学位論文要旨



No 113771
著者(漢字) 赤峰,陽太郎
著者(英字)
著者(カナ) アカミネ,ヨウタロウ
標題(和) 極低温領域における気体放電現象に関する研究
標題(洋)
報告番号 113771
報告番号 甲13771
学位授与日 1998.05.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4211号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 小野,靖
内容要旨 はじめに

 極低温技術の電力設備への適用は、電気工学での革新的かつ重要な分野となることが期待される。液体窒素温度でのガス絶縁に関する研究は、その交流での低損失の利点、新超電導材料での臨界温度の高温化などから見て、日増しに重要度を増しているといえる。

 基本的に直流超電導コイルにおいては、クエンチ時の過渡的な誘導性電圧が問題となる。したがって、大型でインダクタンスの大きな超電導コイルほど高い電圧が発生する。その代表的な例として、現在、設計が進行しているITER炉のポロイダルコイルでは、最大値約10kVのパルス電圧が発生して数秒間持続する。また、変圧器や送電ケーブルなどのエネルギー輸送機器においても、電流ばがりでなく電圧も100kV級の設計を考える必要がある。したがって、超電導機器の実現のためには、極低温領域での絶縁に関する研究が不可欠である。

 本論文は、上記極低温気体絶縁基礎特性の研究、また、超電導機器の実用化に不可欠な、不平等電界における、極低温(-180℃)、室温(20℃)における窒素および乾燥空気の雷インパルス絶縁特性について実験および検討を行ない、さらに実規模の極低温絶縁電力機器を考慮した場合、絶縁距離は十数cm程度以上である場合が考えられるため、長ギャップ領域(十数cm程度まで)での極低温気体の絶縁特性について実験、検討を行ない、ガス温度が放電現象に与える影響について調べることを目的としている。

短ギャップ雷インパルス特性

 インパルス放電実験は内径250mm、高さ550mmのステンレス製クライオスタットを使用し、1.2/50sの正極性雷インパルス電圧を、先端半径(r)が0.04〜5.0mmの電極に印加して、平板電極と接地の間に設けられたコンデンサCの両端に生ずる電圧をオシロスコープで観測することによって放電電荷量を測定し(図3(b)参照)。、印加電圧波形とともに記録した。ギャップ間隔は20mmである。実験で使用した窒素、空気等の供試気体は市販のものを用いた。

 空気、窒素それぞれの50%火花電圧特性について、実験を行なった。空気の火花電圧特性は特に電極先端半径依存性は見られなかったが、極低温での50%火花電圧は室温の場合と比較して5〜25%高い値を示した。(図1)

 窒素の50%火花電圧には電極半径依存性が観察され、先端電極半径が大きいほど、火花電圧も上昇する傾向にある。また、50%火花電圧の温度依存性については、特に有意な差は見られなかった(図2)。

 室温空気中におけるコロナ放電進展の様子を高速フレーミングカメラで撮影したときの例を図3(a)に、その時の印加電圧、電荷量波形を図3(b)に示す。フレーミング写真のそれぞれのコマは独立に制御することができ、ここでは、印加電圧波形の各点(1〜6)に対応している。二駒目(電圧印加から1.0〜1.5s)で、平板電極に向かってストリーマコロナが多数発生し、その後も、一本のストリーマのみが弱いながらも発光持続している。これを以後残留ストリーマチャネルと呼ぶ。しかも、その中を電極からやや強い発光部が比較的低速に進展しているのが認められる。ストリーマ発生から火花に至るまでにある時間遅れ(図3(b)参照)が存在することも明らかになった。また、イメージインテンシファイア付き静止カメラで撮影した写真を観察したり、印加電圧をそれぞれ変化させて放電進展の様子を観察した結果、室温、極低温の場合とも、それぞれの火花電圧の1/4程度の電圧で、ストリーマの先端が陰極平板に達していることが確認されている。したがって、この残留ストリーマが火花の成否に大きな影響を与えていることが予想される。火花に至る場合も火花に至らない場合もストリーマの発光と同時に電荷量が急増し、その後も漸増を続けている。この漸増分はイオンの流入による電荷であると考えられる。

 また極低温時と室温時の電荷量波形の比較から、火花直前の残留ストリーマを流れる電流値に差があることが観察された。極低温時には残留ストリーマをながれる電流は極僅かである一方、室温時には、火花直前まで残留ストリーマを流れる電流がある。

 次に、印加電圧を変化させながら、ストリーマコロナが発生した瞬時電圧(V)とその電荷量(Q)(図3(b)参照)を求め、その特性の一例を図4に示す。空気中ではストリーマ開始時刻から火花放電が起こる間にが存在するので火花時でもQが測定できる。

 図4より代表されるように、空気中では、いずれのrにおいても低温時のQ-V特性は、室温時のQ-V特性を高電圧側へ25%ほど偏移した特性となっているのが観測される。同じ電圧で見るならば極低温のQは室温のほぼ半分になっている。

 窒素についても非火花時と火花時のストリーマ放電電荷量を測定を試みた。しかし、が短いので火花時のQは正確には求められず、さらにrが大きい領域ではストリーマと火花電圧がほぼ同時に発生し、コロナを経ない直接火花放電の様相を呈すのでQを求めることは不可能である。したがってrが1mm以下の非火花時の測定結果を検討した。非火花時のQに関しては、低温になると10%ほど高電圧側へ偏移した特性が見られた。

 極低温では電荷量が減少し、また残留ストリーマ電流値も減少することについて、陰極あるいは気体空間からの初期電子供給不足も理由の一つと考えられる。空間からの初期電子とは不純物としての水分子イオンからの電子離脱などである。

 紫外線照射を行なって、Q-V特性を測定し行なった結果を見ても、火花電圧は下がったものの、Q-V特性は非照射時と同様の、低温時には室温時の25%高い電圧方向へ偏移した特性となったため、極低温におけるQの減少は単に初期電子不足によるものではない考えられる。

 V50がrによってほとんど変化がない現象に関しては、V50の1/4程度の電圧印加ですでにストリーマ先端は陰極に到達しているため、rによる電極先端の静電界の相違よりもストリーマ自身による電界歪みの方が大きくなり、結果的にV50はrに依存しなくなったと推測できる。

 窒素中の場合はSIV,V50ともに、室温、極低温ともにrの増大に対して高くなり、また温度による有意な差は見られない。

 rが小さい領域では、空気中と同じように、ある時間遅れの後に火花放電に至るが、この領域でのV50も空気中と全く同じ傾向を示し、rに対してほとんど変化しないと定性的には考えられる。rが大きくなるとが非常に小さくなり、ストリーマ発生から直ちに火花となる。すなはち、コロナ放電の進展形態が変わる。すると、この領域でのV50はrの増大とともに高くなる。

 温度が下がるとイオン等の拡散係数が低下するので、この影響も想定される。ストリーマコロナが発生進展している時間は非常に短く進展時の拡散速度の違いが結果に有意な差を与えるとは考えにくい。むしろ前回の放電で生成したイオンや励起分子等が放電空間に残存し、次のストリーマ発生に影響していることが考えられる。しかし、これらの粒子は放電を促進させる方向に作用するため、低温でのQの減少や、残留ストリーマ電流の減少を説明するには至らない。

 放電生成物として、放電を抑制するNOxなども考えられる。Q-V特性の偏移の方向は空気中、窒素中のいずれも同じで、NOxが生成される可能性がある空気において特に大きな変化を示していない。したがってNOxがQの減少に大きな影響を与えないといえる。

 陰極温度が下がると、陰極からの2次電子放出作用(作用)が減少することも考えられる。火花電圧よりかなり低い電圧でも図3(a)のようにストリーマ先端が陰極に達しているため、p,i作用によって電子が放出され、これがストリーマ電流に重畳されている可能性がある。また、電圧が低く、ストリーマ先端が陰極に達していない場合においても、p作用が考えられる。ここで金属からの光電子放出に関する文献に基づき、仕事関数をとして室温(20℃)、および極低温(-180℃)における、毎秒単位面積の金属から放出される光電子数Nphについて光子のエネルギーをパラメータとして近似計算をおこなった例を引用する(表1)。表1中のは、金属内電子が光子を吸収して遷移脱出する確率であるが、温度によらない定数であることが分かっている。

 初期電子供給のための紫外線照射の場合を考える。紫外線の光子エネルギーは、電極の仕事関数よりも大きいといえるので、照射時には温度変化による光電子数の変化はあまりないと考えられる。したがって紫外線照射時のQ-V特性を合理的に説明するに至らない。以上の検討から、Q-V特性の温度依存性を支配する要素が、pであるという可能性は低い。

 しかしながら、残留ストリーマの電流値の温度依存性にも同様の議論が適用でき、放電初期のコロナ放電による発光スペクトルは電極の仕事関数より低い部分が支配的である。表1を参照すると、この場合の光電子数は常温と低温で少なくとも10倍以上差があることになる。したがって、残留ストリーマを流れる電流値が、陰極からの光電子数によるものが支配的だと仮定すれば、温度依存性を定性的に説明できることになる。

表1:光電子数Nphの近似計算値

 また、i作用の温度変化により、この残留ストリーマチャネルの導電性が変化する可能性も考えられる。iによる2次電子放出がおもに陰極温度で決まっているとするならば、気体に関係なく極低温時にQが減少することを説明できる。

長ギャップ領域でのパッシェン則

 現在まで、液体窒素温度での気体において、平等電界におけるパッシェンの法則の確認した例では、ギャップ間隔10mm程度、(密度)×(ギャップ長)で表現すると×d=102(mg/cm3・mm)程度までである。本実験では大型クライオスタット内で直径15cmの標準球ギャップを用いて50Hz交流電圧、正極性直流電圧印加の条件で、パッシェンの法則の確認実験を行なった。供試ガスは1atm,0.5atm,0.25atmの3種の気圧にて実験を行ない、(相対気体密度)-d(電極間隔)両方のパラメータを動かした。交流を印加した場合の合成空気、および窒素の火花電圧-d特性と、正極性直流印加時の窒素の火花電圧-d特性を確認した。密閉容器内での15cm球ギャップによる実験という条件を考慮に入れると、電極間隔6cm以下で良い線形性を示していれば、パッシェン則が成立しているとしている。

まとめ

 本論文において、雷インパルス正極性不平等電極ギャップ間隔20mmにおける空気および窒素ガスの放電特性について、クライオスタット内で温度を室温、極低温に変化させた実験、および大型クライオスタットを用いた平等電界長ギャップ電極構成による、極低温ガス温度におけるパッシェン則の確認実験をおこなった結果、明らかになったことをまとめると以下のようになる。

 1.ストリーマ発生と同時に火花放電に至る場合(窒素中で電極先端半径が大)と、ある時間遅れが存在する場合がある。

 2.直接火花放電となる条件においては、50%火花電圧は電極先端半径の増加とともに高くなる。

 3.火花放電までに時間遅れが存在する場合には、陰極まで到達しているストリーマコロナと、その後の残留ストリーマチャネルが観測される。残留ストリーマチャネルには発光部の進展も見られ、継続的に電流が流れており、ある時間遅れ経過後火花に至る。この状態における50%火花電圧には電極先端半径依存性がない。非火花時では、残留ストリーマチャネルはすぐ暗くなり、電流の継続はない。

 4.空気中の条件において、火花直前の残留ストリーマ電流値は常温の場合の方が低温の場合よりも高い。その原因として、ストリーマコロナの発光による、陰極からの光電子放出p作用の温度依存性が実験結果を定性的に説明できる。

 5.ストリーマコロナの電荷量-電圧特性が極低温の条件下では、室温での特性より高電圧側に20%〜25%偏移する。その理由として、極低温における初期電子供給量の低下ではなく、i作用の温度変化による2次電子放出量の減少が実験結果を定性的に説明できる。

 6.平等電界下において電極間隔7cm程度まで、0.25〜1atmでの極低温(-180℃)領域での空気、窒素について、交流、正極性直流印加条件ではパッシェン則が成立することを確認した。

図1:正極先端電極半径に対する空気の50%火花電圧特性図2:正極先端電極半径に対する窒素の50%火花電圧特性図3:(a):室温空気中における放電フレーミング写真(exposure time 500ns,inter-frame Ons)図3:(b):上記放電における電圧・電荷量波形図4:空気中のQ-V特性(r=1.5mm)
審査要旨

 本論文は「極低温領域における気体放電現象に関する研究」と題し、超電導電力機器の実用化研究が進められつつある現在、その物理機構の解明が重要な課題の一つとなっている極低温気体中の放電現象について、クエンチ現象発生時における過渡的な機器の絶縁耐力の観点から、絶縁上の弱点となりうる不平等電界中の雷インパルス放電特性を詳細に検討すると共に、実規模超電導機器の絶縁設計の基礎データ収集の観点から、従来より大きなギャップ長領域における平等電界中の火花電圧特性を初めて明らかにし、それらの研究成果をまとめたものである。以下に示す8章より構成される。

 第1章は「緒言」と題し、本研究の背景となる超電導機器の現状や要求される絶縁特性の概観に始まり、現在までの極低温気体に関する研究動向を示した上で、超電導機器の設計のための基礎特性の把握、および極低温気体放電現象解明を目的とした本研究の具体的な課題を示している。

 第2章は「実験装置及び全般的な実験方法」と題し、棒対平板電極から構成される不平等電界中の正極性雷インパルス放電現象の研究に用いる実験装置の概要と特徴、および全般的な実験方法について述べている。

 第3章は「50%火花電圧特性」と題し、極低温気体の基本的絶縁特性である、50%雷インパルス火花電圧やストリーマ開始電圧について測定を行ない、直流電圧印加時に観測されていた結果とは異なる興味ある特性について述べている。空気中の50%火花電圧は棒電極先端半径の影響を受けず、極低温になると上昇し、また、ストリーマ開始電圧は温度に依存することなく、電極先端半径と正の相関をもつことを明らかにしている。一方、窒素中の50%火花電圧やストリーマ開始電圧は、いずれも温度による変化は比較的小さく、コロナ放電を伴わないで直接火花放電となる条件においては、50%火花電圧は電極先端半径の増加とともに上昇する特性を見出している。

 第4章は「コロナ放電進展形態」と題し、イメージコンバータカメラによる放電形態の観測や放電電荷量の測定を通じて、インパルス電圧印加時のコロナ放電の時間的変化について述べている。空気中と窒素中のストリーマの進展、停止、消滅の形態、また、放電電荷量の増加速度の違いや放電時間遅れについて、棒電極先端半径を変化させて、室温および極低温において測定を行なった結果、空気中においては、コロナ放電初期に見られるストリーマの電荷量が同じストリーマ発生電圧に対して極低温時に減少すること、また火花放電直前まで観測されるストリーマチャネル中を流れる電流も極低温時に減少することを見出している。窒素中では、コロナ放電初期のストリーマ放電電荷量の時間的な上昇率が空気中に比べ遅いものの、放電電荷量の極低温における減少傾向は空気中同様に見られることも報告している。

 第5章は「ストリーマ発生電圧と電荷量」と題して、第4章で見出されたストリーマ発生電圧Vとその放電電荷量Qの関係(Q-V特性)について、詳細な測定結果を示している。空気中のQ-V特性曲線は、最終的に火花放電に至るか、至らないかにかかわらず、また、棒電極先端半径にも依存せず、極低温時には室温時に比べて高電圧側に20〜25%偏移していること、および窒素中では非火花時において、極低温時には高電圧側に10-15%偏移していることを、明らかにした。つまり、同じストリーマの発生電圧において生成される放電電荷量が極低温時に小さくなることが、極低温時の火花電圧の上昇に関与する要因と考えられ興味深い。

 第6章においては、「ストリーマ放電電荷量の温度依存性についての検討」と題し、第5章で得られたQ-V特性の気体温度依存性について、初期電子数や水蒸気含有量、陰極温度、気体組成等について検討を行なった結果、Q-V特性は初期電子数や陰極温度の影響を受けておらず、気体組成や水蒸気含有量の影響を受けることを報告している。また、極低温時には室温と同じストリーマ発生電圧においても、ストリーマの進展長が短かくなるという現象を見出し、また、単原子分子であるネオンの場合はQ-V特性に温度依存性がないという実験結果などから、光電離反応数が低温となると減少する可能性について言及している。

 第7章では「極低温長ギャップ領域におけるPaschen則」と題し、球-球電極構成を取り上げ準平等電界中の長ギャップ領域(10cm程度)における火花電圧について報告している。窒素および空気の準平等電界中の火花電圧は直径15cm球-球電極においてギャップ長0〜7cmで、気体温度が極低温(-180℃)領域までPaschen則が成り立つことを、交流および直流電圧印加の条件で確認するに至った。

 第8章は「結言]と題し、本研究の成果について述べるとともに、今後の研究発展の方向について言及している。

 以上要するに本論文は、窒素や空気など極低温気体の電気絶縁特性について、絶縁上弱点となる不平等電界ギャップの雷インパルス火花電圧特性を明らかにすると共に、火花電圧を支配すると考えられるストリーマ放電電荷量やストリーマ進展長に関する測定結果を集積して、その温度依存性をもたらす要因を詳細に検討し、更に実用機器レベルで想定される比較的大きなギャップの火花電圧に関するパッシェン則が極低温領域でも成り立つことを初めて明らかにするなど、機器の絶縁設計に必須の基礎データを提示している点で、電気工学、特に高電圧・放電工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1821