大量生産・大量消費を特徴とする現代社会は、一見豊かになったように見えるが、同時に人工物の大量生産・大量消費が地球の持つ有限性に触れることによって様々の問題を引き起こしている。そこで人工物の設計・生産の様式を変革する必要があり、そのためには人工物の設計手法そのものを見直す必要がある。本論文では、従来の機械システムと異なった性質を持つ「やわらかい機械」を提案し、その一実現例である細胞型機械システムの設計方法論について論じている。 やわらかい機械とは自己の故障、周囲の環境変化やユーザの要求の変化に対応して柔軟に対応することが可能な機械システムである。その実現方法の一つが「細胞型機械」であり、知的判断部を持ち、モジュール性を備える同一の部品(「細胞」と呼ぶ)で構成する機械である。さらに各細胞は、ローカルな通信機構のみを持ち、ローカルな情報のみを用いて行動し、耐故障性、アップグレード性、リユース性が高いという特徴を持つ。しかし、細胞型機械の属する自律分散型機械システムの挙動は複雑である。そのために挙動のモデル化すら困難であり、細胞型機械の一般的な設計方法論は存在しない。 そこで本論文が報告する研究では、細胞型機械システムの一般的な設計方法論を議論し、その考え方に基づく機能設計および制御プログラム作成のための支援ツールを開発した。次にこの設計方法論を検証するために、細胞型自動倉庫を提案し、計算機によるその挙動のシミュレーションを行い、また実際に実験機を開発した。これによって、細胞型機械の実現可能性を実証し、かつその考え方の有効性を示すことに成功した。 本論文はまず、第1章において本研究の目的と手法について述べた後、第2章では本研究の背景となったポスト大量生産パラダイムについて述べている。ポスト大量生産パラダイムとは、経済活動を資源の消費と切り離すことにより、人工物の過剰な生産・消費・廃棄に伴う問題解決を目指すものである。ポスト大量生産パラダイム実現のためには、再利用性に優れた人工物が必要であるが、そのために耐故障性、アップグレード性、リユース性が高いやわらかい機械という考え方が有効であり、その一つの実現形態として細胞型機械を提案した。 第3章では、細胞型機械の設計方法論を論じるために必要な「機能の可縮退性」及び「構造の可縮退性」という概念を提案し、全体機能及び全体構造が「可縮退性」を持つ細胞型機械を設計方法論を示した。機能の可縮退性とは、ある機能を実現するために全体を同一機能を持つ部分に分割可能な性質のことである。構造の可縮退性は、部分間の任意の関係を保持しながら、全体の構造よりも簡単な構造が存在する性質である。この二つの概念に基づいて、まず全体機能を細胞の機能に展開する操作を定めた。次に、あるトポロジで細胞を構成した際に、細胞の機能から細胞型機械全体で発現する機能を求める方法を機能の加法と呼んで定式化している。最後に、細胞の機能を基に状態遷移グラフを経て、細胞の制御ソフトウェアを設計する方法を提案している。 第4章では、以上の設計方法論に基づいて設計者を支援するための計算機ツールについて述べている。本研究で開発されたツールは、一つは細胞の機能から全体の機能が発現しているかどうかの検証ツールである。また、細胞型機械では全体を制御する集中制御部がなく、個々の細胞の自律的挙動が全体の機能に自己組織的に結びつくという考え方を取っており、細胞の制御ソフトウェア開発が重要である。そこで、全体機能から決定された細胞が持つ機能を実現する制御ソフトウェア自動合成システムを作成している。 第5章では、本設計方法の有効性を検証するために、細胞型自動倉庫を開発した設計ツールを用いて実際に設計・開発し、そのハードウェアの上での実験について述べている。また、計算機シミュレーションを通じて全体システムの挙動を検証し、局所的な情報のみに基づいて行動する自律分散システムにおける問題点の一つであるデッドロック問題などを論じ、局所的な情報であっても時間的に集積することでデッドロック問題などを低減する方法について提案している。 第6章では、本研究の実験結果を考察するとともに、本研究の成果と既存の関連研究とを比較し、研究の今後の展開について論じている。 これらの結果は、細胞型機械の設計方法論を提案するものであり、機能設計における理論的な独創性、また実証を行っている点で工学的有用性も高い。さらに、将来、工業的に有用なシステムとして応用できる可能性も十分にある。これらは論文としての完結性も示している。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |