学位論文要旨



No 113760
著者(漢字) 野口,千明
著者(英字)
著者(カナ) ノグチ,チアキ
標題(和) 胃癌患者の免疫能の推定と、再発予後への影響の検討
標題(洋)
報告番号 113760
報告番号 甲13760
学位授与日 1998.04.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1358号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 花岡,一雄
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 助教授 斎藤,英昭
 東京大学 助教授 名川,弘一
内容要旨 1免疫能の推定

 胃癌術後の免疫学的補助療法において,その適応はステージなどの疾患側の要因によって決定されることが多く,宿主側の要因が議論されることは少ない.そこで,今回はIAP濃度,Alb値,リンパ球数,CD4数,CD8数,CD57数,CD16数,ツベルクリン反応が胃癌患者の免疫能の指標となりうるか,手術侵襲やリンパ節郭清範囲,脾摘の有無,栄養状態も考慮して共分散構造分析を用いて検討した.さらに,こうして推定した「免疫能」が,再発予後にどう影響するかを検討した.再発をイベントとしてCoxの比例ハザードモデルを用いて,再発のハザードに対する「免疫能」の影響を調べた.

 共分散構造分析は,多変量解析のひとつであるが,従来の手法を下位モデルとして表現できる上,あてはめだけであった従来の手法と異なり,解析者が自由にモデルを構築できたり,解析自体が学習能力を備えていたりという利点をもつ.このため,第二世代の多変量解析といわれることがある.対象は治癒切除を施行した進行胃癌症例128例で,IAP濃度,Alb値,リンパ球数,CD4数,CD8数(以上helper T cell)CD57数,CD16数(以上NK cell),ツベルクリン反応について術後3,6,12,18,24,30,36,48ヶ月に測定することを原則とした.

 まず,下図のようなパス図を仮定した.図の矢印は,因果関係の方向を示す.因果係数の符号および絶対値から,パスに与えられた因果関係を考察した.

図表

 この結果,免疫能の指標としては,IAPの負の寄与が最も大きく,ついでCD8,CD57数の負の寄与が大きかった.栄養状態は免疫能に有意な正の影響を与えた.手術侵襲に関する変数の中では,免疫能に対し,手術時間,出血量,脾摘,郭清範囲がこの順に大きな負の寄与を与えた.

 共分散構造分析においては,測定不能な内在変数を,観測変数の線型和として推定することができる.これはパス図から自然に導かれるスコアである.本研究では,下表のように潜在変数が推定された.

図表

 本モデルのGFIは0.91であった.GFIは,モデルの正しさの指標であり,パス図から導かれる観測変数間の相関行列と,実測のそれの一致度を表す.本モデルでは,モデルが現実を91%説明しているといえる.

2免疫スコアの再発予後への影響

 推定した免疫スコアの再発予後への影響を評価するため,前節で推定した免疫スコア,年齢,性別,組織型,化学療法の有無,stageを共変量として,再発をend pointとしたCox回帰を用いて解析した.変数選択は,変数減少法を指定した.変数減少法による変数選択では,最初に性別を表す共変量が,つぎに化学療法の有無を表す共変量が除外された.最後に,年齢を表す共変量が除かれ,免疫スコア,組織型,stageはモデルに取り込まれた.

 最尤推定法により得られた回帰係数は下表の通りであった.

図表

 EstimateはCox回帰における回帰係数の推定値,SEはその標準誤差,2 valueは各回帰係数が0であるという帰無仮説を検定するときに用いる2統計量の値,p valueはこの検定のp値である.RRは,比例ハザードモデルにおけるハザード比である.これは,共変量の値が1大きくなるとハザード比がRR倍になることを示す.

 免疫スコアは再発のハザードに大きく影響した.免疫スコアの最も高かった症例は最も低かった症例に比べ,ハザード比が0.07倍程度であった.Coxモデルを適用する前提に対する検討も種々の方法により行ったが,結果は肯定的であった.

審査要旨

 本研究は,消化器癌手術後の免疫能の再発予後への影響を明らかにする目的で行われた.治癒切除を受けた進行胃癌患者に対し,経時的にIAP濃度,Alb値,リンパ球数,CD4数,CD8数,CD57数,CD16数,ツベルクリン反応を測定し,栄養状態,手術侵襲をも考慮して免疫能を推定した.さらに,こうして推定した免疫能が,再発予後にどう影響するかを検討した.再発をイベントとしてCoxの比例ハザードモデルを用いて,再発のハザードに対する「免疫能」の影響を調べた.年齢,性別,組織型,化学療法の有無,stageを共変量として,再発をend pointとした解析をおこなった.結果は下記の通りであった.

 1.免疫能の指標としては,IAPの負の寄与が最も大きく,ついでCD8,CD57数の負の寄与が大きかった.リンパ球数,CD4,CD8,CD16,ツベルクリン反応の寄与は小さかった.CD57はnatural killer cellの機能を反映するといわれているので,これが負の寄与を与えたことは以外であったが,CD16やIAPとの相関のために多重共線性によりこの結果が得られた可能性があった.

 2.Albを指標とした栄養状態は,免疫能に有意な正の影響を与えた.手術侵襲に関する変数の中では,免疫能に対し,手術時間,出血量,脾摘,郭清範囲がこの順に大きな負の寄与を与えた.これらの結果は一般に予想されている通りであった.

 3.推定した免疫能は,再発予後に大きく影響した.免疫スコアの最も高かった症例は最も低かった症例に比べ,ハザード比が0.07倍程度であった.

 4.共分散構造モデル,Coxモデルの整合性を評価したが,これらは理論に矛盾しないものであった.

 以上,本論文は,第二世代の多変量解析といわれる共分散構造分析を用いて,胃癌患者の術後の免疫能を経時的に評価し,これを表すスコアが再発予後に大きく影響することを示した.免疫能を定量的にしかも経時的に評価し,さらに再発予後に与える影響を定量的に評価する研究はいままで皆無であった.本研究は,胃癌患者の再発予後を推測する際,免疫能の寄与の評価に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54048