学位論文要旨



No 113759
著者(漢字) 岩井,淳
著者(英字)
著者(カナ) イワイ,アツシ
標題(和) ポリオウイルスRNAの5’非翻訳領域への結合蛋白質PCBP-1および-2の同定と結合反応の解析
標題(洋)
報告番号 113759
報告番号 甲13759
学位授与日 1998.04.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1357号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永井,美之
 東京大学 教授 笹川,千尋
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 塩田,達雄
 東京大学 助教授 菅野,純夫
内容要旨

 ポリオウイルス(PV)の蛋白質合成は、そのRNA5’-非翻訳領域に存在するIRES(internal ribosomal entry site)に依存した機構により開始される。その機能はIRESの構造とそれに特異的に結合する宿主細胞蛋白質により制御されると考えられている。EMCV(II型)とPV(I型)のIRES依存的な蛋白質合成開始をin vitroの蛋白質合成系で比較を行うと、HeLaS10を用いた翻訳系では両IRES共に良く機能するのに対し、ウサギ網状赤血球粗抽出液(RRL)を用いた翻訳系では、PVのIRESはうまく機能しない。またRRLを用いたin vitro翻訳系にHeLa細胞のRSW(ribosoml salt wash)画分を加えることにより、PVのIRES依存的な翻訳開始が促進される。EMCVにおいてはこのような翻訳開始促進は観察されていない。このことからPVとEMCVのIRESでは要求する宿主細胞因子が異なるのではないかと考えられる。この観点からPV IRESとEMCV IRES間で結合性が異なる宿主細胞因子の検索を行った。

 HeLa細胞S10画分を各種担体を用いたカラムクロマトグラフィーの手法により分画した。各フラクションについてPV IRESとEMCV IRES及びコントロールとして各IRESのマイナス鎖ををプローブとして用いて、UVクロスリンク法によりIRES結合蛋白質の検出を行った。各プローブ間のシグナル強度の比較を行ったところ、PV IRESに対して結合性が高いと思われる38kDaの未知の蛋白質(P38)が検出された。HeLaS100画分よりDEAE-Sepharose FF、CHT-II(Ceramic Hydroxyapatite Type-II)カラムを用いてP38の部分精製を行った。

 PCBP(poly(rC)binding protein)-2はEllie EhrenfeldらによりHeLa細胞よりPV IRES領域内のstem-loop(SL)IV構造を用いたアフィニティクロマトグラフィーによって精製される蛋白質として報告された。部分精製されたP38蛋白質はPCBP-2と非常に分子量的に似通っていたため、PCBP-2及びその類縁蛋白質であるPCBP-1のcDNAをHeLa細胞のcDNAライブラリーよりPCR法により調製した。PCBP-1,-2を酵母細胞中で発現、その抽出液を用いたUVクロスリンク法によりPV IRESとの結合実験を行ったところ、PCBP-1,-2共にP38とほぼ同一の結合活性を示した。GST(glutathion-S-transferase)融合蛋白質発現ベクターを用いてPCBP-1,-2を発現させ、これに対する抗体を作成し、部分精製したP38を含むフラクションに対してウエスタンブロッティング法による解析を行ったところ、そのフラクション中にはPCBP-1,-2が共に含まれていることが明らかとなった。

 大腸菌で発現させたPCBP-1,-2を用いて、そのPV IRES上の結合位置を求めたところPCBP-1,-2共にPV SL IV上にその結合位置があることが認められた。また、PCBP-1,-2の欠失変異体を作製しPCBP-1,-2のアミノ酸上のPV IRESの認識部位を求めたところ、PCBP-1,-2は非常に相同性の高い蛋白質同士であるのにも関わらず、PV IRESを認識するペプチド部位に差があることが明らかとなった。

審査要旨

 本研究はポリオウイルス(PV)のIRES依存的な翻訳開始機構に関与する宿主細胞因子の同定を目的として、PV IRESへの結合性より宿主細胞因子の検索を行い、下記の結果を得ている。

 1.HeLa S10画分をカラムクロマトグラフィーの手法を用いて分画し、それに対してPV IRESとEMCV IRESおよびそのマイナス鎖のRNAをプローブとして用い、UVクロスリンク法による解析を行ったところ、PV IRESに対して結合性が高いと思われる38KDaの未知の蛋白質(P38)が検出された。このP38をDEAE Sepharoseおよびハイドロキシアパタイトカラムを用いて部分精製を行った。

 2.PV SL IVがPVのIRES依存的な翻訳を部分的に阻害する活性を持つこと、またPV SL IVによってP38と同じ分子量を示す38kDaの未知の蛋白質が、PV IRESに対する結合を阻害されるという報告から、部分精製されたP38が含まれるフラクションに対しPV SL IV RNAを用いた競合阻害実験を行った。その結果、P38はPV SL IV RNAによってPV IRESへの結合が阻害されることが示された。

 3.PCBP-2はP38とほぼ同じ分子量を示す分子量38,580の蛋白質であり、PV SL IV RNAを用いたアフィニティクロマトグラフィーによってHeLa細胞より精製される蛋白質として報告された。そこでPCBP-2とその類縁蛋白質であるPCBP-1(分子量37,525)のcDNAを回収し、酵母細胞および大腸菌での発現を行った。酵母細胞で発現させたPCBP-1,-2はPV IRESに対して高い結合性を示し、PCBP-1,-2共にPV SL IV RNAによってPV IRESへの結合が阻害された。また大腸菌で発現させたPCBP-1,-2はPV IRESに対して高い結合性を示し、PCBP-1,-2はP38と同じ結合特異性を持つことが示された。

 3.部分精製されたP38が含まれるフラクションに対してウエスタンブロッティング法による解析を行ったところP38が含まれるフラクション中にはPCBP-1,-2が含まれていることが明らかとなった。ノーザンブロッティング法を用いたこれまでの報告では、HeLa細胞中にはPCBP-1は殆ど含まれていないとされていたが、ウエスタンブロッティング法による解析により、HeLa S10 in vitro翻訳系中にはPCBP-1もPCBP-2とほぼ同量含まれていることが認められた。

 4.PV IRESの欠失変異体を用いたUVクロスリンク法による解析によりPCBP-1,-2のPV IRES上の結合位置は共にPV SL IV上の塩基番号339-456の間にあると推測された。PCBP-1,-2はRNA結合蛋白質のモチーフ配列として3つのKHドメインを持つことが報告されている。PCBP-1,-2の欠失変異体を用いたUVクロスリンク法による解析ではPCBP-1は3つのKHドメインを含む領域全てがPV IRES結合に関与していると推測された。それに対し、PCBP-2はそのN末端側の2つのKHドメインを含む領域がPV IRES結合に関与していると推測された。

 5.PCBP-1,-2は核内に局在が認められる蛋白質であるが、PV感染によりPVの蛋白質合成の場である細胞質への移行が観察された。このことは、本来核内蛋白質であるPCBP-1,-2がPV IRESの機能発現に関与している可能性と矛盾しないと考えられた。

 以上、本論文ではPCBP-2に加えてPCBP-1もまたPV IRES結合性蛋白質であり、これらが共にPV IRES依存的な翻訳開始機構に関与している可能性と矛盾が生じないことを明らかにした。またPCBP-1,-2比較してそのPV IRES上およびペプチド上の結合部位を明らかにした。本研究はPVの複製に関与する宿主細胞因子の解明に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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