最近の日本中世の流通と商業の研究は大きな発展が見られる。戦前からの商業史や交通史、水運史の研究を基礎にして、戦後になって商業流通史、都市史の研究がなされたが、ここにきて新たな中世の流通と商業の像が造られつつある。本論文もその一翼を担うべく、関係史料を徹底的に読みとき、実証性の豊かな立脚点を提示したものである。 全体は三部から構成されており、第一部の「関」では、中世の流通部門で疎外の要因とされた関の性格を再考し、第二部の「問」では、流通部門を担った商人の問に触れて、これまでの問の発達過程論を再検討し、問の様々な側面を考察する。第三部の「銭と人」では、流通する銭や物の在り方と、その流通に関わる商人と権力との関係を探る。 その結果、本書が明らかにしたのは次の諸点である。第一部では、(1)関は権力の必要によって立てられたとされてきたのに対して、在地の人々の必要により立てられた、受益者負担の側面を明らかにした点、(2)武蔵の品川に出入りする帳簿の分析から伊勢の大湊と品川の間には中世後期になると、頻繁な廻船がなされていたことを明らかにした点。 第二部では、(3)山城の木津の木守と問の区別から、問の発生を港津の運送業者に求めた点、(4)問が年貢の運搬や港湾税の取り立てに関わることによって、総合商社的存在になり、座と同じような独占を主張するものとなっていったことを明らかにした点、(5)これまでの研究がよっていた、問から問屋への発展の図式が偏った見方であり、問の業務は分解して、様々な商業分野が営まれるものへと変わっていたことを明確にした点。 第三部では、(6)年貢の銭納や現物納は流通の発展や支配者の要請により変化するものであることを示した点、(7)中世の為替の在り方を史料に即して実態を解明した点、(8)商人司論と御用商人論に代表される、近世の商人への転換に関する従来の論にメスを入れ、権力の必要と商業経済の発展とから成長してきた商人の像を提示した点、などである。 こうして本論文は中世の流通と商業に関する基本的な問題に精力的に取り組んで、史料に即してその実態を提示しており、ややもすれば史料と離れて、シェーマ設定の先行する分析の多かったこれまでの研究に新たな一石を投じたものとして高く評価される。 しかし問題がないわけではない。史料の分析からは様々な側面は明らかにされているが、全体の像としては今一つ、明確な輪郭が描かれておらず、史料のない部分や不安定な史料をどう扱ってゆくべきか、という問題が残されている。 しかしそれは今後の課題であって、本論文が、日本中世・近世の流通・商業史の分野において多くの新知見を提出し、新たな研究の方向を提示した点において、博士(文学)論文として妥当であると判断するものである。 |