK24、Streptococcus pyogenes b5を用いてディスク拡散法によりcyclothialidineの最小発育阻止濃度(MIC)を測定したところ、Streptomycesは産生、非産生菌を問わず100mg/ml以上であった。これに対して、Streptococcus pyogenes b5などでは16mg/mlで発育の阻止がみられた。この結果から、産生菌は実際に自分が産生する「毒」に対する防禦機構を持っていることが示された。 次に、cyclothialidineのターゲットであるジャイレイズの単離を行い、その耐性を解析した。まず、cyclothialidine非産生時のS.filipinensis 484NRから生化学的にジャイレイズを部分精製した。精製した酵素の生化学的性質は大腸菌のそれと酷似していた。次にSupercoiling活性の阻害濃度を測定することにより感受性を測定した。50%阻害濃度(IC50)あるいはMNEC(最高非効果濃度)で感受性を評価したところ、大腸菌、及び黄色ブドウ球菌のジャイレイズと比して、50倍程度感受性が低いことが明らかになった。 cyclothialidine誘導体に対する黄色ブドウ球菌耐性株を得、そのジャイレイズのサブユニットBの遺伝子構造を解析した結果、各種耐性株より5つのアミノ酸残基の点変異が見い出された。一方、S.filipinensis 484NRからジャイレイズのサブユニットA、Bをクローニングした結果、120-lleが黄色ブドウ球菌耐性株と同じアミノ酸、Valであることが明らかになった。従って、この120-ValがS.filipinensis 484NRのジャイレイズの耐性に重要な役割を果たしていることが予想された。そこで、このValをlleに変換する点変異導入したサブユニットBを調製した。このサブユニットBと正常型サブユニットAを用いて感受性を測定したところ、lle型サブユニットBを用いた系ではVal型を用いた系に比してcyclothialidineに対して5倍感受性が高くなっており、このアミノ酸がS.filipinensis 484NRのジャイレイズの場合にも耐性獲得に重要な役割を果たしていることが明らかになった。なお、X線構造解析でもこのアミノ酸残基はcyclothialidineと相互作用に関与していることが示唆されている。 次に、本株のcyclothialidine産生能を確認した。10Lの醗酵槽(fermenter)を使用した実験で産生開始から2時間おきにサンプルを摂取し細胞内及び細胞外濃度を生化学的に測定したところ、16時間後に産生が開始され、その直後に細胞外放出を開始した。最終的な濃度は15mg/mlにまで達し、その後、若干cyclothialidine濃度は減少した。すなわちS.filipinensis 484NRは多くの抗生物質産生放線菌同様、後期増殖期にcyclothialidineを産生していた。単離されたジャイレイズに対する抗体を用いてジャイレイズの蛋白質発現量の変化を見た。ジャイレイズは16時間後の時点でサブユニットA、Bがともに発現量が上昇し、20時間後に最高に達していることがわかった。20時間後は後期対数増殖期に相当する。同株が定常期に達したあとも、両サブユニットの発現は過剰に発現されたままであった。過剰発現の程度はcyclothialidineの標的であるサブユニットBが100倍程度なのに対し、サブユニットAは3-4倍であった。また、過剰発現している蛋白質は、単量体、ホモ二量体或いは三量体以上の多量体として存在していることが示された。RNAの発現推移も解析したところ、ジャイレイズは両サブユニットとも産生直前にRNAの発現量が5倍程度に上がっていることが明らかになった。蛋白質の誘導とRNAの誘導に顕著な差があることから、転写後調節がサブユニットB大過剰発現に非常に重要な役割を果たしていることが示唆された。 以上の結果より、cyclothialidine産生放線菌S.filipinensis 484NRは、自らの「毒」に対して、毒の作用点、つまりジャイレイズの質的及び量的変異により自己防禦機構を実現していることが明らかになった。質的変異の他に量的変異が産生菌で確認されたのは非常にユニークな例である。微生物学、抗生物質学に寄与するところがあり、博士(薬学)に値すると判断した。 |