学位論文要旨



No 113773
著者(漢字) 鈴木,貴紀
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,タカノリ
標題(和) 超高速PSAに関する研究
標題(洋)
報告番号 113773
報告番号 甲13773
学位授与日 1998.05.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4213号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,基之
 東京大学 教授 藤元,薫
 東京大学 教授 小宮山,宏
 東京大学 教授 定方,正毅
 東京大学 助教授 迫田,章義
内容要旨

 圧力スイング吸着(Pressure Swing Adsorption,PSA)は,その発案以来,気体分離技術の一つとして,今日までに広く用いられてきた。その利用は工業分野に用いられる大型のPSA装置だけでなく,医療用酸素供給機など一般家庭に設置される小型のものも存在している。また,様々な利用法が期待されるPSAであるが,さらなる小規模・大容量化が求められている。しかし,従来からの方法による大容量処理は,現実的に困難であると考えられている。そこで,様々な手法が報告されている。それらの中でもサイクル速度の高速化は,飛躍的な処理容量の向上が期待できると考えられる。

 本論文では,以上の問題点の解決法の考察と今後の展開を含めたより現実的な面からの検討を加えることを主眼とし,検討を進めた。その際,RPSAのさらなる小型・大容量化を可能とすると考えられる超高速サイクルPSAを提案し,その問題点や可能性に関して検討を行った。

 本論文は5つの章により構成されており,緒論の第1章から始まり,成果と今後の展望について考察した第5章にて,まとめられている。

 第1章では緒論として,RPSAに関する歴史的背景と既往の研究を示し,現在の問題点などを明らかとした。RPSAが提案されて以来の検討の中で,RPSAの分離特性は吸着剤の圧力損失により支配されていることが指摘された。そして,RPSAの実用化において,回収率や有効吸着剤利用率が小さいなどの問題点が提示された。

 これらを改善するにあたり,圧力損失を低減した上での接触面積と時間の確保や,短いサイクル時間における確実なガスの流れの制御が可能なRPSA装置の提案などが必要であると考えられた。また,実際の応用に対する検討例がが乏しく,現実的なRPSAの有用性の評価が,実験的にもなされていなかった。

 よって,以上の問題点の解決法の考察と今後の展開を含めたより現実的な面からの検討を加える必要があると考えられた。

 第2章では,超高速PSAの気体分離における基礎的特性を試作超高速PSA装置によるPSA実験と簡便なモデル計算により明かとした。一例として空気分離実験を行った結果,本PSAは通常のPSAの10倍以上の処理容量をもち,省エネルギーかつ小規模・大容量のPSAとして非常に有望であることを明かとなった。一方,収率は5%以下と小さいことがわかった。

 そして,本URPSAでは吸着剤粒子径や吸脱着サイクル速度において最適値が存在することから,本PSAの分離性能は,吸着平衡関係や吸着速度などの吸着剤の特性に関するパラメータと吸着剤槽の圧力損失などの機械的特性の2点に大きく依存すると考えられた。また,吸着塔内各部における圧力スイングの位相差が要因と思われる受動的パージの効果が,分離濃度の向上に貢献していることが明かとされた。

 以上の実験的検討の他に,簡便なモデルによるシミュレーションによる検討も行った。その結果,計算結果と実験値はよく一致し,操作シーケンスの最適化や装置の改良など,本URPSAの性能評価において,今後有効な手段となるものと考えられた。

 第3章では,超高速PSAにおける吸着剤内の物質移動,特に共存気体の影響をパルス応答モーメント解析法を用いたカラム実験とPSA実験により明かとした。また,より実際に近い系における検討により,URPSAの実用化への問題点と可能性を明かとした。

 はじめに,Frozen water modelに基づくパルス応答モーメント解析法により,多成分吸着における強吸着成分の共存条件下の影響を親水性および疎水性ゼオライトへのCO2吸着における共存水蒸気の影響を評価することにより検討した。疎水性ゼオライトの吸着容量は,水蒸気共存下ではその変化は小さく,親水性ゼオライトではほぼ消失することがわかった。その際,疎水性ゼオライトの粒内における物質移動についても,水蒸気の共存・非共存による変化は見られなかった。

 すなわち,強吸着成分が共存する多成分系においては,その吸着力により,それよりも吸着力の小さな他成分に対し優先的に吸着し,吸着サイト上にあたかも凍っているかのように振る舞うことがわかった。

 次に,URPSAによる模擬燃焼排ガスからのCO2回収実験を行うことにより,より実際に近い吸着挙動の検討と系への適用によるURPSAの有効性を評価した。吸着剤表面の特性毎における水蒸気の蓄積によるCO2の吸着容量への影響は,先のカラム実験と同様であった。よって,このような系においては,疎水性吸着剤の採用の必要が考えられた。ただし,蓄積の過程については,パルス応答実験による結果と高速な圧力スイングによる若干の相違が観察された。

 URPSAの処理容量は,CO2回収においても従来のPSAの10倍以上であることがわかった。しかしながら,回収濃度は低くその分離性能は十分とは言えないが,現状においても,多段PSAの前段濃縮PSAなどへの適用が可能な能力を有していると考えられた。

 これらの結果から,吸着塔の圧力損失の低減や,それの伴う操作シーケンスの最適化などの必要があると考えられた。また,簡便な数理モデルを用いた計算機シミュレーションは,実験値とよく一致し,そのような検討においても,十分有効であると考えられた。

 第4章では,超高速PSAの分離性能や特性における吸着剤自体の構造の影響を簡便なモデル計算と試作吸着剤を用いたPSA実験により明かとした。

 はじめに,URPSAにおける低圧力損失の吸着剤の利用を提案し,その効果と分離特性への影響を計算機シミュレーションにより検討した。その結果,成型吸着剤は吸着速度が大きく,従来の粒状吸着剤に比べて圧力損失を極めて小さくできることが示唆された。さらに,従来の粒状吸着剤では不可能な高い充填密度においても,吸着塔の圧力損失を低く維持できることがわかった。また,吸着剤の拡散方向長さを設定する際,無次元半サイクル時間と無次元物質移動量の関係により,容易に推察できることが示唆された。そして,吸着剤の圧力損失の低減の際,特に操作シーケンスの最適化が重要であることが推察された。

 次に,それらの結果に基づき,低圧損吸着剤を用いることによるURPSAの分離特性への効果や影響について,実際に製作した低圧損吸着剤を用いた実験により検討した。

 その結果,試作したハニカムゼオライトの採用により,圧力損失は実際に著しく低減され,URPSAの処理容量は飛躍的に増大することがわかった。そして,吸着剤の有効利用率も大幅に向上されることが明かとなった。

 また,圧力損失の低減されたURPSAでは,その分離性能における操作シーケンスの影響は極めて大きいことがわかった。Parametric PSAや従来の粒状吸着剤を用いたURPSAに見られた,吸着剤の圧力損失による受動的パージは消失し,脱着ガスの滞留が問題となることがわかった。よって,分離性能向上には,積極的に吸着塔内におけるガスの流れを制御する積極的パージが必要とされることが明かとなった。

 これらの検討の結果から,低圧力損失の吸着剤の採用によって,充填率の増加やサイクルのさらなる高速化などによる処理容量の飛躍的な向上が可能となり,PSAの小規模・大容量化に大きく貢献するものと考えられた。

 以上のように本論文において,超高速吸脱着サイクルによるPSAの小規模・大容量化への有効性を示すことができた。そこで,第5章においてURPSAのこれからの展望について,簡単に考察した。今後,URPSAは工業分野の生産プロセスをはじめとしたこれまでにPSA装置を用いてきたシステムを中心に適用されていくことになるものと考えられる。しかしながら,大量の気体を扱えるというURPSAの大きな特徴を生かした様々なシステムへの応用が期待される。特に,今後さらに厳しいものとなると想像される地球環境の保全への規制に対し,本技術は有効な手段となると考えられた。

審査要旨

 圧力スイング吸着(Pressure Swing Adsorption,PSA)は気体のバルク分離を目的とする汎用的な技術であるが、近年になり、PSA装置のさらなる小規模・大容量化が求められるようになってきている。それに対して様々な手法が提案されているが、吸脱着サイクルを高速化するRPSA(Rapid PSA)は、飛躍的な処理容量の向上が期待できる。

 本論文ではRPSAの基礎的な特性の解明と今後の展開を含めたより現実的な面からの検討を加えることを主眼として検討を進めた。その際,RPSAのさらなる小規模・大容量化を可能とすると期待されるピストン駆動型の超高速圧力スイング吸着(URPSA、Ultra RPSA)装置を開発し、これを用いた実験とこの解析に必要となる諸要素を基礎実験と理論から明らかにするように努め、高速PSAの設計指針と限界要因を示したものである。

 第1章の緒論においては、RPSAに関する歴史的背景と既往の研究を示し、問題点などを示している。現実には実際の応用に対する検討例が乏しく、RPSAの有用性の評価は、今後の現実的な面からの検討が必要であるとしている。

 第2章では、ピストン駆動による高速PSAを可能とする小型試作装置によって空気分離実験を行い、簡便なモデル計算との比較を行っている。URPSAの分離特性では、吸着剤の吸着特性と圧力損失など機械的特性の2点に大きく依存することを明らかとし、通常のPSA操作の10倍以上の処理容量が容易に達成できることを示した。

 第3章では、吸着剤内の物質移動を充填層によるパルス応答モーメント解析法を用いた実験とURPSA実験の比較により検討している。水蒸気共存条件下でのゼオライト吸着剤へのCO2もしくはN2吸着のように、より実際に近い例における検討を行った結果、疎水性ゼオライトの適用により、URPSAは、現在の多段PSAの前段濃縮PSAなどへの適用が可能であり、前章に示す大きな処理容量が実現できることを示した。

 第4章においては、簡便なモデル計算を用いて、サイクルの高速化の限界の検討を行い、高速化の限界は吸着剤の吸着速度ではなく吸着層内の圧力損失が決定することを示している。これに基づき、実際に低圧損となるハニカム型の成型吸着剤を用いたURPSA実験を行い、吸着塔の圧力損失は著しく低減することによりURPSAの処理容量を飛躍的に増大させ、かつ吸着剤の有効利用率も大幅に向上されることを示した。一方において、圧力損失の低減されたURPSAにおいては、その分離性能に対する操作シーケンスの影響は極めて大きく、その向上には積極的に吸着塔内のガスの流れを制御する必要があることを示している。

 第5章では、本論文の総括を行い、その概要をまとめている。

 以上要するに、本論文は吸脱着サイクルの高速化によって処理容量の飛躍的な向上を目指すPSAの現実的な可能性を明らかとし、この方法が大量のガスの分離における装置の小規模・大容量化に大きく貢献することを明らかとし、その高速化の限界に関する検討を行ったものであり、工学的な価値の高いものである。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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