学位論文要旨



No 113716
著者(漢字) 服部,研之
著者(英字)
著者(カナ) ハットリ,ケンジ
標題(和) 細胞内II型PAFアセチルハイドロラーゼの構造解析
標題(洋)
報告番号 113716
報告番号 甲13716
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第835号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 助教授 新井,洋由
内容要旨 【序論】

 血小板活性化因子(PAF)はリン脂質の構造を持ち、多彩な生理活性を有するメディエーターである。PAFアセチルハイドロラーゼはPAFのグリセロ骨格2位のアセチル基を加水分解し、生理的に不活性なリゾPAFへと変換する酵素である。本酵素には細胞外に存在する血漿型と細胞内型がある。私たちは、細胞内型酵素について解析を行い、I型とII型の2種のアイソフォームが存在することを見出した(図1)。精製及びcDNAクローニングの結果、I型酵素が滑脳症の原因遺伝子産物と同一であることが明らかとなり、脳の形態形成に関与していることが示唆されている。一方、II型酵素はPAFだけでなく酸化リン脂質を分解する活性を持つことが明らかとなっている。また、細胞のレドックス状態に応じて細胞質と細胞膜の間を移行することが見出されており、細胞の酸素ストレスに対する防御機構として機能することが示唆されている。私は、修士課程においてII型酵素の完全精製にはじめて成功し、本酵素がI型酵素とはサブユニット組成や基質特異性の異なる新規の酵素であることを明らかにした。本研究において、私はcDNAクローニングを含めたII型酵素の構造解析を行った。

図1 PAFアセチルハイドロラーゼ
【方法と結果】cDNA クローニング

 部分アミノ酸配列をもとに、ウシ腎臓cDNAライブラリーよりクローニングを行い、全長を含む2.4kbpのcDNAを単離した。この塩基配列から推定される一次構造は、392残基のアミノ酸からなり、分子量43,864Daで、精製標品のSDS-PAGE上の分子量、40kDaとほぼ一致した(図2)。一次構造上の特徴として、II型酵素は、セリンエステラーゼのコンセンサス配列であるGXSXG、及び、N末端にミリスチン酸結合モチーフMGXXXSを有していた。変異タンパクを用いた解析から、このセリン残基(S236)が活性中心であることが確認された。また、実際にN末端にミリスチン酸が結合していることも確認された。これはホスホリパーゼの中で脂肪酸修飾されたはじめての酵素である。

他のタンパクとの相同性

 II型酵素と他のタンパクとの相同性についてコンピュターによる検索を行った。その結果、I型とは全くホモロジーを持たないこと、及び、血漿型のPAFアセチルハイドロラーゼと約40%の相同性を有することが見出された(図2)。また、C.elegansのゲノム中に本酵素と約30%の相同性を有するタンパクの遺伝子が見出された。このタンパクにはシグナルシークエンスはなく、細胞内の酵素であると予想された。この他にはタンパク全体で相同性を示すものはなかったが、活性中心付近の配列がバクテリアのリパーゼと高いホモロジーを有することが見出され、II型酵素がリパーゼファミリーに属することが分かった。

(図2)細胞内II型と血漿型のPAFアセチルハイドロラ-ゼのアミノ酸シークエンス
ヒトホモログのクローニング

 ウシのcDNAのコーディング領域を切り出し、これをプローブとしてヒト脳cDNAライブラリーよりクローニングを行い、全長を含む約2.4kbpのcDNAを単離した。塩基配列より推定される一次構造は、ウシの酵素と同じ392残基のアミノ酸より成り、88%のアミノ酸が保存されていた。ヒトにおける臓器分布をノーザンブロッティングにより解析した結果、肝臓などに多く分布していることが明らかとなった。これは、マウスにおける臓器分布の結果と一致していた。しかし、ヒトでは胸腺に非常に強く発現していることが見出されたが、マウスやラットでは胸腺における高発現は観察されなかった。

ミリスチル化の意義

 ミリスチン酸付加シグナルのグリシン残基をアラニン残基に置換し、ミリスチル化を受けない変異タンパクをCOS7細胞に発現させ、ミリスチル化を受けるタンパクと受けない変異タンパクを比較した。その結果、ミリスチル化を受けない変異タンパクは酵素活性が約1/6に低下していた。また、II型酵素のモノクローナル抗体を用いた細胞染色の結果から、ミリスチル化を受けない変異タンパクが異常な分布を示すことが観察された。図3に示したように、正常タンパクはおそらくは小胞体を中心とした細胞内の膜に結合しているが、変異タンパクはドット上に異常な分布を示した。これが細胞内のどのような部位に相当するかは不明であるが、ミリスチル化が、酵素の活性及び細胞内ソーティングの両方に関与していることが示された。

図3 免疫蛍光染色による細胞内分布の検討
ウシ肝臓膜画分の酵素の性状解析

 以前より組織のPAFアセチルハイドロラーゼ活性を調べると細胞質画分だけでなく膜画分にも同程度の活性があることが知られていた。そこで、各種抗体を用いて解析した結果、I型酵素は可溶性画分にのみ局在を示し、II型酵素は両方に存在していることが明らかとなった。そこで、私は膜画分の活性について可溶化し、性状を調べた。その結果、1MKClでは活性はほとんど可溶化されず、1%CHAPSによりほとんどの活性が可溶化された。さらに、可溶化された活性は様々なカラム上において1本のピークとして挙動し、ウエスタンブロッティングの結果から、その活性がII型酵素によることが同定された。したがって、膜に結合したPAFアセチルハイドロラーゼは、II型酵素であることが示された。また、膜から可溶化された酵素は、可溶性画分の酵素と比べ、ゲルろ過カラムにおいて約25kDa程分子量が大きい位置に溶出された。ウエスタンブロッティング上での分子量は、これらの画分の間で全く同じであることから、膜結合性の酵素には25kDaに相当する何らかの因子が結合していることが予想される。

【まとめと考察】

 細胞内II型PAFアセチルハイドロラーゼのcDNAクローニングの結果、II型酵素はI型酵素とは全く相同性を持たないこと、及び、血漿型の酵素と約40%の相同性を有することが明らかとなった。このことは、スーパーオキサイドディスムターゼやグルタチオンペルオキシダーゼ等の抗酸化酵素において、30-40%の相同性を持つ細胞内型と細胞外型が存在することと似ている。したがって、本酵素においても細胞の内外で生じる酸化リン脂質や過剰のPAFを分解していることが示唆された。また、本酵素はセリンエステラーゼのコンセンサス配列を有しており、リパーゼファミリーに属するが、N末端にミリスチン酸修飾を受ける酵素は他には知られておらず、はじめての例である。また、今まで解析の遅れていた膜画分の活性がほぼII型酵素で説明されることから、高等動物のPAFアセチルハイドロラーゼ活性は、図4に示した3種のアイソフォームでほぼ説明されると考えられる。

 膜結合性のII型PAFアセチルハイドロラーゼは、おそらくはミリスチン酸を介して膜上の標的分子と結合していると予想された。現在のところ、ミリスチン修飾を受けるタンパクの中で、膜上に標的因子を持つ例は報告が無く、同定できれば、本酵素が初めての例となる。また、ミリスチン酸修飾は翻訳と同時に起こることが知られており、本酵素が細胞質と膜の間を移行するためには他のシグナルが必要と考えられる。このシグナルを受けるのが酵素自身である場合と膜標的分子である場合の二つの可能性が考えられ、膜移行メカニズムを明らかにするためにも、膜標的因子の同定は重要な課題である。

 また、大腸菌や酵母にはPAF-AH活性が見出されないことから、C.elegansにホモログが見出されたことは本酵素の起源を考える上で興味深い結果である。

 今後、本酵素の生理機能について解析を進めるにあたって、次の二つの課題が重要であると考えている。第一に、本酵素の膜標的因子を同定することにより、本酵素の膜移行メカニズムを解析すること、第二に、多様な分子種からなる酸化リン脂質の中で、生体内における本酵素の基質を解析することの二つである。

図4 哺乳動物におけるPAF-AA
【文献】1)Hattori,K.,Hattori,M.,Adachi,H.,Tsujimoto.M.,Arai,H.,and Inoue,K.(1995)J.Biol.Chem.270 22308-223132)Hattori,K.,Adachi,H.,Matsuzawa,M.,Yamamoto,K.,Tsujimoto,M.,Aoki,J..Hattori.M.,Arai,H.,and Inoue K.(1996)J.Biol.Chem.271 33032-330383)Matsuzawa,M.,Hattori,K.,Aoki,J.,Arai,H.,and Inoue K.(1997)J.Biol.Chem.272 32315-32320
審査要旨

 本論文は細胞内II型PAFアセチルハイドロラーゼのcDNAクローニングを含めた構造解析から主として成り立っている。

cDNAクローニング

 ウシ肝臓上清画分から精製した本酵素の部分アミノ酸配列を得た。これをもとに、ウシ腎臓cDNAライブラリーよりクローニングを行い、全長を含む2.4kbpのcDNAを単離した。この塩基配列から推定される一次構造は、392残基のアミノ酸からなり、分子量43,864Daで、精製標品のSDS-PAGE上の分子量、40kDaとほぼ一致した。I型酵素の1、2サブユニットとはホモロジーは認められなかった。一次構造上の特徴として、II型酵素は、セリンエステラーゼのコンセンサス配列であるGXSXG、及び、N末端にミリスチン酸結合モチーフMGXXXSを有していた。変異タンパクを用いた解析から、このセリン残基(S236)が活性中心であることが確認された。また、N末端にミリスチン酸が結合していることも判明した。これはホスホリパーゼの中で脂肪酸修飾された酵素として発見された初めてのものである。

 II型酵素と他のタンパクとの相同性についてコンピューターによる検索を行った結果、血漿型のPAFアセチルハイドロラーゼと約40%の相同性を有することが見出された。また、C.elegansのゲノム中に本酵素と約30%の相同性を有するタンパクの遺伝子が見出された。このタンパクにはシグナルシークエンスはなく、細胞内の酵素であると予想された。この他にはタンパク全体で相同性を示すものはなかったが、活性中心付近の配列がバクテリアのリパーゼと高いホモロジーを有することが見出され、II型酵素がリパーゼファミリーに属することが判った。

ヒトホモログのクローニング

 ウシのcDNAのコーディング領域を切り出し、これをプローブとしてヒト脳cDNAライブラリーよりクローニングを行い、全長を含む約2.4kbpのcDNAを単離した。塩基配列より推定される一次構造は、ウシの酵素と同じ392残基のアミノ酸より成り、88%のアミノ酸が保存されていた。ヒトにおける臓器分布をノーザンブロッティングにより解析した結果、肝臓などに多く分布していることが明らかとなった。これは、マウスにおける臓器分布の結果と一致していた。しかし、ヒトでは胸腺に非常に強く発現しているのに対して、マウスやラットでは胸腺においてはほとんど発現が観察されなかった。

ミリスチル化の意義

 ミリスチン酸付加シグナルのグリシン残基をアラニン残基に置換し、ミリスチル化を受けない変異タンパクをCOS7細胞に発現させ、ミリスチル化を受けるタンパクと受けない変異タンパクを比較した。その結果、ミリスチル化を受けない変異タンパクは酵素活性が約1/6に低下していた。また、II型酵素のモノクローナル抗体を用いた細胞染色の結果から、ミリスチル化を受けない変異タンパクが異常な分布を示すことが観察された。正常タンパクはおそらくは小胞体を中心とした細胞内の膜に結合しているが、変異タンパクはドット上に異常な分布を示した。これが細胞内のどのような部位に相当するかは不明であるが、ミリスチル化が、酵素の活性及び細胞内ソーティングの両方に関与していることが示された。

ウシ肝臓膜画分の酵素の性状解析

 以前より組織のPAFアセチルハイドロラーゼ活性を調べると細胞質画分だけでなく膜画分にも同程度の活性があることが知られていた。そこで、各種抗体を用いて解析した結果、I型酵素は可溶性画分にのみ局在を示し、II型酵素は両方に存在していることが明らかとなった。膜画分の活性について可溶化し、性状を調べた結果、1MKClでは活性はほとんど可溶化されず、1%CHAPSによりほとんどの活性が可溶化された。さらに、可溶化された活性は様々なカラム上において1本のピークとして挙動し、ウエスタンブロッティングの結果から、その活性がII型酵素によることが同定された。したがって、膜に結合したPAFアセチルハイドロラーゼは、II型酵素であることが示された。また、膜から可溶化された酵素は、可溶性画分の酵素と比べ、ゲルろ過カラムにおいて約25kDa程分子量が大きい位置に溶出された。ウエスタンブロッティング上での分子量は、これらの画分の間で全く同じであることから、膜結合性の酵素には25kDaに相当する何らかの因子が結合していることが予想された。

 以上、本研究は細胞内II型PAFアセチルハイドロラーゼのcDNAクローニングの結果、II型酵素の構造を始めて明らかにし、そのホモログをヒト、線虫から見出し細胞内動態と構造の関連を部分的に解明したもので、生化学、細胞生物学の発展に寄与するところが有り、博士(薬学)の学位に値すると判断した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54022