学位論文要旨



No 113775
著者(漢字) 姫,宏深
著者(英字)
著者(カナ) ジ,ホンシン
標題(和) 噴流層及び循環流動層における粒子流動挙動に関する研究
標題(洋) Characteristics of Solid Particle Motion in a Spouted Bed with a Draft Tube and Circulating Fluidized Beds
報告番号 113775
報告番号 甲13775
学位授与日 1998.05.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4215号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堤,敦司
 東京大学 教授 山田,興一
 東京大学 教授 幸田,清一郎
 東京大学 教授 岡野,靖彦
 東京大学 教授 吉田,邦夫
内容要旨

 流動層は気固接触装置の一つに分類される。これまで、比較的低いガス流速で粒子層を流動化する、いわゆる気泡流動層について研究が多く行われてきた。近年、エネルギー変換技術や環境分野への流動層の応用を進める中で、装置の大規模化、使用粒子の多様化、粒子の安定流動化、良好な制御性などの要求され、従来の気泡流動層では困難な課題が設定されるようになった。このような課題を解決するために、より高いガス流速の領域での粒子層の流動化し、系外に飛び出した粒子を再循環するような操作が検討されている。代表的な循環流動化装置として、噴流層(ドラフトチューブ付き)、或いは循環流動層が挙げられる。これらの反応器内の流動は時間的、空間的に複雑に変動している。より精確な設計を行うには、この反応器内の複雑な流れ構造を把握することが必要である。よって、本研究は、噴流層(ドラフトチューブ付き)及び循環流動層における高いガス流速領域での粒子(群)の流動現象の解析し、その流動機構を明らかにすることを目的としている。実験は、反応器内粒子の流動・輸送挙動を反映する圧力変動、空隙率変動及び伝熱変動を3種類のプローブを用いて測定した。得られた上述の量の時系列データについて、スペクトル解析或いはカオス解析を行い、系の非線形流動挙動を評価し、流動構造との関係について考察した。

 本論文は5章からなっている。第1章では本研究に関連した既往の研究についてまとめ、本研究の位置付け及び目的について述べている。第2章では特に噴流層及び循環流動層の流動特性、流動構造に関する既往の研究についてまとめている。噴流層は、充填粒子層の中心部に高速の気体を流して、気柱をつくり、それで粒子に規則的な循環運動を形成させる流動化法である。噴流層では一つの層内に高速の粒子上昇流れ(スパウト部)と低速の粒子下降流れ(環状部)の明確に区別できる二つの領域が存在する。その変形型の一つであるドラフトチューブ付き噴流層は環状部からスパウト部へのガス流れがなく、各部で、粒子及びガスの比較的一様な流れが得られる。Fig.1にドラフトチューブ付き噴流層の概念図を示している。従来、噴流層技術は、特に大粒子流動化に用いられ、乾燥装置、造粒装置、コーティング装置など幅広く利用されてきた。しかし、粒子循環機構には不明点が多く、スケールアップ方法も確立されていないのが現状である。ドラフトチューブを反応器内に挿入することより、通常の噴流層に比べ、装置構造の影響も検討する必要があり、ドラフトチューブ閉塞などの危険性も生じてくる。したがって安定的に本装置を操作するためにはその流動特性を把握しておく必要がある。これまでの研究では二次元装置によるものが多く、また流動特性の解析については測定値の平均値が多く用いられている。しかし、層内粒子の流動、特にエントレインメント部(ドラフトチューブ下端とノズルの間)とドラフトチューブ内粒子の挙動が複雑で、これだけでは流動構造を解明するのは困難である。そこで、本研究の第3章では噴流層に関して、エントレインメント部、チューブ内粒子の挙動に注目し、粒子の流動挙動及び粒子循環機構を明らかにしている。

Fig.1 Concept of a spouted bed with a draft tube

 ドラフトチューブ付き噴流層では、環状部が移動層で、環状部からエントレインメント部に供給された粒子はすべてドラフトチューブ内を輸送される。従って粒子循環量はエントレインメント部での粒子流動挙動に大きく影響される。本研究では、ドラフトチューブ付き噴流層のチューブ内及びエントレインメント部の粒子流動挙動を圧力プローブ及び光プローブを用いて検討し、その結果は第3章にまとめている。解析結果により、ドラフトチューブ内の粒子輸送形態が希薄輸送ではなく、粒子の希薄な相と濃厚な相が存在すること、ドラフトチューブ内では7-10Hzの周期で粒子が輸送されること、また、高ガス流速領域では、粒子群としてドラフトチューブ内に導入される状態から定常的に導入される状態へUgの増加とともに移行することを明らかにした。Fig.2にエントレインメント部の圧力変動のPower Spectral Density(PSD)の例を示す。Fig.2に示しているように、7-10Hz前後でPSDは鋭いピークをもつ、エントレインメント部における粒子は粒子群としてチューブ内に導入されることが考えられる。光プローブによる測定でも同じ結果が得られた。さらにborescopeによるチューブ内、エントレインメント部での可視観察も粒子群の搬入を確認した。また、エントレインメント部において、光プローブによる各方向からの同時測定により、粒子群の環状部からエントレインメント部への搬入は全方向から一様に行われていることが明らかになった。Fig.3にガス流速の粒子群形成周波数への影響を示す。周波数はUgの増加と伴に少し増加する傾向が見られた。さらにUgを増加するとdominant周波数のピークが現ず、粒子の搬入は粒子群としてドラフトチューブ内に導入される状態から定常的に導入される状態へガス流速の増加とともに移行することを明らかにした。また、エントレインメント部とチューブ内粒子群周波数がほぼ同じであることより、粒子が粒子群としてチューブ内に搬入され、そのままガスによって上方に搬送されることが考えられる。

Fig.2 Power spectrum of pressure fluctuation in the entrainment regionFig.3 Effect of Ug on cluster frequencies

 操作因子であるガス流速、粒子充填量、粒子径など、設計因子であるエントレインメント部の長さが粒子循環に与える影響も調べた。噴流層内のドラフトチューブ設置位置と粒子の特性などが粒子循環特性に影響を与えることが明らかになった。特にドラフトチューブ設置位置は粒子循環、粒子群形成に与える影響が大きいことが明らかにした。これまでの結果により、ドラフトチューブ付き噴流層における粒子循環挙動が明らかにした。ドラフトチューブ付き噴流層は粒子循環量、滞留時間が容易に制御でき、実際の応用に応じて柔軟な操作性をもつことが明らかになった。

 本研究において、対象とするもう一つの気固接触装置は循環流動層である。流動層から飛び出した粒子を気固分離して外部から還流する装置を循環流動層とよび、一般に、この操作は気泡流動層よりも高い終末速度以上のガス速度で行われるので、高速流動層と呼ばれることもある。Fig.4に循環流動層の概略図を示す。循環流動層はその優れた気固接触特性から、燃焼装置を初めとして広く工業的に利用されている。しかし、流動現象解明の研究はまだ遅れており、開発のみが先行している。循環流動層の流動状態は、はっきりとした把握がなされていないのは現状である。

Fig.4 Schematic diagram of a circulating fluidized bed

 これまでの流動層内粒子流動解析では定常流動を仮定し、線形モデルで流動状態を近似することが多い。しかし、実際の層内では各相が相互に作用して複雑な流動状態を示し、流動は時間的、空間的に変動している。このような局所の複雑な非線形流動挙動の理解が装置設計、スケールアップに必要である。第4章では、循環流動層非線形流動挙動に着目し、非線形パラメータを用いた装置設計、スケールアップ則の確立を目指し、層内局所の粒子非線形流動挙動を明らかにする。最近、決定論的カオスは有用なツールとして非線形構造あるいは非定常変化を評価するのに幅広い分野で利用されるようになってきた。本研究では、循環流動層内非線形流動挙動の解析にカオス解析という手法を用いた。用いた時系列データは局所の圧力変動、空隙率変動と伝熱変動の時系列データである。それぞれの変動データは本研究で開発した圧力プローブ、光プローブと熱線プローブを用いて層内各所で測定した。これらの時系列データから、埋め込み法によって多次元の仮想空間のd次元ベクトルを再構成する。再構成したベクトル列の軌跡からカオス量である相関次元とコロモゴロフエントロピーを求める。相関次元は空間的な複雑さの指標で、系の挙動を記述するのに必要な変数の数を表す。一方、コロモゴロフエントロピーは時間発展性の複雑さの指標で、系の予想可能性を表す。循環流動層ライザ内のそれぞれの変動データ解析結果より、層内の粒子流動がカオス的な挙動を示すことが明らかになった。圧力変動は層内各所の比較的に大きいスケールの乱れが主な影響であり、しかも層内の様々な位置での圧力変動が重なり合い、測定位置に関わらず層全体の流動状態の影響を受けるため、局所の流動特性より層全体的な流動状態を表し、比較的に低い次元もつアトラクターである。空隙率変動の相関次元とK-entropyは粒子層の時間平均空隙率に強く依存し、平均空隙率が減少すると、粒子同士間の衝突が激しくなり、個々粒子の運動量が平衡され、粒子のカオティック挙動が抑えられ、粒子群の形成も粒子のカオティック挙動を抑えた。圧力変動の場合高さ方向に相関次元とK-entropyの変動が少ないのに比べ、空隙率変動の相関次元とK-entropyは高さ方向に大きな違いがみられ、局所の空隙率変動が局所の比較的小さいスケールの粒子流動を表し、一方、圧力変動は比較的大きいスケールの変動が支配的であるためと考えられる。

 Fig.5に高さ方向の粒子平均濃度分布とライザ中心位置での相関次元の分布を示す。粒子平均濃度分布は高さが増加すると濃度が減少、循環量が増加すると濃度も増加する。これと対応して、相関次元の分布は高い位置ほど相関次元が大きい値を示す。循環量が増加すると相関次元が減少する。上で述べた結果と一致する。さらに半径方向の相関次元の分布では、高さと関係なく、壁面での相関次元はほぼ同じ値を示す。これは壁近傍では下降流が存在し、粒子濃度が中心部より大きく、粒子の空間運動の自由度が減少したためと考えられる。

Fig.5 Axial distribution of voidage and correlation dimension

 以上の結果より、ライザ内に導入された粒子の流れは上昇するにつれて発達し、局所流動構造はより複雑となり、壁近傍では下降流の存在の影響で、粒子のカオティック挙動が抑えられることが明らかになった。局所の伝熱特性は粒子の局所濃度と粒子速度に影響され、その変動のカオス量も流動構造に影響されている。ここまで、カオス量によって循環流動層非線形流動挙動を特徴付けることができた。スケールアップ効果を考察するために、ライザ径0.1mと0.205mの二つの装置を用い、同様の測定を行った。圧力変動、空隙率変動と伝熱変動の相関次元とK-entropyの分布は、両方の装置ともにほぼおなじ傾向をみられ、層内の流動構造が同じであると考えられる。

 本論文の第5章は本研究の総括である。本研究によりドラフトチューブ付き噴流層の粒子循環機構を明らかにした。ドラフトチューブ付き噴流層は粒子循環量、滞留時間が容易に制御でき、実際の応用に応じて柔軟な操作性がもつことが明らかになった。循環流動層内の時間的、空間的に変動している流動状態に着目し、三つの測定手法により、様々なスケールの変動を把握し、非線形解析を行った。循環流動層内の粒子の挙動はカオス的挙動を示すことを明らかになった。三つの時系列データ解析により、流動挙動のダイナミクスをキャラクタライズした。さらに、装置のスケールアップ効果も考察した。今後は装置をスケールアップしていったとき、カオス量がどのような変化を示すのかなど十分に実験値をつみあげていく必要がある。その上で、伝熱や物質移動など移動現象と結びつけていくことが必要である。時間的、空間的な変動特性による新しい流動層設計法が期待される。

審査要旨

 近年、流動層がエネルギー・環境の分野に適用されていく中、比較的低いガス流速で粒子層を流動化する気泡流動層から、より高いガス流速で流動化させ、飛び出した粒子は再循環させる高速流動層へと、高速粒子循環操作が要求されるようになってきている。本論文はドラフトチューブ付き噴流層および循環流動層における高ガス流速域での粒子および粒子群の流動挙動を解析し、その流動機構について考察したものである。本論文の構成は5章から成っている。

 第1章では、本研究の目的および位置づけが述べられている。

 第2章では、噴流層および循環流動層の流動特性、流動構造に関する既往の研究についてまとめるとともに、本研究の方針について述べられている。

 第3章では、噴流層に関して、エントレインメント部およびチューブ内粒子の挙動に注目し、光プローブおよび圧力プローブを用いて粒子の流動挙動及び粒子循環機構を解析した。その結果、粒子循環は完全に周期現象であり、粒子は環状部からエントレインメント部に粒子群として7〜10Hzの周期で導入され、粒子群のままドラフトチューブ内を上昇していくことを見いだした。また、環状部からの粒子群の導入は全方向から一様に起こっており、粒子群形成周波数はガス流速の増加とともにわずかに増加することを明らかにした。さらに、ガス流速を増加させると粒子は粒子群を形成することなく定常的に導入される気流輸送状態に移行することを見いだした。操作因子であるガス流速、粒子充填量、粒子径および設計因子であるエントレインメント部の長さが粒子循環に与える影響を調べ、特にドラフトチューブ設置位置は粒子循環、粒子群形成に大きな影響を与えることを明らかにした。

 第4章では、循環流動層における粒子の非線形循環挙動に着目し、層内各所で圧力プローブ、光プローブおよび熱線プローブを用いて圧力変動、空隙率変動、伝熱速度変動を測定することによって、層内局所の粒子挙動について調べた。測定した時系列データーから、埋め込み法によって多次元の仮想空間のd次元ベクトルを再構成し、再構成したベクトル列の軌跡からカオス量である相関次元とコルモゴロフ・エントロピーを求めた。相関次元は空間的な複雑さの指標で、系の挙動を記述するのに必要な変数の数を表す。一方、コルモゴロフ・エントロピーは時間発展性の複雑さの指標で、系の予測可能性を表す。まず、循環流動層ライザ内のそれぞれの変動データ解析結果より、層内の粒子流動がカオス的な挙動を示すことを明らかにした。圧力変動は、層内各所の比較的大きなスケールの乱れによって主に引き起こされる。また層内の様々な位置での圧力変動は重なり合い、測定位量に関わらず層全体の流動状態の影響を受けるため、局所の流動特性よりもむしろ層全体の流動状態すなわちマクロ流動構造の影響が大きい。これに対して光プローブにより測定した空隙率変動は、粒子および粒子群の流動挙動によってのみ影響され、ガスの流れの影響は直接的には現れない。また、熱線プローブにより測定した伝熱速度変動は熱線への粒子の衝突によって決まり、主に粒子の局所濃度と粒子速度に影響される。空隙率変動は数mmから数cmのスケールの乱れを、伝熱速度変動は数mm以下のスケールの乱れを検知していることになる。実験では塔径の異なる2つの循環流動層を用い、軸方向および半径方向分布を測定するとともに、ガス流速および粒子循環量の影響を調べた。

 圧力変動の相関次元は比較的小さな値をとり、軸方向の変化はほとんどないことを見いだした。これは層内の圧力変動が伝播し重なり合い、比較的大きいスケールの変動が支配的であるためであり、マクロ流動構造が比較的に低い次元もつカオスであることを示している。これに対して、空隙率変動の相関次元とコルモゴロフ・エントロピーは、相対的に大きな値をとり、高さ方向に大きな違いがみられ、粒子層の時間平均空隙率に強く依存することがわかった。平均空隙率が減少すると、粒子同士間の衝突が激しくなり、個々の粒子の運動が平均化され、粒子のカオス的流動挙動が抑えられたためと考えられる。また、半径方向の相関次元の分布は、壁面での相関次元は高さと関係なくほぼ一定の値を示す。これは壁近傍では下降流が存在し、粒子濃度が中心部より大きく、粒子の空間運動の自由度が減少したためと考えられる。これらの結果から、ライザ内に導入された粒子の流れは上昇するにつれて発達し、局所流動構造はより複雑となっていくが、壁近傍では下降流の存在の影響のため、粒子のカオス的挙動が抑えられることが明らかになった。また、装置スケールの影響に関して、圧力変動、空隙率変動と伝熱速度変動の相関次元とコルモゴロフ・エントロピーの分布はほぼおなじ傾向をみられ、層内の非線形流動構造に対する装置スケールの影響は小さいと考えられる。

 第5章では本論文で示されたドラフトチューブ付き噴流層の粒子循環機構と循環流動層中の粒子の非線形流動挙動に関して総括されている。

 以上に示すように、本論文は噴流層および循環流動層の粒子流動および循環機構に関して圧力変動、空間率変動および伝熱速度変動を測定しカオス解析を行ったものであり、ここで得られた知見は、粒子の非線形粒子流動挙動の解明に寄与するとともに、装置設計・スケールアップに役立つものであり、流動工学および化学システム工学に大きな貢献をするものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク