学位論文要旨



No 113728
著者(漢字) 山形,和恒
著者(英字)
著者(カナ) ヤマガタ,カズツネ
標題(和) 出芽酵母を用いた非相同的組換えの解析
標題(洋)
報告番号 113728
報告番号 甲13728
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第847号
研究科 薬学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池田,日出男
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 助教授 北,潔
 東京大学 助教授 余郷,嘉明
内容要旨 一部大腸菌RecQホモログ、出芽酵母Sgs1の非相同的組換えにおける役割(序論)

 1927年Mullerあるいはそれ以前から生物の中で大きな遺伝子の構造変化が起きている事が明らかになってきた。そのような遺伝的組換えは、大きく分類して親DNA間で相同性を必要とする相同的組換えと相同性を必要としない非相同的組換えに分けられる。特に非相同的組換えは、遺伝子の重複、転座、逆位、欠失などの大きな染色体構造の変化を生じさせる可能性を持つ現象であるが、その機構については明らかでない点が多い。今回、我々は下等真核生物である出芽酵母を用いて大腸菌RecQホモログであるSgs1の非相同的組換えに対する影響を検討した。SGS1は大腸菌recQと同様に3’→5’へリカーゼをコードしており、typeI型トポイソメラーゼであるTop3と物理的相互作用をする。またtop3変異株は野生株と比較して生育速度の遅延を示すが、top3変異株にsgs1変異が導入されると生育速度が回復する事が知られている。さらに、sgs1変異株はHydroxyurea、MMSに対する感受性、組換え頻度の上昇などの表現型を示す事も明らかにされている。近年、Bloom’s syndrome、Werner’s syndromeの原因遺伝子(BLM、WRN)が単離され、どちらもSgs1と同様に大腸菌RecQホモログである事が明らかにされた。両遺伝病共に遺伝子の不安定性が増加し癌が多発する。また、Werner’s syndromeは早老症としても知られている。出芽酵母におけるSgs1の機能の解析によって両遺伝病のメカニズムだけでなく、老化の制御にRecQホモログがどのように関与しているかを明らかにする事が期待される。

(結果)1.非相同的組換えに対するsgs1変異の影響

 本研究部塚本らの作製したCEN-ARSプラスミドYCpL2を用いて非相同的組換えに対するsgs1変異の影響について検討した。このプラスミドにはネガティブセレクションマーカーであるCAN1、CYH2遺伝子が乗っており、このプラスミドを保持するcan1 cyh2変異株はカナバニンとシクロヘキシミドに対して感受性を示す。しかし、CAN1、CYH2遺伝子にまたがる欠失変異が起きる事によってプラスミド上のCAN1、CYH2両遺伝子が不活性化されると、カナバニン、シクロヘキシミド両薬剤に対して耐性となりカナバニン、シクロヘキシミドを含有した寒天培地上でコロニーを形成するようになり非相同的組換えが起きたことを検出できる(Figure.1)。この系を用いて組換え頻度を測定した結果sgs1変異株では、約10倍組換え頻度が上昇する事が明らかになった。YCpL2プラスミド上での非相同的組換えの起こる機構については、まずRad52-dependentな相同的組換えによりプラスミドの二量体が形成される。このプラスミドの二量体はCENを二つ持っているため染色体分配の際、娘細胞と母細胞の両方に引っ張られDNAの二重鎖切断が起きる。その後、Hdf1-dependentなEnd-joiningによりプラスミドの組換えが行われると考えられる(Figure.2)。sgs1変異株において観察される非相同的組換えがどの過程に影響を与えているのかを調べるために、sgs1変異株における非相同的組換えのRad52、Hdf1に対する依存性を調べた(Table.1)。その結果、sgs1変異株で上昇した組換え頻度がsgs1 rad52、sgs1 hdf1二重変異株においては大きく減少したので、sgs1変異株において観察される非相同的組換えがRad52、Hdf1に依存する事が明らかとなった。この結果からsgs1変異株において観察される非相同的組換えも上記の機構により起きていると考えられる。またsgs1変異株では相同的組換え頻度が上昇する事、及びsgs1変異がEnd-joining活性に影響を与えない事からsgs1変異は、Rad52-dependentな相同的組換えによりプラスミドの二量体が形成される過程を促進している事が考えられた。

Figure.1 YCpL2の構造Table 1.sgs1、sgs1 rad52、sgs1 hdf1変異株における非相同的組換え頻度Figure.3 YCpHRの構造Figure.2 YCpL2上での欠失変異形成機構
2.ヒトBLM、WRN cDNAによるsgs1変異株の相補性試験

 a.作製したコンストラクション

 今回、我々は相補性試験を行うためにの出芽酵母株を作製した。まず、GAPDHプロモーターにBLM、またはWRNcDNAをプロモーターに対して順向き(sgs1::BLM+、sgs1::WRN+)もしくは逆向き(sgs1::BLM-、sgs1::WRN-)につなぎ、そのDNAフラグメントを野生型出芽酵母株のSGS1遺伝子に挿入した株を作製した。

 b.sgs1変異株が示す"組換え頻度の上昇"の表現型の抑制

 sgs1変異株では、非相同的組換えの頻度が上昇する事は先に述べた。BLM、WRNが、この表現型を相補できるかどうかについてYCpL2プラスミドを用いて実験を試みた。結果は、sgs1::BLM+、sgs1::WRN+両株共にsgs1変異を部分的に相補する事を明らかにした。さらに、相同的組換えを測定するためにCEN-ARSプラスミドYCpHRを作製した(Figure.3)。このプラスミドはCAN1遺伝子がタンデムに並んだ2つのLEU2遺伝子に挟まれておりLEU2遺伝子間での相同的組換えを検出する系となっている。この系を用いて相同的組換えの頻度を測定したところ、sgs1株では野生株と比較して約8倍相同的組換え頻度が上昇する事が確認された。また、sgs1::BLM+、sgs1::WRN+両株についてもYCpHRを導入し相同的組換えの頻度を測定したところ、両株共にsgs1株と比較して組換え頻度の低下が認められた。ここで得られた実験結果から相同的組換えに関してBLM、WRNともにsgs1変異を相補する事が明らかとなった。

 c.top3変異株の生育速度の遅延の抑制

 まず、wild type、sgs1、sgs1::BLM+、sgs1::BLM-、sgs1::WRN+、sgs1::WRN-の6つの株についてTOP3遺伝子を破壊した株を作製した。生育速度の測定の結果、top3株とtop3 sgs1::BLM+株は生育速度の遅延を示した。この結果はBLMがsgs1変異を抑制している事を示している。しかし、top3 sgs1::WRN+株は生育速度の遅延を示さなかったのでWRNはsgs1変異を抑制できない事が分かった。

 d.sgs1変異株におけるHydroxyurea(HU)感受性の抑制

 wild type、sgs1、sgs1::BLM+、sgs1::WRN+株のそれぞれをほぼ同じ細胞数だけHUの入った寒天培地にスポットすることによりHU存在下での生育の有無を調べた。sgs1、sgs1::WRN+株についてはwild typeと比較しHUに対して高い感受性を示した。しかし、sgs1::BLM+株については野生株とほぼ同程度の感受性を示したので、BLMはsgs1変異株のHUに対する感受性を相補する事が明らかになった一方、WRNはsgs1変異を相補することができなかった。

(まとめと考察)

 1.sgs1変異株ではRad52-dependentな相同的組換えの過程を促進する事によりYCpL2上での非相同的組換えの頻度が上昇する。

 2.BLMは、sgs1変異株が示すtop3変異株の生育速度の遅延の抑制、HU感受性、組換え頻度の上昇の全てについて相補した。

 3.WRNは、組換え頻度の表現型についてだけ相補したが、sgs1変異株が示すtop3変異株の生育速度の遅延の抑制、HU感受性については相補しなかった。

 今回Sgs1が、プラスミド上での非相同的組換えに関与している事が分かった。同様な現象は染色体上でも起きており、Sgs1は染色体を安定に維持するための制御因子として寄与している事が推察される。さらに、BLM、WRN両へリカーゼとも細胞内で組換えを抑制する事によって染色体の安定化に寄与していると考えられる。しかし、この2つのへリカーゼの機能には明らかに異なっている点があると思われる。

二部出芽酵母の染色体上での非相同的組換えを検出する系とII型トポイソメラーゼ阻害剤の非相同的組換えに対する影響(序論)

 現実の染色体上で起きている非相同的組換えによる欠失変異を検出するために我々は、出芽酵母の3番染色体上のLEU2座位にネガティブセレクションマーカーであるCAN1、CYH2遺伝子を挿入し、この2つの遺伝子にまたがるような欠失変異を検出する系を作製した。今回、この系を用いてII型トポイソメラーゼ阻害剤VP-16の非相同的組換えに対する影響を検証してみた。そもそも、原核生物である大腸菌では、II型トポイソメラーゼであるジャイレースが深く非相同的組換えに関与していることが明らかとされている。また、動物細胞においてもII型トポイソメラーゼ阻害剤によってaprt、hprt遺伝子に欠失型の変異が、高い頻度で起きる様になる事が知られている。しかし、動物細胞の系を用いた実験結果は定量性のある結果とはいいがたく、我々の出芽酵母を用いた系は、真核生物で初めての染色体上の非相同的組換えを定量的に検出できる系となる。また、この系を応用する事によってII型トポイソメラーゼ阻害剤による組換えとARS、CEN、Telomere領域の関係を探る事も可能と考えている。

(結果)

 出芽酵母の3番染色体上のLEU2座位にネガティブセレクションマーカーであるCAN1、CYH2遺伝子を挿入した株(KY1210)を作製した(Figure.4)。この株をVP-16の存在下で培養し、カナバニン、シクロヘキシミドに耐性になるコロニーの出現頻度を測定した。その結果、VP-16存在下では、カナバニン、シクロヘキシミドの耐性になるコロニーの出現頻度は、VP-16非存在下と比較し約20倍高い事が明らかとなった。

Figure.4KY1210株の構造
(まとめと考察)

 II型トポイソメラーゼ阻害剤によってカナバニン、シクロヘキシミドの耐性になるコロニーの出現頻度が上昇する事が明らかとなった。この後、その組換え部位の塩基配列を決定し、確かにCAN1、CYH2遺伝子にまたがる組換えが、非相同的に起きている事を確認する必要がある。

審査要旨

 遺伝的組換えは生物に多様性を与える上で重要な役割を果たしているが、一方では、染色体異常を起こし遺伝子疾患や癌の原因となる。遺伝的組換えは、大きく分わけると、相同なDNA間で起こる相同的組換えと相同性のないDNA間で起こる非相同的組換えに分類される。本論文は、出芽酵母を用いて大腸菌RecQのホモログである出芽酵母Sgs1とヒトBLMとWRNが非相同的組換えに関してどのような機能を持つかを出芽酵母において調べたものである。

 第一部では、まず、出芽酵母Sgs1蛋白質の非相同的組換えにおける役割について調べた。出芽酵母Sgs1蛋白質は、大腸菌recQと同様に3’→5’へリカーゼをコードしており、I型トポイソメラーゼであるTop3と物理的相互作用をする。近年、ブルーム症候群(BLM)及びウエルナー症候群の原因遺伝子(WRN)が単離され、どちらもSgs1と同様に大腸菌RecQのホモログである事が明らかにされた。当研究室で開発した非相同的組換えのアッセイ系を用い、出芽酵母のプラスミド上で起こる非相同的組換えをマーカー遺伝子を用いて定量的に検出した。Sgs1が非相同的組換えに関与するかどうかを調べたところ、sgs1変異株において組換えの頻度が上昇していることが分かった。従って、Sgs1蛋白質は非相同的組換えを抑制するために重要な働きをしていると考えられる。次に、sgs1変異株で上昇した組換えがどのような機能に依存しているかを調べるために、sgs1 rad52及びsgs1 hdf1二重変異株を作成して調べたところ、非相同的組換えはrad52変異の導入によって大きく減少し、またhdf1変異によって影響されない事が分かった。従って、sgs1変異は、Rad52に依存する相同的組換えの過程を促進することによりプラスミド上での非相同的組換えの頻度を上昇させると考えられた。これらの結果からSgs1は、相同的組換えを抑制する事によって染色体上での非相同的組換えを抑え、その安定化に貢献している事が示唆された。

 次に、sgs1変異株が示す様々な表現型についてヒトBLM、WRNへリカーゼによる相補性試験を行った。その結果、sgs1変異株が示す組換え頻度の上昇をBLM及びWRNへリカーゼが共に抑制することを示した。この事実は、ヒト細胞においてもBLM、WRNへリカーゼが組換えの抑制機能を通して染色体の安定化に寄与している事を示唆している。しかし、sgs1変異株のその他の表現型、top3変異の存在下で増殖抑制の欠損、並びにヒドロキシウレアに対する高感受性をBLMへリカーゼのみが相補し、WRNへリカーゼは相補しなかった。この事実は、BLMとWRNという二つのへリカーゼは、組換えの抑制という共通の機能を持つものが、互いに異なる機能も持つ事を示している。

 第二部では、染色体上で起きている非相同的組換えによる欠失変異を検出する系を作製し、II型トポイソメラーゼ阻害剤VP-16の非相同的組換えに対する影響を調べた。一部ではプラスミド上での非相同的組換えのアッセイ系を用いて組換えの検出をしたが、この系が真に染色体異常を反映しているかどうか明らかではない。そこで、染色体上での組換えを検出するアッセイ系を作り、染色体異常の形成に関与する因子の検索を行うことにした。このアッセイに用いる株をII型トポイソメラーゼ阻害剤、VP-16、の存在下で培養し、欠失検出のためのマーカー遺伝子を用いて定量的にコロニーの出現頻度を測定した。その結果、VP-16存在下では、組換え体コロニーの出現頻度は、VP-16非存在下と比較し約20倍高い事が明らかとなった。従って、VP-16によって染色体レベルでの非相同的組換えが誘導されることが明らかとなった。医学的には、従来よりII型トポイソメラーゼ阻害剤である抗がん剤の使用によって二次的な白血病の発生が報告されていたが、今回の実験は、その事実に実験的根拠を与えるものであり、このシステムが今後の研究にも有用であることを示している。

 この論文は、染色体異常の原因となる非相同的組換えに働くいくつかの要因を明らかにし、かつ染色体異常の研究のための新しいシステムを開発したものであり、分子生物学、分子遺伝学の進展に寄与するものであり、博士(薬学)の学位に相当するものと判断する。

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