内容要旨 | | Gを符号(2+,2-)の特殊ユニタリ群SU(2,2),KをGの極大コンパクト部分群,gをGのリー環とする.Gの極大放物型部分群であって可換なべき単根基NSをもつものをジーゲル放物型部分群といいPSで表す.NSの非退化指標(2次のエルミート行列Hでパラメトライズされ,以下では同一視)をひとつ固定し,G上のC∞-関数Fであって全てのg∈G及びn∈NSに対してF(ng)=(n)F(g)をみたすもの全体のなす空間をとおく.このときGの既約許容表現からへの絡作用素の空間 とその像を調べることは対応する保型形式の(ジーゲル放物型部分群に関する)フーリエ展開を研究する上で最も基本的かつ重要な問題である.しかしながら一般には上の絡作用素の空間は無限次元になるので以下のように問題を再定式化する.先ずPSのレビ分解をと書く.次にLSはNSの指標群に共役で作用するのでその作用でのの安定部分群の単位元における連結成分をSU()とおく.SU()はが定符号のときはSU(2)に,不定符号のときはSU(1,1)にそれぞれ同型である.LSの部分群Rをで定義し,SU()の既約ユニタリ表現をとる.結果としてNSを含むGの部分群Rとwell-definedなR-加群が定義できたことになる.G上のVx-値C∞-関数Fであって全てのg∈G及びr∈Rに対してF(rg)=(r)F(g)をみたすもの全体のなす空間をとおく.そこで,この論文では与えられたGの既約許容表現にたいして次のような絡空間 を考え,この空間の各絡作用素を一般化Whittaker汎関数と呼ぶ.0でないGW(;)の元Tとの重複度1のK-タイプをとり,K-共変な単射を固定する.ここで,*はの反傾表現である.Tによるの像は次のようにして 定数倍をのぞいて関数をきめる.ここで,〈,〉は上の標準的内積であり,をG上のFであって全ての(r,g,k)∈R×G×Kに対してをみたすもの全体のなす空間とする,を表現に対するK-タイプ*つきの一般化Whittaker関数と呼ぶ.我々の関心は絡空間GW(;,)の次元やの明示公式である. この問題をGの離散系列表現にたいして論じたい.Gの離散系列表現のハリシュ-チャンドラパラメータの集合をとすると,は6個の互いに交わらない部分集合J(J=I,…,VI)の和になる.Gには3種類のゲルファント-キリロフ次元の異なる離散系列がある. 1.正則離散系列(∈I),反正則離散系列(∈VI).GK-dim=4. 2.(通常の)Whittakerモデルをもつ2つの離散系列(∈II∪V),GK-dim=6,i.e."大きい"離散系列. 3.Whittakerモデルをもたない2つの非正則離散系列(∈III∪IV),GK-dim=5,i.e."中間の"離散系列. 上記のなかで特に(反)正則離散系列にたいする一般化Whittaker関数は古典的に知られており,対応する種数2の正則エルミートカスプ形式のフーリエ展開にあらわれる.また,そのフーリエ係数はアンドリアノフ-グリチェンコ-菅野L-関数の構成に使われた.この場合,フーリエ係数は次数2のエルミート行列Hで番号付けられる.ケッヒャー原理によりHにおけるフーリエ係数が消えないならばHが正の定符号であることが知られている. さて本論文の主要な結果を説明しよう.まずNSの指標が正の定符号という仮定の下で,がGの大きい離散系列(∈II)または中間の離散系列(∈III)にたいする極小K-タイプつき一般化Whittaker関数のみたす微分方程式を具体的に書き下しそれを解くことによって明示公式と絡空間GW(;,)の次元を与えた.具体的にはのみたす微分方程式はシュミット作用素といわれる1階の微分作用素とのK-タイプの広がらない方向への射影子Pを合成して得られる.ここで,pCをG/Kの単位元における接空間の複素化として,AdはKのpC上への随伴表現である.得られた微分方程式を詳しく調べるには,Gのベクトル部分群が存在して,G=RAKなる岩沢-カルタン型分解をまず示す.次にを考えている非正則離散系列の極小K-タイプとしてをA上のであってM0=K∩SU()に関する両立条件をみたすもの全体のなす空間とする.先の分解G=RAKの帰結として,からへの制限写像が単射になることが示せるので,一般化Whittaker関数のAへの制限(a=(a1,a2)∈A)はの元とみることができる.これによりの動径成分a1,a2に関する偏微分方程式を得る.関数空間の元はの標準基底{j},{fkl}を使って展開できるので,C∞-関数列{cjkl(a)}を使って とかける.結果として係数関数Cjkl(a)に関する偏微分-差分方程式系が得られたことになる.こうして得られた微分方程式系を解くことにより以下の結果を得る. 定理1を∈I∪II∪IIIなる離散系列表現とする.NSの指標=diag(c1,c2)が正の定符号で,dim=d+1,の極小K-タイプの次元が(r+1)(s+1)とすると次が成り立つ. 保型形式のフーリエ展開には緩増大な一般化Whittaker関数があらわれるので緩増大な関数に値をとる部分絡空間GW(;,)modの次元が特に重要である.これに関して次を得る. 定理2 1.定理1と同じ設定の下で,が0でないと仮定する.このとき対応する離散系列表現の極小K-タイプつき一般化Whittaker関数が各変数a1,a2(a=(a1,a2)∈A)について無限遠点で緩増大ならばそれは定数倍をのぞいて一意に決まる.つまり, 2.特に,∈II,すなわち大きな離散系列のとき一般化Whittaker関数にあらわれる係数関数cjkl(a)は多項式の因子を除いて なる被積分関数W(x)が合流した2変数の超幾何関数でかける.ここで,,は0以上の整数である. ここで注目すべきは,定理1,定理2の結果より中間の離散系列に関してはNSの指標が定符号である限り,モデルは存在しなくて,対応する一般化Whittaker関数は0以外にない.これはに対する非正則調和的保型形式のフーリエ展開にはNSの指標が不定符号に対応する項しかあらわれないことを意味する.これは,正則カスプ形式のケッヒャー原理の類似の現象であり,"逆ケッヒャー原理"とも呼ぶべきものである. 中間の離散系列に対してはさらにNSの指標が不定符号のときも定符号のときと同様な手順を踏むことにより以下の結果を得る. 定理3 1.を∈IIIなる離散系列表現とする.NSの指標=diag(c1,c2)がc1>0,c2<0なる不定符号で,をSU()の既約ユニタリ表現としたとき次が成り立つ. ここで,はブラットナーパラメーター±pのSU(1,1)の離散系列表現であり,r,sはから決まる0以上の整数である(このときはr-s>2である). 2.さらに=で上の条件を満たすとき,対応する離散系列表現の極小K-タイプつき一般化Whittaker関数にあらわれる係数関数bjkl(a)はローラン多項式の因子を除いて の形にかける.よって,特につぎを得る. 離散系列表現以外にGの許容表現がヤコビ放物型部分群から誘導された主系列表現Jの場合も考察した.結果は大きい離散系列の場合と同様である. |
審査要旨 | | 保型形式の研究において、Fourier展開は極めて基本的な不可欠な道具でありながら、比較的小さな高階の代数群の場合でさえ組織的に研究されていない。正則保型形式の場合には古典的な結果はある。しかし、不連続群のコホモロジー群に直結する保型形式に限った場合でも、一般の正則でない離散系列表現に属する保型形式に対してさえ、この問題は真剣に考えられていない. この疑いもなく重要な問題に、符号(2+,2-)のユニタリー群の場合に、そしてFourier展開を考える放物部分群がジーゲル放物群のときに、直接に関連する実素点での研究、つまりは保型形式のFourier展開に現れる特殊関数の決定の問題、に大きな寄与をなしたのが、この論文である。問題の定式化は次の様に述べられる。 Gを符号(2+、2-)の特殊ユニタリ群SU(2,2),KをGの極大コンパクト部分群とする.Gの極大放物型部分群であって可換なべき単根基NSをもつものをジーゲル放物型部分群といいPSで表す.NSの非退化指標(2次のエルミート行列Hでパラメトライズされ,以下では同一視)をひとつ固定し,G上のC∞-関数Fであって全てのg∈G及びn∈NSに対してF(ng)=(n)F(g)をみたすもの全体のなす空間をとおく.このときGの既約許容表現からへの絡作用素の空間 とその像を調べることは対応する保型形式の(ジーゲル放物型部分群に関する)フーリエ展開を研究する特殊関数を把握するための問題の素朴な定式化であるが、これは一般には無限次元になるのでうまくゆかない. 適切な再定式化は次のようになる.先ずPSのレビ分解をLSNSと書く.次にLSはNSの指標群に共役で作用するのでその作用でのの安定部分群の単位元における連結成分をSU()とおく.SU()はが定符号のときはSU(2)に,不定符号のときはSU(1,1)にそれぞれ同型である.PSの部分群RをR=SU()NSで定義し,SU()の既約ユニタリ表現をとる.結果としてNSを含むGの部分群Rとwell-definedなR-加群が定義できたことになる.G上のFであって全てのg∈G及びr∈Rに対してF(rg)=(r)F(g)をみたすもの全体のなす空間をとおく.そこで,この論文では与えられたGの既約許容表現にたいして次のような絡空間 を考え,この空間の各絡作用素を一般化Whittaker汎関数と呼ぶ.0でないGW(;)の元Tの像を表現に対する一般化Whittaker関数と呼ぶ.この論文の関心は絡空間GW(;,)の次元や一般化Whittaker関数の明示公式である. この問題をGの離散系列表現に対して、著者はいくつか決定的な結果を得た.Gの離散系列表現のハリシューチャンドラパラメータの集合をとすると,は6個の互いに交わらない部分集合J(J=I,...,VI)の和になる.Gには3種類のゲルファント-キリロフ次元の異なる離散系列がある. 1.正則離散系列(∈I),反正則離散系列(∈VI).GK-dim=4. 2.(通常の)Whittakerモデルをもつ2つの離散系列(∈II∪V),GK-dim=6,i.e."大きい"離散系列. 3.Whittakerモデルをもたない2つの非正則離散系列(∈III∪IV),GK-dim=5,i.e."中間の"離散系列. 上記のなかで特に(反)正則離散系列にたいする一般化Whittakerss関数は古典的に知られており,新たに調べることはない.この場合,フーリエ係数は次数2のエルミート行列Hで番号付けられる.ケッヒャー原理によりHにおけるフーリエ係数が消えないならばHが正の定符号であることが知られており、対応する結果が一般化Whittaker関数に対して成立している. さて本論文の主要な結果を説明しよう.まずNSの指標が正の定符号という仮定の下で,がGの大きい離散系列(∧∈II)または中間の離散系列(∈III)にたいする極小K-タイプつき一般化Whittaker関数のみたす微分方程式を具体的に書き下しそれを解くことによって明示公式と絡空間GW(;,)の次元を与えた.具体的にはのみたす微分方程式はシュミット作用素といわれる1階の微分作用素によって得られる. 保型形式のフーリエ展開には緩増大な一般化Whittaker関数があらわれるので緩増大な関数に値をとる部分絡空間GW(;,)modの次元が特に重要である.この次元が常に1以下、つまり重複度1定理を示した. ここで注目すべきは,中間の離散系列に関してはNSの指標が定符号である限り,モデルは存在しなくて,対応する一般化Whittaker関数は0以外にない.これはに対する非正則調和的保型形式のフーリエ展開にはNSの指標が不定符号に対応する項しかあらわれないことを意味する.これは,正則カスプ形式のケッヒャー原理の類似の現象であり,"反対のケッヒャー原理"とも呼ぶべきものである. 中間の離散系列に対してはさらにNSの指標が不定符号のときも定符号のときと同様な手順を踏むことにより、極小K-typeをもつ一般化Whittaker関数の動径部分の明示公式と、重複度1定理を得ている. 本論文で得られた結果は、基礎的な問題に関して得られた、具体性のある新しい結果、それ自身の興味深さの上に加えて、種々の問題に今後応用も期待できる. よって論文提出者権寧魯は、博士(数理科学)の学位を受けるのにふさわしい充分な資格があると認める。 |