学位論文要旨



No 113733
著者(漢字) 川口,聡
著者(英字)
著者(カナ) カワグチ,サトシ
標題(和) 活性-抑制因子反応-拡散系に現れるパルス進行波の解析
標題(洋) Analysis of travelling pulses in activator-inhibitor reaction diffusion systems
報告番号 113733
報告番号 甲13733
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第99号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三村,昌泰
 東京大学 教授 薩摩,順吉
 東京大学 教授 山田,道夫
 東京大学 助教授 時弘,哲治
 東京大学 助教授 柳田,英二
 東京大学 助教授 林,祥介
内容要旨

 本申請論文では、活性因子と抑制因子の相互作用を記述する反応拡散方程式をとりあげ、そこに現れるパルス(スポット)進行波解の性質を理論、及びそれを相補する数値解析を行なうことから考察する。論文は2部に分かれており、

 1.3成分反応拡散系における二つの抑制因子の協調作用

 2.大域結合抑制項を含む反応拡散系におけるパルス進行波の衝突から成り立っている。

1.3成分反応拡散系における二つの抑制因子の協調作用

 反応拡散方程式は、非平衡状態に現れる様々な時・空間パターンを記述するモデル方程式として提出されている。その一つとして、拡散場において互いに拮抗しあう活性因子と抑制因子の相互作用を記述する系がある。これまで、1活性-1抑制因子の2成分系は、理論解析及び数値解析から盛んに研究されてきている。その一例として、活性因子をu、抑制因子をとする系として

 

 

 がある。ここで、f(u,)=u(1-u)(u-a)-(0<a<1/2),g(u,)=u-(>0)とし、は十分に小さい正定数とする。今、系が単安定系となるようにとaを選び、を分岐パラメーターとする。このとき、が大きいならば、lateral inhibition効果により、一次元(及び、二次元)空間で安定パルス(及び、スポット)平衡解が存在する。を小さくしていくと、パルス(スポット)平衡解はHopf分岐し、界面の振動が見られる。が十分に小さい場合には、安定な一次元パルス進行波解が存在する。この解の特徴は衝突過程において対消滅する性質を持つことである。一方、二次元スポット進行波解は存在するが不安定であり、スポットは時間と共に拡大してリング波になるか、或は、振動しながら消滅することが知られている。

 一方、多成分系の例としては、これまでに多くの研究はされていなかった。1993年、2活性-1抑制因子系が池田と三村により研究されたぐらいである。しかし、1997年にSchenkらは1活性-2抑制因子系を提出した。その系から、1活性-1抑制因子系には出現しないスポット進行波解が安定に存在することが数値解析により示された。しかし、そこでは二つの抑制因子の役割についての理論的な説明は与えられなかった。

 本申請論文の目的は多成分系において従来の2成分系には出現しないパターンを理論解析、及びその相補的な数値解析から議論することである。そのために次の1活性-2抑制因子系を提出する。

 

 

 

 ここで

 

 とする。,,,s0,dは正数であり、はa(0)=0.275になるように選んだ。尚、は十分に小さい正定数とする。又、H(z)はHeaviside’s functionであり、H(z)=0(z<0),H(z)=1(z>0)を満たす。この系に対して、パルス(スポット)進行波解に対する二つの抑制因子の協調作用を考察する。そのために、,を小さく、dを大きくとることにする。このことからに対して、は"travelling pulse generator"、は"lateral inhibitionlocalizer"としての役割を与えることになる。ここでは、この二つの異なる役割をもつ抑制因子の協調作用によってどのような時・空間パターンが現れるか調べることにする。

 本論文で得られた結果は、次の通りである;(1)二つのパルス進行波の衝突過程において、パルスの速度に依存して対消滅、弾性反射、二つのパルスの束縛状態形成のいずれかが起こる。二つのパルス進行波が互いに離れているときには、パルス進行波の速度は主としてとの相互作用によって決まりは積極的には作用しない。しかし、が小さく、dが大きいことから、互いに近づくにつれてによる強い減速作用が働き、そのブレーキの強さとパルスの速度によって3種類のパターン・ダイナミクスが出現することがわかった。速度の非常に遅いパルス進行波が衝突過程において弾性反射を起こす例は2成分系ではすでにいくつか報告されているが、我々の系においては、本来持っている速度が速い場合においても二つのパルス進行波が近づくとの減速作用により速度が遅くなり反射がおこることが特徴である。(2)適当にの値を大きくすると安定なスポット進行波解が存在する。これは、のlateral inhibition効果によりスポットの拡大が抑制されることから出現すると考えられる。更に、の値を大きくするとこの効果は強くなりスポット進行波解は順次、分裂する。(3)↓0の極限下で、スポット平衡解の安定性解析を行ない、振動不安定モード、並進不安定モード、二分割変形モードが、分岐図上でどのように現れるかを調べた。その結果、s0が小さい場合には、を大きくとると他のモードは抑制されスポット平衡解は並進不安定化しスポット進行波解が現れることが示唆される。一方、s0が大きい場合には、が大きくなると、二分割変形モードによりスポット平衡解は分裂することが示唆される。(4)数値解析を行なうことから、1活性-1抑制因子系においてはパルス進行波解は平面安定であるが、が大きい場合にはによるlateral inhibition効果によって平面不安定であることが示された。

 以上のことから、我々の提出した1活性-2抑制因子系において二つの異なる役割を担う抑制因子が、その協調作用により1活性-1抑制因子系では見られない新しいパルス(スポット)進行波解のダイナミクスが出現することが示された。

2.大域結合抑制項を含む反応拡散系におけるパルス進行波の衝突

 様々な反応拡散方程式の中で、活性因子と抑制因子の相互作用を記述する2成分反応拡散系が提出されている。その系において、拮抗しあう活性因子と抑制因子の、相互作用から様々なパターン形成が見られる。そこで記述されるパターンの時間発展は、おおよそ拡散長で決められた狭い範囲内の活性因子と抑制因子だけに依存するのでlocal coupling(局所結合)という。最近、global coupling(大域結合)効果を含んだ1活性-1抑制因子系が提出されている。そこで現れる、時・空間パターンの時間発展は、従来の1活性-1抑制因子系では見られない現象が出現することが実験結果から報告されている。例えば、ガス放電管内のフィラメントの運動である。この場合、global coupling効果は、放電管の外部抵抗における電位降下に対応しこれがフィラメントの運動に影響を与えている。即ち、外部抵抗が小さい場合に電圧を上昇させると放電管の間隙のフィラメントは不安定化し、その結果フィラメントは規則的あるいは不規則的に運動の幅は太くなったり細くなったりし(breathing motion)それに伴って回路を流れる全電流は振動する。しかし、外部抵抗が大きい場合に電圧を上昇させると放電管の間隙のフィラメントは不安定化し、その結果、規則的あるいは不規則的な運動をすることが観察される。

 このような、global coupling効果を理論的に考察することを目的に1994年、KrischerとMikhailovは次に示すモデル方程式を提出した。

 

 

 

 ここで、,,a0,,s0は正の値をとり、は十分に小さい正定数とする。又、H(z)はHeaviside’s functionであり、H(z)=0(z<0),H(z)=1(z>0)を満たす。彼らは、global coupling効果が強いとき、パルス(スポット)進行波解が出現することを示した。更に、二つのスポット進行波の衝突過程を計算機シュミレーションによって考察している。

 我々は、系(7)-(9)の一次元パルス進行波解、二次元スポット進行波解の安定性を特異摂動法を用いて考察し、それをもとにglobal coupling効果が強い場合の二つのパルス(スポット)進行波の衝突過程について議論した。その結果、一次元空間ではglobal coupling効果が弱いときにはパルス平衡解は不安定化し、界面の振動(breathing motion)を起こすことが示された。一方、効果が強いときには、振動が抑制され並進不安定モード(つまり進行波解)が代わりに現れることが示された。次に、これらの二つの進行波の衝突過程を数値解析から議論した。結果は、global coupling効果が弱いときは対消滅するが、効果が強いときは弾性反射するか、融合して不安定な一つのパルス解になることである。系(7)-(9)において、↑∞の極限下では、活性因子と抑制因子の全体量が保存されることが示される。このことは、global coupling効果が強ければほぼ成立することがわかり、それは二つのパルス進行波の衝突過程においては対消滅しないことを示唆している。

 二次元空間でのスポット平衡解の安定性解析はより複雑となる。解の不安定化には、振動不安定モード、並進不安定モード、二分割変形モードがあり、それらは、分岐図上で交差していることが示される。このことから、global coupling効果が弱いときには、スポット平衡解は振動不安定化するが、効果が強いときには、振動不安定モードが抑制されてスポット平衡解が不安定化しスポット進行波解が出現する場合と、分裂する場合とがあることが示唆された。更に、数値解析によってこれらの二つのスポット進行波の衝突過程においては、弾性反射を起こすか、融合した後、再び二つに分裂することが示された。

 以上のことから、global coupling効果を含む1活性-1抑制因子系においては、大域抑制効果により従来の1活性-1抑制因子系には見られないパルス(スポット)進行波解のパターン・ダイナミクスが出現することが示された。

 今後の研究課題としては、1.においては、が大きいときに出現するスポット進行波からのself-replicating patternのダイナミクス、2.においては、複数個のスポット進行波の存在性などの理論解析である。

審査要旨

 本論文提出者は活性因子と抑制因子の相互作用を記述する反応拡散方程式を取り上げ,そこに現れるパルス(あるいはスポット)進行波解の性質を理論そしてそれを相補する数値解析から考察している.論文は2部に分かれており,(1)「3成分反応拡散系における2つの抑制因子の協調作用について」;(2)「大域結合抑制項を含む反応拡散系におけるパルス進行波の衝突について」である.これまで1活性-1抑制2成分系の研究は理論,実験両面から盛んに研究されてきている.最近,活性-抑制多成分系が提出さるようになり、そこでは2成分系では現れないような新しい時空間パターンが実験及びそのモデル系の計算機シミュレーションから観察される.しかしながら,このようなパターンが活性因子と抑制因子の間、あるいは活性因子間、抑制因子間のどのような相互作用から出現するかという問題が本質となるが、その研究はほとんどなされていない.その理由は多成分系の解析は2成分系に比べて飛躍的に難しくなるためである.

 本論文提出者は,その理論的解明を目指すことから,1活性-2抑制3成分系を取り上げ,一つの抑制因子はパルス進行波発生の役割を,もう一つはパルス局在化の役割をもつものとし,それらがどのような協調作用のもとで新しいパターンを出現させるかという問題を提起した。その結果、2つの抑制因子の協調効果によって、スポット進行波の出現,分裂そしてパルス進行波のプラナー不安定化が起こることを,特異極限法に基づく界面ダイナミクス法によって明らかににしたのである.第2部では,第1部で扱った3成分系の特別な場合としての大域結合項を持つ活性-抑制因子反応拡散系を考察している.そこでは軸対称平衡解の線形安定性解析そしてそれを相補する計算機解析によってスポット進行波の衝突反射,分裂などのダイナミクスを考察している.以上の結果はこれまでほとんど扱ってこなかった多変数反応拡散系に現れるパターンダイナミクスの理論的研究の先駆けであり,本論文での成果は多成分系に現われる時間空間パターン解析に新たな光をあてるものであり、数理科学的方法論の一つの新しい方向を示唆するものと考えられる。

 よって論文提出者川口聡氏は博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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