脳卒中後うつの発生と経過、およびその背景要因を探索する目的で、神奈川県内のA大学病院とそのB分院、および千葉県内のC私立病院の計3施設(中〜大規模)において、状態の安定し重度の認知障害や合併症がなく内科的療法のみを受けた脳卒中患者を対象とし調査を行い、発症後2-4週(T1)、3ヶ月後(T2)、6ヶ月後(T3)の追跡が可能であった34名(男性21名、女性13名:脳梗塞26名、脳出血8名)について分析を実施した。調査内容はうつの有無と程度、神経学的身体機能、認知機能、日常生活の自立度、疾病による否定的影響の認識、脳内傷害部位と広さ、および年齢、家族構成など基礎的情報である。分析方法として、うつの背景要因の探索にあたっては、ピアソンの相関係数、2検定、独立した標本のT検定を用いた。時間経過によるうつ状態および各変数の変化の差は、2時点間については対応のある標本のT検定を、3時点間については反復測定による1元配置の分散分析(ANOVA)を用いて分析を実施した。 うつ状態はZungのSelf-Rating Depression Scale(SDS)を用いて測定した。T1の時点では、SDSは平均44.9±9.8で、50点以上を示してうつありと判定された者は11名(32.4%)であった。T2ではSDSは平均46.5±11.2となり、うつありは13名(38.2%)へ増加した。T3ではSDSの平均は43.4±10.5と3時点中最も低い値を示し、うつありは9名(26.5%)へ減少した。これら3調査時点間の平均値の差は有意なものではなく、それぞれは有意に相関していた。うつ状態の経過としては、全調査時点を通じてうつありであった者が4名、その他、T1でうつありであったがその後うつなしになった者、T2でうつなしとなったがT3で再びうつありとなった者、T1でうつなしであった者がT2またはT3でうつありになった者などが認められ、3時点ともうつなしであった者は15名で最も多かった。 SDSと各変数との関係からは、うつの発生を予想しまた看護やリハビリテーションの方略を開発するために有効な知見が得られた。Neulological Score(NS)で測定した対象の神経学的身体機能障害(NS)は軽度から中等度であり、3調査時点ともSDSと有意に相関し身体機能障害が重度であるほどうつがもたらされやすいことが示された。これを身体機能の種類ごとに点検すると、調査時点によってSDSとの関係が異なり、3時点ともにSDSと有意に相関したのは歩行のみであった。その他、T1では左側および右側協調運動の障害が重度であるほどSDSが高くなっていたが、T2ではこの関係は有意でなくなり、代わって右側知覚との間に有意な関係が示された。T3ではT2に加えて左側上下肢運動、左側知覚との間にも関係が認められた。Barthel Index(BI)によって測定した日常生活活動の自立度は全体としてその障害が軽度であったが、T1ではSDSとの間には有意な関係が認められSDSが高いほどBIは低く、NSと同様の結果が示された。BIは3調査時点を通じて有意に改善し、SDSとの関係はT2およびT3では認められなくなった。Mini Mental State Exam(MMSE)を用いて評価した認知機能障害はほぼ正常域であり、SDSとの間にはいずれの調査時点でも特別な関係は認められなかった。 以上のことからは、6ヶ月という期間の中では身体機能障害の重症度がうつを予測・発見する手がかりとして活用できると考えられたが、この身体機能障害に対しうつ的に反応されるか否かには療養環境の条件やこれにより必要とされる活動の性質も影響すると推測された。すなわち、協調運動の障害は姿勢保持や上肢を用いた作業にかかわり、ベッド上が生活の中心となるT1の時点においても障害として体験される機会が多いと考えられる。また、右側知覚の障害がT1でのみSDSとの相関が示されなかったのは、本対象の右側知覚障害が重度ではなかったことと、右側知覚の障害が軽度でも体験されやすい書字を入院中にはあまり行わない者があったことによると思われる。このように身体機能を総合的に評価すると評価時点によらずうつとの相関が認められ、詳細な点検を行った場合運動障害の種類によってうつとの関係が異なっていたことは、先行研究においてうつと身体機能との関係が混乱したひとつの理由と思われる。また、退院後にうつとして反応される場合のあることからは、身体機能障害の種類に応じた継続した評価の必要性が示されたと考える。 脳卒中による生活への否定的影響の認識はSickness Impact Profile(SIP)を用いて測定した。SIPは全調査時点においてSDSと相関し、NSにおける考察と同様、うつの発見・予測のために対象の認識を点検することは有効であると考えた。一方、SIPを項目ごとにみるとそれぞれ異なったSDSとの関係が示された。T1では「社会相互関係」「コミュニケーション」「睡眠・休息」「食事」との間に有意な相関がみられた。T2では「睡眠・休息」「選択心理社会領域」「選択社会相互関係」「居室移動」が、T3ではこれに加えて「態度・行動」「コミュニケーション」とも有意な関係が示されるようになったが、「睡眠・休息」についてはその関係は有意ではなくなった。このうちT2の「社会相互関係」はT2のSDSとは相関せずT3のそれと相関していた。T1からT2の間に起こった退院というイベントは、以前の生活との比較検討の機会をもたらし、多くの対象においてうつでなくても社会関係の変化が体験されたと考える。しかし、T2の「社会相互関係」の支障の認識はT3のうつの誘因となると言ってよいであろう。このような障害を否定的にとらえることとうつとの関係からは、脳卒中後のうつに対しても認知療法的なかかわりが効果的であることが予想される。 その他、T1におけるSDSは対象の年齢、性別、役割の有無によっては異ならなかった。T2では女性のSDSが有意ではないが上昇し、T3ではT2に比べて有意に減少していた。対象の女性に多かった主婦という役割にとっては退院がすなわち社会復帰であるため、男性に比較して早期に役割の障害とさらにはその回復とを認識することとなったのかもしれない。また、配偶者の無い者のSDSが有る者に比べてT1においてのみ有意に低かった。配偶者の有無でのその他の変数に差はなく、SDSとの関連における違いの理由は不明であったが、配偶者の無い者の入院中と退院後とのギャップの可能性を念頭において日常生活への復帰を点検する必要があると考える。 脳内傷害側については、SDSは傷害が左右いずれであるかとは特別な関係はなく、対象数の少なさと脳傷害の評価方法における限界はあるものの左右いずれの脳傷害でもうつが生じる可能性が示唆された。麻痺・失調の状態とではT1において右側の麻痺のみをもつ者および麻痺・失調をもたない者に比べて、失調のみをもつ者のSDSが有意に高く、NSが不良であった。麻痺の側については、NSにおける右側上下肢運動の程度とSIPの「心理社会領域」が、左側上下・協調運動の程度とSIPの「居室移動」が相関を示すという違いも認められた。麻痺側によって身体機能障害の程度に差はなかったので、これらのことは左右の運動機能が生活に活用されるありようの違いによる影響か、麻痺をもたらした脳傷害の影響と考えられる。対象数を増やし、左右大脳半球の傷害別に各変数との関連を検討していけば、何らかの関連が発見される可能性は高いと考える。また、既に確立されているうつの治療・援助技術を応用しながら、左右の機能に応じた介入技術を開発していくことが必要であろう。 脳卒中後のうつの経過にかかわる要因をSDSの変化パタンと各変数との関係を分析することで探索したが、うつの変化にかかわる要因は見いだされず、調査時期ごとに各変数と関係をみた場合とほぼ同様の傾向が示された。本調査における対象数の限界によるものと思われるが、同時に、うつ状態の変化はさらに詳細な追跡を要すると考えられ、個々の症例検討が有効であると思われた。 本調査対象は3施設34名と少なく、重症度は比較的軽度であり、結果の適応は限られると考える。これを念頭において、本研究の知見を活用し、うつとこれにかかわる身体機能障害や否定的認識を予測し継続的に評価していくことができると考える。さらにこれまでのうつに対する治療や援助の方略を使いながら、脳卒中後のうつへの対処、予防の方略を開発していく必要性は高いと思われる。 |