学位論文要旨



No 113737
著者(漢字) 下川,航也
著者(英字)
著者(カナ) シモカワ,コウヤ
標題(和) 交代タングルについて
標題(洋)
報告番号 113737
報告番号 甲13737
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第103号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 矢野,公一
 東京大学 教授 松本,幸夫
 東京大学 教授 森田,茂之
 東京大学 教授 坪井,俊
 東京大学 教授 河野,俊丈
 東京大学 助教授 大鹿,健一
内容要旨

 結び目とは、3次元球面内に埋め込まれた円周である。また、成分数が幾つかある場合、絡み目という。結び目は、成分数が1の絡み目である。交代絡み目とは、その絡み目の正則表示(絡み目の2次元球面への射影図に、各交点において上下の情報を加えたもの。)で、どの成分をたどっても、交点で上下が交互に現れるものを持つもの、である。また、そのような正則表示を交代正則表示という。

 1984年に、W.Menascoは、交代絡み目の外部の閉曲面を調べる画期的な手法を導入した。その方法を用いて、MenascoとM.B.Thistlethwaiteは、交代結び目のケーブリング予想や、交代絡み目の分類であるTaitの最終予想などを解決した。その手法とは、交代絡み目の外部の曲面と、交代正則表示を描いた2次元球面との交わりを考察するというものである。この手法の良いところは、交代絡み目の正則表示から、その絡み目の外部に存在する曲面の性質が良く分かる点である。つまり、絡み目の性質が、その正則表示から決まる点である。この手法は、C.C.Adams、及び、林忠一郎氏により、種数のある曲面上の交代絡み目の外部の曲面の研究にも拡張されている。また、筆者も本研究科修士論文において、トーラス上の交代絡み目の外部の閉曲面の圧縮不能性についての研究を行っている。

 この論文において、筆者は、その手法を交代タングル、つまり交代正則表示を持つタングルに対して適用し、交代タングルの基本的な性質がその正則表示から判定できることを示した。また、その結果を用いて、交代タングル2つに分かれるような3次元球面内の結び目及び絡み目の性質や、そのような結び目のデーン手術で得られる3次元多様体の性質を研究した。

 以下、論文の内容について述べる。

第一部

 Parallelism of two strings in alternating tangles.

 タングル(B,T)とは、3次元球体Bと適切に埋め込まれた1次元部分多様体Tの対である。(ただし、成分数は任意有限。)Tがn本の弧からなる時には、n-ストリングタングルと言う。交代タングルとは、交代正則表示を持つようなタングルである。この論文では、「交代タングル内の2本のストリングがいつ平行になるか。」という問題の解答を与えた。それは、「あるn-ストリングタングルが交代正則表示をもち、かつ、その中の2本のストリング、t1とt2が平行とする時、その正則表示と2本のストリングの位置を特徴付け出来る。」というものである。

 その系として、2本または3本のストリングの交代タングル2つにに分かれる3次元球面内の結び目の非自明デーン手術で出来る3次元多様体には、本質的層状構造(essential lamination)が存在することを示した。本質的層状構造は、1989年に、D.GabaiとU.Oertelによって導入された、3次元多様体を研究する際に非常に有用な構造である。彼らは、3次元多様体が本質的層状構造を持てば、それの普遍被覆はR3になることを示した。また、上の結果を用いて、上のような結び目が性質P(property P)を持つこととと、ケーブリング予想を満たすことを示した。結び目が性質Pを持つとは、「その任意のデーン手術で出来る3次元多様体の基本群は非自明である。」というものである。「全ての結び目が性質Pを持つだろう」というのが、性質P予想である。また、ケーブリング予想とは、「デーン手術によって可約3次元多様体が出来るとき、その結び目は、トーラス結び目かケーブル結び目だろう」というものである。

第二部

 Hyperbolicity and ∂-irreducibility of alternating tangles.

 この論文では、タングルが、最低限必要な条件を満たすような交代正則表示を持てば、素、双曲的そして境界既約になることを示した。また、2つのタングルのタングル和で出来ている様なタングルが交代正則表示を持つときの正則表示の形を決定した。その系として、その2つのタングルもやはり交代正則表示を持つことが示せた。

 タングルが素であるとは、本質的な球面でタングルとぶつからないか、2点でぶつかるものや、本質的な円板でタングルと1点でぶつかるものを持たないことである。また、タングルが双曲的であるとは、素であり、かつ、本質的なトーラスや、ある種の本質的なアニュラスを持たないことである。また、2つの素なタングルで出来る絡み目は素、そして、2つの双曲タングルで出来る絡み目は双曲的であることが知られているので、系として、正則表示を見れば、素および双曲的であることが分かる絡み目のクラスを得た。ここで、絡み目が素であるとは、分離不能、かつ、局所的に結び目を持たないことである。また、絡み目が双曲的とは、その補空間に、完備かつ有限体積な双曲構造を許容するものである。このクラスには、LickorishとThistlethwaiteによって導入された、準交代絡み目(semi-alternating link)も含まれる。

 タングルが境界既約とは、その外部の境界が圧縮不能のことである。また、境界既約性の系として、結び目がある条件を満たす2つの交代タングルに分かれれば、その任意の非自明デーン手術で得られる3次元多様体は、双曲的かつハーケンであることを示した。

第三部

 On tunnel number one alternating knots and links.

 絡み目がトンネル数1とは、両端を絡み目に持つような弧で、絡み目とその弧の和集合の正則近傍の外部が、種数2のハンドル体になっているものである。そのような弧を結び目解消トンネルという。トンネル数1の双曲的交代絡み目に関して、「そのある結び目解消トンネルは、交代正則表示のある交点のところにある。」という予想がある。また、これを満たす絡み目も大変多く知られている。この論文では、そのような絡み目の特徴付けをした。これにより、上の予想が示せれば、トンネル数1の双曲的交代絡み目の分類が終わることになる。結果は、「そのような絡み目は、2橋絡み目か、モンテシーニョス絡み目M((2,1),(1,1),(2,2))である。」というものである。

審査要旨

 提出者は本論文において、交代的射影図をもつタングルについて研究している。結び目は3次元球面S3内に埋め込まれたS1を、絡み目は同じくいくつかのS1を差す言葉であり、その位置の問題は古くからの重要な研究対象である。タングルとは、3次元球体にプロパーに埋め込まれた有限個のS1あるいは弧の和集合であり、結び目あるいは絡み目を二つに分解して研究するために考え出された概念である。

 さて結び目あるいは絡み目をどのように与えるかは、それ自体、問題の定式化として重要であるが、古くから一般的に用いられてきた方法は、2次元平面への射影図によってこれを表現するというものである。このとき、特殊な射影図をもつ結び目、絡み目の性質について、多くが研究されてきた。射影図の特徴として最も多く取り上げられるものに交代的射影図がある。交代的とは射影図の成分である曲線上を動くとき、交叉における上下の位置が交互に現れることを指す。交代的射影図をもつ結び目、絡み目をそれぞれ交代的結び目、交代的絡み目と呼ぶが、最近MenascoおよびMenasco-Thisleswaiteは、交代的絡み目の外部の曲面を解析する新たな手法を導入し、これまで懸案であった交代的絡み目に対するケーブル予想、Taitの予想を肯定的に解決した。本論文で提出者は、この手法を交代的タングルに適用し、タングルに関する結果を導くことによって、このようなタングルの和として与えられる多くの結び目あるいは絡み目について豊富な情報を得ている。

 論文は三つの部分から構成されている。第一部の結果は、交代的射影図をもつタングルが平行な弧を含む場合、その弧の位置を射影図の中で明示することができるというものである。証明は、交代的射影図を与える円板を空間内に埋め戻し、これと平行性から導かれる円板との位置関係を、交曲線が互いの円板上に描く図式を用いて解析することによって得られる。これより本質的に交代的な射影図をもつタングルが局所自明であること、かつ外部に本質的なトーラスを含まないことがわかる。さらに成分数が2あるいは3で、本質的に交代的な射影図をもつタングル二つの和として表される結び目について、その外部に本質的なラミネーションが存在することが得られる。これとGordonの結果を合わせれば、このような結び目がケーブル予想を満たすこと、性質Pをもつことが導かれる。これは先行するLickorish-Thisleswaiteの結果の一般化である。第二部は既約、連結、局所自明、分割不能な交代的射影図をもつタングルの研究である。まずこのようなタングルは、タングルとして分解不可能であり、かつ素であることを示している。これからこのようなタングル二つの和として表される絡み目が素である、すなわち局所自明かつ分解不能であることが導かれる。次にこのようなタングルの外部に本質的なトーラスが存在する場合、その射影図を決定している。これより、このようなタングルが、具体的に与えられた以外の射影図をもつ場合、双曲的であることがわかる。特に具体的な例外を除いて、このようなタングル二つの和として表される結び目は双曲的、すなわちその補空間が完備負曲率空間の構造をもつことが導かれる。これはやはりLickorish-Thisleswaiteの結果の一般化である。最後に二つのタングルの和で表されている規約で連結なタングルが、交代的射影図をもつならば、いくつかの自明な例外を除いて、この射影図自体がタングル分解を与えることを示し、また既約、連結、局所自明な交代的射影図をもつタングルが境界被約であれば、射影図自体が二つの交代的射影図の和となっていることも示している。後者は、結び目が適当な条件を満たす交代的タングルの和として表されるならば、その自明でないDehn手術は双曲的なHaken多様体を生ずることを導く。射影図の分解は、位相的なタングルの分解を射影図のレベルに置き換えることができるという結果であり、結び目あるいは絡み目の具体的研究に際して強力な手法たりうるものである。証明は、やはり交代的射影図を与える円板と、外部のトーラス、あるいはタングル和を与える円板との位置関係を、交曲線が互いの曲面上に描く図式を用いて解析し、トーラスおよび円板の位置を決定するというものである。第三部はトンネル数1の交代的絡み目に関する結果である。絡み目のトンネル数が1であるとは、この絡み目に対して一つのトンネル、すなわち絡み目上の一点ともう一点を結ぶ弧を選んで、その和集合の外部が種数2のハンドル体とできるときをいう。結果はトンネル数1の交代的絡み目に対して、そのトンネルを交代的射影図の交差点の近くに取ることができれば、もとの絡み目は2-橋結び目、絡み目あるいはMontesinos結び目、絡み目のいずれかに一致するというものである。

 以上、提出者は本論文で、交代的結び目、絡み目に対する研究を、交代的タングル、およびその和として表される結び目、絡み目に拡張することに成功している。具体的に与えられた結び目あるいは絡み目を研究するという立場から見た場合、この拡張は扱う対象を大きく広げる結果であり、単なる一般化に留まるものではない。さらに交代的射影図をもつタングルというカテゴリーの中での議論であるにせよ、空間図形を扱うアルゴリズムを示唆する内容を含んでおり、結び目、絡み目理論への内容的応用のみならず、そのアルゴリズム的取り扱いへの一つの数学的ステップを与えるという意味でも新しい知見を得たということができる。よって、論文提出者下川航也は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があるものと認める。

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