学位論文要旨



No 113750
著者(漢字) 松井,洋
著者(英字)
著者(カナ) マツイ,ヒロシ
標題(和) 外部磁気圏における低エネルギープラズマ密度の増大に関する研究
標題(洋) Study on Density Enhancements of Low-Energy Plasmas in the Outer Magnetosphere
報告番号 113750
報告番号 甲13750
学位授与日 1998.04.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3461号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 向井,利典
 東京大学 教授 飯島,健
 東京大学 教授 山本,達人
 東京大学 助教授 林,幹治
 東京大学 助教授 中村,正人
内容要旨

 外部磁気圏において低エネルギープラズマは相当量観測される場合がある。過去の観測的及び理論的な仕事の結果を参照すると、この低エネルギープラズマ密度の増大現象はプラズマ圏粒子がサブストームないしは地磁気活動度の大きいときに流出する結果発生すると考えて議論されることが多かった。そのような描像はプラズマ圏テールないしはデタッチトプラズマ圏として報告されている。一方、地磁気活動度が大変小さい場合、プラズマ圏バルジの拡張構造を観測している可能性がある。また量は多くはないが、電離層から低エネルギー粒子が直接供給されていることも知られている。以上の低エネルギープラズマ密度の増大現象の研究は磁気圏の構造とダイナミクス、及び磁気圏プラズマの起源といった観点から重要である。この論文では密度の増大現象についての新しい側面、すなわち外部磁気圏で現象が予想外に高い頻度で存在することなどをGEOTAIL衛星のデータを利用して報告する。密度増大の概況の細かな推定のために、ロスアラモス国立研究所の静止衛星によって取得されたデータのGEOTAIL衛星のデータとの比較も行なった。それに加えて、密度増大に伴って観測されかつ従来報告例のないULF波動現象についても報告する。

 低エネルギープラズマ密度の増大現象の頻度とその地磁気活動度との関連については、1994年11月から1996年3月の間GEOTAIL衛星により取得されたプラズマ密度データを用いて統計的に調べた。密度増大現象は14-15磁気地方時をピークとする午後側で頻繁に観測された。頻度は予想外に高く2cm-3以上の場合で83%、5cm-3以上の場合で52%であった。この結果現象は準安定的に存在することがわかった。その他、現象が地磁気活動度の静穏な時にも適度な時と同様観測される点にも注目すべきである。以上の新しい発見の一因としては外部磁気圏におけるGEOTAIL衛星の軌道が、従来の動径方向の衛星軌道と異なり、方位角方向である点が挙げられる。

 GEOTAIL衛星及び静止衛星の密度データを比較したところ、両者の磁気地方時差が3時間以内の場合、常に対応関係が見られた。このことから我々のデータではデタッチトプラズマ圏が観測されていないことが示された。更にGEOTAIL衛星で観測されるドリフト速度を調べたところ地磁気活動度が静穏な場合の一部を除き西向きであった。つまり衛星は共回転領域の外側にしばしば位量していたことになる(図中のGEOTAIL衛星の軌道のうち外側の方を参照)。現象の観測される磁気地方時については、GEOTAIL衛星での位置と静止衛星での位置とを比較すると前者の方がより早い傾向が見られた。外部磁気圏の密度増大現象のうち以上述べた状況は図に示した通りのプラズマ圏テールに相当すると推測できる。一方、低エネルギープラズマの一部は電離層から直接供給されている点にも注意すべきである。また地磁気活動度が大変小さい場合、観測データからドリフト速度が西向きか東向きか決定できない。その場合、プラズマ圏バルジがGEOTAIL衛星軌道すなわち10倍地球半径程度まで延長していた可能性がある(図中のGEOTAIL衛星の軌道のうち内側の方を参照)。

 以上に述べた観測結果よりプラズマ圏テールは高い頻度で存在している可能性がある。コンベクションモデルを利用することにより2通りの機構について検討した。1番目の機構は従来提唱されてきた機構と類似している。類似点としては、クロステール電位差が増大する場合にプラズマ圏テールが生成されうると説明している点が挙げられる。しかし、以下に述べる通り従来調べられているサブストームなどの期間だけでなく地磁気活動度の小さい期間にも、プラズマ圏テールは生成される可能性がある。電場モデルが与えられた場合、よどみ点の位置はクロステール電位差の関数として見積もられる。その概形を調べたところ、クロステール電位差が小さい時、すなわち地磁気活動度が小さい時にもよどみ点の位置は変動しやすいという結果が出た。プラズマ圏粒子は共回転領域から外部磁気圏へクロステール電位差のわずかな上昇で流出することができ、結局プラズマ圏テールが生成しうる。2番目の機構では空間的及び時間的に継続する変動の下での粒子の運動を考える。よどみ点に近い粒子は、ある時には共回転域外にあり、また別の時には共回転領域内に存在する。もし各粒子の運動がカオス的振舞いを示すのなら、プラズマ圏粒子は共回転領域外へ連続的に流出する可能性がある。

 次に電離層から直接供給される低エネルギープラズマの量を見積もった。そのために、昼間側領域で様々な等ポテンシャル線に沿ったE×Bドリフト時間を計算した。その結果、以前の研究と比べて1.5倍程度長いドリフト時間を持つ軌道を見い出した。密度増大現象が準定常的に存在することの一因としては、以上のプラズマ圏粒子の流出に加えて、このような長めのドリフト時間を持った軌道の存在も挙げられよう。

 外部磁気圏中のPc1周波数帯のULF波動は帯域の狭いものが従来報告されている。それに対して、我々は密度増大とよい相関を持ったPc1帯広帯域シアー波動を発見した。波動の性質について以下の3点が挙げられる。1.位相速度はアルフベン速度に近い。2.横波成分のみが観測される。3.振幅は常に変動しており、その結果フーリエ変換すると広帯域に見える。これらの3つの性質に加え、電子のベータ値、及び波動のスケール長さなどを考慮すると、この波動は孤立的運動論的アルフベン波である可能性がある。粒子との関係を更に調べたところ、波動現象は水平方向の温度が卓越した電子分布を伴った場合に観測されることが明らかとなった。このことから、波動粒子相互作用としては電子ランダウ型共鳴、バウンス共鳴の2種類が考えられ、そのうちバウンス共鳴の方がより妥当であると考えられる。

図1: 本研究で推定した低エネルギープラズマ密度の増大領域の描像
審査要旨

 本論文は、科学衛星で得られた観測データの解析結果に基づいて、地球の外部磁気圏における低エネルギープラズマの構造とダイナミックスおよびその領域に特徴的な超低周波の波動現象に関する研究をまとめたものである。本論文は要旨と結論のほか3章より構成されている。第1章は本研究の背景・意義をまとめたものであり、第2章が本論文の中心である低エネルギープラズマの構造とダイナミックスに関する研究成果を述べたものである。第3章は、その低エネルギープラズマの出現領域に派生する超低周波数の新たな波動現象を発見し、その詳細な解析から生成機構を示唆したものである。

 従来、昼間側外部磁気圏には電離層に起源をもつと考えられる低エネルギープラズマが存在することは過去の衛星観測の結果から知られているが、低エネルギープラズマの密度増大が見られるのは地磁気擾乱時または極めて静穏なときに限られると報告されていた。その形成機構としては、前者は磁気圏嵐の発生などに伴う対流電場の急増によってプラズマ圏のプラズマが流れ出してきたもの、後者は地球の自転と共回転するプラズマ圏バルジの膨張によるものと考えられていた。しかし、本研究によって明らかにされた結論の一つは、低エネルギープラズマの増大領域が地方時の14-15時を中心として準定常的に(地磁気活動の大きさに依存しないで)存在し、しかもその対流速度の方向は共回転とは逆向きであるということで、これまでのモデルの再考を促すものである。第2章では、その結論に至るデータ解析結果を示し、更に、磁気圏電場モデルを用いて理論的検討を加えている。使用したデータは主として日本の科学衛星GEOTAILの観測結果である。ここで、観測データから低エネルギー成分の密度を算定するために、プラズマ波動観測装置のデータ(プラズマ周波数)から得られる電子密度とプラズマ観測データの速度モーメントで得られる密度の差から求める方法を用いているが、これはGEOTAIL衛星に搭載された観測装置の制約を乗り越えたユニークなものである。まず、低エネルギープラズマの増大現象の幾つかのイベントについて密度構造と運動ベクトルの特徴を詳細に調べると共に、発生領域の地方時依存性や地磁気活動依存性を統計的に調べた。また、幾つかの例について、米国ロスアラモス研究所の静止軌道衛星の同時観測データとの対比も行い、その結果が上記の結論を得る重要な決め手になっている。第2章の後半は、観測結果に対する理論的検討である。磁気圏電場モデルを用いて、密度増大レベルを電離層からの直接供給で解釈できるものとプラズマ圏赤道域からのプラズマ流出を必要とするレベルに分けて議論し、地磁気静穏時においてもプラズマ圏からの準定常的プラズマ流出がありうると結論している。このことは従来のモデルでは説明できないことであるが、著者は対流電場のわずかな時間・空間変化によって解釈できることを提案している。第3章では、上記の粒子密度の増大が観測される際に発見された超低周波数のプラズマ波動(1Hz以下の広帯域シアー波動)の特性と生成機構について検討している。まず、この波動の典型的な周期が約10秒で、振幅は各周期毎に大きく変動するため、フーリエ変換により帯域の広い成分が観測されることを明らかにした。さらに、波動の屈折率を調べ、位相速度がアルフベン速度に近いことを見出し、電子のベータ値、特徴的な波動のスケール長などを考慮して、観測した波動は運動論的アルフベン波であると推定した。また、ポインティングフラックスすなわちエネルギーの流れは磁気赤道面から電離層へ向かうことを明らかにした。次に、粒子との関係について調べ、低エネルギープラズマの密度増大に加えて磁力線方向の温度が垂直成分の温度よりも大きい電子分布が観測された時にのみ現象が起こっていることを発見した。これらの結果から、この特徴的な波動の生成機構として、電子とのランダウ型の共鳴、あるいはバウンス共鳴の2つの可能性を示唆している。

 上記のように、本論文は地球磁気圏、特に昼間側の外部磁気圏における低エネルギープラズマの構造とダイナミックス、およびその関与する超低周波のプラズマ波動現象に関して、従来にない新しい知見をもたらし、この分野に新しい展望を拓くことに成功した。本論文の内容はデータ提供者としてのGEOTAIL衛星の観測担当者や林幹治氏等との共同研究によるものであり、彼らを共著者とする論文を専門誌に投稿準備中であるが、その結果の解析と考察については本博士論文提出者自身がほとんど独力で行ったものであり、その貢献は顕著であると判断される。

 以上により、本論文提出者は地球磁気圏物理学の進展に顕著な貢献を為しており、提出論文は博士(理学)の学位請求論文として合格と認める。

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