学位論文要旨



No 113712
著者(漢字) 馰谷,剛志
著者(英字)
著者(カナ) コマタニ,タケシ
標題(和) DNAジャイレイズ阻害物質cyclothialidine産生放線菌Streptomyces filipinensis NR0484の自己防禦機構の解析
標題(洋) "Self-defence Mechanisms in Streptomyces filipinsis NR0484-a cyclothialidine-,a gyrase inhibitor-,producing organism."
報告番号 113712
報告番号 甲13712
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第831号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 藤井,勲
 東京大学 助教授 新井,洋由
内容要旨 1)序論

 抗生物質が地球上で使用され始めて半世紀を越え、近年とみに抗生物質の乱用等による耐性菌が問題となっている。耐性は抗生物質の誕生直後から指摘されていたが、近年に至りMRSAなど如何なる抗生物質の適用も許さない耐性菌まで出現、多剤耐性結核菌に対して93年にWHOが非常事態宣言を出したり、我が国でも96年には大腸菌O157の被害が9000人以上に及ぶなど、21世紀に再び深刻な問題になることが予想される。

 放線菌の一種であるStreptomycesは、現在までに報告されている天然抗生物質の半数以上を産生している重要な細菌である。自らが「毒」を産生しているだけに、その菌内に「毒」に対する防禦機構が備わっている。近年、その防禦機構をコードする遺伝子が病原菌に取り込まれ、その細菌が強力な耐性を獲得することが明らかになってきており、抗生物質産生細菌の「耐性遺伝子プール」としての危険性が注目されている。また、新たな抗生物質を市場に送出す際に、その耐性のメカニズムを予め解析しておくことは非常に重要であると考えられる。

 今回、解析に使用したのは放線菌、Streptomyces filipinensis NR0484である。同株は10年ほど前に分離同定され、DNAジャイレイズ阻害物質cyclothialidineを産生することが確認されている。CyclothialidineはDNAジャイレイズのサブユニットBの阻害剤である。その阻害強度、選択性の高さから、新たな抗生物質として注目されている。

 本研究ではこの放線菌に備わっていると予測されるcyclothialidineによる自己のDNAジャイレーズに対する防禦機構を解明し、抗生物質産生菌における防禦機構の解明、ひいては耐性病原菌の克服へのきっかけとなることを目的とした。

2)微生物学的解析

 Streptomyces filipinensis NR0484及び対照としてMicrococcus luteus

 Streptococcus pyogenes 5を用いてディスク拡散法によりcyclothialidineの最小発育阻止濃度(MIC)を測定したところ、Micrococcus luteusが64g/ml Streptococcus pyogenes 5は16g/mlで発育の阻止が見られたのに対して産生菌は100g/ml以上でも阻止が見られなかった(Table 1)。この結果から、産生菌は実際に自分が産生する「毒」に対する防禦機構を持っていることが明らかになった。

Table 1.MIC of CyclothialidineMIC was measured by Disk Diffusion Test.The inhibition was observed 24 hours after inoculum.Cyclothialidine was dissolve in distilled,sterilised H2O.
3)作用点の質的変化-ジャイレイズの生化学的解析

 次に、cyclothialidineのターゲットであるジャイレイズの単離を行い、その耐性を解析した。まず、cyclothialidine非産生時のS.filipinensis NR0484から生化学的にジャイレイズをStorlらの方法を改変した方法で部分精製した。精製した酵素の生化学的性質は大腸菌のそれと酷似していた。次にSupercoiling活性の阻害濃度を測定することにより感受性を測定した。50%阻害濃度(IC50)あるいはMNEC(最高非効果濃度)で感受性を評価した(Table 2)。すると、大腸菌、黄色ブドウ球菌、マイクロコッカスのジャイレイズと比して、50倍以上感受性が低い、つまり耐性であることが明らかになった。

Table 2 Inhibition of the supercoiling activity of DNA gyrasesfrom S.filipinensis NR0484,E.coli,S.aureus and M.luteus by cyclothialidine.

 ところで私の研究室で、黄色ブドウ球菌を使用したcyclothialidine誘導体に対する耐性株を得、そのジャイレイズのサブユニットBの遺伝子構造を解析した。その結果各種耐性株より5つのアミノ酸残基の点変異が見い出されている。そこで私はS.filipinensis NR0484からジャイレイズのサブユニットA、Bをクローニングした。その結果120-Ileが黄色ブドウ球菌耐性株と同じアミノ酸、Valであることが明らかになった。従って、この120-ValがS.filipinensis NR0484のジャイレイズの耐性に重要な役割を果たしていることが予想された。そこで、このValをIleに変換する点変異導入したサブユニットBを調製した。このサブユニットBと正常型サブユニットAを用いて感受性を測定したところ、Ile型サブユニットBを用いた系ではVal型を用いた系に比してcyclothialidineに対して5倍感受性が高くなっており、このアミノ酸がS.filipinensis NR0484のジャイレイズの場合にも耐性獲得に重要な役割を果たしていることが明らかになった。なお、X線構造解析でもこのアミノ酸残基はcyclothialidineと相互作用に関与していることが示唆されている。

 また、Novobiocin産生菌S.sphaeroidesではNovobiocin耐性及び感受性の2種類のサブユニットBが存在することが確認されている。そこで、単離した遺伝子をもとにサザンブロット解析を行った。比較的緩和な条件で(70%ホモロジー)ハイブリダイゼーションを行ったが、確認されたバンドは一本であった。

4)Cyclothialidine産生

 次に、本株のcyclothialidine産生能を確認した。10Lの醗酵槽(fermenter)を使用した実験で産生開始から2時間おきにサンプルを摂取し細胞内及び細胞外濃度を生化学的に測定したところ、16時間後に産生が開始され、その直後に細胞外放出を開始した。最終的な濃度は15g/mlにまで達し、その後、若干cyclothialidine濃度は減少した(Fig.1C)。すなわちS.filipinensis NR0484は多くの抗生物質産生放線菌同様、後期増殖期にcyclothialidineを産生していた。

5)作用点の量的変化-蛋白・RNA発現量解析

 産生株自体のジャイレイズはCyclothialidineに対して耐性を示したが、細胞内cyclothialidine濃度が最高に達した状態では阻害がかかることも予想されたことから、耐性となるには他の機構も関与していることが考えられた。

Fig.1 Analysis of gyrase expression and cyclothialidine productionA,Growth Curve.wet cell mass.B,Protein expression profile.open circle indicates relative expression of GyrA(14 hr=1.0、right scale)and closed circle indicates relative expression of GyrB(14 hr=1.0、left scale)..C,Cyclothialidine production profile

 そこで、単離されたジャイレイズに対する抗体を用いてジャイレイズの蛋白質発現量の変化を見た(Fig.1B)。ジャイレイズは16時間後の時点でサブユニットA、Bがともに発現量が上昇し、20時間後に最高に達していることがわかった。20時間後は後期対数増殖期に相当する。同株が定常期に達したあとも、両サブユニットの発現は過剰に発現されたままであった。過剰発現の程度はcyclothialidineの標的であるサブユニットBが100倍程度なのに対し、サブユニットAは3-4倍であった。また、過剰発現している蛋白質は、単量体、ホモ二量体或いは三量体以上の多量体として存在していることが示された。また、RNAの発現推移も解析した。ジャイレイズは両サブユニットとも産生直前にRNAの発現量が5倍程度に上がっていることが明らかになった。蛋白質の誘導とRNAの誘導に顕著な差があることから、転写後調節がサブユニットB大過剰発現に非常に重要な役割を果たしていることが示唆された。

6)Cyclothialidineのジャイレイズ発現惹起に対する影響

 また、cyclothialidineそのもののジャイレーズ惹起活性を解析したところ、外部から産生時と同程度の濃度の刺激でジャイレーズが両サブユニットとも過剰発現していることが明らかになった。ただし、過剰発現の程度は産生時のそれよりは少なく2-3倍程度であった。また、非産生株を用いて同様の実験を行ったところ、産生株と同程度の過剰発現を示した。

7)まとめ

 以上の結果より、cyclothialidine産生放線菌S.filipinensis NR0484は、自らの「毒」に対して、毒の作用点、つまりジャイレイズの質的及び量的変異により自己防禦機構を実現していることが明らかになった。質的変異の他に量的変異が産生菌で確認されたのは非常にユニークな例である(Fig.2)。

Fig.2 Possible Resistance Mechanisms in S.filipinensis NR0484

 ジャイレイズの質的変異については、黄色ブドウ球菌の変異株の情報を元に解析を行ったところ120-ヴァリンが重要な役割を果たしていることも明らかになった。量的変化については、転写後調節でサブユニット間に差異があることが示唆されたが、この点のさらなる解析が今後期待される。

審査要旨

 本論文はDNAジャイレイズ阻害物質cyclothialidine産生放線菌Streptomyces filipinensis 484NRの自己防禦機構を解析したものである。

 解析に使用したのは放線菌、Streptomyces filipinensis 484NRである。同株は10年ほど前に分離同定され、DNAジャイレイズ阻害物質cyclothialidineを産生することが確認されている。CyclothialidineはDNAジャイレイズのサブユニットBの阻害剤であり、その阻害強度、選択性の高さから、新たな抗生物質として注目されている。本研究ではこの放線菌に備わっていると予測されるcyclothialidineによる自己のDNAジャイレーズに対する防禦機構を解明し、抗生物質産生菌における防禦機構の解明、ひいては耐性病原菌の克服へのきっかけとなることを目的とした。

 Streptomyces filipinensis 484NR及び対照としてStreptomyces lividans TK24、Streptococcus pyogenes b5を用いてディスク拡散法によりcyclothialidineの最小発育阻止濃度(MIC)を測定したところ、Streptomycesは産生、非産生菌を問わず100mg/ml以上であった。これに対して、Streptococcus pyogenes b5などでは16mg/mlで発育の阻止がみられた。この結果から、産生菌は実際に自分が産生する「毒」に対する防禦機構を持っていることが示された。

 次に、cyclothialidineのターゲットであるジャイレイズの単離を行い、その耐性を解析した。まず、cyclothialidine非産生時のS.filipinensis 484NRから生化学的にジャイレイズを部分精製した。精製した酵素の生化学的性質は大腸菌のそれと酷似していた。次にSupercoiling活性の阻害濃度を測定することにより感受性を測定した。50%阻害濃度(IC50)あるいはMNEC(最高非効果濃度)で感受性を評価したところ、大腸菌、及び黄色ブドウ球菌のジャイレイズと比して、50倍程度感受性が低いことが明らかになった。

 cyclothialidine誘導体に対する黄色ブドウ球菌耐性株を得、そのジャイレイズのサブユニットBの遺伝子構造を解析した結果、各種耐性株より5つのアミノ酸残基の点変異が見い出された。一方、S.filipinensis 484NRからジャイレイズのサブユニットA、Bをクローニングした結果、120-lleが黄色ブドウ球菌耐性株と同じアミノ酸、Valであることが明らかになった。従って、この120-ValがS.filipinensis 484NRのジャイレイズの耐性に重要な役割を果たしていることが予想された。そこで、このValをlleに変換する点変異導入したサブユニットBを調製した。このサブユニットBと正常型サブユニットAを用いて感受性を測定したところ、lle型サブユニットBを用いた系ではVal型を用いた系に比してcyclothialidineに対して5倍感受性が高くなっており、このアミノ酸がS.filipinensis 484NRのジャイレイズの場合にも耐性獲得に重要な役割を果たしていることが明らかになった。なお、X線構造解析でもこのアミノ酸残基はcyclothialidineと相互作用に関与していることが示唆されている。

 次に、本株のcyclothialidine産生能を確認した。10Lの醗酵槽(fermenter)を使用した実験で産生開始から2時間おきにサンプルを摂取し細胞内及び細胞外濃度を生化学的に測定したところ、16時間後に産生が開始され、その直後に細胞外放出を開始した。最終的な濃度は15mg/mlにまで達し、その後、若干cyclothialidine濃度は減少した。すなわちS.filipinensis 484NRは多くの抗生物質産生放線菌同様、後期増殖期にcyclothialidineを産生していた。単離されたジャイレイズに対する抗体を用いてジャイレイズの蛋白質発現量の変化を見た。ジャイレイズは16時間後の時点でサブユニットA、Bがともに発現量が上昇し、20時間後に最高に達していることがわかった。20時間後は後期対数増殖期に相当する。同株が定常期に達したあとも、両サブユニットの発現は過剰に発現されたままであった。過剰発現の程度はcyclothialidineの標的であるサブユニットBが100倍程度なのに対し、サブユニットAは3-4倍であった。また、過剰発現している蛋白質は、単量体、ホモ二量体或いは三量体以上の多量体として存在していることが示された。RNAの発現推移も解析したところ、ジャイレイズは両サブユニットとも産生直前にRNAの発現量が5倍程度に上がっていることが明らかになった。蛋白質の誘導とRNAの誘導に顕著な差があることから、転写後調節がサブユニットB大過剰発現に非常に重要な役割を果たしていることが示唆された。

 以上の結果より、cyclothialidine産生放線菌S.filipinensis 484NRは、自らの「毒」に対して、毒の作用点、つまりジャイレイズの質的及び量的変異により自己防禦機構を実現していることが明らかになった。質的変異の他に量的変異が産生菌で確認されたのは非常にユニークな例である。微生物学、抗生物質学に寄与するところがあり、博士(薬学)に値すると判断した。

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