学位論文要旨



No 113734
著者(漢字) 籠屋,恵嗣
著者(英字)
著者(カナ) コモリヤ,ケイシ
標題(和) 非対称排他過程の流体力学極限
標題(洋) HYDRODYNAMIC LIMIT FOR ASYMMETRIC MEAN ZERO EXCLUSION PROCESSES WITH SPEED CHANGE
報告番号 113734
報告番号 甲13734
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第100号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 長田,博文
 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 助教授 吉田,朋広
 東京大学 助教授 堤,誉志雄
内容要旨

 この論文ではd次元格子Zd上のspeed changeのある排他過程(exclusion process)の流体力学極限の問題を、非対称で、いわゆる勾配条件(gradient condition)を満たさない非勾配型のモデルへと拡張して考える。

 d次元離散トーラスN=(Z/NZ)d上のspeed changeのある排他過程とは、配置空間上のMarkov過程で、次の作用素LNによって生成されるものである。

 

 ここでcはZd×Zd×上の非負関数で、jump rateを与える。但し、で、Nの元は周期的に拡張することでの元とみなす。また、xyのx座標とy座標を入れ換えたものである。次に、無限粒子系であるZd上のspeed changeのある排他過程とは、上のMarkov過程で、次の作用素Lによって生成されるものである。

 

 ここで、F0はX上の局所関数全体(有限個の座標にしか依らない関数全体)を表す。

 この論文では、(1)に対応する系に対して拡散型スケール変換を施し、N→∞として得られる極限の粒子密度の特徴付けを行う事を目標とする。このような排他過程に関する流体力学極限の問題は、対称な非勾配系に対しては[1]で、非対称な場合では、speed changeのない単純排他過程(simple exclusion process)について[4]で論じられている。ここでは、非対称、非勾配なspeed changeのある場合で、しかも、対応する対称過程も非勾配であるようなものへと一般化する。

 ここで扱うモデルは以下の条件を満たすものとする。

 (a)c(x,y,)は局所関数で、.

 (b)cは平行移動不変、つまり

 

 但し、xはX上のシフト作用素で(x)uu+x.

 (c)Bernoulli測度は不変測度。

 (d)各粒子のjumpの平均は0、つまり

 

 (e)Lは次のstrong sector conditionとよばれる条件を満たす:任意のに対し

 

 (f)拡散行列は滑らか、つまりa()∈C2([0,1]).

 但し、a()は次のように与えられる:

 (K)=[-K,K]d∩Zdとし、上の関数f=f()に作用する作用素を次で定義する。

 

 但し、cS(x,y,)=1/2{c(x,y,)+c(x,y,xy)}で、∈Xは,,と分解されているものとする。ここで次の関数空間を考える。

 

 但し、上の一様確率測度による期待値を、s(g)はgのsupportのsizeを表す。また、|(K)|=(2K+1)dである。この関数空間の元gに対し,

 

 とおく。このとき、によらずに

 

 が存在する。ここで、に属する次の関数を考える。

 

 

 

 但し、eiは第i座標1の単位ベクトルを表し、c*(x,y,)=c(x,y,xy)である。はgradient、W*はcurrentとよばれる関数である。このとき、次の補題が成立する。

 補題1 (a)-(e)をみたすモデルに対し、各ごとに次の関係式をみたす唯一のd次正方行列a()が存在する:

 任意のl∈Rdに対し、

 

 但し、(,)はRdでの内積を表す。

 この補題1に現れるd次正方行列a()で拡散行列を定義する。

 さて、これら(a)-(f)を満たすモデルに対して、N2LNが生成するXN上のMarkov過程をとし、その質量分布(empirical-mass distribution)を

 

 で定義する。

 ここで次の非線形拡散方程式を考える:

 

 この論文の主定理は、次の定理である。

 定理1 (12)が初期値0()∈(0,1)に対し滑らかな解(t,)を持ち、とする。このとき、t>0に対し

 

 が成り立つ。

 但し、0()に対応する局所平衡状態を,f0N(0)のXN上の分布のXN上の一様確率測度Nに対する密度を、は相対エントロピーを表す。

 我々はこの定理を、Yauが[5]で用いた相対エントロピー法を使って証明する。相対エントロピー法では、局所平衡状態に対する相対エントロピーを計算するが、非勾配型のモデルに対しては、局所平衡状態の第二次近似t()dNまで考えなくてはなるない事が知られている([1])。ここで、

 

 但し、(t,)=log{(t,)/(1-(t,))}で(t,)は(12)の解、Fはの元、Ztは規格化定数である。この時、考える相対エントロピーは次で表される。

 

 ここで、ftN(t)のXN上の分布の密度関数である。相対エントロピー法によれば、大偏差原理型の評価やエントロピー不等式等を用いる事で、定理1は次の補題から得られる事が分かる。

 補題2 任意の>0に対し、あるF∈が存在して、

 

 とできる。

 補題2を示す時に、非対称な項の取扱いが問題になるが、strong sector condition(e)を使って、次の評価が得られる。

 補題3 任意の0と任意の局所関数fに対して、

 

 ここで、Csは条件(e)で与えられた定数。

 この論文では、この補題3を用いて、非対称な項を対称な項でcontrolするという議論を行う。

参考文献[1]T.Funaki,K.Uchiyama and H.T.Yau:Hydrodynamic limit for lattice gas reversible under Bernoulli measures,in:Nonlinear Stochastic PDE’s:Hydrodynamic Limit and Burger’s Turbulence(eds.Funaki and Woyczynski),IMA volume77(1995),1-40.[2]H.Spohn:Large Scale Dynamics of Interacting Particles,Springer,1991.[3]S.R.S.Varadhan:Nonlinear diffusion limit for a system with nearest neighbor interactions-II,in:Asymptotic Problems in Probability Theory:Stochastic Models and Diffusions on Fractals(eds.Elworthy and Ikeda),Longman,1993,75-128.[4]L.Xu:Diffusive scaling limit for mean zero asymmetric simple exclusion processes,Courant thesis,1993.[5]H.T.Yau:Relative entropy and hydrodynamics of Ginzburg-Landau models,Letters Math.Phys.,22(1991),63-80.
審査要旨

 籠屋恵嗣は格子上の排他過程の流体力学極限について研究し、従来の結果を多次元、非対称、非勾配条件の場合へ一般化した。また彼の扱ったのは単純排他過程の範囲を超えて、いわゆる速度変更のある場合で、各々の粒子の動きが排他法則以外にも、粒子全体の配置による場合を研究している。これらの一般化は不自然なものでなく、例えば平面の無限個の渦の運動を念頭に置いた自然なものである。

 流体力学極限は確率論において過去数年もっとも活発に研究されてきた対象の一つで、VaradhanやYauをはじめとする優れた研究者を魅了してきた。その中で格子上の排他過程は典型的なモデルの一つである。この問題は本来相当難しいものであったが、最近になってエントロピー法その他の手法が確立してきた。しかしながら、1次元の場合あるいは対称という条件をはずした場合は依然難しい問題である。例えばbulk拡散係数と言う量は重要な位置をしめるのだが、非対称の場合には対称の時のように変分表現をもたず、ずっと解析が困難になる。また勾配条件というのは極めて技術的な条件だが、もしそれがないと勾配条件によって可能だった諸量のキャンセルが起こらず、それを補うために大変な計算が必要になる。彼はその難しさをよく克服し、上に述べたような重要かつ困難な方向にこの問題の研究を進展させた。よって、論文提出者籠屋恵嗣は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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