学位論文要旨



No 113766
著者(漢字) 向山,俊之
著者(英字)
著者(カナ) ムカイヤマ,トシユキ
標題(和) IV型コラーゲン三重らせんドメインの単離とその性質
標題(洋) Isolation and Characterization of type IV collagen triple-helical domain
報告番号 113766
報告番号 甲13766
学位授与日 1998.04.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博総合第178号
研究科 総合文化研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,利彦
 東京大学 教授 赤沼,宏史
 東京大学 教授 川口,昭彦
 東京大学 教授 庄野,邦彦
 東京大学 助教授 奥野,誠
内容要旨

 コラーゲンとは、コラーゲンヘリックスと呼ばれる特有の三重らせん構造を持つタンパク質ファミリーの総称である。三重らせんを構成する3本のポリペプチド鎖をそれぞれ鎖と呼び、-Gly-X-Y-(X、Yは任意のアミノ酸)の繰り返しが三重らせん領域の一次構造上の特徴である。コラーゲンファミリーを大別すると、コラーゲン線維と呼ばれる線維状の会合体を形成するもの、自ら積極的に線維を形成はしないもののコラーゲン線維に結合して存在するもの、コラーゲン線維とは異なる独自のメッシュワーク構造の会合体を形成するものなどがある。

 IV型コラーゲンは基底膜と呼ばれる上皮細胞層直下の領域の主成分の一つであり、生体内で独自のメッシュワーク構造の会合体を形成して存在すると考えられている。IV型コラーゲン分子は、7Sドメイン、トリプルヘリカルドメイン(以下、THドメインと略記する)、球状のNC1ドメインの3つの部分で構成されている。7Sドメインでは4分子が会合すること、また、NC1ドメインでは2分子が会合することが知られている。NC1ドメインとTHドメイン、THドメイン同士の相互作用も提唱されているが、未だはっきりした結論は得られていない。IV型コラーゲンを構成する鎖は異なる遺伝子に由来する1(IV)〜6(IV)の六種類が知られている。このうち、1(IV)鎖と2(IV)鎖は多くの基底膜に共通して存在し、その量も他の種類の鎖より多い。1(IV)鎖2本と2(IV)一本で一分子を構成している。1(IV)鎖の遺伝子構造から、各ドメインのアミノ酸残基数を求めると1(IV)鎖一本当たり、7Sドメインは約150、THドメインは約1400、NC1ドメインは約230残基である。この内最大のTHドメインは、I型コラーゲンなどの線維性コラーゲンのTHドメインとは異なり、正確な(Gly-X-Y-)の繰り返し構造とはなっていない。この規則性からはずれた部分の数は20カ所を越える。

 生体組織からコラーゲンを抽出する際によく用いられるペプシン処理をIV型コラーゲンの抽出に適用すると、線維性コラーゲンの場合と異なり、末端のNC1だけでなく、THドメインの(Gly-X-Y-)の規則性が成り立っていない部分でもペプシンによる断片化が起こり易い。このことから、そのような部分はらせん構造が乱れていると解釈されている。しかし、それ以上(Gly-X-Y-)の繰り返しの規則からはずれた部分を含むTHの構造や機能に関する情報はほとんどなく、IV型コラーゲンのTHドメイン中に"乱れ"があることの意味は明らかにされていない。この問題の解明を進めるためには、THドメインをタンパクとして高次構造を保ったまま単離することが極めて重要である。

 NC1と7Sドメインは単離する方法が報告されているが、THドメインは先述したようにペプシン等の消化酵素で途中が切断され得るため、I型コラーゲンなどの線維性コラーゲンと直接実験的な比較を行うことが可能なサンプルを得ることはこれまで困難であった。本学位論文では、ウシレンズカプセルの酢酸抽出物とキモトリプシンを用いた系で条件を検討した結果、THドメインのかなりの部分から成り、これまで報告のあるものよりも大きく、高次構造を保っているサンプルが、比較的簡単な操作によって得られることがわかった。さらに、得られた標品の性状について検討した。また、他の出発材料についても検討した。

 レンズカプセルはIV型コラーゲンがその構成タンパク質の大半を占める組織であり、また物理的分離が容易である。入手が容易で取り扱いやすい大きさであることからウシレンズカプセルを出発材料とした。酢酸で抽出し、中和後キモトリプシン処理を行った。反応を止め、SDS電気泳動により条件検討を行った。〜1mg/mlの基質に対し、0.2mg/mlのキモトリプシンを作用させ20℃で反応させた結果について記す。二時間キモトリプシン処理を行うと、非還元条件下のSDS電気泳動で、400Kのシングルバンド、還元条件下でほぼ二本のバンド(140K、115K)という非常にシンプルなバンドパターンが得られた。140Kは1(IV)のモノクローン抗体と反応することから1(IV)鎖由来であり、また115Kは、尿素存在下でのSDS-PAGEにおけるバンドの挙動から2(IV)鎖由来であると帰属した。二本のバンドの濃度比も更に併せて考えると、このバンドは1(IV)由来の140K鎖二本と2(IV)由来の115K鎖1本から成るトライマーと解釈できる。非還元のSDS電気泳動の濃縮ゲル中にも染色が見られるのが、これはキモトリプシン処理の時間を長くすることでこれはほとんど除くことができた。35時間という非常に強いキモトリプシン処理を行っても140Kのバンドはほとんど減らなかった。

 NC1は比較的容易に分解されるとすればこの140KはTH領域の一部といえる。THドメインに対応する1(IV)鎖は約1400残基であるから、TH領域の分子サイズは1(I)を基準として単純計算すると140Kサイズとなり、140KのバンドはTHドメインに対応する1(IV)鎖のかなりの部分を占めていると考えられる。

 キモトリプシン処理の時間を長くして高分子量のものを除いたサンプルを用いて、以下の実験を行った。主に高次構造を知ることを目的として、CDスペクトルを測定した。I型コラーゲンのスペクトルにみられる220nm付近のピークと190nm付近の負のピークは三重らせん構造の特徴とされているが、今回得られたサンプルでも同様の位置にピークが現れ、I型コラーゲンの場合とよく似たカーブを描いている。トリプシンをプローブとして変性温度を調べたところ、37℃付近であった。ロータリーシャドウイング法を用いて電子顕微鏡で観察を行った。インタクトなIV型コラーゲンでは紐状の構造体の末端に、球状のNC1ドメインと考えられる構造が見られる。一方、今回得られたサンプルでは、視野を変えて探してみてもこのように末端には球状の構造が全く見られなかった。また、紐状の構造の長さをはかって分布を調べると、次のようになり長さの平均はおよそ300nmであった。

 以上、円二色性スペクトル、トリプシンをプローブとした変性温度の測定、電顕観察の結果から、このサンプルはらせん構造を保持していて、末端にNC1を持たないと考えられる。

 さらに50℃で2〜4分処理した後、室温に戻し、トリプシンおよび変性1(IV)鎖と反応するモノクローナル抗体をプローブにして経時変化を見た。その結果、数時間のうちに三重らせん構造が回復することを示す結果が得られた。このことから、ジスルフィド結合した400Kのトリマーは、異なる分子間にランダムに架橋されたものではなく、同一分子内で架橋されたものであると考えられる。

 キモトリプシンを用いた簡易な方法によりノーマルな組織であるウシレンズカプセルの酢酸抽出物からIV型コラーゲンの三重らせんドメインの大半から成り、140K鎖(1(IV)由来)2本と115K鎖(2(IV)由来)1本で構成されていると考えられる分子が得られた。この分子は高次構造(らせん構造)を保ち、長さも比較的そろっていた。

 今回の方法で得られるサンプルを用いて、線維性コラーゲンと(Gly-X-Y-)nの規則性のインタラプションを含むIV型コラーゲンの三重らせんドメインを実験的に直接比較することが可能になった。らせん構造の途中にインタラプションを含むTHドメインはXVIII型コラーゲンなどいくつか知られているが、IV型コラーゲンのTHドメインの構造と機能を調べることは、より一般的にインタラプションがらせんの途中に存在することの意味を明らかにする上でも重要である。

 ウシ腎糸球体からもレンズカプセルと同様な方法でよく似た電気泳動パターンを持つサンプルが得られ、またヒト胎盤にも適用可能と考えられる結果を得た。今回ウシレンズカプセルを出発材料として確立したIV型コラーゲン三重らせんドメインの単離法は、一般的に他の基底膜材料にも適用できる方法であると思われる。強いキモトリプシン処理にもウシレンズカプセル由来のIV型コラーゲン三重らせんドメインは耐性を示す。ここに示した方法の他の基底膜材料への適用を考えた場合、組織中の他のプロテアーゼを、高濃度のキモトリプシンによって除去することが期待できる。その意味で抽出・精製法として良い方法であることが期待できる。

審査要旨

 コラーゲンは分子内にポリペプチド鎖三本が集まって三重鎖のコラーゲンらせん構造からなるドメインを有するタンパク質で、遺伝的に異なるポリペプチド鎖として30種以上が知られており、タンパク質ファミリーを形成している。しかし、実際にタンパク質分子として単離され、三本鎖らせん構造が化学的に確認されているコラーゲン分子種は限られている。生体組織中では、コラーゲン分子は会合体を形成して、組織・器官などの多細胞系のインフラストラクチャーを構成していると予想されている。現在はノックアウトあるいはトランスジェニックアニマルなどを作成して、コラーゲン分子あるいはポリペプチド鎖の機能を探る研究が盛んであるが、これは分子生物学の手法が有力であるという理由だけではない。タンパク質として単離することが殆ど不可能であり、生化学的な方法で、コラーゲンタンパク質の構造と機能を解明するということができないためと思われる。コラーゲンは不溶性である。溶かそうとすると、タンパク質の構造の一部を破壊し、均一な断片を得て、部分的な構造を解析する。異なる分解の様式で得られた断片をつないで、元のタンパク質の構造を解析する方法が用いられる。しかし、このような方法が応用されてきたコラーゲンは極めて限られている。このように未だに単離したタンパク質の構造と機能を探るという方法が応用されえないコラーゲン分子種で、量的に多く、機能上も特異的であるものとしてIV型コラーゲンがある。

 免疫組織化学および部分アミノ酸配列の決定あるいはNC1ドメインの構造解析から、IV型コラーゲンは基底膜の骨格構造を構成している成分として知られている。しかし、基底膜は組織染色で特徴的な膜構造をしていると解釈されているもので、"膜"として、組織から分離できるものではない。部分アミノ酸配列から現在ではIV型コラーゲンポリペプチド鎖の全長の塩基配列がヒト、マウス、ショウジョウバエ、線虫などでは決定されている。IV型コラーゲンの一次構造は種によらない共通性がある。ポリペプチド鎖は7Sドメイン、コラーゲンらせんドメインおよび非コラーゲンらせんドメイン(NC1=noncollagenous domain 1)の3つのドメインからなる。このうち、NC1ドメインは非コラーゲンらせんで、IV型コラーゲンをバクテリアコラゲナーゼで消化することにより、あるいは遺伝子組み替えで大腸菌等に作らせることによりポリペプチド鎖あるいは立体構造を保持した構造体として単離され、研究が進行している。7Sドメインは生体組織のペプシン処理による可溶化に続き、コラゲナーゼ処理を行った後に、残っている構造として発見され、この部分で四つの分子が会合しているモデルが出されている。最近、安達らはペプシン処理したIV型コラーゲンもポリゴナルメッシュワークを形成する能力があること、またメッシュワークのポアサイズは生体内の基底膜のメッシュワークポアサイズに近いものであることを示した。IV型コラーゲンらせんドメインについてもラテラルな相互作用があると考えるとポリゴナルメッシュワーク構造の形成が理解できるとしている(Adachi et al)

 IV型コラーゲンの最も大きなドメインである中央のコラーゲンらせんドメインを単離する方法がないため、I型コラーゲンで得られたコラーゲンらせんの構造からの推測で構造と機能を想定している。IV型コラーゲンらせんドメイン中にはグリシンが3残基毎に存在しない、らせんの乱れた部位が約20ヶ所存在し、この部位がペプシンその他のプロテアーゼでは分解を受けやすい。このためIV型コラーゲンの中央のコラーゲンらせんのみの単離は長い間、実質上不可能であろうとされていた。

 このような状況の中で、向山俊之は、キモトリプシンを用いることにより、ほぼ完全な大きさのコラーゲンらせん構造を有するIV型コラーゲンらせんドメインを単離できることをはじめて見いだした。本学位論文はこの発見を基に構成されている。

 前半では、ウシレンズカプセルからの酸抽出物から、ほぼ単一のポリペプチドサイズのバンドが得られることを示した。すなわち、室温で2時間のキモトリプシン処理により、ペプシン処理では見られないような均一の分子量400Kのポリペプチド鎖が得られ、還元後、このポリペプチド鎖は分子量140Kのものおよび115Kのものを主体とするポリペプチド鎖になる。キモトリプシンによる処理を35時間にのばしても、還元後140Kを示すポリペプチド鎖の量は変化せず、115Kのポリペプチド鎖は減少して代わりに100Kのサイズのバンドが約50%を占めるようになる。生化学的分析から、140Kサイズのポリペプチド鎖は1(IV)鎖由来で、115Kあるいは100Kは2(IV)鎖由来であるとした。量比は約2対1であることから、キモトリプシン処理で得られたものはヒトあるいはマウスの遺伝子との対応から、IV型コラーゲンの中央のコラーゲンらせんドメインのほぼ全長をカバーするものであることが分かった。すなわち、コラーゲンらせん上に20数個のらせんの乱れはあるものの、それらはキモトリプシンによって切断を受けにくいと考えられる。

 論文の後半では得られたIV型コラーゲンキモトリプシン処理断片のロータリーシャドウの電顕像から紐状の分子の長さを計測し、平均値約300nmで、I型コラーゲンの長さの120%のサイズであることから、IV型コラーゲンらせんドメインの一本のポリペプチド鎖あたりとして予想される1200アミノ酸残基と一致する。円偏光二色性のスペクトルおよびモル楕円率もI型コラーゲンのそれに相似している。さらに、トリプシン処理に対する耐性から見たらせん領域の熱安定性でも38℃までは、ほぼ耐性を示し、I型コラーゲンの変性温度と匹敵する熱安定性を示した。400KのIV型コラーゲンらせんドメインは鎖間がジスルフィド結合で結合している。50℃で熱処理し、室温に放置約5時間で、トリプシン耐性の回復が観察された。巻き戻ったため、トリプシン耐性になったものと推定される。しかし、巻き戻ったものには100Kのポリペプチド鎖は存在せず、100Kがジスルフィド結合で140Kの1(IV)鎖と結合していないためにトリプシン耐性を示すような構造に巻き戻らなかったものと考えられる。一旦、熱変性したコラーゲンらせんが時間とともに巻き戻ることは変性した1(IV)鎖とのみ、反応する単クローン抗体との反応性でも確かめられた。

 140Kポリペプチド鎖のアミノ末端のアミノ酸配列の分析ではヒトあるいはマウスの配列と重なるアミノ酸が比較的少ない領域であるが、ヒト、マウスで芳香族アミノ酸残基が1(IV)でも2(IV)でも保存されている部位であるとすると、ポリペプチド鎖のサイズとしてもマッチする。一方、115Kポリペプチド鎖はそれより、下流のアミノ酸配列(ヒトおよびマウス)と一致する部位がある。このことからの推定はキモトリプシン処理で2(IV)鎖は115Kになるようにニックが入り、キモトリプシン処理が長くなるとさらに下流のところでニックが入っていると予想される。この結果生じる100Kポリペプチド鎖は鎖間のジスルフィド結合をしていないと解釈できる。アミノ末端からの一次構造もヒトあるいはマウスの一次構造と相同性の高いところにシステイン慚愧は含まれていないことと一致する。

 ウシレンズカプセルのIV型コラーゲンから、キモトリプシン処理により、中央のコラーゲンらせんドメインがほぼ全長で単離できることが判明した。このことの普遍性を確かめるために、ウシ腎臓糸球体中のIV型コラーゲン、あるいはヒト胎盤中のIV型コラーゲンについても、同様な方法を応用し、IV型コラーゲンドメインの単離が可能であることを示した。キモトリプシンを用いる方法の普遍性が高く、同時にIV型コラーゲンが種によらず、同様の部位がキモトリプシン感受性になっている可能性が高い。キモトリプシンの作用を受ける部位はIV型コラーゲンの7Sドメインよりカルボキシ末端側の、芳香族アミノ酸が短い間隔で2つ存在し、グリシン残基の3ヶ目毎の規則性が乱れているところであり、これは種に不変であると思われる。さらに、最近、岩田らが報告しているように、IV型コラーゲンは組織に沈着しているものでは、7S領域を失うようにプロセスされ180Kの1(IV)鎖が160Kへとなっている可能性がある。この領域がキモトリプシンの作用部位と近い部位であることが別の研究から分かってきている。

 IV型コラーゲンの生体内での役割について未だ分かっていないことが多い。また、コラーゲンらせん構造にみだれがあることが、コラーゲンらせんの構造、らせんの安定性、コラーゲンらせん間の相互作用、さらに他の成分との相互作用において、どのような影響を及ぼすか、今後、本研究により単離が可能になったIV型コラーゲンらせんドメインを用いて、展開される道を開いたと言えよう。これらの研究成果の潜在的な意義はIV型コラーゲンあるいは基底膜の構造と機能を解明して行く上で、新たなステップを作ったとして評価できる。以上、本学位論文は独創的な成果を生み出した研究論文と評価できる。以上により本論文は向山俊之に博士(理学)を授与するに相応しい内容であると判定した。

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