本研究はポリオウイルス(PV)のIRES依存的な翻訳開始機構に関与する宿主細胞因子の同定を目的として、PV IRESへの結合性より宿主細胞因子の検索を行い、下記の結果を得ている。 1.HeLa S10画分をカラムクロマトグラフィーの手法を用いて分画し、それに対してPV IRESとEMCV IRESおよびそのマイナス鎖のRNAをプローブとして用い、UVクロスリンク法による解析を行ったところ、PV IRESに対して結合性が高いと思われる38KDaの未知の蛋白質(P38)が検出された。このP38をDEAE Sepharoseおよびハイドロキシアパタイトカラムを用いて部分精製を行った。 2.PV SL IVがPVのIRES依存的な翻訳を部分的に阻害する活性を持つこと、またPV SL IVによってP38と同じ分子量を示す38kDaの未知の蛋白質が、PV IRESに対する結合を阻害されるという報告から、部分精製されたP38が含まれるフラクションに対しPV SL IV RNAを用いた競合阻害実験を行った。その結果、P38はPV SL IV RNAによってPV IRESへの結合が阻害されることが示された。 3.PCBP-2はP38とほぼ同じ分子量を示す分子量38,580の蛋白質であり、PV SL IV RNAを用いたアフィニティクロマトグラフィーによってHeLa細胞より精製される蛋白質として報告された。そこでPCBP-2とその類縁蛋白質であるPCBP-1(分子量37,525)のcDNAを回収し、酵母細胞および大腸菌での発現を行った。酵母細胞で発現させたPCBP-1,-2はPV IRESに対して高い結合性を示し、PCBP-1,-2共にPV SL IV RNAによってPV IRESへの結合が阻害された。また大腸菌で発現させたPCBP-1,-2はPV IRESに対して高い結合性を示し、PCBP-1,-2はP38と同じ結合特異性を持つことが示された。 3.部分精製されたP38が含まれるフラクションに対してウエスタンブロッティング法による解析を行ったところP38が含まれるフラクション中にはPCBP-1,-2が含まれていることが明らかとなった。ノーザンブロッティング法を用いたこれまでの報告では、HeLa細胞中にはPCBP-1は殆ど含まれていないとされていたが、ウエスタンブロッティング法による解析により、HeLa S10 in vitro翻訳系中にはPCBP-1もPCBP-2とほぼ同量含まれていることが認められた。 4.PV IRESの欠失変異体を用いたUVクロスリンク法による解析によりPCBP-1,-2のPV IRES上の結合位置は共にPV SL IV上の塩基番号339-456の間にあると推測された。PCBP-1,-2はRNA結合蛋白質のモチーフ配列として3つのKHドメインを持つことが報告されている。PCBP-1,-2の欠失変異体を用いたUVクロスリンク法による解析ではPCBP-1は3つのKHドメインを含む領域全てがPV IRES結合に関与していると推測された。それに対し、PCBP-2はそのN末端側の2つのKHドメインを含む領域がPV IRES結合に関与していると推測された。 5.PCBP-1,-2は核内に局在が認められる蛋白質であるが、PV感染によりPVの蛋白質合成の場である細胞質への移行が観察された。このことは、本来核内蛋白質であるPCBP-1,-2がPV IRESの機能発現に関与している可能性と矛盾しないと考えられた。 以上、本論文ではPCBP-2に加えてPCBP-1もまたPV IRES結合性蛋白質であり、これらが共にPV IRES依存的な翻訳開始機構に関与している可能性と矛盾が生じないことを明らかにした。またPCBP-1,-2比較してそのPV IRES上およびペプチド上の結合部位を明らかにした。本研究はPVの複製に関与する宿主細胞因子の解明に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。 |