本研究は、自給自足のフリーリビング条件下での長期的な人間のエネルギー消費量と摂取量の関係について検討するため、従来は食物供給に制約が大きい地域の特徴とされてきた人間のエネルギーバランスの季節変動が、食物供給に制約が少ない地域でも観察されることに注目し、そこでのエネルギーバランスの全体像を明らかにしようとしたものである。こうした地域の一つである東北タイ農村の同一対象者16名について1年間の体重、エネルギー消費量、摂取量等を繰り返し測定し、下記の結果を得ている。 1.体重は4季節において有意に変動し(男性1.3kg、2.3%、女性2.5kg、4.3%、男女共P<0.001)、収穫期から収穫後にかけて増加し、収穫後から作付け期にかけて減少した。体重変動量に男女差はみられなかった。この体重の季節変動は、体脂肪量の有意な変動(男女共P<0.001)と関連していた。本結果から食物供給量に制約が少ない地域においても、制約が大きい地域と同程度の体重変動が確認された。 2.季節間でエネルギー消費量が大きく変動した(男性2.2MJ、女性1.4MJ、男女共P<0.001)のに比して、エネルギー摂取量の変動は小さかった(男性0.3MJ、女性0.7MJ、女性のみP<0.05)。エネルギー消費量の構成要素では、生理レベルの指標である安静時代謝率と機械効率は変動せず、呼吸商は変動した。一方、行動レベルの指標である活動エネルギー消費量、身体活動レベル、心拍指標はすべて変動した。このように、季節変動は主として行動レベルの指標でみられた。エネルギー消費量の多い時期には農作業時間が増加していた。本結果からエネルギー消費量の変動は摂取量の変動より大きく、特に労働強度の強い男性でこの傾向がみられ、それは活動量の変動によることが示された。 3.体重変動量は、エネルギーバランスの変動量(エネルギー摂取量-エネルギー消費量)と相関していた(男性r=0.57,P<0.05,女性r= 0.67,P<0.01)。体重変動に対しエネルギー消費量の変動は有意に寄与し(男性r=-0.60,P<0.05、女性r=-0.83,P<0.01)、摂取量の変動の寄与は有意ではなかった。なお、エネルギー消費量と摂取量の変動量間には関連がみられなかった。本結果より、エネルギー消費量の増減が摂取量の増減につながらないために、エネルギー収支のアンバランスが生じて体重変動がおこることが示された。 以上、本論文は従来食物供給に制約が大きい地域の特徴とされてきた人間のエネルギーバランスの季節変動が、食物供給に制約が少ない地域でも同程度起こること、それはエネルギー消費量の変動がエネルギー摂取量の変動に影響しないためであることを1年間に及ぶフィールド調査で従来の研究よりも体系的に精度の高い方法を用いることにより明らかにした。本研究は、現在多方面の分野からの総合的な解明が待たれる人間のエネルギーバランスについて、社会生物学的側面からの解明に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |