学位論文要旨



No 113762
著者(漢字) 西田,眞壽美
著者(英字)
著者(カナ) ニシダ,マスミ
標題(和) 脳血管障害患者の介護者による在宅サービスの利用とその規定要因に関する研究 : 利用意向と利用実績における関連要因の比較
標題(洋)
報告番号 113762
報告番号 甲13762
学位授与日 1998.04.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1360号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉下,知子
 東京大学 助教授 大島,巖
 東京大学 助教授 村嶋,幸代
 東京大学 助教授 鳥羽,研二
 東京大学 講師 斎藤,正彦
内容要旨 I.研究の目的

 脳血管疾患の発症後に身体障害を残したまま慢性経過をたどる例は多く、高齢者のねたきりの主要因となっている。援助を必要とする高齢者および介護者を支援する在宅サービスは拡充されつつあるが、利用状況に関する調査によれば利用率は低く、各種の在宅サービスが有効に活用されているとはいい難い。サービスを利用していない人の現状や利用の有無に影響を与える要因はいまだ十分に解明されていない。そこで本研究では、在宅の脳血管障害患者の主介護者を対象とした調査によって、在宅サービスの利用を促進または阻害する要因を明らかにすることを目的とした。分析枠組みでは、在宅サービスの利用意向と利用実績に関連する要因を、(1)患者および介護者の属性に関する要因、(2)患者のニード要因、(3)介護者のニード要因、(4)サービスの利用促進・阻害要因で構成した。本研究の特色は、第1に、サービスの利用に関わる介護者の認識や有効性の評価について質的分析を行ったこと、第2は、訪問看護、ホームヘルパー、デイサービス、機能訓練の4種類のサービス利用に関連する要因を比較したこと、第3には、利用意向と利用実績に関わる要因を比較検討したことである。

II.対象と方法

 1.対象:調査対象は、1992年4月1日から1994年3月31日までの間に都内の2病院から自宅に退院した患者の主介護者である。対象とする患者の疾患は、脳梗塞、脳出血、クモ膜下出血による初発の脳血管障害に限定した。2病院は、いずれも脳血管障害患者のリハビリテーションと医療相談部門を備えており、各病院の医療相談室を介して承諾が得られた対象者についてのみ調査を実施した。対象疾患の患者総数は339で、調査の承諾を得た対象者数は213であった。

 2.調査方法と分析対象:本調査は、訪問面接による自由回答法と自記式の質問紙調査票を用いた配票留置法を併用した。調査期間は1994年11月〜1995年3月であった。面接対象者の選定基準は患者の移動能力の範囲が屋内かベッド上の場合に限定した。前記対象者の中から67例を選定し、面接の承諾を得た43例に調査を実施した。質問紙調査では、213例中、介護をまったく必要としない患者数65を除外した148例を分析の対象とした。患者の在宅期間は平均1年7ヶ月で、性別は男性が60%、平均年齢は63.1歳であった。介護者の性別は女性が70%、続柄は配偶者が70%、平均年齢は55.5歳であった。

 3.調査項目と分析方法:面接調査では、在宅サービスの利用の有無に関わる介護者の認識として、利用の動機、利用していない理由、利用の有益性と不利益について聴取し、利用を促進・阻害する要因となる事柄を抽出した。質問紙調査では、(1)各サービスの利用意向と利用実績、(2)患者および介護者の属性(性、年齢、在宅期間、続柄)、(3)患者のニード(ADL、問題行動)、(4)介護者のニード(自覚症状、生活上の支障、介護経験に対する認識)、(5)利用促進・阻害要因(社会的支援の受領、サービス利用に対する認識、利用施設の地理的近接性)を設定した。統計的解析方法は、訪問看護、ホームヘルパー、デイサービス、機能訓練の利用意向と利用実績の有無を従属変数としてロジスティック回帰分析を行い、関連要因を比較した。

III.結果1.面接調査の結果

 面接を実施した43例は、患者の障害のレベルや家族構成が類似していたとしてもサービスの利用状況は様々であった。そこで、(1)利用意向があり利用している例、(2)利用意向はあるが利用していない例、(3)利用意向はないが利用している例、(4)利用意向がなく利用していない例、に区分して、利用の有無に影響していると考えられる事柄を抽出した(表1)。

表1サービス利用の有無に影響する要因

 また、サービスの有益性は情報や手段的な側面から認識される傾向が強い反面、不利益は情緒的側面で多く認識されていた。その主要な事柄を各サービス別に要約した(表2)。

表2サービスの有益性と不利益
2.質問紙調査の結果

 1)在宅サービスの利用意向と利用実績:現在利用している者の割合は、病院での機能訓練が49%、区のホームヘルパー12%、デイサービス12%、訪問看護3%であった。利用意向では機能訓練に対する希望が最も多く63%であった。機能訓練以外は、利用意向がある人のうち約半数は現時点で利用していなかった。

 2)患者のニード要因:日常生活動作能力で「一人でできる」割合は、食事83%、排泄75%、衣服の着脱50%、入浴32%であった。問題行動6項目の全てに対し「まったくない」という回答は35%で、重度の問題行動のある患者は少なかった。

 3)介護者のニード要因:自覚症状18項目において「有」の項目を加算した平均値は6.6であった。介護に伴う生活上の支障は社会的な生活面での影響が大きかった。介護経験に対する認識は、否定的認識よりも肯定的認識の方がやや強かった。

 4)サービスの利用促進・阻害要因:情報的支援の提供者は医師が最も多く、手段的支援の提供者は近親者に限られていた。サービス利用に対する認識は、介護者よりも患者の拒否感が強かった。近くにある利用施設は機能訓練の施設が最も多かった。

 5)サービスの利用意向と利用実績に関連する要因:ADLはいずれの利用意向にも影響を及ぼさなかったが、入浴の要介助と訪問看護、排泄の要介助とホームヘルパー、食事動作の自立とデイサービス、入浴の要介助・衣服着脱の自立と機能訓練において利用実績を促進していた。患者の拒否感はホームヘルパーの利用を抑制する要因であり、介護に対する肯定的認識と利用体験はホームヘルパーと機能訓練の利用意向を促進していた。デイサービスでは患者の年齢が65歳以上、機能訓練は64歳以下の年齢層の方が利用実績が多かった。利用施設の近接性の影響力はデイサービスのみに認められた。

IV.考察1.在宅サービス利用の有効性に関する介護者の認識

 サービスの有益性は情報や手段的な側面から評価される傾向が強い反面、不利益は情緒的側面で多く認識されていた。介護者が期待する内容は専門的な介護技術の提供と個別的な機能訓練が主要なものであったが、各サービスの設置目的と利用者側の期待が異なる側面もあった。

2.サービスの種類別にみた関連要因

 ADLの影響は利用意向には認められなかったが、利用実績では入浴と訪問看護、排泄とホームヘルパー、食事とデイサービス、入浴・衣服着脱と機能訓練において関連していた。実際の利用の有無はサービス供給側が提示する利用条件に左右されている現状が伺えた。患者の拒否感はホームヘルパーの利用を阻害する要因であり、身体障害に起因する不安感が強かった。また、患者の年齢が65歳以上の高齢層ではデイサービスを、64歳以下の年齢層では機能訓練の利用を促進し、社会復帰への期待は若い年齢層の方がより高く求められていた。

3.サービスの利用意向と利用実績の要因の相違

 各サービス別にみた利用意向と利用実績に影響する要因は各々に違いがみられた。このような相違の理由としては、患者と介護者によるサービスの必要性の認識が異なる側面をもつこと、サービス供給側の体制により左右され、利用者側の選択の余地が少ないことである。患者および介護者の利用に対する認識や評価の過程、供給側の体制を考慮した分析が必要である。

4.分析方法上の限界と今後の課題

 本研究は主介護者による在宅サービス利用の有無に影響する要因の相違を比較したが、主介護者のみを調査の対象としたため、被介護者との相互関連の影響力を分析できなかった限界がある。また、各要因間の相互関連の分析や指標選択の適切性を検討すること、ニードの認知→評価→行動のプロセスに影響を与える要因を時間経過を考慮して分析することが必要である。

V.結語

 1.在宅サービスの利用実績は、病院の機能訓練49%が最も高く、ホームヘルパー及びデイサービス12%、訪問看護3%であった。利用意向がある人のうち約半数は利用していなかった。

 2.介護者がサービスに期待する内容は、専門的介護技術の提供と個別的な機能訓練であった。設置目的と利用者の期待との乖離が不満感をもたらし、適切な情報提供の必要性が示唆された。

 3.各サービスに共通する要因はADLであり、入浴介助と訪問看護、排泄介助とホームヘルパー、食事の自立とデイサービス、入浴介助・衣服着脱の自立と機能訓練において利用実績の促進要因であった。実際の利用はサービス供給側の利用条件に左右されている現状が示された。

 4.利用意向を促進する主な要因は、患者の性、続柄、利用体験、介護に対する肯定的認識、利用施設の近接性であり、利用実績は患者の性、年齢、ADL、拒否感など患者側の属性とニードによる影響が大きかった。患者の拒否感や不安感には、質の高いサービス提供が望まれる。

 5.利用意向と利用実績に影響する要因には相違があり、患者と介護者の必要性の認識の違いやサービス供給側の体制に左右され、利用者側の選択の余地が少ないことが考えられた。

 6.今後の課題として、患者および介護者のサービス利用に対する認識・評価の過程や供給側の体制を考慮した分析枠組みを設定し、指標の妥当性を検討する必要がある。

審査要旨

 本研究は、在宅の脳血管障害患者の主介護者を対象とした調査によって、在宅サービスの利用を促進または阻害する要因を明らかにすることを目的としたものである。本研究の特色は、サービスの利用に関わる介護者の認識や有効性の評価について面接調査を行うとともに、質問紙調査によって、訪問看護・ホームヘルパー・デイサービス・機能訓練の4種類のサービスについて、その利用意向と利用実績に関わる要因を比較したことである。研究結果は以下のとおりである。

 1.在宅サービスの利用実績は、病院の機能訓練49%が最も高く、区のホームヘルパー12%、デイサービス12%、訪問看護3%であった。利用意向がある人のうち約半数は利用していなかった。

 2.介護者がサービスに期待する内容は、専門的介護技術の提供と個別的な機能訓練であった。サービスの設置目的と利用者側の期待との乖離が不満足感をもたらし、適切な情報提供の必要性が示唆された。

 3.各サービスに共通する要因はADLであり、入浴介助と訪問看護、排泄介助とホームヘルパー、食事の自立とデイサービス、入浴介助・衣服着脱の自立と機能訓練において利用実績の促進要因であったが、利用意向との関連は認められなかった。実際の利用はサービス供給側が提示する利用条件に左右されている現状が伺えた。

 4.利用意向を促進する主な要因は、患者の性、続柄、利用体験、介護に対する肯定的認識、利用施設の近接性であり、利用実績は患者の性、年齢、ADL、拒否感など患者側の属性とニードによる影響が大きかった。患者の拒否感や不安感には、質の高いサービス提供が望まれる。

 5.利用意向と利用実績に影響する要因には相違があり、患者と介護者の必要性の認識の違いやサービス供給側の体制に左右され、利用者側の選択の余地が少ないことが考えられた。今後、利用者の選択の幅を広げる施策が必要である。

 6.今後の課題として、患者および介護者のサービス利用に対する認識・評価の過程や供給側の体制を考慮した分析枠組みを設定し、指標の妥当性を検討する必要がある。

 以上、本論文は脳血管障害患者の介護者に対する調査によって、在宅サービスの利用を促進または阻害する要因を分析した結果、各サービスの設置目的と利用者側の期待が乖離していること、必要性に対する認識が患者と介護者では異なること、実際の利用状況はサービス供給側の体制に左右されていることを明らかにした。本研究はこれまで実証的に明らかにされることのなかった、在宅サービスの利用意向と利用実績の有無に影響する要因の相違を解明し、今後の在宅サービス利用の需要を予測する上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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