学位論文要旨



No 113740
著者(漢字) 山口,学
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,マナブ
標題(和) 対称群のねじれ群環と超リー代数のduality
標題(洋) A DUALITY OF TWISTED GROUP ALGEBRAS OF SYMMETRIC GROUPS AND LIE SUPERALGEBRAS
報告番号 113740
報告番号 甲13740
学位授与日 1998.03.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 博数理第106号
研究科 数理科学研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 寺田,至
 東京大学 教授 大島,利雄
 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 教授 小林,俊行
 東京大学 助教授 松本,久義
内容要旨 要旨

 k次対称群の通常表現の指標はべき和の積をkの分割で特徴付けされるSchurのS関数と呼ばれる対称関数の基底で展開したときの係数として現れ,指標表はこの変換公式によって完全に決定する.I.Schurはこれと似た方法で,対称群の射影表現の指標を完全に決定した([S],Thorem0.6を参照).このとき,射影表現の指標値は奇数次のべき和の積を,Q関数と呼ばれる対称関数の基底で展開することで得られる.通常表現の場合に用いられた方法の背後には,対称群と一般線形群GL(n)のdualityの関係(ある表現の上でお互いのcentralizerとして作用する関係)がある.実は,SchurのS関数は一般線形群の既約な多項式表現の指標を与える.このことから,対称群の射影表現の場合にも何らかのdualityの関係が存在することが期待される.そして,さらにはその相手として現れる結合代数の既約表現の指標がQ関数になっていることも推測される.このアプローチに近いものとして,A.N.Sergeevが,あるB型Weyl群のねじれ群環BkとLie superalgebra Q(n)の代数としてのdualityの関係をQ(n)の自然表現(n+n次元)のk-階のテンソル積の上に構成し,Q(n)の既約表現の指標がQ関数で表されることを示している([Se,Theorem3,Theorem4],Theorem2.2参照).この論文では,対称群のねじれ群環AkとLie superalgebara Q(n)のdualityを示した.それによって,Schurの結果がこの表現を用いて読み直される.このdualityはSergeevが得たBkとQ(n)のdualityを制限して得られる.この方法を用いるために,Bkの既約表現とAkの既約表現の関係を調べた.興味深い事実として,Akはさほど自明ではない代数射によってBkの中に埋め込まれる.さらに,この埋め込みによってBkがAkとk次のClifford代数Ckとの(代数としての)テンソル積と同型であることがしたがう.そして,Bkの既約表現はAkの既約表現とCkの既約表現のテンソル積として構成される.これにより,Bkの既約表現のAkへの制限が簡潔に記述できる(具体的には,Bkの既約表現はAkの表現として(の意味で)等質空間であり,その中の既約表現の重複度は2のべきである).これらの最終的な結果として,AkとQ(n)のdualityを与えるQ(n)自然表現のk-階テンソル積Wの部分空間を得た.

 ただし,ここで述べられたBkやAkやQ(n)の既約表現を与えるWの部分空間(の基底)を具体的に与えるという問題はまだ未解決である.そこで,この問題を(BkやAkについて)解く助けになると期待されるものとして,BkやAkのcharacteristic mapがある(Theorem5.1を参照).この写像は,表現の同型類で張られる結合代数から対称関数環への代数射であるが,BkやAkの既約表現の同型類は,charascteristic mapによって,Q関数(の定数倍)に移されるという事実がある.すなわち,このcharacteristic mapは同型射であり,その像によって表現の等質空間分解が一意に定まる.この性質を利用してある表現について(必ずしも既約ではない)具体的に表現空間を与えた.

審査要旨

 この論文は、対称群の射影表現とQ(n)と呼ばれるLie superalgebraの表現の間に存在するdualityを確立し、Schurが対称群の既約な射影表現の指標を決定した式の背後にこのdualityがあることを示したものである。

 対称群の通常の既約指標を、べき和対称関数といわゆるSchur関数という2種類の対称関数の間の変換関数として与えるFrobeniusの公式の背後には、Schur-Weyl dualityと呼ばれる一種のdual pairの存在がある。すなわち、GL(n,C)の自然表現であるCnのk階テンソル積空間113740f03.gifには一般線形群GL(n,C)と対称群が互いに他のcentralizerとして作用する。従ってTは直積群GL(n,C)×の表現空間としてmultiplicity freeに分解し、かつそれを通じてTに現れるGL(n,C)の既約表現との既約表現が1対1に対応する。Frobeniusの公式は、GL(n,C)×の元のTへの作用の指標値を、表現の分解に則して書き表した式と見ることができる。

 SchurはまたSchurのQ関数と呼ばれる対称関数を導入し、Frobeniusの公式と同様にして、べき和対称関数とSchurのQ関数との間の変換関数が対称群の既約射影表現の指標(正確には、対称群の表現群と呼ばれる対称群の中心拡大群の既約指標)を与えることを示した。この背後にも何らかのdual pairの存在が想像されるが、その正しい解釈は見つかっていなかった。

 これと関連の深い結果として、Sergeevは特殊な2n×2n行列のなすC上のsimple Lie superalgebra113740f04.gifがdegree0の部分、113740f05.gifがdegree1の部分)の自然表現113740f06.gifのk階のgraded tensor productに対し、Q(n)の作用のgraded algebraの意味でのcentralizerがBk型のWeyl群W(Bk)のねじれ群環の一つ(論文中ではBkと表記)に同型であることを示し、従ってがQ(n)とBkの両方の作用のもとでmultiplicity freeに分解すること、かつこれを通じてに現れるQ(n)の既約表現とBkの既約表現とが1対1に対応することを示して、に現れるQ(n)の既約表現のparametrizationを行った。またSchurの式に類似したべき和対称関数とSchur Q関数の間の変換式の係数をもってBk上の"類関数"を定めると、それがBkの既約指標になることを示し、それによりSchurのQ関数がQ(n)の既約表現の指標になることも示した。

 このBkのねじれ群環のgradedの意味での既約表現は、degree shiftを除くと、対称群のねじれ群環(対称群の、線形表現でない射影表現を表現に持つような環、論文ではAkと表記)のgradedな既約表現と同じくkの相異分割(成分がすべて異なる分割)によってparametrizeされる。このことやSergeevの用いた式とSchurの式との類似性は、Bkの既約表現とAkの既約表現の間に簡明な関係が存在することを示唆しているが、そのような簡明な関係は知られていなかった。

 これに対して論文提出者はまず、AkからBkへ埋め込みが存在することを発見して具体的に書き表し、かつBkがこの埋め込みの像とClifford algebra Ckとのgraded algebraの意味でのテンソル積に書けることを発見した。(はW(Bk)の部分群であるが、ねじれ群環Bkに付随するW(Bk)の2コサイクルはに制限するとtrivialになるものなので、Bkに自明に埋め込まれているのはの群環であってAkではない。)Ckはgraded algebraとしてはsimpleであるので、そのgradedな意味での既約表現は(degree shiftを除き)一つしか存在しない。これによりBkの既約表現はAkの既約表現とCkの唯一の既約表現とのgradedの意味でのテンソル積になるという単純明快な関係がわかり、その間に自然に1対1対応があることもわかった。またこのClifford algebraのdegree0のpartに113740f07.gif個の可換なinvolutionをとってその同時固有空間を考えることにより、Q(n)とAkがほぼ互いに他のgradedの意味におけるcentralizerとして作用するような空間を特定した。この空間はQ(n)とAkの両方の作用のもとでmultiplicity freeに分解し、それを通じてQ(n)の既約表現とAkの既約表現との1対1対応が実現されている。またSchurの式はまさに、この空間におけるQ(n)とAkの元の作用を同時に考えたときの指標値を表現の分解に則して書き表した式になっている。この意味でこれがまさにSchurの式の背後にある(super)dual pairであるといえる。

 論文提出者の得た以上のような美しい結果は、対称関数やLie環・量子群の表現などに関連した組合せ論の若手第一人者の一人であるLeclercなどにも注目され、この周辺の問題に長く関心を持ち研究を続けているJozefiakにも高く支持されている。今後Lie superalgebraの表現などに関する周辺の問題やアイディアと組合せることにより、さらに発展が期待される結果である。

 よって、論文提出者 山口 学 は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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