学位論文要旨



No 113749
著者(漢字) 猪野,和住
著者(英字)
著者(カナ) イノ,カズスミ
標題(和) 分数量子ホール系における非アーベル的統計性と複数端状態
標題(洋) Nonabelian Statistics and Multiple Edge States in Fractional Quantum Hall Systems
報告番号 113749
報告番号 甲13749
学位授与日 1998.04.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3460号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,恒也
 東京大学 教授 福山,秀敏
 東京大学 教授 吉岡,大二郎
 東京大学 助教授 勝本,信吾
 東京大学 助教授 永長,直人
内容要旨

 2次元の電子系において実現される分数量子ホール状態の低エネルギーにおける現象はチャーンサイモンズ理論と呼ばれる位相的場の理論によって説明されることが知られている.まずそれは空間の内部(バルク)において電子の波動関数を記述し、また系の境界(エッジ)においてカイラル朝永-ラッティンジャー流体と呼ばれる端状態を記述している。それらは個別に見た場合、位相的場の理論に対応する共形場理論と呼ばれる場の理論になる.理論的な問題点として、これまでの手法ではエッジとバルクの自由度を同時に取り扱うことが困難であるという問題があった。われわれはこの問題を解決するために、まずそれらの共形場理論に基づいてカイラル頂点作用素によって分数量子ホール状態を記述する方法を導入し発展させた。これによって分数量子ホール状態におけるエッジとバルクにおける全ての自由度を同時に扱うことが可能になった。この手法を用いて一般の多重連結領域におけるエッジ状態とバルク状態との関係を明らかにし、エッジ状態のヒルベルト空間を決定した。また上で導入したカイラル頂点作用素のなす幾つかの空間とその上の演算子を導入することで、種々の分数量子ホール状態のエッジ状態の励起に対する分配関数の統一的な導出を行なった。

 またそれらの分配関数にはモジュラー関数が現れるが,われわれはそれらのモジュラー的性質を調べ,アーベル的な場合に明らかになっていたエッジの分配関数のバルクの位相的秩序との関連をより一般の非アーベル的な場合に拡張し示した。

 また分配関数の応用として電子のペアの凝縮が起きている分数量子ホール状態である331状態,ホールデンレザーイ状態,パッフィアン状態に対してアハラノフーボーム効果によって現れる永久電流の厳密な公式を導出し,その性質を検討した。低温では永久電流はカイラルラッティンジャー流体とは異なる異常な振舞いを示し(図参照)、端状態においては絶対零度においてのみ凝縮が起きていることが判明した.これは1次元系において対称性の自発的破れが起きないことによる.この現象は2次元系における超伝導と1次元系における超伝導の関係を与えており興味深い。また永久電流の大きさはカイラル朝永-ラッティンジャー流体に比べて減少しており、温度依存性は各状態によって異なることがわかった、このことから電子のペアリングが起きている分数量子ホール状態は通常の量子ホール状態より粘性が高いことがわかった。これらの結果から、われわれは永久電流の観測を位相的秩序の実験的観測方法として提案した。

図表

 また最近これらの一般化された分数量子ホール系の擬粒子の統計性や端状態が問題となっているが、われわれは上で導入したカイラル頂点作用素の手法を用いて擬粒子の統計性を研究した。まず一般化された分数量子ホール状態において擬粒子の束縛状態全体のなす演算子代数の性質を検討し擬粒子の統計性が演算子代数と局所性の条件からのみ決まっていることを示した。この性質から一般の非アーベル的な位相的秩序がそのようなタイプの演算子代数によって特徴づけることができることがわかった。また同様の手法によって一般の場合にn個の擬粒子に対する統計性の拡張としてSO(n)群の表現の一般的な定式を与え,それのもとでの擬粒子の特徴的な性質を示した。

審査要旨

 強磁場下の二次元電子系で実現される分数量子ホール状態は,励起スペクトルにギャップをもつ新しい非圧縮性量子液体である.この学位論文では,複数の端状態を含んだ分数量子ホール系の分配関数を与えるように場の理論的な方法を改良し,それを用いて永久電流の理論的計算を行った.

 ランダウ準位の充填率が=1/m(mは奇数)の基底状態は,通常Laughlinの波動関数で記述される.そこで励起された準粒子はe/mの分数電荷をもち,分数統計に従う.分数量子ホール状態は=1/m以外にも種々の分数充填率で起こるが,これは階層構造のようになっている.さらに,電子のスピンの効果を考えると単純なLaughlin型の状態とは異なり電子が超伝導のように対を作っているような状態も理論的に可能性が示されている.また二つの2次元電子系が空間的に離れて平行に位置する二層量子ホール系でも新しい型の分数量子ホール状態が実現すると考えられている.

 通常の二次元系は必ずある有限の領域に閉じこめられている.この境界付近には端に局在した端状態が存在するが,この端状態は種々の物理量に重要な役割を果たす.分数量子ホール系の端状態は,カイラル朝永-Luttinger流体であると考えられおり,非常に興味深いテーマである.

 分数量子ホール状態は,電子に磁束量子を張り付けた複合粒子が凝縮したととらえることができる.例えば,電子に偶数個の磁束を張り付けた複合フェルミ粒子が,有効磁場下(外部磁場から張り付けた磁束の分を除いもの)のランダウ準位を完全に占有すると考えて,分数量子ホール効果を複合フェルミ粒子の整数量子ホール効果と見なすことができる(複合フェルミ粒子の描像).一方,奇数個の磁束を張り付け,電子の統計性をフェルミ粒子からボーズ粒子へと変換し,複合ボーズ粒子がゼロ磁場で凝縮したと考えることもできる(複合ボーズ粒子の描像).そのような状態を場の理論的に取り扱う理論がChern-Simonsゲージ理論である.

 このChern-Simons理論は二次元系内部(バルク)では分数量子ホール状態の波動関数を記述し,二次元系の境界(端)では端状態を記述することができる.そこでの低エネルギー励起は共形場理論で記述されるが,その際,バルクと端の自由度は独立に別の共形場理論で扱われてきた.この論文ではバルクと端を同時に扱えるようにカイラル頂点作用素によって分数量子ホール状態を記述する方法を導入し,一般の多重連結領域のバルク状態と端状態の間の関係を決定するとともに,任意個の境界をもつ分数量子ホール状態の分配関数を与えた.この分配関数を数値計算することにより永久電流を求めた.

 この論文は6章よりなる.第1章では,分数量子ホール状態についてのこれまでの研究,特に場の理論を用いた研究の発展についてまとめるとともに,この論文の目的と構成について述べている.第2章では,分数量子ホール状態と共形場理論についてこれまで知られている事柄をまとめている.第3章ではLaughlinの波動関数で記述される通常の分数量子ホール状態とその高階層状態(そこでの準粒子は可換なアーベル型の統計性を示す)をカイラル頂点作用素を用いて記述する方法を導入し,複数の端のある系での端状態とバルク状態を議論している(図1参照).第4章では,この方法を非可換な非アーベル型統計性をもつエキゾチックな量子ホール状態へと拡張した.二層量子ホール系や異なるスピンの電子が混在する系などで実現すると示唆されているPfaffian状態,スピン・ホロン状態,Haldane-Rezayi状態などがこれに対応する.

図1 端をもつ分数量子ホール系と対応する共形場理論のリーマン面とカイラル頂点作用素

 第5章がこの論文の最も重要な内容と考えられる.そこでは,得られた分配関数を用いて端を流れる永久電流の表式をもとめ,それを用いて永久電流と系を貫く磁束の間の関係を計算した.その結果,エキゾチックな量子ホール状態は内部自由度の存在を反映して永久電流に特徴的な温度変化が現れることを示した.すなわち,このエキゾチックな量子ホール状態では,超伝導のように2電子が対を作っているように凝縮している.ところが端状態は一次元系のために絶対ゼロ度以外ではこのような状態は存在することができない.それを反映して,絶対ゼロ度でのみ磁束量子の半分の周期で永久電流が振動し,それ以外では磁束量子の周期で振動する.このため永久電流には特徴的な温度変化が生じるのである.第6章では,バルク状態での準粒子の統計性についてカイラル頂点作用素を用いて議論している.

 なお,分数量子ホール状態を共形場理論で記述することに関してはこれまでに多くの研究があり,またカイラル頂点作用素を用いた記述の可能性についてもすでにいくつか示唆されていた.また,エキゾチックな場合も含めいろいろな種類の分数量子ホール状態の分配関数もほとんど別の方法を使っても得ることができる.しかし,カイラル頂点作用素により一般的な分数量子ホール状態を統一的に取り扱うような理論を実際に作った意義は大きい.特に,具体的に分配関数から永久電流を計算し,エキゾチックな分数量子ホール状態が,実験で観測可能な物理量に新しい現象となって現れることを示した意義は非常に大きい.このように,本論文は博士(理学)の学位論文としてふさわしい内容をもつものとして,審査員全員が合格と判定した.

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