学位論文要旨



No 113772
著者(漢字) 王,杰
著者(英字)
著者(カナ) ワン,ジィ
標題(和) 窒素酸化物の接触分解に関する研究
標題(洋)
報告番号 113772
報告番号 甲13772
学位授与日 1998.05.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4212号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 御園生,誠
 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 助教授 辰巳,敬
 東京大学 助教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 岸本,昭
内容要旨 1.緒言

 一酸化二窒素、一酸化窒素地球環境に悪影響を与える物質であることから、その低減が必要とされている。Cuを含有する触媒は、一酸化二窒素と一酸化窒素直接分解反応に高い活性を示すが、Cuイオンの状態と触媒活性との関係はまだ解明していない。そこで、本研究ではCuを含むペロブスカイト系触媒ならびに種々のゼオライト、アルミナ担持触媒上で一酸化二窒素(N2O)、一酸化窒素(NO)分解反応を行い、触媒活性に与えるCuの環境の影響を検討した。

2.実験

 ペロブスカイト触媒は金属酢酸塩から、蒸発乾固、焼成して得た。Cuゼオライト触媒はNaゼオライトから酢酸銅水溶液によりイオン交換して調製した。Cuイオン交換率の高い触媒はイオン交換を繰り返し調製した。CuO/アルミナは、通常の含浸法の他に尿素分解法を用いて調製した。以下、担体であるZSM-5、モルデナイト、YゼオライトをそれぞれZ、M、Yで表わし、触媒をCu/担体-交換率あるいは担持量(%)(たとえばCu/Z-142)と略記する。触媒組成は原子吸光法により、結晶構造はXRDにより測定した。表面積と細孔径分布は窒素吸着により測定した。Sr置換Cu系ペロブスカイト触媒のバルクCuイオンの平均酸化数(AON)および酸素欠陥量はヨウ素滴定により求めた。触媒反応は、1000ppmの一酸化二窒素を含むヘリウムを用いて、流通系で行った。表面Cu量は、(1)273Kにおける一酸化窒素吸着に式(1)を仮定して求める方法と、(2)363Kにおける一酸化二窒素による酸化が式(2)のように進行するものと仮定して求める方法を用いた。

 

 

 ここで、Cu(s)は表面に存在するCu原子である。

3.ペロブスカイト関連複合酸化物による一酸化二窒素接触分解反応1)

 一酸化二窒素分解反応は、N-N結合の形成反応を必要とせず、反応機構、触媒活性点の解明のよいモデル反応と考えられる。図1にLa2CuO4のAサイトのLaをSrで置換したときの一酸化二窒素分解活性の変化を示す。Sr置換量xの増大とともに触媒活性が増大し、x=0.5で最大となった。図1にはCuのAONも示してあるが、両者はよく対応している。図2はLa1-xSrxCuO4の450℃における一酸化二窒素分解活性をCuのAONに対してプロットしたものである。CuのAONと一酸化二窒素分解反応との間によい相関があり、活性はAONとともに増大した。一方、活性と酸素欠陥量との間の相関は小さかった。ペロブスカイトにおける一酸化二窒素分解速度は一酸化窒素分解に比べて遥かに速いが、一酸化二窒素直接分解は一酸化窒素分解と似た傾向を示した。723Kにおける一酸化二窒素分解反応について一酸化二窒素および酸素の分圧を調べたところ、一酸化二窒素に関する反応次数は0.8となり、酸素に関する次数は酸素分圧250ppm〜10000ppmの範囲で-0.7から-0.2まで変化した。反応速度式の検討から、吸着一酸化二窒素が分解する段階が一酸化二窒素分解反応の律速段階であると推測される。以上から、一酸化二窒素分解反応の活性サイトは、一酸化窒素分解の場合と同様に、配位不飽和で3価になりやすい2価の表面Cuイオンで、Cu2+/Cu3+のredoxサイクルにより一酸化二窒素直接分解反応が進行することを推定した。

Fig.1.Relative activities for N2O decomposition and the average oxidation number of Cu for La2-xSrxCuO4.Fig.2.Activity for N2O decomposition as a function of the average oxidation number of Cu.(●)723K,(○)773K.

 図3にLaMO3およびLa2MO4におけるBサイトに存在する3d元素の効果を示す。触媒活性のパターンはCoを頂点とする山型となった。この結果は、炭化水素やCO酸化反応などにみられる双ピークパターン(Co、Mnが頂点)とは異なっている。LaCoO3が酸素欠陥を生成しやすいのに対し、LaMnO3は金属不足型酸化物で酸素欠陥が生じにくいため、配位不飽和な表面金属サイトが生成しにくいものと推定した。

Fig.3.Activity profiles of N2O decomposition over LaMO3(O)and La2MO4(●)at 723K.
4.担持Cu触媒による一酸化二窒素分解反応担体の効果2)

 一酸化窒素吸着および一酸化二窒素酸化法により測定した表面に存在するCuの割合を表1に示す。一酸化窒素吸着はNa/ゼオライトでは非常に少なく、Cuイオン交換率とともに増加しているので、一酸化窒素はCuイオン上に吸着するものと推定される。一酸化窒素吸着の際、表面反応が起こり、特にCu/Z-142上で、一酸化二窒素とN2が生成したが、その量は小さく、大部分の吸着種は一酸化窒素である。表1によると、表面Cu量(不可逆的一酸化窒素吸着量)は、ZSM-5では全担持Cu量に対して80%強、モルデナイトでは50〜60%、Yゼオライトでは20%弱、Cu/アルミナにおいて20%弱であった。

Table 1.Turnover Frequencies of N2O Decomposition at 723K.

 Cu担持量約5wt%の各触媒およびLa1.5Sr0.5CuO4の一酸化二窒素分解活性を表1にまとめて示す。活性序列は、Cu/Z-142>>Cu/M-63=Cu/Y-80>Cu/Al2O3-5.0である。ZSM-5の表面Cu当たり活性(TOF)は他の触媒に比べて2桁大きい。ZSM-5が高活性である理由として、(1)Cu/Z-142の表面にはCu+が存在し、Cu+/Cu+2のredoxサイクルが起きやすいこと、(2)ZSM-5の細孔内反応場が希薄な一酸化窒素を濃縮するあるいは活性化しやすいなどが考えられる。La1.5Sr0.5CuO4触媒の重量当たりの一酸化二窒素分解活性はYゼオライトなどと同程度であるが、表面Cu当たりの活性(TOF)は0.39で、Yゼオライト、モルデナイト、アルミナより約1桁大きい。このことから、原子価制御によりCu2+/Cu3+redoxサイクルが促進され、触媒活性が向上したことが確認された。

 一酸化二窒素とO2分圧依存性は、Cu/Z-142の場合、一酸化二窒素分圧300〜2000ppmの範囲で一酸化二窒素分圧の増加とともに一酸化二窒素の転化率がやや低下し、反応次数は623Kおよび673Kでそれぞれ0.80と0.87となった。一方、酸素に関する反応次数は623Kと673Kでそれぞれ-0.17と-0.10であり、高温では酸素の阻害が減少する傾向があること、またLa1.2Sr0.8CuO4と比べると酸素阻害が相当小さくなっていることが分かった。さらに、一酸化二窒素分解反応における一酸化二窒素分子の拡散の影響について考察し、触媒有効係数はほぼ1と推定した。従って、拡散の影響は無視でき、求めたTOFは触媒活性点の真の活性を反映するものと考えた。

5.Cuイオン交換ZSM-5とYゼオライトによる一酸化二窒素と一酸化窒素分解反応3)

 図4(a,b)にはCu/ZSM-5とCu/Y触媒上での一酸化二窒素、一酸化窒素分解反応のCu担持量依存性を示した。Yゼオライトでは、Yゼオライト上での一酸化二窒素分解のTOFはイオン交換率の増加とともに直線的に増加した。一方、ZSM-5ではイオン交換率30%以上でTOFが急激に増加した。

Fig.4.The dependencies of TOF of N2O(○,△)and NO(●,▲)decomposition on the Cu ion-exchange level at 723K over Cu/Z(○,●);Cu/Y(△,▲).

 一酸化窒素分解反応のTOFは、Yゼオライトでは、一酸化二窒素分解と同様な依存性を示したが、ZSM-5では、ZSM-5では、90%以上のイオン交換率で増加割合が減少した。これらの相違は一酸化窒素吸着実験から、Cu+イオンの量や安定性がゼオライト構造により変化するためと推定した。

6.総括

 担持状態の異なるCu触媒を用いて、一酸化二窒素と一酸化窒素分解反応について調べた結果、ペロブスカイトで原子価制御の効果が著しいこと、表面Cuあたりの活性は、担体、担持量に非常に敏感であることが明らかとなった。

[発表状況]

 1)Bull.Chem.Soc.Jpn.,68(1995)1226.2)日本化学会誌,6(1996)530.3)Chem.Lett.,(1997)1281.4)Bull.Chem.Soc.Jpn.,accepted for publication.

[参考論文]5)岩本 正和・王 杰、ケミカルエンジニヤリング,42(1997)51.
審査要旨

 本論文は「窒素酸化物の接触分解に関する研究」と題し、Cuを含むペロブスカイト、Cuイオン交換ゼオライトなどの触媒を用いて、一酸化二窒素、一酸化窒素分解反応を行い、Cuイオンの状態が触媒特性に及ぼす効果について両反応を対比しつつ検討したものであり、全5章からなる。

 第1章は序論で、窒素酸化物の化学的性質およびそれらの除去触媒についての現状を解説するとともに本研究の目的、意義を述べている。

 第2章では、La2CuO4のAサイトLaをSrで置換したときの一酸化二窒素分解活性を検討し、Cuの平均酸化数(AON)の増大と共に活性が増大するという一酸化窒素分解反応の場合に類似した関係を見出した。さらに、速度論的検討から、一酸化二窒素分解反応の活性サイトが配位不飽和3価になりやすい2価の表面Cuイオンであること、Cuの2価と3価の間のredoxサイクルにより一酸化二窒素分解反応が進行することを明らかにした。また、LaMO3およびLa2MO4(Mは3d元素(Cu,Co,Ni,Cr,Mn,Fe))におけるBサイトに存在する3d元素の効果について検討した結果、一酸化二窒素分解活性は、Coを頂点とする山型となることが明らかとなった。

 第3章では、各種担体について表面Cuの割合と一酸化二窒素分解活性の関係に関する測定結果を比較検討している。表面Cu量は、ZSM-5(Zと略す)では全担持Cu量に対して80%強、モルデナイト(M)では50〜60%、Yゼオライト(Y)では20%弱、Cu/アルミナにおいては20%弱であることを示し、この結果にもとづいて、TOF(表面銅当たりの反応速度)で比較した一酸化二窒素分解活性の序列は、Cu/Z-142>>La1.5Sr0.5CuO4>>Cu/M-63=Cu/Y-80>Cu/アルミナであることを明らかにした。Z-142はZSM-5ゼオライトを142%相当Cu置換したものである。Cu/Z-142が高活性である理由は、表面に1価Cu+が多量に存在し、Cuの1価と2価の間のredoxサイクルが進行しやすいことによると結論した。La1.5Sr0.5CuO4触媒の活性(TOF)がモルデナイト、Yゼオライトなどより高いのは、原子価制御効果によりCuの2価/3価のredoxサイクルが進行しやすいためであると推論している。

 第4章では、Cu/ZSM-5とCu/Yゼオライトによる一酸化二窒素、一酸化窒素分解反応を検討し、両者の分解速度がゼオライト構造により大きな影響を受けることを明らかにしている。一酸化窒素吸着実験を行いこの原因を検討した結果、ZSM-5ゼオライト中のCu+種量がYゼオライトよりも多量であることを明らかにした。すなわち、Cuイオンの状態がゼオライト構造により変化していることを結論している。

 第5章は総括である。

 以上、本論文は、担持状態の異なるCu触媒による一酸化二窒素と一酸化窒素分解反応を取りあげ、ペロブスカイト複酸化物触媒において著しい原子価制御の効果があること、触媒活性が、担体、担持量に非常に敏感でその理由が主としてCuの酸化状態の安定性によることを明らかとしたものであり、触媒工学、環境化学に貢献するものである。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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