学位論文要旨



No 113756
著者(漢字) 李,洪勲
著者(英字)
著者(カナ) リ,ホンクン
標題(和) 化学薬品の爆発処理に関する研究
標題(洋)
報告番号 113756
報告番号 甲13756
学位授与日 1998.04.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4208号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田村,昌三
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 助教授 新井,充
 東京大学 助教授 鶴田,俊
 東京大学 助教授 茂木,源人
内容要旨

 大学等の教育・研究機関の実験室において,長年にわたって蓄積されてきた内容不明の化学薬品の処理に関する問題は,30年ほど前から指摘されているものの,未だ抜本的な解決がなされないままに推移してきている。不明薬品は廃棄物としての排出が極めて難しいため,現状では処理されないまま放置されることが多く,管理上大きな問題となっている,それに加えて,不明薬品が持つ発火・爆発性や有害性等の潜在危険性は,これらの問題を更に深刻なものにしている。不明薬品を処理するためには,まず,分析によりその物質を同定する必要があるが,不明薬品の中には,発火・爆発性や有害性を有する物もあるため,手作業で薬品瓶の蓋を開ける際など,分析を行う過程で事故を起こす可能性が考えられる。また,様々な不明薬品を同定するためには,分析方法の多様性および複雑性から,多額の経費が必要となるばかりではなく,種々の分析を試みても,同定困難のため処理不能となる不明薬品の存在も考えられる。これらのことから,不明薬品の分析は必ずしも容易でないと言える。このため,分析過程および無害化処理過程での発火・爆発性や有害性などの危険性が少なく,かつ,より経済的な不明薬品の処理システムが望まれている。

 本論文では,研究室等に蓄積されてきた不明薬品の実態調査,分析および処理方法について提案するとともに,不明薬品の同定を行うことなく,爆薬の爆発反応を利用して,不明薬品を直接分解することによる処理方法について検討し,爆発処理の適応可能性を調べる上で基本となる,標準的な爆発処理実験法を確立しようとした。

 この研究の目的を達成するための研究方針は,以下の通りである。まず,不明薬品の蓄積に関する問題を解決するため,不明薬品の実態調査,分析および処理方法について検討し,提案を行い,次いで,化学薬品の爆発処理に関する知見を得るため,爆発実験装置,爆薬,起爆方法,生成物の分析方法,モデル物質の爆発による分解性の評価法などについて検討し,爆発処理実験上の問題点を明らかにすると同時に,それを解決し,さらに,これらの検討結果に基づき,爆発処理の適用可能性を検討するための基本となる標準的な爆発処理実験法を確立し,提案する。

 以下に,本論文の概要を述べる。

 第1章は,序論として,本研究の背景と目的について述べるとともに,既往の研究について紹介し,本論文の研究方針と構成を述べた。

 第2章は,大学などの教育機関における不明薬品の蓄積の問題を解決するための一助として,東京大学工学部における不明薬品の実態調査,分析および処理の実施を契機に,不明薬品の蓄積状況と,分析および処理の問題点について考察し,不明薬品の実態調査,分析および処理方法に関する再検討を試みた。その結果,不明薬品の取り扱い過程での発火・爆発危険性を確実に把握するために,不明薬品の分析を行う前段階としての簡便な発火・爆発危険性の評価法を提案した。次いで,不明薬品の分析を効率よく行うために,新たな不明薬品の分析フローチャートを提案した。また,不明薬品の実態調査方法,不明薬品の処理法を明確に示した。ここでの新たな提案は,他の大学などの教育機関における同様の問題を解決するのに,十分参考になるものと考えている。

 一方,東京大学工学部の8割の学科に不明薬品が存在したこと,不明薬品の安全性評価および分析には多大の労力,経費が要すること,および同定困難なため処理不能となる不明薬品が存在することから,不明薬品に対するより安全,かつ経済的な処理システムの開発の必要性も同時に確認された。

 第3章は,比較的大型の爆発容器内において,通常の爆薬を用い,爆発性含有化学薬品をモデル物質とし,これらの爆発危険性を爆発処理により低減させる方法について検討するとともに,爆発処理により発生する可能性のある有害性気体成分について検討した。その結果,4種類の爆発性含有モデル物質をガラス瓶入りの状態で爆薬により爆発処理した固体残留物からは,元のモデル物質および爆発性原子団は検出されず,モデル物質が有していた爆発性は大幅に低減されることが確認された。爆発処理後の気体生成物としては,有害性を有する物質として一酸化炭素,水素,ベンゼン,トルエン,シアン化水素,窒素酸化物(NOx)が確認された。これらの発生は系内の酸素量の調整によりある程度コントロールが可能なものもあるが,全ての成分を同時に低減することは難しく,実用化にあたっては二次処理による除去の検討も必要であると考えられる。

 第4章は,小規模の爆発容器内において,少量でも完爆可能な起爆薬を用い,分解されにくいことが知られているナフタレンをモデル物質とし,爆発処理における化学薬品の分解性の定量評価を試みた。その結果,爆発処理の際に,系内の酸素が爆発反応の進行に大きく関与すること,酸素非存在下においても爆発により酸素が関与しないナフタレンの分解反応がある程度までは進行することがわかった。また,爆発処理実験の際に,実験操作上大きな問題となる残留物の全量回収を行うことなく分解率を評価することの可能性について検討した。その結果,ナフタレン/アジ化銀の重量比が1.0以下で,少なくとも約10mol.%以上の酸素過剰率の条件下で,ナフタレンの爆発反応生成物のほとんどが気体となり,分解率は生成ガスの炭素含有成分の定量分析により推算可能であることを示した。

 第5章は,化学薬品の爆発処理の適応可能性を調べる上で基本となる,標準的な爆発処理実験法について検討した。まず,第3章と第4章から得られた知見に基づき,爆発容器の規模,サンプル形態を決定した。次に,爆速測定実験を行い,爆薬量と爆ごう伝ぱ状態との関係を調べることにより,爆ごう伝ぱが完全に起こる爆薬量に関する知見を得た。さらに,爆発処理における,化学薬品の分解性の定量的評価法について検討した。その結果,爆発処理において,爆発反応の進行に有利な条件である酸素過剰率が63mol.%程度以上の場合には,有機化学薬品の爆発による分解性を評価するための標準的な方法として,ガス化率による評価が有効であることがわかった。また,爆薬量,雰囲気,モデル物質と爆薬の接触形態がモデル物質の爆発による分解性に及ぼす影響を考察し,標準的な爆薬量,雰囲気,モデル物質と爆薬の接触形態を定めた。これらの結果に基づき,標準的な爆発処理実験法を提案した。

 以上を要するに,本論文では,不明薬品の実態調査,分析および処理方法に関する提案,および化学薬品の爆発処理における標準的な爆発処理実験法に関する提案を行った

審査要旨

 本論文は,「化学薬品の爆発処理に関する研究」と題し,研究室等に蓄積されてきた不明薬品等化学薬品を対象とし,その同定を行うことなく,爆薬の爆発反応を利用して分解処理する方法を確立することを目的として行った研究結果をまとめたもので,6章から成る。

 第1章は,序論であり,本研究の背景と目的について述べるとともに,既往の研究について紹介し,本論文の研究方針と構成を明らかにしている。

 第2章は,筆者が参加して行った東京大学工学部における不明薬品の調査,分析および処理の結果をまとめている。ここでは,不明薬品の分析は,東京大学環境安全研究センターで処理可能となる段階までにとどめたにもかかわらず,多種類の分析機器を必要とする複雑な分析手順のため,分析が極めて困難であること,それにもかかわらず,同定あるいは分類できない薬品類が多数残存するという問題があることを述べている。また,不明薬品を扱う場合には,その発火・爆発の潜在危険性が無視できないことから,分析に先立って,発火・爆発危険性評価が必要であることを指摘し,新たな発火・爆発危険性簡易評価システムをフローチャートとして提案するとともに,処理過程で問題となる重金属を含む薬品類については,あらかじめその存在を明らかにするため,重金属の分析の必要性を指摘し,重金属分析を含む新たな分析フローチャートを提案している。そして,論文提出者が示した手法および新たな提案は、不明薬品を保有している他の教育・研究機関が同様の作業を行う際に参考になると述べている。さらに,不明薬品の管理および処理に関しては,(1)不明薬品を生じさせないための薬品管理および教育システムの確立,(2)不明薬品の安全性評価手法の確立,(3)簡便,合理的,かつ,経済的な不明薬品分析システムの確立,(4)安全,かつ,経済的な不明薬品に対する処理システムの開発が必要であることを指摘している。

 第3章は,爆発性含有化学薬品の爆発処理の可能性を比較的大型の爆発容器内において通常の爆薬を用いて行い,その爆発危険性の低減の可能性を検討した結果をまとめている。4種類の典型的な爆発性含有モデル物質をガラス製容器に入った状態で爆薬により爆発処理した固体残留物からは,元のモデル物質および爆発性原子団は検出されず,この方法がモデル物質が有していた爆発性を大幅に低減できることを明らかにしている。また,爆発処理により有害性を有する物質として,一酸化炭素,水素,ベンゼン,トルエン,シアン化水素,窒素酸化物(NOx)等が確認されること,これらの発生は系内の酸素量の調整によりある程度制御が可能なものもあるが,全ての成分を同時に低減することは困難であり,実用化にあたっては二次処理による有害性ガス除去の検討が必要であることを述べている。

 第4章は,爆発処理における化学薬品の分解性の定量評価のため,小型爆発容器内において,少量でも完爆可能な起爆薬を用い,モデル物質の爆発分解について検討している。その結果,爆発処理の際に,系内の酸素が爆発反応の進行に大きく関与するが,酸素非存在下においても爆発によりモデル物質の分解反応がある程度までは進行することを見出している。また,爆発処理実験の際に,実験操作上困難な残留物の全量回収を行うことなく分解率を評価することの可能性を検討した結果,決められたモデル物質/起爆薬の重量比および酸素過剰率の条件下では,モデル物質の爆発反応生成物はほとんど気体となり,分解率は生成ガスの炭素含有成分の定量分析により推算可能であることを示している。

 第5章は,化学薬品の爆発処理の適応可能性を調べる上で基本となる,標準的な爆発処理実験法について検討した結果をまとめている。第3章および第4章から得られた知見に基づき,爆発容器の規模,サンプル形態を決定するとともに,爆速測定実験において爆薬量と爆ごう伝ぱ状態との関係を調べることにより,爆ごう伝ぱが完全に起こる爆薬量に関する知見を得ている。また,爆発処理における,有機化学薬品の分解性の定量的評価法について検討した結果,爆発処理において,爆発反応の進行に有利な酸素過剰率の条件下では,有機化学薬品の爆発による分解性を評価するための標準的な方法として,ガス化率による評価が有効であることを示している。また,爆薬量,雰囲気,モデル物質と爆薬の接触形態がモデル物質の爆発による分解性に及ぼす影響を考察し,化学薬品の爆発分解を評価するための,標準的な爆発処理実験法を提案している。

 第6章は,総括であり,本論文により得られた成果をまとめている。

 以上要するに,本論文は,不明薬品等化学薬品を対象とし,その同定を行うことなく,爆薬の爆発反応を利用して分解処理する方法の有効性を示すとともに,化学薬品の爆発分解処理の適応可能性を検討する際の,標準的な実験法および評価法を確立したもので,環境安全化学および化学システム工学の発展に寄与するところが少なくない。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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