コラーゲンとは、コラーゲンヘリックスと呼ばれる特有の三重らせん構造を持つタンパク質ファミリーの総称である。三重らせんを構成する3本のポリペプチド鎖をそれぞれ鎖と呼び、-Gly-X-Y-(X、Yは任意のアミノ酸)の繰り返しが三重らせん領域の一次構造上の特徴である。コラーゲンファミリーを大別すると、コラーゲン線維と呼ばれる線維状の会合体を形成するもの、自ら積極的に線維を形成はしないもののコラーゲン線維に結合して存在するもの、コラーゲン線維とは異なる独自のメッシュワーク構造の会合体を形成するものなどがある。 IV型コラーゲンは基底膜と呼ばれる上皮細胞層直下の領域の主成分の一つであり、生体内で独自のメッシュワーク構造の会合体を形成して存在すると考えられている。IV型コラーゲン分子は、7Sドメイン、トリプルヘリカルドメイン(以下、THドメインと略記する)、球状のNC1ドメインの3つの部分で構成されている。7Sドメインでは4分子が会合すること、また、NC1ドメインでは2分子が会合することが知られている。NC1ドメインとTHドメイン、THドメイン同士の相互作用も提唱されているが、未だはっきりした結論は得られていない。IV型コラーゲンを構成する鎖は異なる遺伝子に由来する1(IV)〜6(IV)の六種類が知られている。このうち、1(IV)鎖と2(IV)鎖は多くの基底膜に共通して存在し、その量も他の種類の鎖より多い。1(IV)鎖2本と2(IV)一本で一分子を構成している。1(IV)鎖の遺伝子構造から、各ドメインのアミノ酸残基数を求めると1(IV)鎖一本当たり、7Sドメインは約150、THドメインは約1400、NC1ドメインは約230残基である。この内最大のTHドメインは、I型コラーゲンなどの線維性コラーゲンのTHドメインとは異なり、正確な(Gly-X-Y-)の繰り返し構造とはなっていない。この規則性からはずれた部分の数は20カ所を越える。 生体組織からコラーゲンを抽出する際によく用いられるペプシン処理をIV型コラーゲンの抽出に適用すると、線維性コラーゲンの場合と異なり、末端のNC1だけでなく、THドメインの(Gly-X-Y-)の規則性が成り立っていない部分でもペプシンによる断片化が起こり易い。このことから、そのような部分はらせん構造が乱れていると解釈されている。しかし、それ以上(Gly-X-Y-)の繰り返しの規則からはずれた部分を含むTHの構造や機能に関する情報はほとんどなく、IV型コラーゲンのTHドメイン中に"乱れ"があることの意味は明らかにされていない。この問題の解明を進めるためには、THドメインをタンパクとして高次構造を保ったまま単離することが極めて重要である。 NC1と7Sドメインは単離する方法が報告されているが、THドメインは先述したようにペプシン等の消化酵素で途中が切断され得るため、I型コラーゲンなどの線維性コラーゲンと直接実験的な比較を行うことが可能なサンプルを得ることはこれまで困難であった。本学位論文では、ウシレンズカプセルの酢酸抽出物とキモトリプシンを用いた系で条件を検討した結果、THドメインのかなりの部分から成り、これまで報告のあるものよりも大きく、高次構造を保っているサンプルが、比較的簡単な操作によって得られることがわかった。さらに、得られた標品の性状について検討した。また、他の出発材料についても検討した。 レンズカプセルはIV型コラーゲンがその構成タンパク質の大半を占める組織であり、また物理的分離が容易である。入手が容易で取り扱いやすい大きさであることからウシレンズカプセルを出発材料とした。酢酸で抽出し、中和後キモトリプシン処理を行った。反応を止め、SDS電気泳動により条件検討を行った。〜1mg/mlの基質に対し、0.2mg/mlのキモトリプシンを作用させ20℃で反応させた結果について記す。二時間キモトリプシン処理を行うと、非還元条件下のSDS電気泳動で、400Kのシングルバンド、還元条件下でほぼ二本のバンド(140K、115K)という非常にシンプルなバンドパターンが得られた。140Kは1(IV)のモノクローン抗体と反応することから1(IV)鎖由来であり、また115Kは、尿素存在下でのSDS-PAGEにおけるバンドの挙動から2(IV)鎖由来であると帰属した。二本のバンドの濃度比も更に併せて考えると、このバンドは1(IV)由来の140K鎖二本と2(IV)由来の115K鎖1本から成るトライマーと解釈できる。非還元のSDS電気泳動の濃縮ゲル中にも染色が見られるのが、これはキモトリプシン処理の時間を長くすることでこれはほとんど除くことができた。35時間という非常に強いキモトリプシン処理を行っても140Kのバンドはほとんど減らなかった。 NC1は比較的容易に分解されるとすればこの140KはTH領域の一部といえる。THドメインに対応する1(IV)鎖は約1400残基であるから、TH領域の分子サイズは1(I)を基準として単純計算すると140Kサイズとなり、140KのバンドはTHドメインに対応する1(IV)鎖のかなりの部分を占めていると考えられる。 キモトリプシン処理の時間を長くして高分子量のものを除いたサンプルを用いて、以下の実験を行った。主に高次構造を知ることを目的として、CDスペクトルを測定した。I型コラーゲンのスペクトルにみられる220nm付近のピークと190nm付近の負のピークは三重らせん構造の特徴とされているが、今回得られたサンプルでも同様の位置にピークが現れ、I型コラーゲンの場合とよく似たカーブを描いている。トリプシンをプローブとして変性温度を調べたところ、37℃付近であった。ロータリーシャドウイング法を用いて電子顕微鏡で観察を行った。インタクトなIV型コラーゲンでは紐状の構造体の末端に、球状のNC1ドメインと考えられる構造が見られる。一方、今回得られたサンプルでは、視野を変えて探してみてもこのように末端には球状の構造が全く見られなかった。また、紐状の構造の長さをはかって分布を調べると、次のようになり長さの平均はおよそ300nmであった。 以上、円二色性スペクトル、トリプシンをプローブとした変性温度の測定、電顕観察の結果から、このサンプルはらせん構造を保持していて、末端にNC1を持たないと考えられる。 さらに50℃で2〜4分処理した後、室温に戻し、トリプシンおよび変性1(IV)鎖と反応するモノクローナル抗体をプローブにして経時変化を見た。その結果、数時間のうちに三重らせん構造が回復することを示す結果が得られた。このことから、ジスルフィド結合した400Kのトリマーは、異なる分子間にランダムに架橋されたものではなく、同一分子内で架橋されたものであると考えられる。 キモトリプシンを用いた簡易な方法によりノーマルな組織であるウシレンズカプセルの酢酸抽出物からIV型コラーゲンの三重らせんドメインの大半から成り、140K鎖(1(IV)由来)2本と115K鎖(2(IV)由来)1本で構成されていると考えられる分子が得られた。この分子は高次構造(らせん構造)を保ち、長さも比較的そろっていた。 今回の方法で得られるサンプルを用いて、線維性コラーゲンと(Gly-X-Y-)nの規則性のインタラプションを含むIV型コラーゲンの三重らせんドメインを実験的に直接比較することが可能になった。らせん構造の途中にインタラプションを含むTHドメインはXVIII型コラーゲンなどいくつか知られているが、IV型コラーゲンのTHドメインの構造と機能を調べることは、より一般的にインタラプションがらせんの途中に存在することの意味を明らかにする上でも重要である。 ウシ腎糸球体からもレンズカプセルと同様な方法でよく似た電気泳動パターンを持つサンプルが得られ、またヒト胎盤にも適用可能と考えられる結果を得た。今回ウシレンズカプセルを出発材料として確立したIV型コラーゲン三重らせんドメインの単離法は、一般的に他の基底膜材料にも適用できる方法であると思われる。強いキモトリプシン処理にもウシレンズカプセル由来のIV型コラーゲン三重らせんドメインは耐性を示す。ここに示した方法の他の基底膜材料への適用を考えた場合、組織中の他のプロテアーゼを、高濃度のキモトリプシンによって除去することが期待できる。その意味で抽出・精製法として良い方法であることが期待できる。 |