遺伝的組換えは生物に多様性を与える上で重要な役割を果たしているが、一方では、染色体異常を起こし遺伝子疾患や癌の原因となる。遺伝的組換えは、大きく分わけると、相同なDNA間で起こる相同的組換えと相同性のないDNA間で起こる非相同的組換えに分類される。本論文は、出芽酵母を用いて大腸菌RecQのホモログである出芽酵母Sgs1とヒトBLMとWRNが非相同的組換えに関してどのような機能を持つかを出芽酵母において調べたものである。 第一部では、まず、出芽酵母Sgs1蛋白質の非相同的組換えにおける役割について調べた。出芽酵母Sgs1蛋白質は、大腸菌recQと同様に3’→5’へリカーゼをコードしており、I型トポイソメラーゼであるTop3と物理的相互作用をする。近年、ブルーム症候群(BLM)及びウエルナー症候群の原因遺伝子(WRN)が単離され、どちらもSgs1と同様に大腸菌RecQのホモログである事が明らかにされた。当研究室で開発した非相同的組換えのアッセイ系を用い、出芽酵母のプラスミド上で起こる非相同的組換えをマーカー遺伝子を用いて定量的に検出した。Sgs1が非相同的組換えに関与するかどうかを調べたところ、sgs1変異株において組換えの頻度が上昇していることが分かった。従って、Sgs1蛋白質は非相同的組換えを抑制するために重要な働きをしていると考えられる。次に、sgs1変異株で上昇した組換えがどのような機能に依存しているかを調べるために、sgs1 rad52及びsgs1 hdf1二重変異株を作成して調べたところ、非相同的組換えはrad52変異の導入によって大きく減少し、またhdf1変異によって影響されない事が分かった。従って、sgs1変異は、Rad52に依存する相同的組換えの過程を促進することによりプラスミド上での非相同的組換えの頻度を上昇させると考えられた。これらの結果からSgs1は、相同的組換えを抑制する事によって染色体上での非相同的組換えを抑え、その安定化に貢献している事が示唆された。 次に、sgs1変異株が示す様々な表現型についてヒトBLM、WRNへリカーゼによる相補性試験を行った。その結果、sgs1変異株が示す組換え頻度の上昇をBLM及びWRNへリカーゼが共に抑制することを示した。この事実は、ヒト細胞においてもBLM、WRNへリカーゼが組換えの抑制機能を通して染色体の安定化に寄与している事を示唆している。しかし、sgs1変異株のその他の表現型、top3変異の存在下で増殖抑制の欠損、並びにヒドロキシウレアに対する高感受性をBLMへリカーゼのみが相補し、WRNへリカーゼは相補しなかった。この事実は、BLMとWRNという二つのへリカーゼは、組換えの抑制という共通の機能を持つものが、互いに異なる機能も持つ事を示している。 第二部では、染色体上で起きている非相同的組換えによる欠失変異を検出する系を作製し、II型トポイソメラーゼ阻害剤VP-16の非相同的組換えに対する影響を調べた。一部ではプラスミド上での非相同的組換えのアッセイ系を用いて組換えの検出をしたが、この系が真に染色体異常を反映しているかどうか明らかではない。そこで、染色体上での組換えを検出するアッセイ系を作り、染色体異常の形成に関与する因子の検索を行うことにした。このアッセイに用いる株をII型トポイソメラーゼ阻害剤、VP-16、の存在下で培養し、欠失検出のためのマーカー遺伝子を用いて定量的にコロニーの出現頻度を測定した。その結果、VP-16存在下では、組換え体コロニーの出現頻度は、VP-16非存在下と比較し約20倍高い事が明らかとなった。従って、VP-16によって染色体レベルでの非相同的組換えが誘導されることが明らかとなった。医学的には、従来よりII型トポイソメラーゼ阻害剤である抗がん剤の使用によって二次的な白血病の発生が報告されていたが、今回の実験は、その事実に実験的根拠を与えるものであり、このシステムが今後の研究にも有用であることを示している。 この論文は、染色体異常の原因となる非相同的組換えに働くいくつかの要因を明らかにし、かつ染色体異常の研究のための新しいシステムを開発したものであり、分子生物学、分子遺伝学の進展に寄与するものであり、博士(薬学)の学位に相当するものと判断する。 |